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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
後日談 七夕の夜に
315/334

蛇足1 七月はじめの再会(2/7)

  ★


 後輩は、研究室にあった地図集のコピーの上にノートのコピーをかざしながら、眉間にしわをよせた。


「んー、これも違いますね。どういう縮尺でも合わないっすよ。何かヒントとか書かれてないんすか?」


「ないな。スキルのことばかり書かれている」


「スキルって?」


「いや、その、えっと」


「てか先輩、なんでこの異世界から来たみたいな手稿が読めるんすか?」


 なかなか鋭い。まさにそれは異世界の文字だ。ただ、ノートはメイドインジャパンだし、古いといっても、せいぜい十年か二十年か、そのくらいだろう。


 もしも、これを大発見だといって発表した場合、普通に偽書扱いされるか、中二病の創作物扱いされるか、ネットのおもちゃにされるか、どうあっても良い結果は得られなさそうである。


 そして、俺がこれを読めるのは、もちろんその世界に行ったことがあるから、という理由に尽きるのだが、そんなことをいきなり口走ってしまえば、ほんの少し芽生えかけた俺への尊敬も冷めてしまうというもの。


 ここは、誤魔化しておこう。


「読めるのは、そりゃあ、あれだよ」


「なんすか?」


「日頃の勉強の成果だよ」


「どういう勉強法してるんすか?」


「後輩には、まだ早い。脳に負荷がかかるからな」


「ふぅん」


 よし、誤魔化せた。


 かと思ったら、鷺宮後輩は、目を合わせず、探るようなトーンで続けて言った。


「わたし、そろそろ誕生日なんすよね。関係あります?」


「何がどうなってそうなるの?」


「いやぁ、これ書いたの、織原久遠(おりはらくおん)って人なんじゃないかって」


 なるほど。自作自演のドッキリサプライズを疑っているわけだ。尊敬っすとか言いながら、全然信用されていないのが悲しい。


「そんなに暇じゃねえよ。暗号を辿らせるとか、こんな暇なことするのは、どこぞの女王様くらいだろうよ」


「女王?」


「あっ、いや、ちがう」


「もしかして先輩……カノジョさんのこと、女王様って呼んでるんすか?」


「今のは間違っている点が二つくらいある。彼女じゃなくて嫁だ。あと普通にレヴィアって呼んでる」


「へぇ、レヴィアさん……。美人そうな名前っすねぇ」


「可愛い系だぞ」


「好きなんすか?」


「好きじゃない子を嫁になんかしないだろ」


「しがらみ系かなって」


「いいや、よく聞けよ後輩。俺は、世界で最も強い意志でレヴィアと結ばれたいと思った。もう会えないと思ったこともあったけど、また会えた。今度は二度とレヴィアの前からいなくならないと誓った。俺はレヴィアが大好きだ」


「……はいはい、うらやまっすね」


 なんか後輩の顔が赤くなっていた。


 愛の力で誤魔化せた。


  ★


 文章を解読していくと、不自然な点があった。


 明らかに、わざと文字を間違えているところが複数箇所あったのだ。


 たとえば、「鑑定」というスキル名のはずが、文字が欠けていたり、そのスキル説明も不自然に文字の形を間違えたりしている。


 こんなにきれいに、丁寧に書いているにもかかわらず、だ。


 ただのミスにしては、あまりに多すぎる。


 そういう明らかに誤った部分を、俺は紙に書き出していった。


 つまり、ノート全体の内容に、おそらく意味など無いのだ。


 誤字脱字と衍字のところだけを拾って、それを何らかの規則性で組み合わせて読んでいけば、きっと正解に辿り着ける。


 こんな簡単な暗号、俺が秒で解いて見せるぜ。


「あ、これ、わたしん家の近所っすね」


 解読の途中で、鷺宮後輩が言った。


 暗号は地名を示すものだった。番地などの細かい住所まで、浮かび上がったのだった。


 インターネットの情報によれば、そこには何か特別なものがあるわけではなく、ただの住宅街の一角のようだった。


  ★


 ちょうどバイトが入ってない日でよかった。


 やりかけてしまった仕事だ。場所がわかったからには、行かねばならない。


 異世界で騙されまくった経験から、もしかしたらマリーノーツ経験者を騙して狩るための暗号なのかもしれないなどという疑いも頭の片隅に入れながら現地に向かった。


 鷺宮後輩と二人、電車に乗って、バスに揺られて、とある駅前で降りた。


 そこから示された番地に行ってみることにしたのだが、その途中の住宅街に、鷺宮後輩の自宅があった。


「先輩、うち寄ってきません?」


「なっ、俺に何かする気じゃないだろうな?」


「や、何言ってんすか。わたし。大和撫子。大丈夫。ママいる」


「なんでカタコトになってんだよ。こえーよ」


「いや別にホント、深い意味はないんすよ。この暑さでしょ、汗かいちゃったし、着替えよーかなって」


「ていうか、母親のことママって呼んでるのか?」


「ママ喜ぶからっすね。わたしのこと、マジ溺愛してんすよ」


「こんなに憎たらしいのに?」


「何か言いました?」


「いいや、なんでも。ていうか、話には聞いてたけど、豪邸だな」


「そうっすね。なんか、親が出会い系ビジネスで成金になったんすよ」


「それ大丈夫? 何かヤバイ系のやつじゃないよね?」


「ヤバイ系って何すか? 普通のマッチングサービスですけど」


「ならいいんだが」


「あぁ。あ、あー、いかがわしい系のやつ想像したんすか?」


「ちがう」


「いやあ、そんなのが真っ先に思い浮かんじゃうなんてね」


「そうじゃない」


「先輩、カノジョさんに相手にされてなかったり?」


「やめろ」


「どう言い訳したって、今のはセクハラっすよ?」


「うるさい」


「後輩にセクハラして焦ってるとか、マジ面白いっすね」


「いいからさっさと着替えてこい」


「え、中入んないんすか?」


「いいよ。外で待ってるから」


「へぇ、根性ありますね。この暑いのに。どんだけ待ち続けられるか実験していいっすか?」


「限界迎えたら普通に一人で向かうからな。言葉で煽っても涼しくならないんだから、さっさと着替えて出てこい」


「まあ、冷たいお茶くらい持ってきますね」


 そう言って、彼女は大きな門を開けて家に入り、数分後、露出を増やして出てきた。


「なんかギャルっぽい服だな。薄着すぎない? 刺激が強いよ?」


「ギャルっていうか、なんかもう山賊っすよね、これ。なんか、デート中に寄っただけって言ったら、ママがこれ着ていけって」


「あ? これデートなの? デートじゃないでしょ? おかしいだろ」


「そんな怒んないでくださいよ。ちょっと見栄を張っただけっす。先輩もよくやるでしょ? 後輩は先輩に似るもんなんすよ」


「一番似て欲しくないとこだぞ」


「いいから行きましょ。あとこれ、ペットボトルの麦茶っす。小麦色の健康的な液体っすよ」


「日焼け娘の紹介みたいに言うな」


 俺は鷺宮後輩からキンキンに冷えたペットボトルを受け取って、軽い感謝の言葉を述べたあとで、ぐびぐび飲んだ。


「ふー、生き返るぜ」


「じじくさいっすね、先輩」


「そういう後輩は、なんかタバコくさいな」


「あーすみません。ママがね。ありえないくらい吸うんすよ。子育て終わったからって言って禁煙やめて。ケムリの吸い過ぎで昔死にかけたってのに、懲りないんすよね」


「へぇ、お母さん可愛い?」


「は? 何で?」ひどく冷たい声だった。


「いっ、いや、なんとなく」


「先輩、カノジョさんいるんですよね。後輩の母親に手を出そうとか、マジでどうかしてますよ?」


「彼女じゃない。嫁だ。あと、そういうんじゃない、手を出すなんてありえない。どんな人なのかなって気になっただけだ」


「なるほど。じゃあ、ちょっと会ってみます?」


「いや」


「家にあげていいか聞いてきますね」


「ちょっと待てって。急でお母さまに悪いから。って、あ、おい」


 待ってくれなかった。


 後輩は家に入り、しばらくして、おとなしめの綺麗な服に着替えて出てきた。


「だめでしたー」


「そりゃ急だしな。散らかってたりしたんだろ」


「たしかに、ママちょっと豪快なとこあって、片付け苦手っすからね。モノを動かすのは好きなんすけど、モノの住所を決めらんない人なんすよ。時々あるはずのモノがなくて、めっちゃイライラします」


「まあ会ったところでさ、いつも後輩にはお世話になってますみたいなやり取りした後で、会話が続かなくて気まずくなって、それじゃあって言って逃げるようにその場を離れるだけだからな。先を急ごうぜ」


「いやそれがですね。最初は、娘の彼氏だから挨拶しなきゃ、とかって会う気満々だったんすけど、先輩の名前を出した途端に、いきなり帰ってもらいなさいとか言い出して……。先輩、ママに何したんすか?」


「会ったこともない人に何かできると思うか?」


「ですよねぇ」



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