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花菖蒲のほとり  作者: B星
第1章 別邸 5歳、6歳
18/351

 016. レシピ通り 1/2


隼人はやと、どうかした?」


「何がですか?」


 隼人の髪の毛はとても長い。前髪は胸くらい、他は腰くらいまである。その長い髪をいつも結んでいる。必ず、一つか二つアレンジを加えて。それが今日は、前髪も含めて後ろに一つに結ばれていた。

 顔もなぜか色っぽいような気がする。頬を少し赤く染め、瞳が潤んでいる。


(もしかして……)


 隼人の手を取った。


(やっぱり!)


「隼人、今日は部屋で休んでなよ! 熱があるよ!」


「そういうわけには、いかないんですよ」にっこりと微笑みながら、私の頭をなでた。


「なんで?」


「食事の準備をしないと」


大地だいちもいるし、大丈夫だよ」


 私が大地の名前を出すと、隼人がカッと目を見開いた。


「だから、ダメなんですよ!」


 隼人は、指を広げた両手を見ながらそういうと、ふらっと壁に手をついた。「とりあえず、倒れる前に部屋に戻って」とお願いした。なかなか言うことを聞いてくれない隼人に、「お願い」と「心配」を連呼し、なんとか自室に戻ってもらった。ベッドに横になった隼人を見届けてから、大地のもとへと向かった。


 大地は黒羽くろはと玄関にいた。仕事を始める前は、だいたい玄関に隼人を含めて三人で集まっている。ここで簡単な話し合いをしてから、各々仕事を開始する。


「大地~」


「おう、なんだお嬢様。隼人を見なかったか?」


「その隼人なんだけど、熱があって。部屋に戻ってもらったよ」


「なるほど。なんか変だと思いました。熱があったんですね」黒羽が、納得がいったと小さくうなずいた。


「確かに。ボンヤリしてると思った。風邪か? 珍しいな、隼人が風邪だなんて。ここに来てから体調悪いとこ見たこ……、いや、学生のときから風邪ひいてるとこ見たことないな」過去を振り返っているのか、大地は上の方を見ていた。


「ん? 俺もか」と呟いた。


「バカは風邪ひか、いだだだ」


 大地が黒羽の顔を、正面から片手で掴んだ。アイアンクローだ。黒羽は、大地の手を外そうともがいている。


「それでね。隼人が食事が心配って。大地、作れるよね?」


「うーん」


 大地は黒羽の顔から手を離して、腕組みをした。黒羽は両手で、掴まれていたところをさすっている。


「学生んとき、倶楽部で作ったんだけど。不評だったんだよなあ。初めて作ったわりに、うまくできたと思ったんだけどな」


「初めて?」首を傾げて、大地を見た。


「ああ、それまでは機会がなくて」


「そういえば、大地が台所の仕事をしてるところ、見たことがないです」


「倶楽部で何度か作ったんだけど。隼人や他のやつらに、もうお前はやらなくていいって、メシ作る当番外されたんだよな」


「外されたの?」さらに首を傾げた。


「ああ。ここでも、隼人に台所に入るなって言われてて。まあ、飲み物を取りに行くくらいは許されてるけど」


「教えるのだけじゃなくて、料理も下手へたくそなん、痛いっいだだだ」また、黒羽の顔を大地が掴んだ。



 黒羽がいうように、大地は教えるのが下手へただ。自分ができるから、他人のできないがわからないタイプだ。そして、説明に擬音と『あれ』などが多い。

 大地は、礼儀作法を教えてくれている。お手本としては文句なしだと思う。でも、説明はこんな感じだ。


「こうして、スッとやって、こう。あれと一緒だよ。わかるだろ?」


 全然わからない。とりあえず、説明はあきらめて見て覚えるしかない。家庭教師の担当の割合が、ほぼ隼人なのは察しがつくというものだ。

 その代わり、雪かきなど体力のいることでは大地がとても活躍する。そろそろ雪が降る季節だ。大地の本領が発揮できる。



「まあ、作りなれてないから、時間多めにとるとして。みんなでやれば、なんとかなるよ!」


 食堂への集合時間を決めた。大地は庭仕事をするために、玄関を出ていった。私と黒羽は、水枕を用意することにした。


「確か~、ここに~……、あ、あった! ありましたよ、お嬢様」


 物置で、水枕を捜していた。捜すといっても、黒羽が置き場所を知っていたので、私は見ていただけだ。

 水枕を手にした黒羽が、目の前でにこにこしている。右手で頭をヨシヨシとなでた。


「水枕のある場所、よく知ってたね。私ももっと家の中のこと知らないとなあ」


「まあ、これは。お嬢様が使ったので……」にこにこしていた顔が急に曇り、瞳が潤みだした。


「ど、どうしたの?」


「なんか、思い出してしまって……」黒羽が手の甲で、目の辺りを押さえた。


 私が使ったとはいつのことだろうか、とすぐに思い出せなかった。黒羽の様子を見ていて、高熱を出したときのことかと思い至った。


「もう、大丈夫だよ。あのときは、いっぱい看病してくれて、ありがとうね」


 両手を伸ばして、頭をなでた。すると、黒羽の両手が、伸ばした手の下をすり抜けて、背中に回された。ギュッと抱きしめられた。


「ほどほど!」


 両手で押し返そうと思った。でも、黒羽が少し鼻をすすったような気がしたので、「大丈夫」と言いながら黒羽の後頭部をなでた。少しの間だけ、そのまま抱きしめられていた。


「隼人が辛いだろうから、早く持っていってあげよう?」


「はい。もう少しだけ」


「ちょ、苦しい、苦しい~~」


 ギュウウウウと抱きしめられ、頭に「かわいいかわいい」と頬ずりされた。黒羽の腕から解放されたあと、黒羽のひたいにペチンと右手をお見舞いした。


 水枕と風邪薬などを準備し、隼人の部屋へと向かった。部屋に入ると、隼人は苦しそうに眠っていた。ドアが閉まった音で目が覚めたようで「大地さん? 黒羽?」とベッドから聞こえてきた。


「薬とか持ってきたよ。起きれる?」


 ベッドの横に立ち、話しかけると、隼人はのそのそと体を起こした。


「お嬢様。ありがとうございます。でも、うつってしまうかもしれないので、ここに来てはダメですよ」


「普通に仕事しようとしてた隼人に言われてもなあ~」体温計を差し出した。


「そ、それは……。手厳しいですね」隼人は苦笑いしながら受け取り、体温を計りはじめた。


 その間に、黒羽が枕と水枕を取り替え、薬を飲む準備をしてくれた。隼人の熱は三十九度もあった。


「寒くない?」横になった隼人の、熱いひたいに手をおいて聞いた。


「そうですね。少々寒いです」


「私が一緒に寝てあげよっか?」


「な、なんで、お嬢様が!」黒羽が隣であわてている。


「子どもの体温は高めだから、あったかくていいかなって思って……」


「毛布! 僕、毛布持ってきますね!」バタバタと部屋を出ていってしまった。


「お嬢様」隼人が真面目な顔をして、(ひたい)においていた私の手を握った。


「なあに」


「黒羽はご飯を炊くことはできます。おにぎりです。塩むすびで、今日を乗りきってください」


「え?」


「いいですか? 大地さんはダメです」熱で辛いのか、息が荒い。


「わかったよ、隼人。私たちの心配はいいから。眠って。早く元気になってね」


 隼人の手を布団の中に入れ、頭をなでていると黒羽が戻ってきた。毛布を二枚抱えている。二人で隼人に毛布をかけると、「ありがとうございます」と苦しそうに呟いた。最後にもう一度頭をなで、「ゆっくり休んでね」と言って、部屋をあとにした。



 自分の仕事がある黒羽と別れ、私は台所に来ていた。


(隼人はああ言ってたけど。おにぎりよりおかゆがいいよね)


 台所を見回した。料理本を探していた。隼人に聞いておけば良かったと思ったが、隼人はおにぎりで乗りきれと言っていた。余計な心配はかけない方がよいだろう。


 台所の端の棚に、ノートを見つけた。置いてあった三冊のノートは、紙などが挟まっていて膨らんでいた。パラパラとめくると、レシピをまとめたノートだということがわかった。メモがとってあったり、雑誌や新聞のレシピの切り抜きがセロハンテープで張ってあった。


(お粥は~……。あ、あった! これで作れる)


 自分で食べるものだったら適当に作ってしまうが、他の人に食べてもらうものだ。レシピがあるのであれば、きちんとその通りに作りたかった。



 集合時間になり、大地と黒羽が食堂にやってきた。


「隼人からの伝言~。黒羽がご飯を炊いて、おにぎり作って食べて、だって。大地、全然信用されてないね」


「ひどいな」


「でも、そこまで言わせるなんて、すごいよね。ちょっと見てみたいかも。まあ、とりあえず、ご飯炊こうか。黒羽、お願いね!」


「まかせておいてください」


「大地は、私を手伝って」


「お嬢様を?」


「うん」


 大地に手伝ってもらって、土鍋などの準備をした。黒羽に計量を手伝ってもらいつつ、レシピ通りに作りすすめた。大地には、火の扱いを見てもらった。かき混ぜるときは、踏み台に乗った。大地が、落ちないように寄り添っていてくれた。

 あとはしばらく火にかけるだけとなった。


 黒羽はとっくに炊飯器のスタートボタンを押し、お茶の準備をしてくれていた。


 数十分後、お粥ができ上がった。お米の固さも良さそうだった。塩をふたつまみふり、最後にもう一度味見をしてもらった。


 三人で隼人の部屋へ向かった。土鍋は大地に運んでもらった。



「隼人、起きられる? ご飯だよ?」


「おい、大丈夫か?」


 隼人は、「食べます」とゆっくりと起き上がった。随分と汗をかいたようだ。髪の毛が、顔や首に、はりついていた。

 黒羽が、取り皿によそい、お盆に乗せ、ベッドに座っている隼人へ差し出した。


「なんですか、こ、これ? どうしたんですか?」


「お粥だよ」


「まさか、大地さんが?」


「私だけど」


「え? お嬢様が?」


「分量計ってくれたのは黒羽で。私はかき混ぜたくらいだけどね。あ、火は大地に見てもらいながら使ったから安心してね」


「確かに、変な色はしてませんね……」


「変な色? 梅干しとかあれば良かったんだけど。塩気が足りなかったら、言ってね。風邪だから、味わかんないかな?」


 隼人は「いただきます」と言って、おそるおそるお粥に口をつけた。一口食べると、驚いた顔をした。


「美味しいです。残念ながら味はわかりませんが、わからないことが美味しいです」


「変な感想ですね」黒羽が首をひねった。



 隼人はお粥を完食してくれた。


「はあ、ありがとうございます。お腹いっぱいになりました」


「本当? 良かった。そのお粥は、隼人のノートを見て作ったんだよ。勝手に見ちゃって、ごめんね?」


「ああ、あれですか。かまいませんよ」


「隼人、いつもご飯作ってくれてありがとう」薬を差し出した。


 目を丸くした隼人は、薬を持っている私の手を握りしめて優しく微笑んだ。


「どういたしまして。お嬢様たちにご飯を作るのは仕事ですけど。美味しそうに食べている姿を見るのは嬉しいので、楽しいんですよ」


 三冊のノートは、隼人のものだった。台所を使用するのはほぼ隼人なので、当たり前といえば当たり前だが。ノートの表紙の隅に名前が小さく書いてあり、数字が振られていた。

 最初のほうは、料理の基本や、魚や野菜などの下処理について、事細かに書き込まれていた。手書きのレシピから、徐々に雑誌などの切り抜きが増えていった。

 三冊目からは私や黒羽の名前が出てくるようになった。好き、苦手、こうしたら喜んでいたなどのメモが添えてあった。


「そうだね。私も隼人が食べてくれて嬉しかったよ」


「ふふ、お嬢様の手料理食べたの、私が一番です……かね……」隼人は言葉の途中でハッとして、黒羽を見た。


「僕、味見したんで」にっこりと隼人に微笑んだ。


「ふふふ。黒羽はさすがですね、ふふ」


 お米の固さの確認と味見をしたのは、黒羽だった。熱いから僕がやりますよ、と率先して確認してくれた。


(そういうことだったのか……)


 隼人は、薬を飲んで一汗かいて、お腹も膨れたからか、朝より大分調子は良さそうだった。まともな食事を見て少しは安心してくれたのか、このまま一日ゆっくり休むことを約束してくれた。


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