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花菖蒲のほとり  作者: B星
第1章 別邸 5歳、6歳
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◆008. 僕のもの 1/2


 熱が下がってから、余計な心配をかけてはいけないと、部屋でおとなしくしていた。でもこの前、医者から「大丈夫」とお墨付きをいただいた。

 もう、歩き回ってもかまわないだろうと思い、家の中や庭の探検をすることにした。これまでの行動範囲は限られていた。この屋敷が、どれくらいの広さなのかもわかっていない。散歩の記憶はあるが、周りをあまり見ていなかったようだ。


 いざ探検を開始!


 ――すると困ったことが起きた。



「お嬢様、部屋にいないとダメですよ」


 黒羽くろはが事あるごとに、私を部屋に連れ戻す。元気だ、大丈夫だ、と言っても聞いてくれない。

 何回か繰り返すうちに、『探検』から『黒羽に見つからないように探検』になっていた。


 私が家の中をうろつくと何か不都合でもあるのだろうかと思ったが、大地だいち隼人はやとは部屋に戻れとは言わない。せいぜい「転ばないように」「ドアに手をはさまないように」と注意をうながすくらいだ。

 ただ「庭に出るときは必ず誰かと一緒に」と、家の外に出ることについてはきつく言われている。


 私個人としては、ただの探検に鬼ごっこが追加されたくらいの気持ちでいた。でも、別のところで問題になっていた。



 ある日、探検をしていると、二階の談話室から声が聞こえてきた。談話室と呼んでいるが、部屋ではなく廊下の一角だ。広くなっていて、ソファーや新聞などが置いてある。

 こっそりと様子をうかがうと、大地と隼人と黒羽の三人が、なにやら深刻な顔をして話をしていた。


「ここんとこ、身が入ってないんじゃないか」


「勉強中も抜け出し過ぎです。トイレはかまいませんが、最近はトイレと言いつつも、トイレには行っていませんね」


 黒羽が、仕事をおろそかにしていると、叱っているところだった。黒羽の仕事は、半分が使用人としての家の仕事、もう半分は勉学だ。大地と隼人が家庭教師をしている。


(最近って、もしかして、私が探検し始めてから?)


 よく遭遇するな、とは思っていた。まさか、仕事や家庭教師の時間を抜け出して、捜していたのだろうか。それもと別に理由があって、私はたまたまだったのだろうか。


(黒羽から話を聞いた方がいいのかな?)


 私が口を出しても良いことなのだろうか。でも、もしも私が探検していることで、黒羽の気が散っているのだとすれば……。

 一応、話を聞いた方が良いのかもしれない。黒羽と二人になる時間を待った。



 その日の夜。いつものようにベッドの足側に座り、黒羽に髪を乾かしてもらった後に、話を切り出した。


「くりょは、にゃんで、わたしゅが、へやにいにゃい、わかりゅの?」


「勘ですよ」


 黒羽は、乾かした髪をクシでとかしている。


「ひりゅまね、みんにゃで、はにゃしゅてりゅの、きいちゃっちゃの」


 遠回しでは誤魔化されそうなので、昼間の件を持ち出した。黒羽の髪をとかす手が止まった。


「また、部屋から抜け出したんですか」


 声が低くなり、暗い雰囲気になる。


「どうしゅて、へやに、いにゃいと、いけにゃいの?」


「どうしてって? 本当は、誰の目にも触れさせたくないし、話したりしないで欲しいんですけど、それは無理なので。仕方がないので、必要以外は部屋にいて僕を待っていて欲しいんです」


「え? しょれは…」


(軟禁したいってことなのか?)


「僕だけのお嬢様だからですよ。あ、お嬢様がお嬢様のものなのはわかってますよ。その上で、僕のなんです」


「おじょうしゃまが、しゅきにゃの?」


「? ……ああ、菖蒲あやめお嬢様だからですよ」


「ちいしゃい、おんにゃのこが、しゅきにゃの?」


「小さくなくたって、菖蒲あやめお嬢様は菖蒲あやめお嬢様ですよ」


 黒羽は、私を自分のものだと、部屋に閉じ込めておきたいと思っている。お気に入りのオモチャを誰にも取られたくないといった心理なのだろうか。


「なんで、わたしゅは、くりょはの、ものにゃの?」


菖蒲あやめお嬢様が生まれて、一目見たときに。この子は、僕のものだって思ったんです」


(一目惚れってこと? 赤ちゃんに一目惚れってするものなの?)


 どうやら、黒羽が私に執着しているのは確かなようだ。しかも、私が生まれたときから。これは、深刻な問題なのだろうか。それとも、一時的なワガママなのだろうか。


(表情を見ておけば良かった)


 髪をとかしてもらっていた体勢のままだったので、黒羽の表情は見えなかった。

 ベッドから下り、黒羽の方を向いて立った。


「いっしょー、へやに、とじきょめる、つもり?」


「そうですね。でも、このままでは無理がありそうなので、別の形を考えないといけません」


(うっ、なんか怖いこと言ってるし)


 深刻な問題か、表現の悪いワガママなのか、判断できかねた。


(もう少し様子を見よう……)


「とじきょめて、やしゅなうには、おきゃねが、ひつよーでしゅ」


 私の言葉に、黒羽は首を傾げた。


「おきゃねを、かしぇぐちゃめには、しゅごとを、しゅにゃいと、いけましぇん」


 私を閉じ込めて養うためにはお金が必要。そのお金を稼ぐためには仕事をしないといけない。さらに、一緒にいる時間を増やすには、効率的に稼げるようになれば良い。そのために、学べることは学んでおいた方が良い、と黒羽に伝えた。


 舌足らずの細切れで、どこまで伝わっているかわからない。


「みりゃいのために、いま、がんばりぇ」


 最後に付け加えた。すると、首を傾げたままの黒羽の顔が、パアァと明るくなるのがわかった。私を抱きしめようと、両腕が広げられた。それを、片手で「まった」と制止し、さらに付け加えた。


「みんにゃと、はにゃしゅの、だめいうの、きりゃい。へやきゃらも、しゅきに、でりゅ」


 黒羽は、両手をベッドにつき、「えぇ~…。でもなぁ、う~ん…」と苦渋に満ちた顔で悩み始めた。


 将来軟禁するために今頑張れと言いつつ、閉じ込められるのはごめんだと、矛盾しているのはわかっている。

 とりあえず今は、黒羽がやるべきことをやるようになれば良しとした。


 私への執着は、同じくらいの年頃の子と出会って恋をすれば解決するだろう。でも、その女の子のために、軟禁思考はできる限り改善していこう。


(お父様に、情操じょうそう教育に役立つ絵本を買ってもらおう)


「とじこめりゅの、たのしゅくにゃい。くりょはと、たのしゅーがいい」


「でも~…」


 なかなか、首を縦に振らない。そんなに、このことで悩まないで欲しい。


「いっしょに、いりゃれりゅ、じかんを、ふやしゅて、あげりゅ」


 一緒に過ごす時間を増やすことを条件に、半ば無理やり納得させた。

 私の寝支度を調え、部屋から出ていくときになっても、黒羽はションボリ顔のままだった。




「お嬢様の部屋で食べたかったな……」


 黒羽がボソボソと呟いているが、聞こえないフリをした。


 食堂で、昼食をとっていた。大地と隼人も一緒だ。

 私がよく話すようになったのと、部屋から出るようになったことで、昼食は食堂で一緒にとるようになっていた。大地や隼人の仕事の状況によっては、以前のように部屋で黒羽と二人で食べている。


 食堂には、長方形のテーブルと、テーブルの長い辺に椅子が四脚ずつ置かれている。椅子と椅子との間隔は広く、詰めればまだまだ椅子が置ける。

 はしの椅子に大地が、その正面に隼人、隼人の隣に黒羽、その隣に私が座っている。


「はーあ、食べたら眠くなるよな。このまま、眠っちゃおっかな~」


 食後のお茶を飲んでいると、大地がアクビをして、腕を枕にテーブルに伏せた。顔を私の方に向けて、ニヤニヤしている。


「今からここで勉強するんですから、やめてください。だいたい、仕事は終わってるんですか?」


 隼人は食事の後片付けをしながら、昼寝をするなら別の場所でと、大地を食堂から追い出した。


「黒羽とお嬢様は、歯みがきしたら、準備して戻ってきてくださいね」


 私が考えた、黒羽と一緒にいる時間を増やす作戦。それは、一緒に勉強することだった。


 父にお願いして、大地と隼人に頼んでもらった。黒羽の邪魔にならないよう一番遠くに座って、文字を書く練習をしたり、本を読んだりしている。


 黒羽は、離れて座っていることが不満のようだった。離れていると言っても、四脚ずつ並んでいる椅子のはしの対角だ。椅子の間隔が広いとはいえ、そんなには離れていない。

 それでも、隣でないことが不満だったようだが、とりあえず視界に入る場所にいるということで落ち着いた。


「ふぁ……」思いきり出そうになったあくびをかみ殺す。


(食後なのがキツい。午後一の授業なんて睡魔との闘いだ……)


 でも、大地と隼人の仕事のことを考えると、この時間が一番都合が良い。黒羽もそうだ。

 休憩をはさみつつ、二時間から三時間の授業をしている。主に隼人が、たまに大地が教えている。


 私は、あまり授業開始から終了まで通せていない。途中で、寝落ちしてしまう。昼寝の時間だから仕方がないと、子どもの自分に甘えている。


 初めて居眠りをしてしまったときは、隼人と黒羽が驚いていた。

 椅子を二脚並べて、その上で眠っていたからだ。しかも、くっつけた状態でなく、椅子と椅子の間隔があいた状態だった。


(あー、こんな風に寝たことあるような気がする)


 懐かしい気分で横になったが、目が覚めたら、体に痛いところはないかと非常に心配された。

 部屋で眠った方がいい、という意見を拒みつつ、椅子に横になってみたり、テーブルに突っ伏したりして、居眠りを繰り返してしていた。


 そんなある日、大地が、


「あれ? お嬢様どこいった?」


と、食堂に入ってきた。大きな声だった。

 椅子に横になって眠っていた私は、驚いて転げ落ちてしまった。


 そのあとは、笑いが止まらない大地と、私に怪我はないかと心配する隼人と黒羽で大変だった。



(もお~、ニヤニヤしてえ)


 大地がニヤニヤしながら私を見ていたのは、そんなことがあったからだ。


 居眠りしつつも、文字を書く練習などをして、黒羽と一緒にいる時間は増えた。黒羽も「部屋から出るな」とは言わなくなった。


 一件落着!


 そう思ったが、甘かった。


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