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花菖蒲のほとり  作者: B星
第2章 ④ 本邸 10歳
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◆069. 私の記憶


 本邸の庭のはずれには、とても素敵な場所がある。木陰のできる芝生しばふが敷きつめられた場所だ。ベンチも置いてある。

 本邸に通いはじめた頃は、ここは芝生ではなかった。花壇、もしくは低木が生えていた場所だったと思う。いつの間にか芝生になっていた。律穂りつほが私のために、この場所をつくってくれた。


 手提げ袋の中からレジャーシートを取り出し、木陰になっている場所に敷いた。靴を脱いで、シートの上に仰向けに寝転がった。


「うーん! 気持ちいい!」


 上下に、グーッと伸びをした。


 日の光の下は暑いが、木陰にいて風が吹いてくると、とても気持ちがよい。


 寝転んだまま、袋からゲーム機を取り出した。そうゲーム機だ。携帯型ゲーム機が出た。今、大ブームになっている。


 デジタルなゲームはないのかと思っていた。ないわけではなかった。喫茶店や酒場などには業務用ゲーム機が置いてあるそうだ。行ったことがないので知らなかった。


(ゲームを映す画面があるなら、テレビがあってもいいような……。なんでないんだろ。あと何年かしたら、できたりするのかな?)


 この携帯型ゲーム機は、横長の長方形のような形をしている。中央に画面がついていて、左右にキーやボタンが付いている。さらにその横の部分に握る部分、ハンドルがついている。これを握ると氣力きりょくが流れ、電源を入れられるようになる。このゲーム機は、氣力を流している間だけ遊べる。


 ゲームソフトを入れ替えられるようにはなっていない。収録されているゲームのみ遊べる。セーブ機能はない。収録されているゲームは、セーブ機能がなくても特に問題ないものなので、それほど不便ではない。

 ただ大きくて重い。ハンドル以外の部分だけで、B5くらいのサイズがある。週刊少年漫画誌や、月刊少女漫画誌を横にした大きさだ。厚みは週刊少年漫画誌と同じくらいある。


(とりあえず、サイズはこれでいいから、軽くならないかな)


 小型化と軽量化は同時に進歩する技術なのかもしれないが、小型化はあとからでもよいので、はやく軽量化してくれないかなと思っている。

 とても腕が疲れる。あと、仰向けに寝転んだ状態で遊んでいて、手が滑ってゲーム機が落ちてきたときの、痛さがとんでもない。ハンドルを握っていても、落ちてくるときは落ちてくる。


「っと、その前に……」


 袋から、流出制御訓練機を取り出した。氣力を流して、感覚を確認した。


(うん。問題ないかな)


 氣力の制御は感覚だ。氣力を通す物質に触れると、引っ張られるような感じがする。それを引っ張り戻して、細くするイメージだ。穴をすぼめて細くするでも、どんなイメージでもよい。とにかく自分の中で、これくらいが普通の人と同じくらいの流出量、という感覚を掴まなければならない。


 私は感覚を掴むのが下手へただった。なかなか安定しなかった。隼人はやとが根気よく付き合ってくれたので、なんとかできるようになった。


 訓練機を袋に戻した。仰向けになり、ゲーム機のハンドルを握って、電源を入れた。


 ゲーム機で遊ぶためには、流出量を制御し続けるしかない。制御の訓練にはもってこいだ。壊してしまうかもしれないという、余計なスリルまで味わえる。さらに私の場合、興奮すると氣力がれる。

 正直、ゲーム機では遊ばない方が良いのではないかと思う。だが、遊ばずにはいられない。前世でもデジタルなゲームが大好きだった。今もとても楽しい。


(あー、またあのゲームがやりたい。あのゲーム、予約したのにできなかったな)


(……できなかった?)


 ゲーム機の電源を落とし、頭の上のほうに置いた。左手の甲をひたいにあてた。


 大好きなゲームがあった。シリーズもので何作も出ていた。息の長い作品だった。ゲーム機本体が進化しても、そのシリーズは終わることなく続いていた。最新作が発売されることになり、予約をした。


 手にした記憶がない。


 寿命間際のことではない。もっと若いときだ。人生で起こったこと全部を記憶していられるわけではない。同級生だった人の名前を忘れてしまうこともある。覚えていないことがたくさんある。

 だがしかし、このゲームに関しては覚えていてもよいはずだ。このゲームのために、発売されたばかりの最新のゲーム機本体を購入した。それに、本体を購入したことと、ゲームソフトを予約したことはちゃんと覚えている。


(ちょっと待って。なんかおかしいな)


 目をつむって、両腕で目の辺りをおおった。


 人生の最後に読んだと思った漫画の単行本がある。最終回が読みたかったなと思った。本当に最後に読んだ漫画だっただろうか。あれが最後だったとすると、前の巻から数十年は経っていることになる。週刊誌に掲載されていた漫画の単行本だ。そんなことがありえるのだろうか。作者は私よりも年上だったはずだ。


 前世の記憶があるといっても自分のことは、寿命で死んだ、結婚していたなど、わずかなことしか覚えていない。家族や友人、職場関係の人のことなどは覚えていない。

 覚えていないことが多いが、知識や経験したことは覚えていると思っていた。そうではないのかもしれない。


(知識も、経験したことも、抜け落ちていることがたくさんありそうな気がしてきた)


 テレビの進化を思い出してみた。通信関連の進化を思い出してみた。車や電車の進化を思い出してみた。ゲーム機の進化、流行はやりを思い出してみた。

 どれも、こんな風だったな、と思い出せるが、もっと続きがあるような気がする。


 なんとなくだが、ある時期よりあとが思い出せない。そこから急に病院のような場所にいる記憶になる。

 一年毎に何があったのか思い出せなくても、数年に一つくらいは何か覚えていてもよいはずだ。それなのに、何も思い浮かばない。

 それとも誰かに、こんなことあったよね? と言ってもらえたら思い出せるのだろうか。


(……わからない。この記憶ってホントなんなんだろ)


 顔から腕を退け、ゆっくりと目を開けた。両手を空に向けてかざした。私の手だ。十歳の私の手が見える。

 自分の手がシワシワだった記憶がある。前世の記憶を得てから五年が経った。生活する中で、普通の記憶と同じように薄れてはきたが、なんとなくは覚えている。


(今でもはっきり思い出せることもあれば、手のこととかは朧気おぼろげになっちゃってるし。ホント、わけがわからない)


「あ! もしかして……」


 そもそも、前世の記憶を持って異世界に転生したという考え方が、間違っていたのかもしれない。


 子どもがお母さんのお腹の中にいたことを覚えている、という話を聞いたことがある。覚えている子もいれば、覚えていない子もいるらしい。覚えている子も徐々に忘れてしまうそうだ。

 これに近い話なのではないだろうか。


 誰しもが前世の記憶持って生まれてくる。ただ、普通は覚えていることが少な過ぎて、それが前世の記憶だと気がつかない。


 私は中途半端な前世の記憶を得たのではなく、他の人よりも覚えていることが多いだけなのではないだろうか。


「うん。なんかこっちの方が納得できるかも」


(不思議な考え方、変わった考え方をする人は、前世の記憶に引っ張られちゃってるのかも?)


 ゴロンと横向きに転がり、両手を枕にした。


(まてよ。この説だと、生まれたときから覚えていないとおかしい……のかな?)


 私は五歳になったときに、唐突に前世のことを思い出した。


(いや、でも、覚えてる量が人それぞれなら、思い出すタイミング、忘れるタイミングだって、人それぞれでもいいはず)


 五歳でもあれだけの熱が出た。もしかしたら、赤ちゃんでは絶対に耐えられないから、自分自身を守るために、五歳まで記憶を封印していたのかもしれない。


「封印って……。ふふっ」


 なんだか可笑しくなってしまい、思わず笑ってしまった。


「……黒羽くろはもなのかな」


 黒羽の私に対する執着は、私が生まれたときからだ。黒羽が前世のことを覚えているとしたら、そんなこともあるのではないだろうか。


(前世で生き別れた恋人とか。家族とか)


 もしそうなのであれば、申し訳ない。私は覚えていない。


(あ、でも、前世は寿命だったし。夫がいたはずだから、生き別れたってのは変かな? 夫と出会う前に生き別れたとか? 結婚を許してもらえなくて、泣く泣く別れたとか?)


 考え出したらキリがない。いくらでも妄想できてしまう。


(ん~、でも顔がなあ……)


 見た目が変わっていると思う。前世の顔を覚えていないので言い切れないが、たぶん変わっている。それでもピンとくるものがあるような、そんな深い仲だったのだとしたら、覚えていない私はひどい人だ。


(前世も今も、本が好き。ゲームもそう。好きなものは変わってないと思う。ってことは、好きな人も? それじゃ、夫だった人に会ったら……)


「……ダメだ。もう考えるのやめよう」


(今は、今)


 考えてもどうにもならないことに、頭を悩ませてしまった。普段気にしていないせいか、考え出したら止まらなくなってしまった。


「ああ~、考えないって思うと余計に……」


 最初に思い至ったように、中途半端な記憶を持った異世界転生なのだとしたら、私はよそ者なのかなと思ってしまう。何かあれば弾き出されてしまうのではないかと、少し怖くなる。


(氣力が漏れる体質で良かった)


 興奮すると氣力が漏れるのも、氣力流出過多症きりょくりゅうしゅつかたしょうも、とても厄介な体質だ。でも、父と繋がりがあるのだと安心できる。異世界の記憶はあるが、この体は確実にここで生まれた。


(そう、そうなんだよね。私にとって、どっちが異世界って……)


「前世が異世界、なんだ……」


 目尻から、涙がこぼれ落ちた。


 たぶん、無意識にずっとそう思っていた。認識して、口にして、悲しいような嬉しいような、変な気持ちになってしまった。


 父の顔を見たい――と思ったが、今は仕事中だ。


(この前、宣言したばかりだけど。今夜はお父様と眠ろうかな)


 十歳の誕生日に、お父様とはもう一緒に眠らない、と宣言した。父は眉間にシワを寄せていた。撤回したら、喜んでくれそうな気がする。

 ちなみに、お風呂は九歳の誕生日から一緒に入ることをやめた。


「ふふ。そうしよ。今夜は、お父様と一緒に寝ちゃお。……ふあぁ」


 眠るときのことを考えたせいか、眠たくなってきてしまった。体をなでていく風も心地好い。ゲームは起きてからすることにして、ゆっくりと目をつむった。


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