表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花菖蒲のほとり  作者: B星
第2章 ④ 本邸 10歳
78/351

 076. 心配事 2/4 ― 隼人の趣味 (大地)


「おい、黒羽くろは。ほどほどはどこいった?」


 息を切らせた黒羽は、前屈まえかがみになりひざに手をついた状態でこちらを向いた。


 黒羽がお嬢様から離れたあと、稽古を始めた。今は休憩中だ。お嬢様は、水を持ってくるね、と道場を出ていった。


 お嬢様に黒羽を止めてくれと頼まれたとき、あまり言葉が出てこなかった。引き離してやろうとも思えなかった。

 黒羽は当たり前のように、お嬢様の頬にキスをした。お嬢様は頬へのキスに驚くことなく、普通に注意した。頬へのキスは二人の日常とも取れる様子に、呆気にとられてしまった。


「ほどほどにしてますけど」


「いや、あれは、ほどほどとは言わないだろ」


「充分、ほどほどにしてる」黒羽はぷいっと顔を背けた。


「お前なあ――」

大地だいちがくれた本にも、隼人はやとがくれた本にも、スキンシップが大切って書いてありました」


「は?」


「だから、本に書いてありました。触ってると、好きになってもらえるって」


「いや、いやいやいやいや。本に書いてあることを鵜呑うのみにするなよ! しかも、ああいう本に書いてあることを!」


「なんで? だって、僕のために選んでくれたんですよね?」


「そ、そうだけど……」


「どの本も、触れてると女の人がその気になってきてました。嫌がってても、そうじゃなくなってきてた。そういうものなんですよね?」


 黒羽は顔を背けたまま、少しだけ口を尖らせた。


 確かに、俺が渡した本はそんな感じの本だったような気がする。渡したのは一年以上前だ。俺が買って読んでいた本だが、俺は中身を全部読まない。読んだ内容もそのときだけで、あまり覚えていない。


 触れることが良いほうに転がることもある。黒羽のように顔が良ければ、その確率も高いだろう。だが、そうとは限らない。嫌がられることもある。普通だったら、むしろ嫌がられることのほうが多いと思う。

 俺と隼人が渡した本に出てくる女性が、良いほうに転がっているのは、そういう本だからだ。男に都合が良いように書かれているからだ。


(俺と隼人が渡した本のせいで、変な勘違いをしてるのか? 俺と……隼人?)


 黒羽の口角がピクリと動いた。


(あ、こいつ……)


「おい、黒羽。わかってて言ってるな? 本のせいにしただろ? こっち向け」


 前屈まえかがみをやめ、真っ直ぐ立った黒羽が、ゆっくりとこちらを向いた。口の端がピクピクしている。笑わないようにこらえている。


「黒羽~」俺が一歩前に出ると、黒羽は一歩後退した。


「あはは。なにその変な顔~」


「お前なあ、人が本気で心配してるのに」


「なにを?」


「俺と隼人が渡した本のせいで、黒羽がお嬢様に嫌われ――」

「嫌われない」キッとにらまれた。


「なんなんだよ、その自信は」


「だいたい、さっきのは大地が悪い」


「なんで俺が悪いんだよ」わけがわからず、頭をいた。


「お嬢様に近づくから!」


「まさか、まだ気にしてるのか? だから、とらないって言っただろ!」


 去年の夏に遊びに来たとき、黒羽はお嬢様をとらないでくれと言って泣いた。とるもとらないもないと返した。俺とお嬢様がどうこうなることはない。少し危ないこともあったが、その危機は回避した。


(親父と兄貴たちのせいでな! ホント、忠勝ただかつさんとお嬢様に感謝するわ……)


「そういう問題じゃない!」


「は~? じゃあ、どういう問題なんだよ?」


「大地には教えない」


 俺には言いたくないらしい。黒羽は顔をそらさず、俺の目を見ている。頭に手を伸ばした。逃げる素振りもない。


(無理やり聞かなくても、大丈夫そうだな)


「まあ、俺に教えたくないなら、それでもいいけどな」黒羽の頭をグリグリとなで、そのまま肩を組んだ。


「ところでさ、さっきから気になってたんだけど……」


「なんですか?」黒羽が目だけを向けてきた。


「隼人にも本をもらったのか?」


「そうですけど」


「うわ! マジか! ちょっと見せてくれよ。隼人の趣味、気になる!」


「隼人のは、大地のと違うけど」


「同じだったら、ビビるだろ。どんなの読んでるのか、見てみたいんだよ」


「そうじゃなくて。隼人は僕のために新品を買ってきてくれたから。大地は手持ちの中からくれたから、アレは大地の趣味だろうけど。隼人のくれた本は、隼人の趣味じゃないと思う」


「バカだな!」肩を組むのをやめ、正面から黒羽の両肩に手を置いた。


「隼人は黒羽のために選んだんだろ? ってことは、中身を知らないはずはないよな? きっと、何冊か見た上でその本を選んだはずだ。隼人は、黒羽にはピュアなやつって言ってただろ?」


「言ってたけど」


「ってことは! 少なくともその本は、ピュアなジャンルの隼人の好みってことだろ? ピュアなやつと言えばこういうのっていう、隼人の立派な趣味だよ!」


 黒羽は目を見開いた。小さい声で、なるほど、と呟いた。


「な、いいだろ? 気になるんだよ」


「い、いいけど。見せたことがバレたら、大地だけじゃなくて、僕もひどい目にいそうな……」黒羽は俺から視線を外し、下唇をんで迷っている。


「黒羽の部屋に行った俺が、勝手に見たってことにしていいから。俺にもらった本と一緒に置いといた、とでも言っときゃいいって」


「うーん。まあ、それなら……」


「よし! あとでな! 今度、また本を買ってきてやるからな!」


「別に本は……。それよりも、聞きたいことがあるんですけど」


「なんだよ?」


「本を見せるときに。それと、僕の質問のことは、絶対にお嬢様には言わないって、約束してほしいんですけど」


「……わかった」


「じゃあ、あとで見せます。いつがいいですか? 眠る前? 夜は酒盛りするの?」


「そうだな~。するかもな。このあと、シャワー浴びて、夕食の前はどうだ?」


「わかりました。それで」黒羽はうなずいた。


「お水持ってきたよ~」


 お嬢様の元気な声が聞こえてきた。出入り口に顔を向けると、お嬢様が中に入ってこようとしているところだった。どういうわけか、何も持っていなかった。

 お嬢様が中に入ってくると、後ろからヤカンとコップを持った忠勝さんが入ってきた。なぜか道着姿だ。


 忠勝さんがヤカンからコップに水をいだ。そのコップを、お嬢様が手渡してくれた。


「大地。黒羽はどうだった?」


「え? どうって?」忠勝さんの質問の意味がわからず、聞き返した。


「稽古を見てやってたんじゃないのか?」


「あ、ああ、見てたけど……。まあ、変な癖とかもついてないし。隼人が教えた通りにできてたよ」


「そうか」忠勝さんは黒羽に顔を向けうなずいた。黒羽は嬉しそうな顔をした。


(そういや、黒羽の稽古……。やけに具体的というか、基礎からしっかりというか。見ていてほしいって、打ち込みのことかと思ったら、姿勢から何から……)


「黒羽、さっきの稽古の内容って……」


「旦那様が見てもらうようにって。ここに来る前に」


「あ~」


 黒羽がなかなか来なかった理由がわかった。忠勝さんに稽古の内容を指示されていたからだ。


「待たせて悪かったな。さあ、始めようか」


「へ? 何を?」


 忠勝さんに肩を叩かれた。何を始めるのか、わからなかった。いや、わかりたくなかった。


「黒羽から聞いてないのか?」


 黒羽に顔を向けた。黒羽はハッとしたような顔をして視線をそらした。


「まあ、いい。やることは変わらない。大地に稽古をつけてくれと頼まれている」


「誰に!? って、一人しかいないけど。お、親父のやつ~」


「前に一緒に稽古をしたのは、一年……半前くらいか。現役には敵わないかもしれないが、相手になろう」


「け、謙遜が過ぎる。忠勝さん、敵わないなんて絶対に思ってないだろ!」


 俺が馬車に乗ってここまで来た一番の理由は、黒国丸くろくにまるに無理をさせたくなかったからだ。長距離はもう走らせないほうが良いだろうと言われた。年齢もある。素直にそう信じた。

 仕事で疲れていたのも事実だ。目標がある。全力で打ち込む必要がある。


 馬車は、疲れているなら無理をせず使え、と親父が用意してくれた。俺の様子を見て気遣ってくれたのかと思っていた。


(忠勝さんとの稽古があるから。叩きのめされることがわかってたから。だから、馬車を使えって言ったのか! 絶対そうだ!)


 忠勝さんとの稽古が始まった。お嬢様と黒羽は、道場の端で見学をしている。お嬢様の、がんばれ~、という気のない応援を背に頑張った。

 毎日、騎士の訓練や稽古をしている。忠勝さんに一矢いっしどころか、何矢かむくいることができるのではないかと思った。うぬぼれは良くないな、と反省した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ