100. 女の子のお買い物 1/2 ― 胸とお尻(一加)
(どうしよう……。やっぱり、無理。怖い……)
馬車から降りられずにいた。外が怖い。外にいる大人の人たちが怖い。
「一加」お嬢様がワタシの手に触れた。
「お嬢様……」
「私と一緒に馬車で待ってよっか。買い物は、理恵さんと小夜さんにお願いしよう」
「そうね。私たちが行ってくるから大丈夫よ。ね、小夜さん」
「ええ。二人で行ってきちゃいましょう。そうだ、好きな色だけ教えてくれる? その色のがあれば、それを買ってくるね」
お嬢様と理恵さんと小夜さんとワタシの四人で、百貨店に買い物をしにきた。御者として律穂さんもいる。
本当は、小夜さんとワタシはメンバーに入っていなかった。無理を言って連れてきてもらった。ワタシが来ることになったから、もう一人いたほうがいいだろうと、小夜さんもついてきてくれた。
(ワタシがワガママ言ったのに。ワタシが行きたいって言ったから連れてきてくれたのに)
ここに来て、馬車の外の人混みに怖じ気づいてしまった。迷惑をかけてしまっているのに、三人は笑顔で優しく声をかけてくれた。
(お嬢様と理恵さんで来る予定だったのに、お嬢様に残ってもらうわけには……。だからって、小夜さんに残ってもらうのも。せっかく来たのに……)
お嬢様の手をギュッと握りしめた。
仕事が終わり、お嬢様を捜していた。食堂を通りかかると、お嬢様と理恵さんの声が聞こえてきた。ドアが開いていたので、そっと中を覗き込んだ。
「菖蒲、今度一緒に買い物に行こう」
「理恵さんとですか?」
「そうよ。律穂さんに馬車を出してもらって、百貨店に行きましょう」
「二人でですか?」
「ええ。二人で女の子のお買い物をするの」
「女の子のお買い物?」お嬢様は首を傾げた。
「上も下も買おう。かわいいのを一緒に選ぼう」
「…………あ!」
お嬢様は理恵さんのことを見つめたまま、ちょっとの間固まっていた。声を上げたかと思うと、両手で胸を押さえた。
「そう、それよ。下もね。家庭教師の先生に教えてもらったでしょ?」
「あ~、そういえば。いろいろあったから、すっかり忘れてました。……お、教えてもらった内容は覚えてますよ! その特別授業をしてもらったのを忘れてたというか……。ど、どっちもダメか……」
お嬢様がうなだれると、理恵さんは「忘れちゃダメよ」と笑った。
「もう準備しておかないとね」
「そうですね。あ~、面倒くさいなあ。必要なときだけくるとかだったらいいのに。月一とか……。はあ……」
「そうよねえ。面倒よね。……まだなってないのに、そんな気持ちになるのね」
「え? あ! だって大変そうだから! 泊まりとか、お風呂とか、泳ぎに行くときとか!」
「そう! そうなのよ。よくわかってるのね。でも、仕方ないわよね。女性の体はそういう風にできてるんだから」理恵さんは、はあ、とため息を吐いた。
「一加は?」
「一加の分も買うわよ。菖蒲と一緒に連れてって、選ばせてあげたいところだけど。でも、人が……ねえ。今回買うものは、服のサイズがわかれば大丈夫だから。あんまり種類はないと思うけど、一加の分も菖蒲が選んであげて。きっと、喜ぶわよ」
「喜んでくれますかね? 一緒に選んだら楽しいだろうな~。いつか一緒に行けるといいな」
「絶対喜ぶ。そうね。いつか必ず行けるようになるわよ」
「わ、ワタシ、行きたいです! 一緒に連れてってください!」
気がついたら、食堂の出入り口から一歩中に入り、そうお願いしていた。
(こ、怖いけど……。これなら……)
勇気をふりしぼって、なんとか馬車から降りた。お嬢様と腕を組んで、さらに手をつないだ。前を小夜さんが、後ろを理恵さんが歩いてくれている。
「下着売り場まで頑張ってね。そこまで行っちゃえば、ほとんど女の人しかいないからね」
「ほとんど? 男の人もいたりするんですか?」
後ろから理恵さんが励ましてくれた。顔だけ少し後ろに向けて質問した。
「たまにいるわね。奥さんや恋人の買い物に付き合ってる男の人が」
「すごいですね」
「もっとすごい男の人もいるわよ。プレゼントにって一人で買いにくる人もいるのよ。もしかしたら、自分よ……ん、んんっ! とにかく、たまにいたりするけど、いっぱいいるわけじゃないからね」
理恵さんは途中で口元に手をあて、喉の調子を整えた。最後に、にこっと微笑むと、お嬢様に目を向けた。お嬢様は無表情で、ジッと前を見ていた。小夜さんのことを見ている。
「菖蒲? どうしたの?」
「いい腰とお尻だな、と思って……」お嬢様の視線は小夜さんに釘づけのままだ。
「腰とお尻?」理恵さんが聞き返した。
「あの腰、からの、あのお尻……。なんで? いいなあ」
「……菖蒲、私の腰とお尻は?」
「理恵さんは腰とかお尻じゃなくて、おっぱ――」
お嬢様はハッとすると、勢い良く振り返った。理恵さんはお嬢様に問いかけるように「い?」と言った。
「え、えっと~。あ、あはは……」
お嬢様は目を泳がせ、顔を引きつらせた。理恵さんは笑顔だ。
「フフッ、アハハ。そんなとこ見てたの?」お嬢様の様子に頬が緩んだ。
「だ、だって、目の前にあるから。見事なんだもん。見ちゃうでしょ」
「そうだね。すごいね。理恵さんのもね」お嬢様にギュッとくっついた。
「でしょ?」お嬢様はワタシの頭に、コツンと頭をくっつけた。
「もう、二人ともえっちねえ」
理恵さんの言葉にお嬢様と顔を見合わせ、同時に、ふふっ、と吹き出した。「一加のえっち」「お嬢様のえっち」と言い合っていると、小夜さんが立ち止まった。
「さあ、着きましたよ。お嬢様と一加ちゃんの、かわいい胸とお尻用の下着を選びましょう」
小夜さんは振り返ると、笑顔でそう言った。ワタシたちの話が聞こえていたらしい。またお嬢様と顔を見合わせて、笑ってしまった。
グルッと売り場を見渡した理恵さんが、「男の人はいないみたい」と小さい声で教えてくれた。ホッとした。
ブラジャーは普段から使うので四つ、生理用ショーツは二つ選ぶようにと言われた。お嬢様と一緒に下着を選んだ。お嬢様は全部違うものを選んだ。ワタシは、上は同じものを二つずつ、下は二つとも同じものを選んだ。
もうないとは思うけど、いざというときのために二つずつあったほうがいい。一護の分もあったほうが安心だ。
ワタシたちから下着を受け取った理恵さんは、自分のものを物色しはじめた。小夜さんもだ。その間、お嬢様とワタシは、胸が大きくなったとき用のブラを見ながら、アレコレお喋りしていた。今日買いにきたブラよりも色や柄が豊富で、かわいいのがたくさんあった。こっちのブラを買うときも、お嬢様と一緒に選びたいなと思った。
「実はねえ。レストランを予約してあるのよ」
買い物を済ませると、理恵さんが口の前で手を合わせて嬉しそうに言った。
レストランに向かうのに、ちょうどよい時間だった。そうなるように調整してくれていたのかもしれない。下着売り場に来たときと同じ陣形で、レストランに向かった。
通された場所は個室だった。ドアの近くに理恵さんと小夜さんが座り、お嬢様とワタシを奥に座らせてくれた。
「律穂さんも来れば良かったのに。下着売り場は無理でも」
食事が運ばれてきたところで、小夜さんがポツリと言った。
「誘ったんだけど、女の子同士で楽しんでって言われちゃったのよね」
「女の子……同士ですか?」小夜さんが目を見開いた。
「そうなの。菖蒲と一加がいるからなんだろうけど」
「あはは。女の子なんて言われるの、何年……十数年ぶりですかね?」
「私なんて何十年でもいいくらい。ちょっと笑いそうになっちゃった」
理恵さんと小夜さんが楽しそうにお喋りしている。お嬢様は二人の会話を聞きながら、お子様ランチのハンバーグを頬張っていた。ワタシと目が合うと、「美味しいね」と微笑んだ。
「本当、美味しい。楽しいし……。一護に悪いな」
思わず呟いていた。




