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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十二章 隔てられた世界
301/334

第301話 夢の終わり(2/3)

 時空移動が間近に迫り、二手に分かれることになった。


 フリースは、「準備をしてくる」と言って出かけていき、ホクキオ近郊の森で木の実を収穫したりしていた。しばらくマリーノーツ産のナッツが食べられなくなるとでも思ったのか、コイトマルが起こした火の中に豪快に放り込むと、火の通ったものをコイトマルが炎の中に飛び込んで回収し、二人で、ずっとリスのようにポリポリとかじっていた。


 一方、キャリーサとレヴィアは、ホクキオの清潔な薬屋の店舗で新品のすり鉢を購入し、製薬に取りかかる。といっても、レヴィアは見ているだけだったが……。


 銀龍、地龍、水龍、炎龍、雷龍の順番に、五龍の歯と呼ばれる五色のアイテムを入れて、執拗(しつよう)に混ぜ合わせてゆく。順番を間違えると効力がなくなるという話だから、間違えないように慎重に。


 半日ほどかけて、すべてが粉末になって砕かれた。そこでようやく、シガンバナの出番である。


 そんなに入れるの? って言いたくなるくらい大量の、妖しげな見た目をした赤い花を投入した。


 しばらく混ぜ合わせていると、手元が狂ったようで、キャリーサは自分の手の甲に赤い粉末をこぼしてしまった。


「あちゃ、失敗だね」


 そして粉末を、ついつい舐めとった。


 途端に、「うっ」と言いながらキャリーサは倒れてしまった。ふざけているわけではない。本気で倒れたのだ。


「え、どうしたんですか?」とレヴィア。


「しまった……。毒だよッ。誰か……治しておくれ、誰か、誰かぁ……」


 誰か、と言われても、ここにはレヴィアしかいない。


 苦しげに「はぁ、ふぅ」とキャリーサは息を吐く。


 横たわって、顔を真っ白にして、苦しそうだ。


 実は、このシガンバナという花はマリーノーツでも五指に入るほど強毒な草花なのである。肌に触れただけで瀕死になるようなもので、それを口に入れたとなると、即死する可能性すらあった。


 いや事前に毒の予防対策を打っておけよと夢の中でツッコミを入れざるを得ない。()めが甘いにも程があるだろう。何してんだよ。


 そばにフリースがいれば、なんとかなったかもしれない。しかし、何度も言うが、ここにはキャリーサの他には、もうレヴィアしかいないのだ。


 キャリーサのことを恨んだこともあった。レヴィアを誘拐した犯人だったからだ。だけど、そんなギルティ深い人間であっても、こんなアホみたいな死に方を見るのは、嫌だと思った。


 フリースよ来てくれ、そしてスパイラルホーンの粉末で、たちどころに回復させてやってくれ。


 ああもう何で、こんな本当にしょうもない事で大ピンチになってるんだ。


 その時である。


 何もできないと思われていたレヴィアが、カウガール装備の上着のポケットから、黒いものを取り出した。


 よく見れば、それは、巻き角。湾曲(カーブ)しながら、螺旋(らせん)状に伸びている。間違いない。あれは、『野生のモコモコヤギの角』だ。そして、それはつまり、解毒効果の高い『スパイラルホーン』だ!


 しかも、かなり大きい。小さなポケットのどこに入っていたんだってくらいの巨大さだ。以前、眼鏡の薬屋で売られていた立派なものより、さらに大きいかもしれない。


 きっと曇りなき眼でみたら、金色に光るレベルの宝物だっただろう。


 レヴィアは、さらにもう一本、野生モコモコヤギの黒巻き角を取り出した。キャリーサの顔の前に両膝をついて座ると。二つの角を力一杯、打ち鳴らしはじめた。


 カシンカシンと硬い石がぶつかり合う音が響き、ぱらぱらと漆黒の粉末が、両膝の間に落ちていく。


 十分な量が溜まったところで、レヴィアは膝の間に手を突っ込んで粉末を回収し、粉まみれの二本指をキャリーサの口に突っ込んだ。


「うぇっ、げほっ、まずぅッ」


 喉の奥から吐きそうな声を出したものの、どうやら無事。なんとか間に合ったようだ。


 起き上がったキャリーサは、ほんの小さく頭を下げて言う。


「あんた、あたいの命の恩人だよ」


「私の自慢の角、記念で大事にとってたのに、傷ついちゃいました。責任取ってください」


 レヴィアは二本の角を差し出して見せつけた。


「う、それは、本当、何て言ったらいいかね。それ、もう二度と生えてこないんだろう?」


「そうですね。斬ったわけじゃなく、抜けちゃったので、もう出てきません」


「取り返しがつかないけど、あたい、どうしたらいい? あんたの言うとおりにするよ」


「じゃあ、そうですね……この時空を超えるエリクサーとかいうのを作った後に、ファイナルエリクサーを作ってください。ラックさんがいなくなったとき、なくなっちゃって、混乱してるうちにこぼしちゃって、飲めなかったので」


「ファッ! ファイナルエリクサーだってぇ? そりゃあんた、あんなの素材だけでも激レアアイテムだらけじゃないのさ! あれを作るには、領主とかにならなけりゃムリだろ」


「じゃあ、なればいいんじゃないですか、領主」


「簡単に言ってくれるけどねぇ、仮にあたいが領主になったとして……せっかく敵が世界を去って、ホクキオが王室ナントカの目の敵にされなくなって税金が下がったってのに、ファイナルエリクサー作るとなったら、また増税して憎まれ領主が誕生しちゃうだろ。殺されっちまうよ、すぐに」


「大丈夫です。キャリーサは簡単に死にません。つくれます。なんとかなりますって」


「おいおい、何を根拠に……」


「だって! 私はラックさんとファイナルエリクサーを飲みたいんです!」


 レヴィアの突然の大声と迫力に気圧され、キャリーサはビクッと肩をふるわせた。


 一つ息を吐いてから、キャリーサは答える。


「まぁ、レヴィアの角のおかげで助かったわけだし、なんとか用意してはみるけどもさ」


「じゃあ、約束です。私は人間ですけど、元魔族なので契約をとても大事にします。もう呪いの力はありませんけど、守ってくれなかったら末代まで頑張って呪いますから」


「わ、わかったよ」


 キャリーサは約束の頷きを見せたあと、興味深そうにレヴィアの持っている巻き角を見つめた。


「にしても、そんな大きいの、よくぞオリハラクオンにバレなかったものだねぇ」


「私のは、世界で二番目に立派で美しい角だったんですよ。一番目はおとうさんです。で、これは、完全な魔族状態の時の巻き角です。モコモコヤギに擬態してる時や、人間の姿のときは、これよりも小さくなります。それでも、十センチ以上はありましたけどね」


「人間社会に帽子ってのがあって良かったねぇ」


「そうですね。帽子を発明した人にも、ファイナルエリクサーを飲ませてあげたいです」


「実は大魔王だったりしてな」


 そしたら消えちゃいますねエヘヘ、とか返して欲しかったのだろうけれど、レヴィアは高位の魔族だったのだ。憧れの魔王なんかもいたかもしれない。


 だから、このキャリーサの冗談によってレヴィアは機嫌をそこねた。


「いまの、むかつきました。追加でスイートエリクサーも百個くらいつけてくださいね」


「なんだって……」


 しなやかな長い指を前髪に滑り込ませ、頭を抱えながらキャリーサは呟いた。


  ★


 かつて俺を追い詰めたホクキオの教会からそう遠く離れていない場所に、貴族街というエリアがある。


 高い塀が並ぶ見通しの悪いこの場所は、かつて、俺とレヴィアが出会った場所であり、キャリーサと出会った場所でもある。


 レヴィアは、高い塀を見上げた後、壁に視線を落とした。


「この場所は、人間の身体に慣れなくて、壁の上から落ちた私に、ラックさんが優しく声をかけてくれたところです」


 そうだ。そしてレヴィアのことを案内人と勘違いして旅立ったんだ。


「いきなり帽子をとられそうになったので、びびりました。人間って何て勘が良いんだろうって。角だけは偽装でも誤認でも隠せませんでしたから……。」


 結局、レヴィアが角生えた魔族だったことに気づかずじまいだったんだから、そんなに勘は良くなかっただろう。


 俺たちの旅は、ここから始まった。旅立って以来、俺は一度もここには来ていない。


 そして、本物の案内人だったキャリーサの追跡も、ここから始まったのだ。


 二人は、少し歩いて坂をのぼり、ひときわ堅牢な壁をもつ邸宅の前に立った。


 高台にあって壁に囲まれているところなんかは、カノレキシ・シラベールさんが住むミヤチズ領主の屋敷に似ている。


 瀟洒(しょうしゃ)な門の向こうに芝生が見えるが、その奥には、ずっと背の低い森が広がっているだけで、何も無いように見えた。


「『曇りなき眼』を持っているとね、あの森の部分には立派な屋敷が見えるんだよ。あたいの偽装スキルを使って隠してるんだ。本当は、あの森の地下深くに作った場所にオリハラクオンを隠して、ほとぼりが冷めるまでそこに居てもらうことになってた」


「それで隠れ家っていうんですね」


「その通り。あたいはね、本当はオリハラクオンをこの貴族街の隠れ家に連れて行って(かくま)うはずだったんだよ。ところが、全然思い通りにいかなかった。レヴィア、何か、あたいに言うことはないかい?」


「なんです?」首をかしげた。


 仕方ない。レヴィアにとってどうでもいい事だから忘れているのだ。


「まあいいけどもさ……。それにしても、今になって、その日に出会ったもう一人の女の子と一緒に、この貴族街の隠れ家に来てるっていうのは、何だろうね、運命を感じるじゃないさ」


 そしてキャリーサの手によって門が開かれる。


「おそかったね」


 中にはすでにフリースがいて、コイトマルと仲良く話しながら、切り株に腰掛けて待っていた。




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