第310話 おとうさまとの御挨拶
さてさて、レヴィアの突然の告白に戸惑ったのは俺だけではなかったようだ。
「レヴィアよ。オレの最愛の娘よ。こちらにも説明をしろ。人間と恋人のふりをするのは、魔王養成学校の授業とか試験とか、そういうやつか?」
「あー、言いにくいんですけどね、おとうさん。魔王の学校はつぶれちゃいました」
「おい、嘘だろう? ネオジュークの迷宮の地下深くにあって、守りは盤石のはずだったではないか。それゆえ、大事な娘を預けたというのに」
「あと、こちら、ラックさんです」
ついでみたいに名前を紹介された。
「なに、ラックだと?」
俺の名を耳にして、バホバホメトロ族が一気に目の色を変えた。縛られた状態で本当によかった。もしも長い爪やねじれた角が自由だったら、一瞬のうちに消されてしまっていたかもしれない。
「レヴィアぁ!」
「なんですか。おとうさん」
「許さんぞ!」
「でも」
「許さん許さん、許さんぞ! レヴィアはオレの夢なのだ!」
「まってください。落ち着いてください。ラックさんはいい人です。あと、私はもう魔族じゃなくて人間になっちゃったので、どのみち、おとうさんの跡は継げないです!」
「なっ! 最強の大魔王になるのがオレとおまえの夢ではなかったのか、レヴィア!」
「うーん、もともと興味なかったですよ」
「ばかな……」
畳み掛けるような衝撃事実の数々に、おとうさんの心が崩壊しそうになっている。
「いいにくいんですけど、魔王の学校に通いたいっていうのも、嘘でしたし」
嘘つきすぎだろ、レヴィア。
おとうさん、声ならぬ声をあげながら涙目で、かわいそうだ。
「ラックとかいう人間! 貴様がッ! レヴィアをそそのかした!」
「いや、そんなつもりは……。俺も知らなかったし……」
「そうでなくとも! オレは貴様には恨みがある!」
「なんでだ。いや、えっと、なんでですか、おとうさま」
「貴様におとうさまなどと言われる筋合いはないわ!」
「すみません、でも本当になんで……」
「忘れもしない……。あれは十年ほど前のこと。オレが大魔王の称号をもらってすぐに、威厳を示すために散歩に出たのだが、そのときにオレの自慢の角がキレイに切断されてしまったのだ。その忌まわしき事件によって、大魔王の位どころか、魔王の位さえ剥奪されたうえ、切断された角が恥ずかしくて外にも出られなくなった!」
「それとこれと、何の関係が」
「これを見てもそれが言えるかな?」
レヴィアの父は、その巨大な化け物そのものの身体をしゅるるると縮ませた。縄がほどけて父は自由の身になった。その姿は、野生のモコモコヤギのようだった。
「あのときの!」
ずいぶん昔に、アヌマーマ峠を初めて通った時、俺をいたぶった野生のモコモコヤギだった。
まなかさんに角を切断されたはずだが、今はちゃんと二本とも生えている。十年かけて再生したのだろう。
ずんぐりと真っ白な細い毛で胴体を覆われた獣。顔は黒く、あごひげは黄金で、体毛は長く、くるくる巻いている。黒い頭から二本生えている白い角もぐるぐるとネジれていた。
悪魔的なフォルムから、少し可愛いげのある野生のモコモコヤギモードになったことで、俺の心はだいぶ本来の落ち着きを取り戻した。
そのモコモコヤギモードの角を見て、レヴィアのテンションが上がる。
「久しぶりに見れました。いいねじれです!」とレヴィアは鼻息荒く言った。「モコモコヤギモードの時のおとうさんの角のねじれ方は特に最高ですね。このモードのときは、力を抑え込むスキルを使っている影響で変色して白っぽくって、熱を帯びるようになるんですが、その色味も雰囲気も静かな威圧感も、他のバホバホメトロ族に比べても圧倒的に芸術的です」
アツく語られたが、その感覚はわからない。
「つまり、まなかさんが斬ったのは、レヴィアのお父さんの角だったわけだ」
「そうとも。あの日、オレは戯れに脆弱な人間の男に恐怖を刻み込んだ後、調子に乗ってもう一人、女剣士とも遊んでやろうとした。だが、そのときだ。あの女剣士まなかが卑怯にも後ろから襲い掛かってきたのだ」
一つ間違っている点がある。
「あの、お言葉ですが、後ろからというのは何かの間違いでは? 思いっきり真正面からぶつかり合って角とか黄金のアゴヒゲとかを一気に斬られた上、モコモコの体毛まで刈られていましたよね」
「ふっ、記憶していたか。ならば我が恨みも理解できよう」
「すみません。理解できません。あと、あの時の逃げっぷりは、ちょっとコミカルでした」
「ほう、貴様、殺されたいようだな」
「いや、でも、戦って負けたんだから仕方ないんじゃないですか? それに、みたところ、角はまた生えて来たんですよね? だったら、もう恨みとか、そんなのいいじゃないですか」
「よくないわ!」
「なんで」
「オレがひきこもったのも、魔王の地位を奪われたのも、嫁に出て行かれたのも、大切な娘に裏切られていたことも、それもこれも、貴様と女剣士まなかのせいだ! 何度殺しても足りないほど憎んでいるというのに、その上、レヴィアと結ばれるだと? ニンゲン風情が……」
どす黒いオーラが高まった気がした。
身に覚えのない恨みを買うのって、こんなにも、おそろしいんだな。
「おとうさん! やめてください! 私がそうしたいって言ってるんです」
「クソッ! オレの最愛のレヴィアを洗脳してくれよって」
「洗脳とかしてない。ていうか、できないっす。そんなスキル持ってません」と俺。
「そうです、私、洗脳されません」とレヴィア。
しかし、父はもう、愛し合う俺たちの言葉を聞き入れてはくれない。
「クククク……ちょうど、久々に外に出たからな、ツノも新たに伸びて来たことだし、なまった肉体をほぐしがてら、貴様の命を奪ってやろう」
「えぇ、いや、ちょっと……」
「もはや後には退けぬぞ、ニンゲン!」
「待って待って! 俺は戦いとか……」
「もしもオレを地面に這いつくばらせることができたなら、手は出さん。娘をくれてやると約束しよう。そう、契約だ。まず無理だろうがな!」
一方的な契約の押しつけとか、理不尽にもほどがある。人間のやることじゃない!
と言いたくなったけど、人間じゃない者にそんなことを言っても、ソレガドウシタと言われてしまうだろう。バホバホメトロだかバホメットだか知らないけれど、とにかくこの方は魔族である。
レヴィアの父親は、モコモコヤギモードから、再び巨大な悪魔モードに変化した。殺傷力のある爪が光る。
巨体が一気に地面を蹴った。
「いやっ、ちょっと待っ――」
しかし、待ってはくれなかった。だいぶ手前で叩きつけられた悪魔の手にびびって尻餅をついた。
「ラックさん。なんで、おすわりしてるんですか。お父さんを止めてください」
この娘も、平然となんて要求をしてくるんだ。それは欲張りってもんだよ。魔族みたいに強欲なやつだな。
だけど、ああ、どうやら、これはもう、戦うしか、ないらしい。
牙をむき出しにしたむきむきの魔族が飛び掛かってくる。
頭をおさえてしゃがみ込んだら、敵の体当たり攻撃は当たらなかった。
避けた、というよりは、わざと外した感じだ。
「オレの力、目を見開いてよく見ておくことだ、人間!」
そして怪物の口が大きく開かれ、喉の奥から、破壊的な黒い光が放たれた。
頭上を覆い尽くすほどの漆黒の光の束が帯が通り過ぎていった。髪の毛数本は持って行かれたかもしれない。
グオオオオオと腹に響く叫び声とともに、しばらく光線は発射され続けた。
背中の方、遠くのほうで岩が地面に落ちる音がして、やや遅れて振動した。
何事かと振り返ってみれば、太い光線によって岩山がえぐられていた。触れたものを砂にするビーム。光線の当たった場所が一瞬にして砂になって崩れ落ち、向こう側が見通せるようになった。岩山の形が変わってしまったようだ。アヌマーマ峠にトンネルができた。
「わざと外してやった。どうだ? 降参するなら今だぞ?」
震えあがって、返事すらできない。
もう無意識的にバンザイしてお手上げ状態。降参ポーズ全開だった。
ところが、俺は忘れていた。マリーノーツにおいて、頭の上に両手を挙げるのは、降参を意味しない。敵意の表明。相手を威嚇するジャスチャーなのである!
そして、それは人間社会だけでない。魔族にとってもケンカを売るポーズなのだった!
なんでだろうな、角の生えたバホバホメトロ族っぽいシルエットになるからかな!
「ラックさん! 男らしいポーズです! やる気ですね! 感動です! やっぱり、そうまでして私と一緒にいたいって思ってくれてるんですね!」
もうだめだ。レヴィアに潤んだ瞳で応援されてしまった。後には引けない。
「がんばってください!」
――ああ頑張る。死んだらごめん。
そう考えた瞬間、レヴィアからの応援をうらやましく思ったのか、敵はついに攻撃を当ててきた。
「おのれぇ!」
つま先立ちの足で俺に向かってきて、片足で地面を滑りながら前蹴りを繰り出した。
「あぁっ――!」
左半身に、強い衝撃。尋常ではないダメージ。防御はしたのに、一気に瀕死状態になった上、俺は空高くに打ち上げられた。そしてそのまま草原を離れ、始まりの町、ホクキオ方面に飛ばされた。