◆056. 変わった生活、変わらないやり取り 2/2
食後のお茶を飲み、一休みしたところで、大地と私はホールに移動した。隼人と黒羽は、後片付けをしている。
「それじゃあ、グルグルして」
「せっかくシャワー浴びたのに」
「冷房きいてるから、大丈夫!」
「でもな。腹いっぱいだし」
「お茶飲みながら、いっぱい休んだでしょ」
「うーん。どうしよっかな~」
勿体ぶっている大地のことを、ジトッと睨んだ。
「ったく。どれっ」
腕にぶら下がったり、おんぶしてもらいながら回ってもらった。
「きゃー、あはは。とっても楽しい」
「それは良かったな」
大地は私のことを床に降ろすと、頭をグリグリとなでた。頭に置かれたその手を握った。
「はい、もう片方も」
「なんで?」
「いいから、手を出して」
大地が差し出してきたもう片方の手も握った。向かい合わせで、右手と左手、左手と右手を握りあった。
「社交ダンスを教えてもらってるんだよ」
「ああ~、そうなのか」
「大地はできる?」
「んなもん、誰にでもできるだろ」
「ええ~! 料理と一緒で、できなさそうなのに」
「小さ……、学園で習うしな」
「料理は習ってもできないくせに~。あ、でも、体を動かすのは得意だもんね。できるか」
「料理は別にいいだろ。で、なんで手をつないでるんだよ」
両手を上に引っ張られた。万歳みたいな格好になった。
「一緒に踊ろう。背があわないから、これで。隼人に教えてもらうときは、こうしてるんだよ」
「あわないけど、組めることは組めるだろ」
「私もそう思ったんだけど。隼人がこれでって」
「……黒羽か。隼人、気を使ってんだな」大地がボソッと呟きながら、手を下ろした。
「で、どれを踊るんだよ」
「どれ?」
「いくつかあるだろ」
「いくつかあるの?」首を傾げた。
「いや、いい。聞いた俺が悪かった。まあ、あれだな。わかった。いいぞ、始めて」
「なんか、バカにされたことだけはわかった」
「いて。何すんだよ」大地の足をムギュッと踏んでやった。
「ステップを間違った~」
「まだ始めてないだろ」
「そうでした。それじゃいくよ。せーのっ」
手をつないだまま、足だけステップを踏んだ。軽やかな足取りではなく、おいっちにーおいっちにー、といった感じだ。
ムギュッ
「おい」
「あ、本当に間違った」
「下手くそ」
「これから、上手になるの! もう一回。せーのっ」
再び、ステップを踏みだした。
「こんな調子で、うまくなるのか」
「なるはず。黒羽はもう上手なんだよ~。っていうか、最初から。私がダメすぎるのかな。うーん。すぐできる黒羽がすごすぎると思ってるんだけど」
「そりゃ、黒羽はできるだろ。練習してきたんだから」
「え? そうなの?」足元に向けていた視線を、大地に向けた。
「そうだよ。お嬢様と最初に踊るのは自分だって、練習したんだよ」
(全然気づかなかった。いつのまに。でも……)
「だからか……」ステップが不安で、視線を足元に戻した。
「だから?」
「隼人に習ってるっていうより、黒羽に習ってる感じなんだよね。しかも、なんでか、間違えると嬉しそうだし。足踏んじゃってもぶつかっても、いいんですよ、ってすごい笑顔なんだよ」
「それは、大丈夫なのか。新しい扉を開けたりしてないよな。いや、それが目当てで練習したのか……」大地がぶつぶつと呟いている。
「うーん。ってことは、やっぱり気のせいじゃないのかな?」
「なにが?」
「別に社交ダンスはやる必要ないのかな? って。隼人が黒羽に言ってたんだよね。ダンスの時間なくしますよって。黒羽、すごく焦って隼人に謝ってた」
「さすが、隼人……。うまいことやってんな」
「隼人と黒羽じゃ、男の人同士だし、こんな風に向き合って練習できなかったよね。大変だったろうな~」
「そうだよ。隼人が大変だったんだよ。女性パート覚えさせられて。俺まで付き合わされたんだぞ」
大地の言葉に、思わず顔を上げた。
(今、なんと?)
「隼人が女性役やってたの?」
「そう。……おい、足」
また大地の足を踏んでしまった。わざとではない。大地の話に気を取られたからだ。
黒羽に教えるために、隼人が女性役をしていたなんて驚きだ。しかも、隼人が女性パートを覚えるために、大地を練習相手にしたという。
「何してるんですか!」
隼人と黒羽がやってきた。大地と手をつないで立ち止まっていたからか、黒羽がこちらをジトッとした目で見ている。大地の手を離して、隼人に駆けよって抱きついた。
「あ、お嬢様、なんで隼人に――」
「踊って!」
黒羽の苦情をさえぎり、隼人を顔を見上げてお願いした。
「大地と踊ってるとこ見たい!」
隼人は驚いた表情をしたあと、大地を見て「余計なことを言いましたね」と苦い顔をした。大地は拒否したが、「誰のせいですか!」と隼人に怒られ、しぶしぶながら踊ることになった。
大地と隼人が、向き合い手を組んだ。ニヤニヤしそうになるのを必死に抑えた。
音がない状態で、二人は踊り始めた。
(大地が踊ってる。隼人のちゃんと踊ってるところも初めてみた)
踊れて当然と言っていた大地は、問題なくステップを踏み、踊っている。隼人はステップが怪しいのか、「あれ? あれ?」と声を漏らしている。でも、問題なく大地についていっている。
二人の足が止まった。パチパチパチパチ、と思いっきり拍手をした。
「すごいね! 上手だね! 誰にでもできると言っただけのことはあったね」
「別に普通だろ」
「大地さんは女たらしだから、女性に関わることは得意なんですよ」隼人がにこっと微笑んだ。
「おい、隼人。何言ってんだよ」
「ふふふ。私、知ってるんですよ。大地さんの置き土産の件」
隼人が目を細めて大地のことを見ると、大地は勢い良く黒羽に顔を向けた。
「黒羽! 何、余計なこと言ってんだよ!」
「言うなとは言われてないし。それに、黙ってて隼人に見つかるほうが……」黒羽は、チラッと隼人を見た。隼人は笑顔で大地を見つめている。
「私、大地さんのそういうところ、黒羽にはあまり言わないでおこうって思ってたんですよ。言いそうになったこともあったんですが、言葉を飲みこんだんです。無駄だったなって思いました。まあ、もう本人が打ち明けたんですから、私が黙る必要もありませんよね」
「なんだよ、打ち明けたって。俺は何も言ってないぞ」
「打ち明けたも同然じゃないですか」
「だいたい何を打ち明けるんだよ」
「とっかえひっかえしていたことですよ」
黒羽は「とっかえひっかえ……」と呟いた。思い当たることがあったらしく「あの時か!」と声を上げた。
「あの時ってなんだよ。とっかえひっかえって……。本と関係ないだろ!」
「私の中では関係したので。だいたいなんですか、あの内容は! 黒羽のために選んだって聞きましたけど。それがどうして。もっとあったはずです。ピュアなやつが」
「ピュアって……。隼人も見たのか」
「ええ。確認しましたよ」
「ふっ。隼人も好きだな」大地が鼻で笑った。
「大地さん、喧嘩売ってますか?」
「なんだよ。こちらと毎日鍛えてるんだからな」大地は一歩後退りしたが、態度は強気だ。
「そうですか。では、その鍛えた成果を見せてくださいよ。夜にでも」
「夜?」大地は眉をひそめた。
「ええ、夜に。旦那様には申し訳ないですけど。きっと、喜んで相手してくださいますよ」
「な、なんで忠勝さんが出てくるんだよ!」
「黒羽の保護者みたいなものじゃないですか。出てくるのは当たり前です」
「保護者……、た、確かにそうだけど。は~、俺は黒羽のためを思ってやっただけなのに……」大地は肩を落とした。
「だから、あれのどこが黒羽のためなんですか……」
「いろんな世界があるんだぞって。いろんなタイプの人がいるんだぞって、偏らないように選んでやったんだよ! 一応、気を使って、お嬢様関連のは選ばなかったんだぞ。まあ、俺の持ってた中には、うちのお嬢様みたいなのはなかったけどな!」
「私? みたいなの? なんの話?」
話に全くついていけなかったので黙って聞いていた。私の話になったようなので、なんのことか質問した。
三人が一斉に私のほうを向いた。
「な、なんでもないですよ。大地さんが悪いってだけの話です」
一瞬焦った表情をした隼人だったが、にこっと微笑んだ。大地が悪いと言われているのに、黒羽だけでなく大地も、そうそう、と頷いている。
(みんな変だな。私には言いたくないのかな? 三人の秘密なのかな? ……三人仲良し)
三人の様子に、ふふ、と思わず声が漏れた。
(あ、そういえば……)
「えっと、大地は女たらしなの? 女は苦手って言ってたよ?」
ひな先生のことを聞いたときに、大地はそう言ってた。苦手なのに、女たらしだったと聞いて不思議に思った。
「そんなこと言ってたんですか? いろいろやりすぎて飽きちゃったんですかね?」
(いろいろやりすぎって……)
「大地って、女たらしなんだ……。やりすぎたんだ……」黒羽が大地に冷ややかな目を向けた。
「なんだよ! 俺は何もしてないぞ」
「寄ってきた女性は拒まなかっただけですよね。好みの範囲が広くて羨ましいですよ、大地先輩」
隼人が大地のことを先輩と呼んだ。学園での話なのだろう。確かに大地は女性なれしていそうだ。からかうためとはいえ、あんなことをシレッとできるのだから。
小清水邸での一件を思い出した。
聞いたことのない優しい声で名前を呼ばれた。いつもより優しく触れられた。あのときは、もうキスをしてしまうんだと思った。
(耳元で名前呼んだりして、あんな風にたらしこんできたんだ)
(あんな声でさ。菖蒲――)
(あ……。脳内再生しちゃった。も~、耳があ)
「お嬢様?」隣に立っていた黒羽が私を見て声をあげた。
その声に反応して、大地と隼人もこちらを見た。
「おいおい」
「どうしました?」
「な、なに?」
「氣力が漏れてますよ」隼人が駆け寄ってきて、私の両肩に手を置いた。
「え? あれ? あ、どうしよう!」髪の毛が少しだけ浮いていた。
「落ち着いてください」
隼人と深呼吸を繰り返した。目を瞑って、父に教わった通り、氣力が体の内側に向かって渦を巻くイメージを頭に浮かべた。
(おへその辺りで、糸を巻く感じ……。クルクル、クルクル……)
「もう大丈夫そうですね」
隼人の言葉に目を開けた。浮いていた髪の毛は落ち着いていた。
「は~。なんとかなった」
胸をなでおろした。隼人もホッとした顔をしている。
「でも、どうして……」黒羽が考え込んでいる。
「隼人が、女たらしとかいうから、興奮したんじゃないか?」大地がニヤニヤしながら、隼人に顔を向けた。
「え? 私のせいですか? そうだったら、すみません」隼人が眉を八の字にした。
(たぶん、っていうか絶対、大地とのことを思い出したせいなんだけど。あの手つきと、あの声が~。うう、言えない)
「隼人のせいじゃないよ。もし、女たらしが関係してるなら、それは女たらしの大地が悪いんだよ!」
大地のことを睨もうかと思ったが、また氣力が漏れ出したら大変なのでやめておいた。大地は「なんで俺のせいなんだよ」とため息を吐いている。
「それよりも! 隼人、すごいね。女性パートも覚えて踊れちゃうなんて。なかなかできないよ。隼人は教えるのも上手だし。教えるための努力もしててすごいよね。私にはできないな。私と比べられても困るかもだけど」隼人に向かって、にこっと微笑んだ。
「かわいい」
隼人に抱きつかれた。考え込んでいた黒羽がハッとして、「ほどほど!」と引き離そうとしている。大地は、「ホント、変わんないな」といいながら、私たちのやり取りを嬉しそうな顔で眺めていた。




