◆091. 双子 5/5 ― お嬢様のために
七日目の朝。目が覚めると、なぜかベッドの真ん中で眠っていた。私の右側で寝ていたはずの一加が、左側にいる。
(寝相が~~)
両手で顔を覆った。
(これって、私が一加ちゃんのほうに寄りすぎて、狭くなっちゃって、反対側に移動してくれたってことでしょ!? は、恥ずかしい~)
一加も一護も、私のほうを向いて眠っている。もう少しで触れそうなほど近い。どうやってベッドから抜け出すか考えた。
(できるだけ反動をつけずに腹筋で起きて、足側からいくしかない)
両手を前に伸ばし、お腹に力を入れた。
(き、きつい。今度から腹筋するようにし……よ……う……っと――)
「――ふへっ?」変な声が出た。
なんとか上半身を起こしきったと思った瞬間、後ろに引っ張られた。左右から手が伸びてきて、後ろに倒された。
驚いて、少しの間固まってしまった。
左右を確認すると、二人ともこちらを見ていた。
「お、起きてましたか……。おはようございます」仰向けのまま挨拶した。
「おはようございます」
「おはようございます」
「寝相が悪くて……、ごめんなさい」
こっそりと抜け出して、なかったことにしてしまおうと思ったが、バレてしまったのでは仕方がない。謝った。
「お嬢様。ワタシたち、明日から自分たちの部屋に戻ろうと思います」
「勉強と、仕事にも戻ります」
「そうですか。それじゃ、お父様にそう伝えますね。えっと~……」
時間を確認した。起床するにはまだ早い。
「あの、二度寝したいので、場所を交換してもらえますか?」一加に頼んだ。
「ワタシ、ここで大丈夫です」一加と一護がくっついてきた。
「えっと、その~、これだと……」
「ボクたち汚くないですよね?」
「それはもちろん、汚くないです!」
(眠りにくいから、離れてもらおうと思ったのに。そう言われると……。この状態で眠るしかないか)
場所を交換してもらうことも、離れてもらうこともあきらめて、目を瞑った。眠れないかと思っていたが、すぐに眠ってしまった。一加たちに起こされるまで、しっかりと眠っていた。
一加たちと部屋で朝食を済ませたあと、父のもとへと向かった。一加たちが仕事などに復帰したいと言っていることを伝えた。
まずは話し合いをしたいので、二人または一護だけでもよいから、明日書斎に来るようにと時間を指定された。それを一加たちに伝えると、お礼を言われた。
(任務完了~。今日はどうしようかな。訓練機で、氣力制御の練習しようかな。……やっぱり、本にしよう。あの本、もう一回読もう)
一加たちが明日部屋に戻るまで、この数日間と同じように過ごして終わりだと思っていた。
私の予想とは全然違う展開が待っていた。
「ボクたち、お嬢様のために一生懸命頑張ります」
一護が笑顔で言った。
「は? え? ま、待って。私のためにって何?」
「お嬢様はワタシたちの恩人だから」
一加も満面の笑みを浮かべている。
「部屋のことも、看病のことも、恩なんて感じなくていいんですよ。恩を感じたとしても、私が風邪をひいたときに、看病してもらえたら、それだけで充分です」
突然の『お嬢様のために』発言に驚愕した。恩人だと言われるようなことはしていない。
「一生懸命頑張るのは、私のためにじゃなくて、一加ちゃんと一護くん、自分自身のためにでしょ。そのために、ここに来たんでしょう」
焦りながらそう伝えると、二人は顔を見合わせ、後ろを向いてコソコソしはじめた。頷き合うと、二人とも私に近づいてきた。二人に腕を組まれた。犯人が警察に連行されるときのような格好になった。
次の瞬間、両頬に柔らかいものが触れた。頬にキスをされていた。
「え?」
二人は私の正面に回り込むと、私のことをジッと見つめてきた。私の反応を見ているようだ。
「あ~、ありがとうございます?」
お礼を言うと、二人はそっくりの笑顔を見せた。
「喜んでもらえましたか?」一加が首を傾けた。
「嬉しいですか?」一護も首を傾けた。
「う、うん」
「良かった」
「やったね」
二人は顔の辺りでハイタッチをすると、そのまま胸の辺りまでその手を下げ、額を合わせた。
「でも、なんか微妙じゃない?」
「確かに。ボクもそう思う」
額を合わせたまま、先ほどの私の反応があまり良くなかったと話している。
「う、嬉しかったです! ちょっと、ビックリしちゃって!」
「一護。どう思う?」
「とりあえず、今日はいいんじゃない?」
「そうだね。今日はね」
「うん。今日はね」
(今日は?)
二人の会話をこんなにはっきり聞いたのは初めてだった。いつもコソコソと小さい声で話しているので、内容まで聞き取れたことがなかった。
(思ってたよりも、打ち解けられたのかな?)
もう二人と仲良くなることはないと思っていたので、嬉しくなった。だが、その数分後、今度は困惑することとなった。
昨日までは、一加たちはベッドで、私はソファーで過ごしていた。それなのに、なぜか二人に挟まれソファーに座っていた。
端に座ろうとしたが、それでは不公平だと真ん中にされた。一人だけが隣だと、その一人が可哀想ということなのか、あるいはその逆なのか。可哀想だったら悲しいので聞かなかった。ベッドではなく、わざわざソファーに座ったのだから、良い意味だと信じることにした。
私が開いている本を、二人は横から覗き込んでいる。
「本が読みたいなら、本棚にあるやつ読んでいいですよ?」
「いえ、大丈夫です」
「ボクたちのことは、気にしないでください」
(いや、気になるよ!)
「そういえば、あの日、話していたのはどの本なんですか? ここにある本ではないんですか?」一加が本棚に顔を向けた。
「あの日?」
「一加がグズってた日」
「グズってないっ!」
「グズってただろ!」
一加と一護は睨み合っている。
(私を挟んで喧嘩するのは~、……まあ、元気になって良かった)
ソファーから立ち上がり、本棚から二冊の絵本を抜き取った。
「こっちが、最初に話したので……」一加に一冊手渡した。
「こっちが、次に話したやつです。話してる途中で眠っちゃいましたけど」もう一冊を一護に手渡した。
一加にソファーに座るようにと手を引かれ促された。二人の間に座り直した。
「読んでください」一加に絵本を返された。
「私が? 読むの?」
二人が同時に頷いた。戸惑っていると、早く読んで、と二人に急かされた。本を開いて、声に出して読みはじめた。
(なんか、お母さんになった気分だな。うーん、黒羽になった気分? 黒羽はお母さんみたいな気持ちで私に本を読んでくれてたのかな? お母さんよりお父さん? やっぱり、兄? 兄は……言ったら怒られそう。兄の気分はないか)
私の両腕には、二人がピッタリとくっついている。本がめくりにくいなと思っていると、途中から一護がめくってくるようになった。
育ての親は厳しかったと言っていた。優しいときもあったらしいが、絵本の読み聞かせなどはしてもらったことがなかったのかもしれない。
その日の夜は、最初から真ん中で眠ることになった。ベッドに入ろうと思ったら、すでに両端は空いていなかった。
「え~っと~」
「真ん中にどうぞ」
「どうぞ」
枕も毛布も私のものは、真ん中に置かれていた。
「ワタシたちの間は嫌ですか?」
「嫌なんですね?」
どうしたら端に戻してもらえるかを考えていると、二人に悲しい顔をされた。そんなことはないと首を横に振った。
(明日の夜は二人とも部屋に戻るし、寝にくくても我慢するか)
ベッドに上がり、三人で向かい合うように座り込み、いっぱい話をした。好きなもの、嫌いなものなど、これまで話をしてこなかったので話すことはいっぱいあった。
横になってからも話をした。両隣が気になって、なかなか眠れないのではないかと思ったが、話をしているうちに眠りに落ちていた。昨夜は、二度寝した時間を足してもあまり眠っていなかった。
朝起きると、二人は、枕と毛布と、私の部屋に持ち込んでいた着替えなどを抱えて、自分たちの部屋に戻っていった。
父との話し合いには、一護だけではなく、一加も一緒に向かっていた。父と何を話したかまではわからないが、二人は問題なく日常に戻ることができた。
一加と一護とひとつのベッドで一緒に眠った。二人の事情を教えてもらえた。以前より仲良くなれたとは思うが、事情を知ったからこそ、話しかけたりするタイミングは二人に任せたほうがよいのではないかと考えていた。
これまでのように、用事があるときだけ話をする仲に戻るのかもしれない。これまでとは違い、少しずつ話をするようになるのかもしれない。どのように進んでも、二人のペースを受け入れていこうと思っていた。
でも、それはやめることにした。もちろん、二人のペースを乱すつもりはない。
私の目の前で二人は普通に会話をしてくれた。私ともいっぱいお喋りしてくれた。今後は二人から話しかけられるのを待つだけではなく、最初の頃のように機会をうかがって、私からも声をかけていこうと思う。




