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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十二章 隔てられた世界
302/334

第302話 夢の終わり(3/3)

 屋敷の敷地内には、湿った窪みがあった。鮮やかな緑色の(こけ)が、光を浴びて輝いている。


「湧き水を溜めとく池だったんだけど、十年前から、うまいこと水が出なくなった」


 俺が温泉を掘ったから、という原因ではないと思いたい。


「オリハラクオンが温泉なんぞを堀ったせいでね」


 俺のせいだった。ごめん。


「ギルティですね」レヴィア。

「ああギルティだよ」キャリーサ。

「ギルティ」フリース。

「ギルティです!」コイトマル。


 返す言葉がない。そもそも夢の中だから言葉を返せないんだけども。


「さて、じゃフリース。この窪みに氷をお願い。別に水質にこだわる必要もないんだけど、できるだけ清浄な水でやった方が、気分的にも良いでしょう?」


 フリースは小さく(うなず)き、無言のままに手をかざした。窪みから、はみ出すくらいの大きな氷を生み出してみせた。


 しばらく庭園に洒落たテーブルと椅子を持ってきて茶会を開催しながら、氷が溶けていくのを待つことにした。


 ゆっくりと、小さな池に水が満ちていった。


「それじゃあ異世界への道を開通させてみようかね」


 キャリーサが言うには、特殊な歩き方で九歩ほどステップを踏み、まじないをかけてから次元超越のエリクサーを投入するのだという。


「一方向に進むだけのやり方もあるし、その場でジャンプするだけのものもあるし、同じところを旋回するだけのものもある。北斗七星みたいな柄杓(ひしゃく)型に足を運ぶやり方もあったり、地面に八の字を描いたりする人もいるけど、とにかく九歩を地面に刻み込むというところが共通してて、『ナインステップセレモニー』と言う名前で伝わってるのさ」


 どれが正しい形なのだろう。


 わからなくなっているのか、それとも、九という歩数が大事で、もともと正しい形なんて存在しないのだろうか。というか、そもそも、そんな歩法には効果があるのだろうか。


「あたいも色んな人に話を聞いたし、色々と調べてみたんだけど、エルフの秘儀だったって話が出てくるくらいで、結局よくわからないんだよ。まあ、エリザマリーからあたいへの遺言で、『九歩の儀式が成功すれば、()()()()異世界と繋がれる』とか言ってただけだから、別に必須ってわけでもなさそうだけどね」


 キャリーサはそう言って、透明なビンに入った毒々しい茶紫色の液体と、フリースのフードだった青い布を取り出した。


 毒々しいものをイトムシの糸で編んだり織ったりした布で絞り、そのまま池に落としてやれば、フィフスディメンジョンエリクサーというものの完成である。


「さあ二人とも、オリハラクオンの絵や写真の準備はいいかい?」


 レヴィアは俺の絵を取り出した。

 フリースは俺の大学一年の頃に撮った学生証を頭の上にかかげた。

 キャリーサも俺と女の人とアジサイが描かれた絵をもう一度確認した。


 そして、難しいステップは抜きにして、みんなで池の周りを時計回りに九歩進んだ。


 キャリーサはそこで第五(フィフス)次元(ディメンジョン)エリクサーになる液体を片手でかまえ、もう片方の手で、取っ手のついた輪っかを持っていた。輪っかにはフリースのフードが設置されていて、ここで絞ろうという作戦らしい。


「じゃあ、あたいが注いでいいかい?」


 役割分担をするわけではなく、キャリーサは一人でやろうとしているようだった。


 それをみて、フリースは言うのだ。


「三人でいっしょにやろう」


 俺が消えた時には、俺一人がファイナルエリクサーを注いだ記憶がある。他のみんなに拒否(きょひ)られたのだ。あれは、とても寂しかった。


 フリースが、みんなで一緒にやることにこだわったのは、俺が一人さびしく消えた瞬間のことを後悔しているからに違いない。


「わかったよ」


 キャリーサは真面目な顔で言い放ち、レヴィアも首を縦に振り、三人でビンを持った。と、そこに、コイトマルがフラフラっとやって来て怒ったように言う。


「ご主人、コイトマルを忘れないでください! 四人で一緒にやりましょう!」


「そうだね」


 四人の手でビンが傾けられ、青い布の上へと注いでいく。


 すべて注いだところで、金属製の輪を外し、三人で押し合い、もみ合いしながら、にじみ出した液体を即席の池に落としていった。


 あれだけの毒草を入れたのに、触っても大丈夫だった。すっかり毒はなくなっていて、それはすごいと思った。


 だけどね、見た目がとても悪い。どどめ色というか……なんといったらいいか、色ならぬ混沌みたいな、絵の具を全て混ぜちゃいましたみたいな汚い色だし、少し嫌なニオイがするようでレヴィアは鼻をつまんでいた。


 ぼこぼこと沸騰したように大きな泡が次々に出てくるさまは、瘴気が噴き出していた魔王の沈んでた池みたいだ。


「やばそうですよね、これ。いかにも毒沼って感じです」レヴィア。

「本当にこれに飛び込むの?」フリース。

「あたいも、ここまで不快なものだとは……」キャリーサ。

「女をやめないとムリですよこんなの……」コイトマル。


 人間の感覚を捨てないと、別の次元なんか行けないよ、というメッセージつきの仕掛けなのだろうか。女子会パーティにとっては大きな試練が訪れている。


「その、なんとかエリクサーの調合に失敗したんじゃない?」


 フリースの視線はレヴィアに向いた。以前にも、やらかしているからだ。闘技場で調合に失敗した時のように、今回は福福蓬莱茶なんてもんを入れてないだろうね、と、そういうことを目で語りかけている。


「わ、私は何もしてませんよ。キャリーサはちょっとこぼしましたけど」


「いや、待つんだよレヴィア。あのくらいなら影響はないはず。遺言通りに製造には成功したんだよ」


 しばらく重苦しい沈黙が続き、レヴィアが最初に口を開いた。


「……誰から入ります?」


 この言葉を受けて、キャリーサが答える。


「そういうの、いやだね。それに、タイミングがずれたら別の場所に出るかもしれないだろう? だから、ここは手を繋いでさ、みんなで一緒に飛び込もう」


 フリースは無言でキャリーサの手を掴んだ。レヴィアも、そっとキャリーサの手を握った。


「ふたりとも、忘れ物はないかい?」


 フリースは空いている片手で俺の学生証カードを小さな胸に押しつけるように抱いた。


 レヴィアもフリースのまねをして、俺の姿が描かれた絵画を胸に押しつけた。


「せーのっ!」


 六本の足が、地面を蹴った。


  ★


 汚い色の池に飛び込んだ三人を待っていたのは、嵐。あちこちから吹き荒れて、激しい風が舞い踊っていた。


 息苦しそうだった。レヴィアは帽子を飛ばされないように必死に抑え、それでも髪はばたばたと暴れて自分の頬を叩いている。とても会話などをしている余裕はない。


 キャリーサを真ん中にして飛んでいたのだが、やがてフリースだけを引き離すような強い力が発生した。


「なっ、ん……」


 言葉にならない声をあげて耐えようとしていた。


 けれども、ああ、手が離れてしまう。


 もう指先しか繋がっていない。


 キャリーサは諦めずに長い手を伸ばす。レヴィアにもフリースを捕まえさせようと引っ張るが、この風だ。なかなかうまくいかない。


「あっ」


 フリースの手が離れた。一瞬で飛ばされてしまう――かと思いきや、そのままの場所にフリースはいた。


「ご主人!」


 コイトマルが身体を張ったのだ。細い手で、フリースとキャリーサの間に入って、つなぎ止めている。


 だけど、長くはもたない。


 コイトマルは右手で糸を出して、フリースをキャリーサに繋ごうとした、けれども。


「フリース!」レヴィアの悲痛な叫び声だ。


 青い服のクォーターエルフとイトムシの精霊は、二人から離れてしまった。


 帽子から手を離し、必死に手を伸ばしたレヴィアだったが、その手を掴んだのはフリースではなくキャリーサだ。


 離れないようにと両手の五本の指を絡め合っていると、筒状のトンネルが現れた。五色の線が不規則に動き回りながらも、二人を導くように進んでいるように見えた。


 やがてトンネルの終わりに、円形の出口から見える控えめな夜空に向かって飛び出すと、そこは――。


 異世界の池の中だった。


 かなり大きな池だ。周回するのに走っても数分はかかりそうだったし、池を真っ二つに割るように橋が架かったりもしていた。


 周囲には、誰もいなかった。


 冷たくなさそうにしているところをみると、季節は夏なのだろうか。たしかに、夜の闇でわかりにくいが、街灯に照らされた木々の葉は緑がかっているように見える。


 なにはともあれ、二人は手を繋いだまま、一緒に別世界へと辿り着いたのだ。


「フリース……」


 心配そうに呟くレヴィアに、キャリーサは優しく声をかけてやる。


「大丈夫、フリースは強いからね。むしろ、あたいらがちゃんとラックを見つけられるかとか、生きて帰れるかとか、心配しなきゃだよ」


「そう……ですね……」


「とりあえず、いつまでもこうしてると不審者だと思われかねないからねぇ、情報を集めてラックを探そうか」


 不審者丸出しの毒々しい紫色の服を着ているキャリーサは、先に石橋から陸地に上がると、レヴィアの手を引っ張って上陸させた。


「なんだか、変なものがいっぱいですね」


「そうだね、この柵なんか、木が組まれてるのかと思ったらニセモノだよ。岩みたいなのでできてる」


「あんな風に光を放ってるのは、なんですかね。炎じゃなさそうです」


 シンプルなデザインの街灯を珍しがっているけれど、似たようなものはマリーノーツにもあったような気もする。


 キョロキョロと二人して首を振って、物珍しそうにいろいろなものを眺めながら歩いていくと、やがて、公園の案内板を発見した。地図が描かれたものだ。


「この場所の情報が描いてありそうなものだね。いかにもって感じに」


「ええ……けど……よめません!」


「あぁ、あたいにも無理だよ」


 フリースと別れ別れにならなければ、もしかしたら読めたかもしれない。フリースは転生者の扱う言語もいくつか習得していたし、漢字も少しだけ読めるという話だったからな。


 看板に描かれていた公園の名前は、『牛ノ頭(ごのかしら)公園』だった。


 これは、二人に会うための手掛かりになるかもしれない。忘れないように、しっかりと刻み込みたかった。なんで夢ってやつはメモ機能を搭載してないんだ。


 いつも大事なことを忘れた気分になりながら目覚めるのは嫌なんだよ。


「あ、雨です。ラックさんの世界でも、雨って降るんですねぇ」


「そうみたいね」


 キャリーサが言いながら毒キノコみたいな紫色の水玉模様をした傘を開いたところで、俺の視線は二人から少し遠ざかった。


 空へと浮かび上がったように視界が広がっていく。建物や遠くに見える山とかから、夏の東京の町並みの中にある池だということがわかった。でも、ぐんぐんレヴィアから遠ざかっていくということは、これで夢の終わりっていうことなんだろう。


 ならば、と俺は、詳細な地形や目立つ建物を目に焼き付けようとする。


 だんだんと白くなっていく世界で、今度こそ、ちゃんと夢の記憶を残してくれよ、と祈りながら――。


  ★


 長い夢を見ていた気がする。


 どんな夢だったのか、思い出せない。


 ああもう、本当に、なんの夢だったのだろう。目を閉じ、頭に手を当てて思い出そうとしてみるが全然思い出せない。


 ただ、少し『希望』とか『よろこび』とか、そういう雰囲気を強く感じる夢だった。『悲しみ』や『寂しさ』や『焦り』といった感情を抱いていたここ数ヶ月の目覚めとは大きく違っているような、そんな気がした。


 なんだか、あたたかい夢をみていたような気がするけれど、それだけに、現実の肌寒さを強く感じた。


 季節が、まだ春だったからかな。


 それとも、好きな人に会えない日々が続いているからなのかな。なんてな。




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