◆069. 私の記憶
本邸の庭のはずれには、とても素敵な場所がある。木陰のできる芝生が敷きつめられた場所だ。ベンチも置いてある。
本邸に通いはじめた頃は、ここは芝生ではなかった。花壇、もしくは低木が生えていた場所だったと思う。いつの間にか芝生になっていた。律穂が私のために、この場所をつくってくれた。
手提げ袋の中からレジャーシートを取り出し、木陰になっている場所に敷いた。靴を脱いで、シートの上に仰向けに寝転がった。
「うーん! 気持ちいい!」
上下に、グーッと伸びをした。
日の光の下は暑いが、木陰にいて風が吹いてくると、とても気持ちがよい。
寝転んだまま、袋からゲーム機を取り出した。そうゲーム機だ。携帯型ゲーム機が出た。今、大ブームになっている。
デジタルなゲームはないのかと思っていた。ないわけではなかった。喫茶店や酒場などには業務用ゲーム機が置いてあるそうだ。行ったことがないので知らなかった。
(ゲームを映す画面があるなら、テレビがあってもいいような……。なんでないんだろ。あと何年かしたら、できたりするのかな?)
この携帯型ゲーム機は、横長の長方形のような形をしている。中央に画面がついていて、左右にキーやボタンが付いている。さらにその横の部分に握る部分、ハンドルがついている。これを握ると氣力が流れ、電源を入れられるようになる。このゲーム機は、氣力を流している間だけ遊べる。
ゲームソフトを入れ替えられるようにはなっていない。収録されているゲームのみ遊べる。セーブ機能はない。収録されているゲームは、セーブ機能がなくても特に問題ないものなので、それほど不便ではない。
ただ大きくて重い。ハンドル以外の部分だけで、B5くらいのサイズがある。週刊少年漫画誌や、月刊少女漫画誌を横にした大きさだ。厚みは週刊少年漫画誌と同じくらいある。
(とりあえず、サイズはこれでいいから、軽くならないかな)
小型化と軽量化は同時に進歩する技術なのかもしれないが、小型化はあとからでもよいので、はやく軽量化してくれないかなと思っている。
とても腕が疲れる。あと、仰向けに寝転んだ状態で遊んでいて、手が滑ってゲーム機が落ちてきたときの、痛さがとんでもない。ハンドルを握っていても、落ちてくるときは落ちてくる。
「っと、その前に……」
袋から、流出制御訓練機を取り出した。氣力を流して、感覚を確認した。
(うん。問題ないかな)
氣力の制御は感覚だ。氣力を通す物質に触れると、引っ張られるような感じがする。それを引っ張り戻して、細くするイメージだ。穴をすぼめて細くするでも、どんなイメージでもよい。とにかく自分の中で、これくらいが普通の人と同じくらいの流出量、という感覚を掴まなければならない。
私は感覚を掴むのが下手だった。なかなか安定しなかった。隼人が根気よく付き合ってくれたので、なんとかできるようになった。
訓練機を袋に戻した。仰向けになり、ゲーム機のハンドルを握って、電源を入れた。
ゲーム機で遊ぶためには、流出量を制御し続けるしかない。制御の訓練にはもってこいだ。壊してしまうかもしれないという、余計なスリルまで味わえる。さらに私の場合、興奮すると氣力が漏れる。
正直、ゲーム機では遊ばない方が良いのではないかと思う。だが、遊ばずにはいられない。前世でもデジタルなゲームが大好きだった。今もとても楽しい。
(あー、またあのゲームがやりたい。あのゲーム、予約したのにできなかったな)
(……できなかった?)
ゲーム機の電源を落とし、頭の上のほうに置いた。左手の甲を額にあてた。
大好きなゲームがあった。シリーズもので何作も出ていた。息の長い作品だった。ゲーム機本体が進化しても、そのシリーズは終わることなく続いていた。最新作が発売されることになり、予約をした。
手にした記憶がない。
寿命間際のことではない。もっと若いときだ。人生で起こったこと全部を記憶していられるわけではない。同級生だった人の名前を忘れてしまうこともある。覚えていないことがたくさんある。
だがしかし、このゲームに関しては覚えていてもよいはずだ。このゲームのために、発売されたばかりの最新のゲーム機本体を購入した。それに、本体を購入したことと、ゲームソフトを予約したことはちゃんと覚えている。
(ちょっと待って。なんかおかしいな)
目を瞑って、両腕で目の辺りを覆った。
人生の最後に読んだと思った漫画の単行本がある。最終回が読みたかったなと思った。本当に最後に読んだ漫画だっただろうか。あれが最後だったとすると、前の巻から数十年は経っていることになる。週刊誌に掲載されていた漫画の単行本だ。そんなことがありえるのだろうか。作者は私よりも年上だったはずだ。
前世の記憶があるといっても自分のことは、寿命で死んだ、結婚していたなど、わずかなことしか覚えていない。家族や友人、職場関係の人のことなどは覚えていない。
覚えていないことが多いが、知識や経験したことは覚えていると思っていた。そうではないのかもしれない。
(知識も、経験したことも、抜け落ちていることがたくさんありそうな気がしてきた)
テレビの進化を思い出してみた。通信関連の進化を思い出してみた。車や電車の進化を思い出してみた。ゲーム機の進化、流行りを思い出してみた。
どれも、こんな風だったな、と思い出せるが、もっと続きがあるような気がする。
なんとなくだが、ある時期よりあとが思い出せない。そこから急に病院のような場所にいる記憶になる。
一年毎に何があったのか思い出せなくても、数年に一つくらいは何か覚えていてもよいはずだ。それなのに、何も思い浮かばない。
それとも誰かに、こんなことあったよね? と言ってもらえたら思い出せるのだろうか。
(……わからない。この記憶ってホントなんなんだろ)
顔から腕を退け、ゆっくりと目を開けた。両手を空に向けてかざした。私の手だ。十歳の私の手が見える。
自分の手がシワシワだった記憶がある。前世の記憶を得てから五年が経った。生活する中で、普通の記憶と同じように薄れてはきたが、なんとなくは覚えている。
(今でもはっきり思い出せることもあれば、手のこととかは朧気になっちゃってるし。ホント、わけがわからない)
「あ! もしかして……」
そもそも、前世の記憶を持って異世界に転生したという考え方が、間違っていたのかもしれない。
子どもがお母さんのお腹の中にいたことを覚えている、という話を聞いたことがある。覚えている子もいれば、覚えていない子もいるらしい。覚えている子も徐々に忘れてしまうそうだ。
これに近い話なのではないだろうか。
誰しもが前世の記憶持って生まれてくる。ただ、普通は覚えていることが少な過ぎて、それが前世の記憶だと気がつかない。
私は中途半端な前世の記憶を得たのではなく、他の人よりも覚えていることが多いだけなのではないだろうか。
「うん。なんかこっちの方が納得できるかも」
(不思議な考え方、変わった考え方をする人は、前世の記憶に引っ張られちゃってるのかも?)
ゴロンと横向きに転がり、両手を枕にした。
(まてよ。この説だと、生まれたときから覚えていないとおかしい……のかな?)
私は五歳になったときに、唐突に前世のことを思い出した。
(いや、でも、覚えてる量が人それぞれなら、思い出すタイミング、忘れるタイミングだって、人それぞれでもいいはず)
五歳でもあれだけの熱が出た。もしかしたら、赤ちゃんでは絶対に耐えられないから、自分自身を守るために、五歳まで記憶を封印していたのかもしれない。
「封印って……。ふふっ」
なんだか可笑しくなってしまい、思わず笑ってしまった。
「……黒羽もなのかな」
黒羽の私に対する執着は、私が生まれたときからだ。黒羽が前世のことを覚えているとしたら、そんなこともあるのではないだろうか。
(前世で生き別れた恋人とか。家族とか)
もしそうなのであれば、申し訳ない。私は覚えていない。
(あ、でも、前世は寿命だったし。夫がいたはずだから、生き別れたってのは変かな? 夫と出会う前に生き別れたとか? 結婚を許してもらえなくて、泣く泣く別れたとか?)
考え出したらキリがない。いくらでも妄想できてしまう。
(ん~、でも顔がなあ……)
見た目が変わっていると思う。前世の顔を覚えていないので言い切れないが、たぶん変わっている。それでもピンとくるものがあるような、そんな深い仲だったのだとしたら、覚えていない私はひどい人だ。
(前世も今も、本が好き。ゲームもそう。好きなものは変わってないと思う。ってことは、好きな人も? それじゃ、夫だった人に会ったら……)
「……ダメだ。もう考えるのやめよう」
(今は、今)
考えてもどうにもならないことに、頭を悩ませてしまった。普段気にしていないせいか、考え出したら止まらなくなってしまった。
「ああ~、考えないって思うと余計に……」
最初に思い至ったように、中途半端な記憶を持った異世界転生なのだとしたら、私はよそ者なのかなと思ってしまう。何かあれば弾き出されてしまうのではないかと、少し怖くなる。
(氣力が漏れる体質で良かった)
興奮すると氣力が漏れるのも、氣力流出過多症も、とても厄介な体質だ。でも、父と繋がりがあるのだと安心できる。異世界の記憶はあるが、この体は確実にここで生まれた。
(そう、そうなんだよね。私にとって、どっちが異世界って……)
「前世が異世界、なんだ……」
目尻から、涙がこぼれ落ちた。
たぶん、無意識にずっとそう思っていた。認識して、口にして、悲しいような嬉しいような、変な気持ちになってしまった。
父の顔を見たい――と思ったが、今は仕事中だ。
(この前、宣言したばかりだけど。今夜はお父様と眠ろうかな)
十歳の誕生日に、お父様とはもう一緒に眠らない、と宣言した。父は眉間にシワを寄せていた。撤回したら、喜んでくれそうな気がする。
ちなみに、お風呂は九歳の誕生日から一緒に入ることをやめた。
「ふふ。そうしよ。今夜は、お父様と一緒に寝ちゃお。……ふあぁ」
眠るときのことを考えたせいか、眠たくなってきてしまった。体をなでていく風も心地好い。ゲームは起きてからすることにして、ゆっくりと目を瞑った。




