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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十二章 隔てられた世界
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第306話 織原久遠の世界 鷺宮後輩の夢話(1/2)

  ★


 八月。旧暦の七夕の翌日のことである。


 俺は、前日に引き続き学校に行った。


 借り忘れた図書を取りに行こうとしたのだが、その用事だけでは味気ないので、図書館で面白そうな本でも探すことにした。


 興味の赴くままに本を開いては閉じ、開いては閉じ、繰り返していたところ、ある単語が目についた。


 ――ザイデンシュトラーセン。


 強烈な聞き覚えがある。元山賊の調律士アンジュが守っていた廃墟の城郭が、ザイデンシュトラーゼンという名前であった。


 それはドイツ語であり、中国語で言い換えれば絲綢之路(しちゅうのみち)のことなのだという。もっと馴染みのある言い方では、絹の道とか、シルクロードという言葉で知られている。


 ローマと中国の長安(ちょうあん)(現在の西安(せいあん))という都市を繋ぐ道を中心に、世界各地に広がっていった交易路。日本で言えば奈良がシルクロードの終着点だと今のところ言われていたりする。


 だけど、おかしなことを言うようだけれど、そこは終着点とは言えないんじゃないだろうか。


 たくさんの人が関わって、星の数ほどの願いを運んできた交易の道。


 今、人間の交易の道は、鮮やかな織物のように世界中に広がっている。そして、これからも広がっていくのだろう。


 俺たちが織り成すザイデン(絹の)シュトラーセン(道たち)はずっとずっと遠くまで続いていき、そしてどこまでも広大に広がっていく。


 永遠に続いていく、俺たち人間の遥かな旅路のように。


 なんて、そんなカッコイイ感じに思いを()せていたのだけれど……。


「――んぱい、きいてます? 先輩。織原先輩! どうしたんです、ボーッとして」


 ああそうだ。すでにここは図書館ではなく、学校近くのファミレスなのであった。


 図書館で鷺宮(さぎのみや)後輩に捕まった俺は、思い悩んでいる雰囲気で「話したいことがあります」と言ってきた彼女の話を聞くために、四人がけの禁煙席に座りながら食事をともにして、話を聞いてやっていた。


 だというのに、鷺宮さんときたら、なかなか本題に入ってくれず、だんだん疲れてきた俺は、図書館での感動の発見を回想するに至ったのだった。


 俺を引き戻したからには、ようやく本題に入ろうとしているに違いない。しかし、彼女は言うのだ。たぶん、本題ではないであろう話を。


「そういえば先輩。昨日、例の銀髪の女の子が歌ってるところに偶然居合わせたんですよ。すごくないですか?」


「それって、緑地公園のベンチとかじゃなかった?」


「え、まさか織原先輩も、あそこに……?」


「歌ってる途中で通りがかったけど、たしかに綺麗な声だったな。それこそ、どこかで聞いたことがあるような……」


「なーんだ、近くに居たんなら声を掛けてくれればよかったのに」


「そうは言うけれど、鷺宮さんがいたとは知らなかったし、あれが俺の会いたい銀髪の子と同一人物かって言われると確証は持てなかったしな。制服着てなかったし」


「まあ、そうかもですね」


「それで? 鷺宮後輩は、俺と、それっぽいアーティストの話をしたかったのか? 聞いて欲しい話ってのは何なんだ」


 さて、ここからが本題のようである。


「実は昨日、学校で荷物を運んでたら、階段で転んで医務室に運ばれたんですよ」


「えっ、大丈夫だったのか?」


「ええ、この通りピンピンしてます。頭は打たなかったみたいですが、転びそうになった恐怖で気を失ってしまったんですよ、まるで先輩みたいに情けないことにね」


「ねえ、俺みたいってのは言わなくてよくない?」


 しかし、俺の言葉を鷺宮後輩はスルーして言うのだ。


「気を失ってるとき、変な夢をみました」


「夢?」


「ひとことで言うと、異世界を旅する夢です。草原で目覚めたわたしは、オレンジ屋根の町並みが美しいホクキオというところに行って、そこの教戒所とかいうところで説明を受けたんです。ゲームみたいな面白い夢だなと思って石畳のまちを堪能(たんのう)していたら、市場で甲冑の人と三つ編みの人が話しているところに遭遇したのですが……」


 シラベール夫妻だろう。自警団の甲冑男クテシマタ・シラベールと、三つ編み牧場娘のベスさんは、マリーノーツ生活の序盤で立ちはだかった大いなる壁であった。


 もっとも、俺にとってはそうだっただけであって、鷺宮後輩にとっては、そういうわけではなかったようだ。


「そのときに話していた話題がですね、なんと織原先輩のことだったんですよ。甲冑の人が、『織原久遠がいなくなったらしい』みたいな話をしてて、三つ編みの人が、『さびしいね』って言ったら、また甲冑の人が、『転生者の宿命だからな。むしろめでたいことだと思うことにしよう』とか言っていました。


そこでわたしは、二人の会話に割って入っていって、きいたんです。どうせ夢ですから、夢の恥はかき捨てっていいますしね」


 それを言うなら、「旅の恥はかき捨て」であろう。


「『織原先輩を知っているんですか?』と、わたしはききました。甲冑の人は、わたしを怪しむ素振りもなく、『ん、ああ、当然だ』と返してきました。わたしとしてはビックリです。『そんなに有名なんですか?』と目を丸くしたんです。そしたら甲冑の人は、なんて言ったと思います?」


 クテシマタ・シラベールさんは俺の親友だからな。そんなに悪いことは言わないはずだ。


「甲冑の人は言いました。『やつは龍を鎮める作戦の際に、英雄の働きをしたと言っていい。詳しくは機密であるため言えぬが、それ以外の活躍も合わせれば、英雄というより、もはや神だな。ご存じの通り、この町は偶像崇拝を禁止しているが、禁を破ってでも彫像なんかを建ててやりたいほどの活躍であった。君もやつの知り合いなら、その事実を誇るが良い。よかったら、このホクキオのまちには、やつが造った風呂がある。その名も、「オリハラクオン風呂」だ。旅をはじめる前に寄ってみてはどうだろう。我々自警団が管理していて、無料で開放しているぞ。もしかしたら、何か、あやかれるかもしれん』とか、そういうこと言われて、よくわかんないけど、先輩すごいなって思いましたよ」


 シラベールさん、さすがに美化しすぎなんじゃないかな。ものすごい素晴らしい英雄に仕立て上げられてる感じが、大変おそろしい。


「伝言鳥というものを見に行ったときには、『コイツが織原久遠が使っていた伝説の白い伝言鳥だゼ』っていわれて、高級でカッコイイやつを熱烈にオススメされましたよ」


 これも事実と違う。俺が使ってたのは安くて冴えないレンタル伝言鳥だ。一度、高級な伝言鳥を買ったことはあるけど、調教後、一度も飛ばさないうちに差し押さえられたきりだから、もしかしたら、そいつかもしれない。


「そして、甲冑の人の言葉を思い出して、温泉とやらに行ったら、女湯で、髪のすごくキレイな人と出会いました」


 髪のキレイな人とは、誰だろう。




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