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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
終章 最後のエリクサー
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最終話 何度でも虹の向こうへ

 二本の角を折られたショックからだろうか。レヴィアのおとうさんは目覚めて座る姿勢にはなったものの、立ち上がろうとした足には力が入らなかった。


 そのまま座禅を組むように、座り込んだ。


「認めぬ……認めぬぞ……だいたいにして、そんなに戦闘用霊薬(ラストエリクサー)を服用しまくるとは、ズルではないか……! 限度がある。用法用量を守るべきだ! オレは、オレは……クソッ、もうひと勝負だ。ラックとかいう人間よ、今度こそ貴様を――!」


「おとうさん、だめですよ。魔族なんだから約束をまもってください。おとうさん、さっき言いました。()いつくばらせられたら、私とラックさんのこと認めるって! おとうさん、見事に這いつくばりました!」


「うぐぐ……」


 俺は、勝ったのだ。


 これで俺は、晴れてレヴィアと一緒になれることになった。


 俺は今、とりあえず昔住んでいた家に奇跡的に差し押さえられないまま残っていた少し高級な服を着ながら、納得のいかないおとうさんをレヴィアが説得する姿を眺めていた。


「おとうさん、タナバタって知ってますか?」


「む? なんだそれは」


「あっちの世界には、七夕っていうイベントがあって、こっちの世界のエルフの昔ばなしに似ているらしいんですけど、それが面白くて、一年に一回だけ、好きなひとに会えるっていう、そういう話です」


「レヴィア? まってくれ、レヴィア……何を言っているんだ……! やめろ、それ以上は言うなッ!」


 しかし、おとうさんの制止もきかず、レヴィアは続ける。


「私、おとうさんのこと好きです。だから、これからは、いつもはラックさんのところにいて、七夕はおとうさんのとこに遊びに行く日にします」


 ものすごい自分勝手に読みかえたものである。


「ばかな……ばかなっ……」


「それでは、お元気で」


 レヴィアは大きな父親に言うと、着替えを終えた俺に向かって言うのだ。


「ラックさん。手を出してください」


「ん、こうか?」


 俺は、右のてのひらを上に向けて彼女の前に差し出した。


 何かをプレゼントしてくれるのだろうか。それとも握手の要求だろうか。


 しかし、俺の手の出し方は正解じゃなかった。レヴィアとしては不満だったようだ。


「ちがいますよぅ! 私、テレビで見て知ってるんです」


「ん?」


「こうです!」


 レヴィアは、自分の顔の前で両手を開いてみせた。同じポーズをとれということらしい。


「こうか?」


 自分もレヴィアの真似をしてみてピンときた。


 これは、そう。勝利後のハイタッチである!


 俺はそのままで、レヴィアはジャンプして、互いに両手を叩きあった。


 とても心地よい乾いた音が、マリーノーツじゅうに響き渡った気がした。


 レヴィアは、とても感動したようで見たことない笑顔になって、「いきますよっ、ラックさん!」と弾んだ声で言うと、俺の手を掴んだ。


 父に背を向けて草原を進んでいく。


「うそだ、レヴィア……」


 今にも泣きそうな弱々しい呟きに、心配になったのだろう、一度振り返ってレヴィアは言う。


「おとうさん、あんまり、ひきこもっちゃダメですよ?」


「おい……レヴィア! もどってこいレヴィア! レヴィアぁあ!」


 震えた声で何度も娘を呼び続けるおとうさん。


 十年かけて再生した角が、無残に草原に散らばっている。またしても立派な角を失ってしまったレヴィアのおとうさんを、心の底から可哀想に思うけれど、俺がレヴィアと一緒にいるためなのだから仕方ない。


 レヴィアはその後も、名残り惜しそうに数回振り返ったあと、俺と並んで歩いていく。


 しっかりと手を繋いで。


  ★


 戦闘から逃げていた女が再び現れた。毒キノコみたいな服を身に(まと)ったキャリーサは、「こっちだよ」とか言って俺たちを案内した。


 辿り着いたのは池の前だった。


 といっても、ホクキオの丘の上にある虹色の池ではないし、大魔王が沈んでいたフロッグレイクの池でもない。これまで来たことのない場所だ。


「ここは?」


 そんな俺の問いに、キャリーサは答える。


「アヌマーマ池。ここの湧き水は、ホクキオ近くの草原を流れる小川にもなっているけど、大半はチカイノ川っていう川になる。今はもう、地下を流れる暗渠(あんきょ)だね」


「チカイノ川か。どこかで一回だけ聞いたような気がしないでもないような、思い入れのあまりない名前の川だな。ネザルタ川だったら何回も出てきたけども」


「ネザルタ川に流れ込む水路のような川だったから、ネザルタ川の一部って言っても、完全な間違いってわけじゃないかもね」


「なるほど。それで? なぜ俺たちは、この見るからに清浄な池に連れてこられたんだ?」


「このチカイノ川の水源の池はね、かつてエリザマリーと、暴走後の反省した神聖皇帝オトちゃんが、ともに世界を良くしていこうっていう『誓い』を立てた場所なんだそうだよ。だから、この極めて正常な池こそが、二人が愛を誓うには相応しい場所だと思ってね」


 プロポーズの時と場所の選定は、俺にやらせてほしいんだが。


 ただ、静かな林の中で、悪くない雰囲気の場所だし、おとうさんへの激しい()()も済んだばかりだし、鉄は熱いうちに打てとも言うし、俺とレヴィアの愛も、互いにだいぶ盛り上がっているわけだから、ここで海よりも深い愛を誓い合うことに何の障害もない。


 覚悟については、レヴィアの父と拳を交えた瞬間からできている。


 それから、キャリーサは、俺に()()()()()()()()()を渡してきた。一つは、時空を超えるためのエリクサー。もう一つは、世界一おいしいと言われているエリクサーだ。


「この『第五(フィフス)次元(ディメンジョン)エリクサー』のほうは、あたいからの婚約祝いさ。もっと欲しかったらいつでも言ってきな。


それから、もう一つの世界一美味しいエリクサーってのは、あたいもさっきまで知らなかったんだけど、ベスおばさんが、アオイって転生者から預かってたんだってさ。


『ラックくんが来たら渡してください』って伝言つきでね。()()()って名前だけあって、ホントに運がよかったね。名付け親に感謝しなよ」


 胸にじんわりと感動が広がった。


「……ありがとう。俺、キャリーサのこと誤解してたかもしれない」


「いいさ。良い方にも悪い方にも、誤解されるのは慣れてるからね」


 自虐的に笑った後、キャリーサは、「さて」と言って話を続ける。


「あたいも立ち会いたかったけどさ、あたいみたいのが一緒にいたら、水差すようで悪いから。お邪魔虫は去ることにするよ」


 そうして案内人としての全ての仕事を終えたキャリーサは、俺たちと握手を交わした後、仲人(なこうど)の役を手放して、颯爽(さっそう)と去って行ったのだった。


 満足そうな背中が遠ざかっていくのを、レヴィアと二人で見送った。


  ★


 小さな林の中にある緑に包まれたアヌマーマ池。


 木漏れ日が揺れている。


 そこに切り倒されていた樹木をベンチ代わりにして、二人で座ることにした。


「なあレヴィア、これで、全部終わったのかな」


「そうですね」


「じゃあレヴィア、今度こそ」


「ええ、今度こそです」


 ――さあ、ファイナルエリクサーで乾杯だ!


 アイテムの中には、さっきキャリーサからもらったファイナルエリクサーのもとがある。


 池のほとりで、俺が消滅したあの日の続きをしよう。


 二人で乾杯をするのだ。


「ラックさん。こんどは、いなくならないでくださいね」


 今のマリーノーツに魔王はいないのだ。もうファイナルエリクサーによって誰が消えることもないだろう。


「私、さびしかったです」


「ああ、ごめんなレヴィア。ずいぶん待たせてしまった」


「ほんとですよ。私がラックさんの世界に行かなかったら、ずっと約束破ったまんまでしたよ?」


「でも、ちゃんと会えたんだ。いいじゃないか」


「だめです。一生言い続けます」


「まぁ、しつこく言われ続けるのも悪くない。これから、ずっと一緒にいられるならな」


「あたりまえです。ずっと一緒です。こんど約束やぶったら、本当に呪いますからね」


「誓うよ。何があっても離さない」


「私もです」


 池からキレイな水を汲み、赤い石を溶かしたら、スカーレット色の『ファイナルエリクサー』が完成した。


 二人でグラスを打ち鳴らし、マリーノーツで一番おいしい飲み物に口をつける。


「うおお、うまいな!」

「うまいです!」


 何度でも虹色の池を超えて、いくつもの世界を繋いでいこう。


 永く永く、たくさんの色を重ね合い、俺たちの世界を織り成していこう。


 


【終わり】



 本編はここで終わりますが、いくらか蛇足があります。よろしければ、あと数話ほどお付き合いくださいましたら幸いです。


 長い作品にお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました。


 一応、関連作が三点ほどあります。

「ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~」(https://ncode.syosetu.com/n5759hp/)全66話(後の世界)

「Someday I'll leave this world ~濁流に手を繋ぐ~」(https://ncode.syosetu.com/n5665ij/)全53話(前の世界)

「源泉 ~シラベール文書~」(https://ncode.syosetu.com/n3798ir/)全10話(さらに前の世界)


 これらは、主に日本の養蚕文化・シルクロード・神話等に関する資料、および日々の街歩き等から、多くの導きを得て書き上げることができたと思っております。ここに書き留めておきます。



【主な参考文献】

足田輝一『シルクロードからの博物誌』朝日新聞社 1993年

石沢誠司『七夕の紙衣と人形』ナカニシヤ出版 2004年

伊藤智夫『ものと人間の文化史 68-Ⅰ・絹Ⅰ』法政大学出版局 1992年

井上光貞 監訳 川副竹胤・佐伯有清 訳『日本書紀Ⅰ』中央公論新社 2003年

上垣守國 著 粕渕宏昭 翻刻・現代語訳『養蚕秘録』(『日本農書全集35』)農山漁村文化協会 1981年

袁珂 著 鈴木博 訳『中国神話・伝説大事典』大修館書店 1999年

今野円輔『馬娘婚姻譚』岩崎書店 1956年

杉並郷土史会『杉並区の歴史』名著出版 1978年

杉原たく哉『中国図像遊覧』大修館書店 2000年

宋應星 撰 薮内清 訳注『天工開物』(東洋文庫130)平凡社

寺島良安 著 島田勇雄・竹島淳夫・樋口元巳 訳注『和漢三才図絵1』(東洋文庫447)平凡社 1985年

福島久雄『孔子の見た星空――古典詩文の星を読む』大修館書店 1997年

村川友彦『蚕と絹の民俗』(歴春ふくしま文庫31)歴史春秋出版 2004年


【主な関連参考ウェブサイト】

大阪府枚方市ホームページ「七夕伝説ゆかりのまち・枚方市」

https://www.city.hirakata.osaka.jp/0000024734.html



【その他、材料さがしにうろうろした主なところ。】

東京都、東京メトロ丸ノ内線のまわり

東京都、善福寺川・神田川・旧桃園川あたり

東京都、旧水窪川・旧弦巻川のあたり

長野県、諏訪湖あたり

宮城県、丸森町あたり


※この物語はフィクションです。実在する人物、宗教等には一切関係ありません。


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― 新着の感想 ―
[一言] 遅ればせながら最後まで読みました。 普段は異世界ファンタジー系の作品はほとんど読まないですがこれは楽しく読めました。シルクロードとか神話伝説とか背景の作り込みがよくできていると感じられました…
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