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花菖蒲のほとり  作者: B星
第2章 ① 別邸 6歳、7歳、8歳
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 038. 円境湖の入り江 2/2


「ふがっ……」


 息苦しくて目が覚めた。鼻をつままれていた。眠たかったので、また目をつむった。


 ペチ


「いたい……」ひたいをさすった。


「おい、そろそろ起きろ。夜、眠れなくなるぞ」


 横を見ると、大地だいち片肘かたひじをつき、手を枕にして、こちらを向いて寝転んでいた。

 みんなで昼食をとったあと、眠たくなってしまい、昼寝をしていた。それを大地に起こされた。


「まだ、寝る」大地に背を向け目をつむった。


「起きろって」


 大地は体を起こすと、私の腕を掴んで引き上げた。無理やり体を起こされた。座ったまま目をつむっていると、頬を正面から片手でガシッと掴まれ左右に揺すられた。


「起~き~ろ~」


「むぐ~、わ、がっ、だ~」


 大地の手が離れた。つむっていた目をゆっくり開けた。


「ふあ~あ、眠い……。隼人はやと黒羽くろはは?」


「あそこ」


 大地が親指でさした方を向くと、隼人が黒羽に泳ぎを教えていた。


「そっか。練習してるんだね」


「ああ、やっとな」


「やっと?」


「やっとだろ。昼前は遊んでたし。ひるったあとは、お嬢様が昼寝なんかするから」


「私の昼寝は関係ないよね?」


「あるだろ。黒羽が一緒に寝るって言い出して、動かなかったんだよ」


「やっぱり、私のせいではないよね」


「ん~、まあ、それもそうだな。あ! おい、寝るなよ」


「バレたか……」


「バレたかじゃないっつーの」


 話をしながら、自然な流れで横になって、もう一度眠ろうとしたが気づかれてしまった。


「いてっ」デコぴんされた。


「ほら、それ脱いで、浮き輪持て。俺たちも行くぞ。ここにいたら、また眠りそうだからな」


「はあい」


 立ち上がり、肩から掛けていたスカート状のタオルを脱ごうと、肩の方にずらした。


「あ、おい、くい込んでるぞ」


「え?」


 大地の指が、太ももと水着の間に入ってきた。上から下、お尻のほうに向かって、指がスーッと滑っていった。最後に、パチン、と音がした。

 顔がカアッと赤くなり、全身が熱くなった。


「な、な、だ、大地のスケベー!!!」


 勢い良く振り向き、叫んだ。肩に掛けていたタオルが、下から風を受けたかのように、ふわりと浮いた。

 大地は片耳に指を突っ込み、うるさい、と顔をしかめた。でもそれは一瞬で、浮いたタオルを見て、驚いた顔になった。


「き、氣力きりょくが! 大地のせいで、どうしよう」


 怒ったからか、興奮したからか、氣力がれ出てしまった。最初の勢いはないが、タオルがまだ少しなびいている。


「どれ」


「うぶっ!」


「よっと」


「ぎゃあ!」


「ぎゃあって。どうせなら、もっと可愛らしく叫べよ」


 大地にタオルをぎ取られ、肩に抱え上げられた。大地は、そのまま湖に向かって走っていく。


「うわっ、うわっ、な、なに!」


「息止めろー!」


 体が宙に浮いた。


「ぎゃああああ」


 ドボンッ


「ぶはっ! はあ、はあ」


 湖に放り込まれた。足をつけると、鼻まで水に浸かってしまう。上を向き、ジャンプをしながら、顔の水を払い呼吸をした。


「どうだ? 落ち着いたか?」大地が抱っこしてくれた。


「はあ、はあ。わ、わかんない」


「まあ、倒れたら、ちゃんと運んでやるから」


「う、うん、ありがとう。……って、なんで私がお礼を。大地が悪いのに!」


 ペチン、と大地のひたいを右手で叩いた。大地は「悪かったな」と謝ったあと、ぶっ、と吹き出した。


「ぶっくくく、あはは。ぎゃああって……。女の子なんだから、きゃあ、とかにしとけって言っただろ」


「楽しそうですね」


「え!?」

「うわあ!!」


 いつの間にか近くにきていた黒羽に驚いて、大地に抱きついてしまった。大地も驚いたらしく、私を支えている腕に力が入った。


 黒羽は、ジトッとした目で私たちを見ている。その後ろに、隼人が立っていた。


「スケベ、って聞こえたんですけど。何があったんですかねえ」隼人がにっこりと微笑んだ。


 隼人は少しずつこちらに近づいてきている。嫌な気配を察知したのか、大地は後退あとずさりをしている。


「あのね、大地がみ……む~」大地の手に口をふさがれた。


「言うな。グルグルしてやるから」耳元でささやかれた。


 大地の手をタップし、手と口との間を少し空けてもらった。


「グルグルじゃなくて、さっきみたいに投げてほしいな」


「なんだ、気に入ったのか?」


「うん」


「よし、じゃあ、それで」


 小さい声での交渉は成立し、二人でうなずき合った。


「夢、夢みちゃって! 寝ぼけちゃったの!」


「本当ですか?」隼人は私ではなく、大地を見ている。


「ほ、本当。夜眠れなくなるからって、無理やり起こしたら、いきなり叫んだんだ。それだけだよ」


「そんなタイミングじゃありませんでしたよ」黒羽は見ていたらしく、余計なツッコミを入れてきた。


「うっ……。ちょっと、大地、離して」小さい声で大地にお願いした。


 大地から離れ、犬掻きで黒羽のもとへといき、肩に手を置いた。


「本当だよ?」


「そうですか……」


「うん」


「かわいい」


「く、苦しい~」思いきり抱きしめられた。


「こら、ほどほど!」隼人が引き離してくれた。今度は隼人に抱っこされた。


「本当に何もなかったんですか?」隼人が顔をのぞき込んできた。


「うん。大丈夫だよ。心配かけてごめんね」隼人のひたいに、コツンと自分のひたいをくっつけた。


「本当に?」頬に手を添えられた。


 ジッと目を見つめられ、嘘をついている罪悪感で、思わず大地に視線を向けてしまった。大地が顔を横に振っている。


「お嬢様、嘘はダメですよ。本当の、本当に、何もなかったんですか?」


(嘘はダメだけど……。でも、これは、別についても特に問題は……)


 隼人が下から覗き込むように見つめてくる。


「うっ……」


「お嬢様、さあ、目を見て」


 隼人の目を見れず、大地に視線を送った。大地が手を伸ばしながら、こちらに向かってきている。


「ご、ごめん、大地。無理!」


「あ、待て! 言うな!」


「お尻と水着の間に、指を入れられたの!」


「ば、バカ! 水着がずれてたのを直してもらったって言えよ!」


「大地の変態!」黒羽が大地をにらんで、怒鳴った。


「お嬢様、本当のことを教えてくださってありがとうございます。黒羽、お嬢様と遊んでてくださいね」


 そういうと、隼人は私を黒羽に預けた。黒羽におんぶしてもらう格好になった。


「大地さん。私に技をかけられるのと、旦那様にしごいてもらうの、どちらがいいですか? 選ばせてあげますよ」


「そんなの、どっちも嫌に決まってんだろ! 稽古ならいいけど、それ絶対稽古にならないからな!」


「そんなこと言わずに。選んでくださいよ」


 隼人が笑顔でにじり寄っていく。大地は顔を引きつらせながら後退あとずさりしている。しばらくの間、膠着こうちゃく状態が続くのかと思っていた。


「はあ、仕方がないな」


 大地はため息をくと、表情を緩ませた。あきらめたのかと思った。違った。大地は振り返ると、ものすごい勢いで泳ぎはじめた。


「あ、逃げた」黒羽が呟いた。


「逃がしませんよ」隼人はスッと水に潜ると、大地のことを泳いで追いかけていった。


「うわあ。隼人、速いね」


「すごいですね」


 大地も速いと思うが、隼人がグングンと距離を詰めていく。水の中だと、隼人のほうが有利なようだ。

 隼人が大地に追いついた。バチャバチャとやりあっている。何も知らない人が見たら、溺れていると思われそうだ。


 ふと黒羽に顔を向けると、黒羽はこちらに目を向けていた。


「なあに」


「いえ。先ほどの隼人が……、とっても参考になったな、と思って」にこっと微笑んだ。


「隼人が?」


「ええ」


「どこらへんが?」


「内緒です。参考になるのは、僕だけですから。さ、僕らは遊びましょう」


 黒羽に手を引かれながらバタ足をしたり、砂浜に落書きをしたりして遊んでいると、大地と隼人が戻ってきた。二人ともグッタリしている。


「はあ~、お嬢様~~」大地にジトッとした目を向けられた。


「ご、ごめんね。たえられなくて……」


「ちょっと、こいっ!」


「うわっ、ご、ごめんって」大地に手を掴まれ、引きずられるように水の中へと入っていく。


「あ、お嬢様!」


「大地さん、何するんですか!」


 私の腰辺りまでが水に浸かったところで、大地が立ち止まった。


「えっ? うわ!」


「いくぞ~」


「きゃー! あはは」


 バシャン!!


 大地は、私のことを抱え上げると放り投げてくれた。


「ぶはっ! もう一回やって!」


「ったく、しょうがないな」


 約束を破って本当のことを言ってしまったのに、何回も放り投げてくれた。途中から、隼人も一緒になって放り投げてくれた。

 大地と隼人は、黒羽のことも二人かがりで放り投げていた。黒羽も楽しそうだった。


 みんなでクタクタになるまで遊んで過ごした。結局、黒羽が泳ぐ練習をしていたのは、私がお昼寝をしていた間だけだった。



 夕方になると、父が馬車で迎えに来てくれた。別邸に着く頃には、みんな眠ってしまっていた。私は、父に抱えられて目が覚めた。


「起きたのか」


「うん。お昼寝もしたし」


「みんなよく眠ってるな」


 大地は、隣に積んである荷物に寄りかかり、腕を組んで下を向いていた。大地の正面に座っている隼人は背もたれに寄りかかり、窓のところに肘をつき、手を枕にしていた。黒羽は、隼人に寄りかかっていた。私は父に抱っこされる前は、黒羽の隣に座っていた。たぶん、黒羽に寄りかかって眠っていた。


 みんな気持ち良さそうに眠っていて、起こすのは心苦しかった。でも、起こさないわけにはいかない。私を抱っこしている父の耳をふさぎ、息を吸い込み、「起きろー!」と叫んだ。

 みんなが一斉にビクッと肩を跳ね上がらせた。その様子に、父と顔を見合わせて笑ってしまった。


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