037. 円境湖の入り江 1/2(隼人/黒羽/大地)
※隼人、黒羽、大地視点。
◇◇隼人◇◇
円境湖には、遊泳できる場所が何箇所かある。その中に、湖月家の関係者しか使用できない場所、入り江がある。水辺にはきれいな砂浜が広がっている。
そこに遊びに来た。目的はあるにはあるのだが、遊んで終わるだろうと踏んでいる。
砂を掘りパラソル立てを二つ埋め、パラソルを立てた。大きいレジャーシートを敷き、休憩場所を作って荷物を置いた。
自分の荷物を枕にして横になった。みんなは遊んでいる。
大地さんは、一人で泳いでいる。
お嬢様と黒羽は、私から見て左側、足側の離れた場所で、砂遊びをしている。大きな砂山を作り、トンネルを掘っている。
「抜けない!」
お嬢様の声がした。何事かと体を起こして、お嬢様たちに視線を向けた。お嬢様が寝そべって、トンネルに腕を突っ込んでいた。数秒後、お嬢様の笑い声が聞こえてきた。どうやら問題はなさそうなので、また横になり湖を眺めた。
大地さんが遠くに見えた。
(よく泳ぎますね。さすが、体力バカ)
「ごめん、ごめんってば。黒羽~」
大地さんに目を向けていると、お嬢様の声が近づいてきた。
目の前をニヤニヤした黒羽が通り過ぎ、お嬢様が謝りながら追いかけていった。
二人は右側の、頭側の離れたところで、ぐるぐると追いかけっこのようなことをしている。
しばらくすると、お嬢様が一人でこちらにやってきた。
「隼人~、浮き輪取って~」
「はい、どうぞ。黒羽はどうしたんですか?」
「黒羽のこと怒らせちゃって。しつこくするより、時間おいたほうがいいかなって。大地のとこ行ってくる」
お嬢様は大きな浮き輪を持って、大地さんのもとへと駆けていった。お嬢様に気づいた大地さんは泳ぐのをやめ、水際まで戻ってきた。浮き輪に掴まったお嬢様を引いて遊びはじめた。
黒羽が体についた砂を落としながら、とぼとぼと歩いてきた。
「どうしたんですか?」
「別に何も……。はあ」
黒羽はため息を吐くと、シートの上に体育座りをした。
「ほどほどにしないからですよ」
「見てたんですか?」
「ずっとは見ていませんよ。まあ、ニヤニヤしていたので、なんとなく」
「ニヤニヤしてました?」
「してましたねえ」
「だって、かわいかったから……」
お嬢様は黒羽を怒らせてしまったと言っていたが、黒羽はニヤニヤしていた。怒ったフリをしているだけだと思った。どうやら、正解だったようだ。
◇◇黒羽◇◇
お嬢様と、大きな砂山を作り、トンネルを掘っていた。互いに逆側から掘り、中心辺りで開通させる予定だった。
「抜けない!」
「え?」
「ぬ、抜けない! 腕が、手が~」
寝そべってトンネルに手を突っ込んでいたお嬢様が、急に辛そうな声を出した。驚いて立ち上がり、回り込んだ。お嬢様の隣に膝をついた。腕を引き抜かないと、と思った。
「な~んてね! 冗談! 黒羽、焦りすぎ~!」
お嬢様は、自分で腕を引き抜き、こちらに手の平を向けた。僕の驚いた顔がおもしろかったらしく、寝そべったまま、お腹を抱えて笑いだした。その様子を黙って見ていた。
「あれ? 黒羽? もしかして怒ってる?」
砂にまみれながら笑っているお嬢様が可愛らしくて、ジッと見ていただけだった。でも、お嬢様は僕が怒っていると思ったようだ。
「ごめんね? ふざけすぎちゃった?」
お嬢様は起き上がり、正座をして、僕の顔を覗き込んできた。
なんとなく、ふいっと顔を背けてみた。
「黒羽? ごめんね」お嬢様がまた覗き込んできた。
(かわいい)
僕が立ち上がるとお嬢様も立ち上がり、僕が顔を背けるとお嬢様がそちら側に回り込んでくる。
歩きだすと、追いかけてきた。
「ごめん、ごめんってば。黒羽~」
(かわいい)
追いかけてくるお嬢様が可愛らしくて、やり過ぎてしまった。
「本当に、ごめんね。……今は一緒にいたくないか」
お嬢様はそういうと、追いかけてくるのをやめてしまった。隼人から浮き輪を受け取ると、大地のところへと駆けていった。
◇◇大地◇◇
「はあ……」
お嬢様が掴まった浮き輪を引いていた。らくちんだと喜びそうなのに、浮かない表情でため息を吐いた。
「どうした?」
「黒羽を怒らせてちゃって」
「怒らせた?」
「うん。いっぱい謝ったけど、許してもらえなかった。悪いことしちゃったなあ」
「ふーん」
砂浜にいる黒羽に目を向けた。寝転がっている隼人の頭の近くに体育座りをし、こちらをジッと見ている。
「浮き輪から手を離せよ」
「ええ~。なんで? 引っぱってよ」
「泳ぐ練習。ほら」
お嬢様から浮き輪を取り上げ、少し離れた。ここは、お嬢様の足のつかないところだ。泳ぐしかない。一生懸命、犬掻きをしている。泳ぐ速度に合わせて、少しずつ後退した。ある程度続けたところで、手を差し出した。お嬢様が掴まったので、引き寄せて抱っこした。
「はあ、疲れた」
「これくらいで、疲れるなよ。犬掻きじゃなくて、顔つけて泳げよ」
「無理。水の中で目を開けられない。きれいな水ならいいけど、湖とかこわい」
「この湖は大丈夫だろ」
「そんなのわかんないでしょ。大地の目、少し赤いよ」
そういうと、両手で俺の顔を挟み、親指で下瞼を引き下げた。俺の目をジーッと見ている。
「何してるんですか!」
黒羽がすぐそこまで来ていた。こちらに向かって来ているのを、横目で見ていた。こうしていれば、来ると思った。
「浮き輪があるんだから、大地が抱っこする必要ないでしょう!」
「じゃあ、黒羽が抱っこするか?」お嬢様を引き離し、その場を離れた。
「わっ、うわわ」お嬢様がまた犬掻きをしはじめた。
「あ、お嬢様」黒羽が近づき、お嬢様を抱き上げた。
黒羽の足がつくギリギリのところだったようだ。黒羽はジャンプをしながら水面から口を出し、呼吸をしている。
二人の頭を輪に通すように、浮き輪を置いた。大きい浮き輪なので、お嬢様と黒羽ならスッポリ入る。二人とも浮き輪に掴まり、ホッとしている。
「仲直りしろよ。まあ、黒羽が本当に怒ってるならな」
「うっ……」黒羽が気まずそうな顔をした。
(やっぱりな)
黒羽が怒ることはあっても、いつまでも許さないなんてことはないと思った。
黒羽とお嬢様は、背中合わせに浮き輪に掴まっていた。お嬢様が黒羽の横に移動し、顔を覗き込んだ。
「黒羽、ごめんね。まだ怒ってる?」
「もう、怒ってません」
「本当? 良かったあ」お嬢様はホッとした顔をした。
「さ、最初から怒ってません」
「そうなの? じゃあ、なんで?」
「えっと……その、かわ……」黒羽は言い淀んだ。
「あ、もしかして、仕返し? 私がふざけたから、やり返した? なーんだ。そっか。怒ってなくて良かった!」
お嬢様は一人納得し、にこっと黒羽に微笑んだ。
「か……」
「か?」
「か……」
「か?」
「かわいいっ!」黒羽がお嬢様に抱きついた。
「ああ、ちょっと! うわあっ」
浮き輪の一点に体重をかけすぎ、そこを起点に浮き輪だけがひっくり返った。黒羽に抱きつかれたお嬢様は、浮き輪からずり落ち、黒羽と一緒に水に沈んだ。
「まったく。何やってんだよ」黒羽ごと抱き上げた。
「も~、少し水飲んだ~!」
「すみません。かわいくて」
「かわいくて、じゃない。ほどほどにしとけよ。だいたい、今日は黒羽のために来たんだぞ。遊んでないで練習しろよ」
ここには、黒羽に泳ぎを教えるために来た。それなのに、本人は砂遊びを始め、教えるはずの隼人は休憩場所で横になったまま動かない。
(いったい、何をしに来たんだか……)
「そろそろお昼にしますよ~!」
隼人が横になったまま、こちらに向かって手を振っている。
浮き輪を手繰りよせ、二人を掴まらせた。お嬢様の足がつくところまで引いてやった。




