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花菖蒲のほとり  作者: B星
第2章 ③ 別邸 9歳
58/351

◆056. 変わった生活、変わらないやり取り 2/2


 食後のお茶を飲み、一休みしたところで、大地だいちと私はホールに移動した。隼人はやと黒羽くろはは、後片付けをしている。


「それじゃあ、グルグルして」


「せっかくシャワー浴びたのに」


「冷房きいてるから、大丈夫!」


「でもな。腹いっぱいだし」


「お茶飲みながら、いっぱい休んだでしょ」


「うーん。どうしよっかな~」


 勿体もったいぶっている大地のことを、ジトッとにらんだ。


「ったく。どれっ」


 腕にぶら下がったり、おんぶしてもらいながら回ってもらった。


「きゃー、あはは。とっても楽しい」


「それは良かったな」


 大地は私のことを床に降ろすと、頭をグリグリとなでた。頭に置かれたその手を握った。


「はい、もう片方も」


「なんで?」


「いいから、手を出して」


 大地が差し出してきたもう片方の手も握った。向かい合わせで、右手と左手、左手と右手を握りあった。


「社交ダンスを教えてもらってるんだよ」


「ああ~、そうなのか」


「大地はできる?」


「んなもん、誰にでもできるだろ」


「ええ~! 料理と一緒で、できなさそうなのに」


「小さ……、学園で習うしな」


「料理は習ってもできないくせに~。あ、でも、体を動かすのは得意だもんね。できるか」


「料理は別にいいだろ。で、なんで手をつないでるんだよ」


 両手を上に引っ張られた。万歳みたいな格好になった。


「一緒に踊ろう。背があわないから、これで。隼人に教えてもらうときは、こうしてるんだよ」


「あわないけど、組めることは組めるだろ」


「私もそう思ったんだけど。隼人がこれでって」


「……黒羽か。隼人、気を使ってんだな」大地がボソッと呟きながら、手を下ろした。


「で、どれを踊るんだよ」


「どれ?」


「いくつかあるだろ」


「いくつかあるの?」首をかしげた。


「いや、いい。聞いた俺が悪かった。まあ、あれだな。わかった。いいぞ、始めて」


「なんか、バカにされたことだけはわかった」


「いて。何すんだよ」大地の足をムギュッと踏んでやった。


「ステップを間違った~」


「まだ始めてないだろ」


「そうでした。それじゃいくよ。せーのっ」


 手をつないだまま、足だけステップを踏んだ。軽やかな足取りではなく、おいっちにーおいっちにー、といった感じだ。


 ムギュッ


「おい」


「あ、本当に間違った」


下手へたくそ」


「これから、上手じょうずになるの! もう一回。せーのっ」


 再び、ステップを踏みだした。


「こんな調子で、うまくなるのか」


「なるはず。黒羽はもう上手じょうずなんだよ~。っていうか、最初から。私がダメすぎるのかな。うーん。すぐできる黒羽がすごすぎると思ってるんだけど」


「そりゃ、黒羽はできるだろ。練習してきたんだから」


「え? そうなの?」足元に向けていた視線を、大地に向けた。


「そうだよ。お嬢様と最初に踊るのは自分だって、練習したんだよ」


(全然気づかなかった。いつのまに。でも……)


「だからか……」ステップが不安で、視線を足元に戻した。


「だから?」


「隼人に習ってるっていうより、黒羽に習ってる感じなんだよね。しかも、なんでか、間違えると嬉しそうだし。足踏んじゃってもぶつかっても、いいんですよ、ってすごい笑顔なんだよ」


「それは、大丈夫なのか。新しい扉を開けたりしてないよな。いや、それが目当てで練習したのか……」大地がぶつぶつと呟いている。


「うーん。ってことは、やっぱり気のせいじゃないのかな?」


「なにが?」


「別に社交ダンスはやる必要ないのかな? って。隼人が黒羽に言ってたんだよね。ダンスの時間なくしますよって。黒羽、すごく焦って隼人に謝ってた」


「さすが、隼人……。うまいことやってんな」


「隼人と黒羽じゃ、男の人同士だし、こんな風に向き合って練習できなかったよね。大変だったろうな~」


「そうだよ。隼人が大変だったんだよ。女性パート覚えさせられて。俺まで付き合わされたんだぞ」


 大地の言葉に、思わず顔を上げた。


(今、なんと?)


「隼人が女性役やってたの?」


「そう。……おい、足」


 また大地の足を踏んでしまった。わざとではない。大地の話に気を取られたからだ。


 黒羽に教えるために、隼人が女性役をしていたなんて驚きだ。しかも、隼人が女性パートを覚えるために、大地を練習相手にしたという。


「何してるんですか!」


 隼人と黒羽がやってきた。大地と手をつないで立ち止まっていたからか、黒羽がこちらをジトッとした目で見ている。大地の手を離して、隼人に駆けよって抱きついた。


「あ、お嬢様、なんで隼人に――」

「踊って!」


 黒羽の苦情をさえぎり、隼人を顔を見上げてお願いした。


「大地と踊ってるとこ見たい!」


 隼人は驚いた表情をしたあと、大地を見て「余計なことを言いましたね」と苦い顔をした。大地は拒否したが、「誰のせいですか!」と隼人に怒られ、しぶしぶながら踊ることになった。


 大地と隼人が、向き合い手を組んだ。ニヤニヤしそうになるのを必死に抑えた。


 音がない状態で、二人は踊り始めた。


(大地が踊ってる。隼人のちゃんと踊ってるところも初めてみた)


 踊れて当然と言っていた大地は、問題なくステップを踏み、踊っている。隼人はステップが怪しいのか、「あれ? あれ?」と声をらしている。でも、問題なく大地についていっている。


 二人の足が止まった。パチパチパチパチ、と思いっきり拍手をした。


「すごいね! 上手じょうずだね! 誰にでもできると言っただけのことはあったね」


「別に普通だろ」


「大地さんは女たらしだから、女性に関わることは得意なんですよ」隼人がにこっと微笑んだ。


「おい、隼人。何言ってんだよ」


「ふふふ。私、知ってるんですよ。大地さんの置き土産の件」


 隼人が目を細めて大地のことを見ると、大地は勢い良く黒羽に顔を向けた。


「黒羽! 何、余計なこと言ってんだよ!」


「言うなとは言われてないし。それに、黙ってて隼人に見つかるほうが……」黒羽は、チラッと隼人を見た。隼人は笑顔で大地を見つめている。


「私、大地さんのそういうところ、黒羽にはあまり言わないでおこうって思ってたんですよ。言いそうになったこともあったんですが、言葉を飲みこんだんです。無駄だったなって思いました。まあ、もう本人が打ち明けたんですから、私が黙る必要もありませんよね」


「なんだよ、打ち明けたって。俺は何も言ってないぞ」


「打ち明けたも同然じゃないですか」


「だいたい何を打ち明けるんだよ」


「とっかえひっかえしていたことですよ」


 黒羽は「とっかえひっかえ……」と呟いた。思い当たることがあったらしく「あの時か!」と声を上げた。


「あの時ってなんだよ。とっかえひっかえって……。本と関係ないだろ!」


「私の中では関係したので。だいたいなんですか、あの内容は! 黒羽のために選んだって聞きましたけど。それがどうして。もっとあったはずです。ピュアなやつが」


「ピュアって……。隼人も見たのか」


「ええ。確認しましたよ」


「ふっ。隼人も好きだな」大地が鼻で笑った。


「大地さん、喧嘩売ってますか?」


「なんだよ。こちらと毎日鍛えてるんだからな」大地は一歩後退(あとずさ)りしたが、態度は強気だ。


「そうですか。では、その鍛えた成果を見せてくださいよ。夜にでも」


「夜?」大地は眉をひそめた。


「ええ、夜に。旦那様には申し訳ないですけど。きっと、喜んで相手してくださいますよ」


「な、なんで忠勝ただかつさんが出てくるんだよ!」


「黒羽の保護者みたいなものじゃないですか。出てくるのは当たり前です」


「保護者……、た、確かにそうだけど。は~、俺は黒羽のためを思ってやっただけなのに……」大地は肩を落とした。


「だから、あれのどこが黒羽のためなんですか……」


「いろんな世界があるんだぞって。いろんなタイプの人がいるんだぞって、偏らないように選んでやったんだよ! 一応、気を使って、お嬢様関連のは選ばなかったんだぞ。まあ、俺の持ってた中には、うちのお嬢様みたいなのはなかったけどな!」


「私? みたいなの? なんの話?」


 話に全くついていけなかったので黙って聞いていた。私の話になったようなので、なんのことか質問した。


 三人が一斉いっせいに私のほうを向いた。


「な、なんでもないですよ。大地さんが悪いってだけの話です」


 一瞬焦った表情をした隼人だったが、にこっと微笑んだ。大地が悪いと言われているのに、黒羽だけでなく大地も、そうそう、とうなずいている。


(みんな変だな。私には言いたくないのかな? 三人の秘密なのかな? ……三人仲良し)


 三人の様子に、ふふ、と思わず声がれた。


(あ、そういえば……)


「えっと、大地は女たらしなの? 女は苦手って言ってたよ?」


 ひな先生のことを聞いたときに、大地はそう言ってた。苦手なのに、女たらしだったと聞いて不思議に思った。


「そんなこと言ってたんですか? いろいろやりすぎて飽きちゃったんですかね?」


(いろいろやりすぎって……)


「大地って、女たらしなんだ……。やりすぎたんだ……」黒羽が大地に冷ややかな目を向けた。


「なんだよ! 俺は何もしてないぞ」


「寄ってきた女性は拒まなかっただけですよね。好みの範囲が広くて羨ましいですよ、大地先輩」


 隼人が大地のことを先輩と呼んだ。学園での話なのだろう。確かに大地は女性なれしていそうだ。からかうためとはいえ、あんなことをシレッとできるのだから。


 小清水こしみず邸での一件を思い出した。


 聞いたことのない優しい声で名前を呼ばれた。いつもより優しく触れられた。あのときは、もうキスをしてしまうんだと思った。


(耳元で名前呼んだりして、あんな風にたらしこんできたんだ)


(あんな声でさ。菖蒲あやめ――)


(あ……。脳内再生しちゃった。も~、耳があ)


「お嬢様?」隣に立っていた黒羽が私を見て声をあげた。


 その声に反応して、大地と隼人もこちらを見た。


「おいおい」

「どうしました?」


「な、なに?」


氣力きりょくれてますよ」隼人が駆け寄ってきて、私の両肩に手を置いた。


「え? あれ? あ、どうしよう!」髪の毛が少しだけ浮いていた。


「落ち着いてください」


 隼人と深呼吸を繰り返した。目をつむって、父に教わった通り、氣力きりょくが体の内側に向かって渦を巻くイメージを頭に浮かべた。


(おへその辺りで、糸を巻く感じ……。クルクル、クルクル……)


「もう大丈夫そうですね」


 隼人の言葉に目を開けた。浮いていた髪の毛は落ち着いていた。


「は~。なんとかなった」


 胸をなでおろした。隼人もホッとした顔をしている。


「でも、どうして……」黒羽が考え込んでいる。


「隼人が、女たらしとかいうから、興奮したんじゃないか?」大地がニヤニヤしながら、隼人に顔を向けた。


「え? 私のせいですか? そうだったら、すみません」隼人が眉を八の字にした。


(たぶん、っていうか絶対、大地とのことを思い出したせいなんだけど。あの手つきと、あの声が~。うう、言えない)


「隼人のせいじゃないよ。もし、女たらしが関係してるなら、それは女たらしの大地が悪いんだよ!」


 大地のことをにらもうかと思ったが、また氣力きりょくれ出したら大変なのでやめておいた。大地は「なんで俺のせいなんだよ」とため息をいている。


「それよりも! 隼人、すごいね。女性パートも覚えて踊れちゃうなんて。なかなかできないよ。隼人は教えるのも上手じょうずだし。教えるための努力もしててすごいよね。私にはできないな。私と比べられても困るかもだけど」隼人に向かって、にこっと微笑んだ。


「かわいい」


 隼人に抱きつかれた。考え込んでいた黒羽がハッとして、「ほどほど!」と引き離そうとしている。大地は、「ホント、変わんないな」といいながら、私たちのやり取りを嬉しそうな顔で眺めていた。


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