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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十二章 隔てられた世界
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第307話 織原久遠の世界 鷺宮後輩の夢話(2/2)

 鷺宮後輩の夢の話は続く。


 温泉というのは、あれだ。まなかさんを怒らせて家を吹き飛ばす大技をくらったあとにできた穴に作った大勇者風呂のことであろう。


 鷺宮後輩は、その湯船で髪のきれいな女の人に出会ったという。


 誰だろうか。髪がきれいという特徴だけだと、思い当たる人が何人かいる。アオイさん、タマサ、オトちゃん……。


「その人も転生者だって言ってました」


 転生者だったら、アオイさんかな。


「転生者っていうのが何かってのを詳しく教えてもらったあと、わたしは思い切って、きいてみたんです。『織原久遠さんを知ってますか?』って。そしたら、その人は何て言ったと思います? 当ててみてください」


「面白いやつだった、とかかな」


「ちがいますね。その人、アオイさんっていうんですけど、遠い目をして、『ラックくんの知り合いなの? まだ世界の謎を解き切ってないのに、いなくなっちゃって。約束したのに』って言ってました」


 それを言い当てろってのは難題すぎないかな。


「あと、『もしもラックに会えたら、言っておいて。ずっと待ってるからって』とも言ってました。どういう関係だったんです?」


「どうもこうも、鷺宮後輩の夢の話のことを俺にきかれてもね」


「ですよね、そうでした。それで、夢の続きなんですけど、なんだか落ち込んでるアオイさんに、わたしは言ったんです。『ていうか、アオイさんも転生者なら、クリアして会いに行けるんじゃないですか? 今の時代、女の子からもグイグイいったほうがいいですよ』ってね」


 謎のお節介である。夢だと思ってやりたい放題だな。


「それで、アオイさんは何て?」


「『そ、そういうものかな』と言って赤面してて、かーわいいなって思いましたよ。わたし、もうめっちゃ応援したくなっちゃって、『住所教えましょうか? クリアして会いに行ったら、先輩、きっと喜びますよ。アオイさんみたいなスタイルよくて、年上のキレイな人、先輩好きですし、女の人にふられたばっかりだから、チャンスですよ』って言ってあげました」


「アオイさんは、別に興味ないって感じだったろ?」


「ところがどっこい興味ありありでしたね。『そ、そうかな。じゃあ、一応きいとこうかな。どこなの?』と言って、言った後に恥ずかしそうに半分くらい顔を湯船に沈めてました。わたしは、必死に先輩の住んでる所を思い出しながら、『織原先輩は、たしかぁ……の近くの、急な坂の上にある築四十年くらいの建物の……号室です』って教えてあげました。いつか美人のアオイさんが、おうちに来るかもしれませんよ」


 勝手にひとの住所教えるとか、夢の中とはいえ常識なくない?


「ただ、わたしはどうしても()に落ちませんでした。なんでアオイさんみたいな、ザ・やまとなでしこ、みたいなキレイな人が、先輩のこと好きになったのかなって」


 クソ余計なお世話じゃないかな。


「夢の恥はかき捨て。思い切ってわたしはききました」


「かき捨てるのは、旅の恥だけにしとけ。あと旅先でもマナーは守れ」


 しかし、俺の言葉はスルーされた。


「『でもぉ、アオイさん、先輩のどこが好きなんです? 年下好きなんですか?』って。そしたら、彼女言うんですよ。『どこって言われると困るけど……ぜんぶかな』って。そのとき、わたし何て言ったと思います?」


「あたまおかしい先輩が好きなんて、あたまおかしいですね、とか言って煽ったんだろ」


「えー、わたし、煽ったりしませんよぅ。ひとこと、『わーお』って言いました」


 それを当てろってのも難しすぎない?


 ていうか、普段は俺のことはめちゃくちゃ煽ってくるよね後輩。


「まあとにかく、そんな具合に、先輩ったら神様みたいになったり、きれいな女の人に愛されたりしてましたけど……こんな夢を見るなんて、これやっぱりあたしが変なんですかね?」


 真剣な感じの口調になった後輩に、俺はフリースのように沈黙を返した。


「…………」


 しばらく黙って、どう言うべきか考え込んでいると、鷺宮後輩は沈黙に耐えられず、言うのだ。


「やっ、変な感じになっちゃいましたけどぉ、これは別に、あたしが織原先輩のことを好きとか、そういうことじゃなくてですね、全然ただの世間話として、こういう恥ずかしい夢をみちゃったんですよー的な、そういうやつです、ハイ」


「そうなの? 鷺宮さんは、俺に『きいてほしい話がある』と言ったけど、そういう言い方をすると、ただの世間話を俺に聞かせたかったってことになるけど?」


「うっ、いやほんとすみません。ヒトの夢の話とかって、あんまり面白い話題じゃなかったですよね。でもでも、なんか妙にリアルだったものですから」


 自分でも、少し意地悪な言い方をしてしまったと思う。彼女なりに謎の夢について消化できないもやもやがあったからこそ、夢に名前が出てきた俺に相談してきたのだ。そしてきっと「なんだそれわけわからん」というようなことを言ってほしかったのだと思う。


 だが残念ながら、俺は相手の思惑に簡単にハマることを(いさぎよ)しとしない男である。レヴィアの術中には喜んでハマりたいと思うが、鷺宮後輩は、あくまで鷺宮後輩であり、優秀な後輩以外のなにものでもないのだから。


 それよりなにより、俺が普段からマリーノーツのことを忘れず生きているにもかかわらず、なかなかあの世界に行けなくて、それどころか夢さえ見ないのに、後輩が俺が消えた後の異世界を夢に見たってことを、たぶん……なんていうかな……うらやましく思ったんだ。


 もう八つ当たりに近い感情だ。(みにく)かろうが理屈じゃない。


 だから、軽い返答を期待している彼女には悪いが、無難に消化させてなるものか。普段散々煽られまくっている仕返しの意味でも、人生ってのは思い通りにならないってことを深く胸に刻み込んでやる。


 俺はゴホン、と咳払いして周囲に他の知り合いがいないのを確認すると、少々格好つけた声で語り出す。


「いや、なるほど、そうか、俺の温泉はホクキオ自警団が管理してくれてたのか。ありがたい。もし再びあの世界に行くことがあれば、俺も浸かりに行ってお礼を言わないとな」


「わっ、先輩、ノリいいっすね。てか、あたしの変な話に乗ってくれるなんて、優しいっす」


 あれ、おかしい。

 思っていた反応と違う。


 どうやら尊敬の視線を送られているようだ。俺の心の中は、怒りと(うらや)みでどうにかなりそうで、だいぶ尊敬できないことになっているはずなのに。


 いっそ(さげす)まれたり、変な奴だと思われてしまいたいのに。


 ちょっと頭のおかしい言動が足りなかったようだ。更なる異常言動で苦しみを与えてやろう。


「あー、鷺宮さん、俺のことを変なやつだと思わずにきいてほしいんだけども」


「なんです?」


「たぶん、俺が全ての魔王を倒したから、君が夢から出て来れたんだと思う」


 鷺宮さんは、少しびっくりしたものの、すぐに優しい表情になり、へらへらと、


「……もぉ、やだなぁ。先輩、そこまで言ったらもう完全に変なやつですよ」


 もやもやさせようと思ったのに、なぜだか嬉しそう。


「だよな」


 もはやこれまで。鷺宮後輩に精神的苦痛を与えることに失敗した俺は、あははと笑ってごまかしたのだった。


 しかし、思い返すたびに思うけど、俺の帰還は突然すぎたよな。


 アオイさんは転生者だから元の世界に戻ったんだろうけれど、レヴィアとフリースは元気でいるだろうか。


 もし会えるなら……。いや、それは欲張りだから、せめて無事な姿を見られたらいいのに。夢の中でさえ、俺は彼女たちの姿を見ていない。


 実は夢の中で姿を見たり、会っているのかもしれないが、記憶していられなかったら会っていないのと同じだ。


 ふと思う。


 鷺宮後輩がそのまま旅を続けていたら、レヴィアやフリース、それからキャリーサとかオトちゃん、シラベール家の面々や、ザイデンシュトラーゼンのタマサとシノモリとか、色んな人に会うことになったのだろうか。


 俺がちょっと見てみたいのは、傘屋エアステシオンのウサギ娘たちとの絡みである。もしかしたら、サガヤ地区の喫茶店などで後輩と言葉選びが似ているシオンというウサギ娘と出会っていたかもしれない。そうしたら、ちょっと激しいハイレベルな煽り合いなどが見られたかもしれず、それは、ちょっと見たかったな、なんて思った。


 閑話休題。そろそろまとめよう。


 鷺宮後輩の夢話が何を意味するのか考えると、つまり、こういうことだ。


 マリーノーツは転生者が命を落とすと、新たな転生者が補充されるシステムである。ただし、クリアした者のかわりは生まれない。であれば、後輩は俺のかわりに召喚されたのではない。オトちゃんを暗殺しようとした金城という男がマリーノーツ世界での死を迎えたことで、鷺宮さんが勇者候補として自動的に召喚され、転生者として異世界の草原を踏んだのだ。


 その異世界転移のスイッチになったのは、階段からの転落で気を失ったという事故によるものだ。


 そして、旅を始めてすぐに、マリーノーツ全体にファイナルエリクサーの効果が行き渡った。これによって、全ての魔王と名のつく者が消滅を迎え、全ての転生者が強制的にクリアとなって現実に戻されてしまったわけだ。それは、あの世界に行ったばかりの鷺宮後輩も例外ではなかった……と、そんなとこだろう。


「何はともあれ、心も体も無事に帰れて良かったじゃないか」


「ほんとですよ。もし転落のはずみで死んでたら、先輩をからかうこともできなくなってましたからね」


「おい、四年間の大学時代は本当に有限だぞ。もっと有意義に時間を使えよ」


「ふふ、考えときます」


「まさか、その考えるってのは、俺をからかう方法をって意味じゃあないよな」




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