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花菖蒲のほとり  作者: B星
第3章 ① 本邸 11歳
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◆090. 双子 4/5 ― 苦手な理由


 一週間、二人のそばで過ごした――。


 二日間は熱が高く、うなされていた。一加いちかは「怖い」「痛い」と、一護いちごは「痛い」「汚い」とうなされていた。一加の手を握りしめ、「大丈夫、大丈夫」とその腕をさすった。「いたいのいたいの、とんでいけ」と、一護の体もさすった。


 三日目には熱も下がり、楽になってきたようだったが、もう少し様子を見たほうがよいだろうと、引き続き私の部屋で過ごすことになった。

 二人と特に話をしたりはせず、読書をしたりして過ごした。ゲーム機を蹴っ飛ばしてしまったことを思い出し、電源を入れてみた。起動しなかった。壊れてしまっていた。

 リネン類の取り替えは、一加たちがお風呂に入っている間に、理恵りえが済ませてくれた。私も手伝った。



 五日目の夜、一加に声をかけられた。


「お嬢様。一緒にベッドで眠ってください」


「大丈夫です。気にしないでください」


 一加たちがベッドを使用しているので、私はソファーで眠っていた。


「お願いですから」

「お願いします」


 自分たちがベッドを占拠しているようで、気になるのかもしれない。二人と一緒にベッドで眠るより、ソファーで眠るほうが気楽だ。だから、私はこのままがよい。でも、それは言いづらい。仲が良かったら言えるが、そうではない。二人に見つめられ、断りきれなかった。


 一加に一護のほうに詰めてもらい、ベッドの左側に横になった。三人で寝ても、ベッドには余裕があった。


「お嬢様は、ボクたちのこと何か聞きましたか?」


 一加たちに背を向け目をつむったところで、一護が話しかけてきた。


「孤児院にいたってことは。あと、大人が苦手だってことは、この前聞きました」


「それだけですか?」一加が聞いてきた。


「……他に……何かあるんですか?」


 久しぶりのベッドだからか、この数日間の看病で疲れていたのか、同じベッドで眠れるか不安だったが、すぐにまぶたが重たくなった。

 一加の質問に質問で返しておきながら、返事を聞く前に眠ってしまった。


 目が覚めると、一加にくっついて眠っていた。父と一緒に眠って朝起きると、だいたいくっついている。癖のようなものだ。寝相が悪いわけではない。

 運良く一加は眠っていたので、起こさないように、そーっと離れてベッドから抜け出した。



 六日目も同じように三人でベッドに入った。


「大人が苦手な理由を聞かないんですか?」


 横を向いて目をつむると、一加が問いかけてきた。昨夜の話の続きのようだ。


「えっと~、話してもらえるなら。でも、言いたくないなら、言わなくていいですよ」


 父やてつたちみんなと、問題があるようには見えなかった。近づきたくないほど、大人が苦手だとは思わなかった。苦手な理由を知りたくはあったが、話したくないならそれでよいと思った。


「聞いてください」

「ボクたちのこと……」


 仰向けに寝直した。一加のほうを向くか迷ったが、一加が仰向けだったので私もそうした。


「ワタシたち、すごく大事に育てられたんです。両親に。でも、両親は、本当の親じゃありませんでした。二年くらい前に知りました。それで孤児院に入ったんです」


(大事にしてくれていると思っていた両親に裏切られて、大人は信用できなくなった。ってことなのかな?)


「本当にホッとしました」


「ホッとしたの!?」


 天井を見ながら黙って聞いていようと思っていたのに、思わず一加に顔を向けて聞き返してしまった。


「一加は、大事にって言いましたけど。それはあの人たちの大事にで、お嬢様が思っているものとは違います」


「両親だった人たちは、ワタシたちがそっくりの双子だったから大事だったんです。掃除や料理が上手じょうずにできなくて、厳しくされました。でも、優しいときもありました。可愛がってくれるときもありました」


「どんなに叩かれたり蹴られたりしても、すごく優しいときがあったから。ボクたちは、あの人たちに愛されてると思ってました」


「ワタシにあざがあると、どうして同じところに痣がないって、一護も同じところに痣ができるように殴られてたのに。ワタシに痣を作ったのは…………」


「ボクたちが、二年前、あの人たちが実の親じゃないと知ったときに、それを教えてくれた人たちが、あの人たちの愛情は間違っていると教えてくれました」


「本当の親じゃなくて悲しかったです。でも、もうあんなことされなくて済むと思うと、ホッとして。でも、同時にすごく怖くなって……」一加が大きく息を吸い込んだ。


「母親だった人は、父親だった人ほど暴力を振るわなかったので、女の人ならまだ平気なんですが。一加は男の人がダメで……」


 数日前、一加が悲鳴を上げた理由がわかった。大人の男性に掴まれ、怒鳴られながら詰め寄られたことで、トラウマが刺激されてしまったのだろう。


(怖いって、そういうことか)


 夢も怖かったのかもしれない。その頃の夢を見たのかもしれない。


「お父様たちは、大丈夫なんですか?」


「旦那様たちは、事情を知っていて、距離を取ってくれています。一加には、理恵さん、小夜さよさん、悠子ゆうこさんが教えてくれます」


 家庭教師の先生も女性だ。先生も事情を知っていそうだ。


「ボクたちはこんな感じだから……。援助の話をいただいたとき、断ったんです。でも、旦那様は何回も通ってきてくださって。ボクと一加を一緒に引き取るからって。大人に関わるようなことは、相談してから、できる限りボクたちに合わせてくれるって。もう、これ以上の条件はないんじゃないかと思って、決めました」


(お父様は、一加ちゃんと一護くんにいっぱい会いに行っていたんだ。話し合ってきてたんだ……)


 悲鳴には驚いていたが、一加の状態に驚いている様子はなかった。無理に近づこうとも、詳しく話を聞こうともしなかった。こういう状況になってしまったとき、どう対応するかも話し合っておいたのかもしれない。


「ここに来てから、良くなってきたって思ってたのに。こんなことになってしまって。すみません」一加は涙声になっていた。


「大丈夫ですよ。お父様たち、心配はしてたけど、困るとか、そういうことは言ってませんでしたから」


 一加たちは、トラウマを抱えつつも、心を決めてここに来た。今回のことで、見捨てられてしまったらどうしようと不安なのだろう。父はこのようなことで見捨てたりはしないが、一加たちが不安になってしまうのも仕方がないことだと思う。


「ボクたちのことで……、お嬢様にご迷惑をおかけしました。部屋も、看病も」


「部屋は私がお願いしたことですから。看病は、体調が悪い人がいたらするものですよ。気にしないでください」


 小さいときに高熱を出して、いっぱい看病してもらった話をした。してもらったことを、同じようにしただけだと伝えた。


「他に、気になることはありますか?」


 二人が、この家から追い出されるのではないかと、不安に思うようなことがあれば、取り除きたいと思った。


「お嬢様は……」一護が口を開いた。


「克服しようって言わないんですか?」


「克服?」


「大人が苦手な……、嫌いなこと」


「……私に手伝えることがあるなら、手伝わせてくださいね」


 これだけしか言えなかった。克服しようと思って、克服できるものではないと思った。時間をかけるしかないのではないだろうか。または、何かきっかけが必要なのではないだろうか。


「他にはありますか?」


「ワタシたち――」今度は一加が口を開いた。


「――観賞されてたんです」


「カンショウ、ですか?」意味がパッと頭に浮かばなかった。干渉かんしょう、だろうか。


「観賞用だったんです。双子だから。似ている男女の双子だから。男の子と女の子の服を着たり、逆の服を着たり、二人とも男の子の服を着たり、女の子の服を着たり、何も着なかったり……」


(カンショウ用……、観賞用? 何も着なかったり?)


「ワタシたちって、汚いと思いますか?」


(汚い?)


「お風呂に入ってるし、汚いなんて思ってませんよ」


 的外れなことを言った。動揺している。嫌な想像をしてしまった。一加の言葉を変な意味でとらえてしまい、最悪な想像をしただけなのか、そういうことで合っているのか確認できない。聞くことができない。どう尋ねても、一加たちを傷つけてしまうような気がする。


 一加が体を起こし、こちらを向いた。


「お嬢様。ワタシたちって、汚いと思いますか?」


 目を合わせて、もう一度問いかけられた。右手で、パジャマの胸元を握りしめている。


 起き上がり、一加のほうを向いて座った。


「汚くないよ」


 一加の目を見てそう言うと、一加の目からポロッと涙がこぼれた。ゆっくりと一加の顔に手を伸ばし、指で涙をぬぐった。


「汚くない」


 頭をなでると、一加はそでで目元を押さえた。


「一護くんも、汚くないからね」


 体を斜めにし、一加の体に隠れていた一護の顔を見て、目を合わせて言った。


「……そろそろ眠りましょうか。他に聞きたいことがあったら、いつでも聞いてくださいね」


 横になった一加に、毛布を掛け直した。


「それじゃ、おやすみなさい」


 私も横になり、一加たちに背を向け眠る体勢になった。


(虐待じゃないか……)


 怖い、痛い、汚い。一加と一護がうなされながら口にしていた言葉には、そういう意味があった。一加が悲鳴を上げた日、助けて、と泣いていた。


(辛かったんだ。今でも、うなされるくらい。……今も辛いんだ。気の利いたことを言えたら、もっと何か言えたら良かったのに)


 自分の不甲斐ふがいなさが悔しくて、涙がこぼれた。数日前の一加と一護のうなされていた様子と聞いた話とを交互に思い出し、なかなか寝つくことができなかった。


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