華麗なる宮廷魔導師の憂鬱
勇者召喚とは本来ライダ帝国が女神様の神託の元に執り行われる神事。
その【勇者召喚魔法】に関する情報はライダの帝国魔導師の中でも専門部門が置かれている程、厳正に護られています。
そんな勇者召喚を何故ワタシの様な未熟で駆け出しの宮廷魔導師が出来たのか…
実は今でもその理論の証明が出来ていません…【勇者召喚魔法】が1つの魔法なのか複合魔法なのかさえ解らなかったワタシは手探りで偶然発現させただけの…ただの"まぐれ"でした…
………偶然と言ってもそれなりには努力はしましたよ? 召喚魔法に転移魔法を合わせた魔法陣に完璧なシンメトリーを独学で創り出したし! 座標軸も"高位次元"同士を繋ぎ合わせる計算を三日三晩寝ずに算出したり!
そこへ当て嵌めて行く裏技の数々と言ったらまさに芸術的!………と言っても成功した直接的な要因は、恐らく…その2年前に行われた勇者召喚の時空に及ぼしていた影響が強かったから…だと言えますが…
そんな"まぐれ"でも成功してしまった勇者召喚……そしてこの世界に強制的に連れてこられたユイさんとヒロキさん……
……我儘の代 償……
脇目も振らずに宮廷内に宛てがわれたユイさん達勇者様の部屋へ急ぎながら、あの時ワタシが言った言葉を思い出していました…
"ソースケさんは…魔族の襲撃前に亡くなり…その遺体も襲撃と化石病の影響で判別出来る状態にありません"
そう…ユイさん達へ伝えました……
その時のお2人の顔は今も胸に棘として刺さったまま…ジュクジュクと傷みを伴ってワタシを責め立てています……
それからユイさんは部屋に籠る事が増え、今では、食事や最低限の用事以外では部屋から出て来ません。
ヒロキさんも暇を見つけては話し掛けに行っていた様ですが…討伐や式典の参加など、中々纏まった時間が取れませんでした…
ワタシ自身、顔を合わせ辛くて仕事を言い訳に逃げていた部分も否定できません…
ですがこんな事なら…もっと早くに真実を…ソースケさんが生きている事を伝えるべきでした。
逸る気持ちに急かされながら、ユイさんの居る部屋へ向かう途中、そんなワタシの急ぐ足を止めるように目の前に影が現れます。
「これはこれは…そんなに急いでどなたかと思えば…魔導士リナリー様ではないですか…如何なされたかな?ここは魔導研究棟の敷地ではありませぬぞ?」
敢えて進行を遮るように2つの影が道を塞いで出てきます。
そのまま横切ってしまいたかったのですが小さなワタシの体では強引に通り過ぎる事も来ない為、立ち止まる他ありません…
仕方なく足を止め、見上げる様にその2人と目を合わせながら、嫌々ながら礼儀作法に倣ってローブの端を摘んでカーテシーの挨拶の動作をとります
「これはバネロ侯爵、カノア外務大臣ご機嫌麗しゅうございます。…知らず、挨拶が遅れて申し訳ありません。少し、急ぎの用件がありますので魔導塔よりやって来た次第です」
バネロ様とカノア様はワタシが賢者レーオに仕えていた頃から何かと絡んで来る方達です。いつもいつも上から舐め回す様な視線を感じて、正直気持ち悪くて苦手です…
「なんと!かの絶佳たる若き宮廷魔導師のリナリー・ユーナリカ程の方が急を要する案件とは⁈一体全体どう言った国の有事で⁈」
こうやって会えば何時もからかう様に蔑み、ワタシの反応を楽しんで来ます。
聞くところによると、以前ワタシに目を付けた事をレーオ師匠にこっぴどくやられたとの事。師匠が逝去されたのち宮廷魔導師へと就任した事で迂闊な真似が出来なくなった為…この様な陰湿な遊びをしてくる様になりました…
「そんな大袈裟な物では有りません…少し、親友の勇者ユイ様へご報告があるだけで御座います。」
勇者という発言を受け2人は少し眉根を寄せました。
この世界に於いて勇者とは特権階級であり爵位を超える存在。時には辺境伯以上の権限を持つ事もあり、階級制度に縛られた方々には大変都合の良い大義名分になります。
「左様…でしたか、ではあまり足をお留めする訳には行きますまい…リナリー様もこんな些事に一々構わなくとも良かったのですぞ?急ぎ勇者様の元へ向かってくだされば良かったのに…」
うぁ〜…どの口がほざくのでしょうか……
「ハイ。申し訳ありません。ワタクシもそう思います。……それでは失礼しますっ」
ガバッと勢いよく頭を下げて2人の間を颯爽と通り抜けます! すれ違いざま苦虫を噛んだ様な2人の顔が見れたので少し溜飲が下った気分です。
そうしてやっとの事でユイさんの部屋の前まで到着です……
勇者様の部屋は宮廷内の取り分け豪華な部屋が宛てがわれています。特にその扉は厳重で重く、1度、1人で扉を開けようとしてもビクともしなかった事がありました…
その時はユイさんに思いっきり笑われましたっけ……
懐かしい親友との思い出を思い返しながら大きな扉の前に立ちます…
そこで眼を閉じ深呼吸を繰り返し心を落ち着けながら扉をノックしました…
……コンコン…コンコン…
返事は…ありません…
「…あの……ユイさん…?リナリーです…少し、お話ししたい事が……」
……コンコン…コンコン…
「…あ、あの…ユ…」
ギィィィ………
扉を押す様に話し掛けると、少しですが扉が開きました…どうやら鍵が掛けられていない様ですね…
あまりの不用心さに驚いたワタシは、もしやユイさんの身に何か起きたのでは⁈ と急いで重い扉を必死で押し退けながら部屋へ侵入します。…そしてユイさんの姿を確認しようと部屋の中央へと視線を向けると…
そこには…
……綺麗な……本当に綺麗で軽やかな踊りを舞っているユイさんがいました……
ユイさんは元の世界では演舞を嗜んでいたとお聞きしていましたが、観るのはこれが初めてでした。
その舞はしなやかさの中に瞬発的な力強さを感じさせる動作…軽やかなのに体躯の細部まで神経を行き渡らせなければ出来ない様な動きでした…
暫く…その演舞に…ただ胸に手を組んで羨望の眼差しで惚けた様に見惚れてしまいます…
そうして最後までユイさんは踊り続け、ラストポーズを決め、呼吸を整えた所でワタシへ視線を合わせました。
「あれ?…リナリーいつのまに来たの⁈
集中し過ぎてて気付かなかった、声掛けてくれれば良かったじゃん」
「ユイ…さん……今のがユイさんの仰ってたダンス…なのですか? …とても綺麗で力強くて!…とにかく感動しました!」
この世界にもダンスや舞踊と言った貴族達が社交を嗜む程度の踊りや、歓迎の為の踊りは有りますが……ユイさんの踊りはまるで自己を表現する如く、その存在の証明を身体総てで表したかの様な踊りでした……
「ふふっ…サンキュ!ちょっと最近マイってたからね、気分を変えようと久々に体動かしたらキレが悪くてヘコんだわ〜…う〜ん…メチョック!」
ワタシ達の心配をよそに軽口で返すユイさん…良かった…少しやつれて見えますが気持ちが落ち込んでる様子はありません…
本当にお3人共強い方達です…
「あの…ユイさん…少しお話が…」
今のユイさんならソースケさんの真実を知ればきっと喜んでくれるに違いありません。
「ん?……どしたのリナリー?」
やはり嘘をついた事は怒られますかね?…仕方ありません…
「実は…ソースケさんについてお話ししておきたい事が……」
ですが良い知らせなので最後はきっと許して貰えますでしょう……
「……ソースケ?…ああ、もういいよアイツの事は。それよりさお腹減っちゃった!何か食べに行こっ」
……………………………
「……え……⁈」
「この間話してたパスタのお店はどう?アソコもうオープンしたんだよね!」
「…い、いえ…そうではなくて…ユイさん…話を……」
「なーに〜?しつこいよリナリー、死んだ奴の事なんか今更聴いたって興味ないよ?」
……あれ?ユイさんの反応が思っていたのと違ってて……こんなにアッサリと……?
でも…何か……
「っ…違うんですユイさん!…実はソースケさんはっ………っ⁈」
‼︎ ……パシュン!
ワタシの言葉を切り裂く様に……頬へ熱い痛みが走ります…指でそっと撫でてみると薄っすらと血が滲んでいました………
何が起きたか分からずユイさんへ視線を送ると…小さなマナの残滓を揺らめかせた指先をこちらへ向けながら…冷めた表情でワタシを見つめるユイさん……
……ショックのあまり言葉が出て来ない……
「リナリー……お前……マジ…ウザいよ」
……‼︎……
「……ユ……イさ…ん…⁈」
…ユイさんは先程と打って変わって冷淡で……まるで………
「…死んだって…ことで良いじゃん…」
…………!!!
「ヒロキを選んだの……今更こっち来て引っ掻き回されても迷惑じゃん……私はヒロキと生きて行くって決めたのにアイツが居たらヒロキが遠慮して…私から離れたらどうすんのよ⁈」
……ユイさんは分かっていたのですね……
「どっちから言い出したから知らないげど…証拠すら無い嘘でも…ヒロキには黙ってて!」
…………
「……どうして…塞ぎ込んだ振りをなさってたのですか……?」
「そんなの…ヒロキに気に掛けて貰うために決まってるじゃん?……間違ってもソースケを探しに行くって言いださない様に、アイツが死んでも何とも思わない様な女だって思われない様に!」
…ユイさんはこんな稚拙な嘘…最初から気付いていたのですね……そしてヒロキさんと生きて行く為にその嘘を飲んでくれていたのですか……
……結局…ワタシ達の不安は余計なお節介だった様です…
…でも…今の言葉は…聞きたくなかった……
ユイさんと少しの間、見つめ合っていると近くから数名の勢いのある足音が近づいて来る音がします……
「こ、此方で御座います!リナリー・ユーナリカは此方へ来ている筈でありますっ!」
どうやらこの足音はワタシへ用がある様です……振り返ると先程別れたバネロ侯爵とカノア外務大臣が複数名の衛兵と1人の青年を案内している様です…
「……?……」
その青年は青く輝く甲冑を身に纏っているにも拘らず武具の一切も持たず、黒い短髪と黒い瞳で悠然と此方へ向かって来ます。そして、ワタシの姿を確認すると…少し、憐れんだ表情で…微笑みかけて来ました……
「此奴で御座いますっ勇者リツ様!コヤツがリナリー・ユーナリカですぞ!」
敬称も付けず怒鳴りつける様にリツと呼んだ勇者へ媚びるように話すバネロ…
……勇者…⁈…ではこの方はライダ帝国の使者様か何かでしょうか……⁈
「見つけたぞコノ女狐!貴様の年貢もついに納め時であるぞ‼︎」
口汚くワタシを罵倒するカノア……何が起きているのでしょうか……
「あの……先程から不躾な態度…ワタクシに何の用件で⁈」
「白ばっくれるでない‼︎貴様なんぞに不躾も何もあるかぁ!」
‼︎ カチンと来ましたっ!
この高圧的な発言は聞き捨てなりません!
流石に言い返そうとした所で唐突にリツと呼ばれた勇者様が問い掛けてきました。
「貴女が…リナリー・ユーナリカ殿ですね?」
「っ⁈……はい、ワタクシがリナリー・ユーナリカにございます……」
ワタシの返答を聴きながら勇者リツは2度ほど首を縦に振り此方へその黒き双眼を向けて……
「女神様の神託により貴女が破滅の魔女である疑いがかかりました………よって、今から貴女を拘束します。」




