エリシアの誘い
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「ここが竜王国アルスマグナ……」
その後、草木の茂る細道から大通りへと合流した俺たちは、旅人に紛れてあっさりと竜王国、アルスマグナに到着した。
道中、異世界の服装をしている俺は目立ってしまうのではないかと不安を覚えてはいたが、あたりを見回すと旅人は皆それぞれ奇抜な格好をしているものが多く……特に俺の服装が目立つということはなかった。
「ここは、竜王国アルスマグナ最西端に位置する、アルゴンという町でして、人口二万人ほどです。エルフとの戦争終結の際、平和条約が結ばれた場所でもあるんですよー!」
「ほー」
ミユキの話に俺は感心をしつつ、お上りさん全開であたりを見回してみる。
アルスマグナの街並みは、どこか古代ローマを彷彿とさせる石造りの建物に加え、舗装された石畳が町すべてに敷かれており……鉄や鉄筋コンクリートのような存在の欠片もない。
商店街に位置するのだろう中央の通りの脇には、バザールのような形で人々が果物や野菜、肉などを 売っており、ほほや肌の一部に白い鱗を持ち、こめかみから後ろに伸びるような形の角が生えた住人たちが、店員たちと値段交渉をしているのが見える。
いよいよ、ファンタジーっぽくなってきた。
「……それにしても、自分で頼んでおいて何だけど……やけにあっさりついてきてくれたわよね」
そんな異世界で初めての集落に目を輝かせていると、エリシアはなぜか怪訝そうな表情で俺にそう語りかける。
「まぁ、どちらにせよ初めての町ですからね……テルモピュリーに行こうが、アルゴンに行こうが変わりませんから。それなら仲間ができる方向で話を進めるのが賢い選択だと、ご主人様は判断したのだと思いますよ? ね?」
え? そうなの?
「なるほどね……まぁこちらとしてはありがたいけれども」
ミユキはひょっこり俺の肩口から頭を覗かせてそういい、エリシアも納得してくれたようだが……。
「むしろ、俺たちの方こそいいのか?」
俺は、先ほども話した内容を再確認する。
「ええ、まさかあなた達が転生者だって聞いた時は驚いたけどね……でも逆にラッキーだわ……今の手持ちじゃ、竜を倒せるほどの冒険者を雇えるわけがないもの」
「……過度な期待をされても困るぞ? 本当にただの一般村人-くらいの人間なんだからな、俺は」
「なんで一般人よりも自分の評価が低いのよ……自信持ちなさいよ転生者」
「いや、それはニートの性であってだな」
おおよそこの世界のように、人の能力を数値化する技術が現実にあったとしたら、俺は一般人マイナスどころでは済まないだろうし。
「ニートの……あぁなるほどね……ナイトは謙虚だものね」
苦笑を漏らし、ローブの奥で笑う少女。
好意的にとってもらえるのはとてもありがたいのだが……その期待はニートにとって大きすぎる重圧だ。
「いや……だから、俺はまだこの世界に来たばっかりで」
「はいはい……大丈夫よ、最悪一緒にいてくれるだけでいいから」
どうやらエリシアは、本格的に俺が謙遜しているだけと思い込んでいるらしく。
着々と少女の上に積み重なっていく死亡フラグに俺とミユキは顔を見合わせて苦慮する。
「リューキ様、どうしましょう」
「どうするもこうするも、とりあえずは一緒にいるしかないだろう……逃げ出すわけにはいかないし……」
「でも武器も何もないですよ? スキルグラップも過信は禁物です……触れなきゃ力を発揮しないんですから」
「分かってるよ……」
そう俺がミユキと共に現在の状況に苦心をしていると。
「まだ時間はありそうね」
エリシアは一度止まり、あたりを見回すそぶりを見せて、そうつぶやく。
「……どうした?」
「いいえ、何でもないわ。 其れよりもお腹空いてない? 実は私朝から何も食べてないのよね……」
エリシアはそう苦笑を漏らすと、俺とミユキは顔を見合わせ。
くぅっと、俺とミユキの腹が声の代わりに返事をした。
「……食事にしましょうか……」
エリシアはそんな返事に苦笑を漏らし、俺たちは顔を赤くしてミユキについていくのであった。
◇
【ギルド・飛翔する竜の太陽】 通称ジャンピングリュー・サン
「それじゃあ、私たちの出会いを祝して……」
「乾杯」
酒……ではなく、ブドウのジュースを片手に、エリシアはそう微笑むと、木製のジョッキを俺はその言葉に合わせるように重ねる。
「かんぱーいですー!」
グラスとは違う乾いた木の音はどこか厳かで、少し遅れて、ミユキの小さなジョッキが文字通り衝突する。
離れたジョッキはそれぞれ各々の口へと運ばれて行き、エリシアは右手でそっと神を耳にかけなおすと、一気にジョッキの中のジュースを飲み干す。
本当に朝から何も口にしていなかったのだろう。
白かった頬が、少しだけ紅潮する。
「……何よ……じろじろ見て」
「あ、わりい……。ただ、こういうところ来るの初めてだからさ」
「リューキの住んでる世界には、ギルドってものはないんだったっけ?」
「まぁな、酒場は当然あったが、なかなか行く機会が無くて」
「お酒を飲む機会もないなんて、随分とかわいそうね……」
「ははっ、一緒に行く友達がいなかったともいう」
ボッチ生活を思い出し、俺は少しだけ心を痛ませながらも、運ばれてきた肉料理を口に運ぶ。
凄い美味い。
「よくわからないけれども……まぁ慣れて。 この世界の、特に貴方みたいな冒険者が懇意にするギルドっていうのは、みんなこういうところ……張り出されるクエストを片手に、友を作り生活費を稼ぎ、お酒の入った冒険者たちがこぼす冒険譚や伝説をたよりに、夢へと走り出す……それが冒険者の酒場。 貴方はきっと、これから長い間お世話になるだろうから」
「そうなのか?」
「そうなのよ」
そういう事らしい。
「うーん、吟遊詩人が歌う冒険譚、それをみんなではしゃぎたてながら、剣士たちが剣で床を打ち鳴らす! まさに! ファンタジーって奴ですねぇリューキ様!」
機嫌よくミユキはブドウのジュースを飲むと、ひらひらと俺の周りを揺蕩い、頭の上に落ち着くと、ころころと転がる。
……酔っているのだろうか?
「本当、貴方とその妖精さんは仲がいいのね……正直羨ましいわ、エルフも精霊と交信をしたりするけど、あいつらは簡単に人に心を開かないもの」
「ふふふー! 私はリューキ様のパートナーなので! あ、エリシアさんにはこの位置は譲りませんよ!」
「それは残念だわ……」
「だけど、本当に良かったのか? 結構豪勢な料理が並んでるけど……俺たち金なんて一銭も持ってないぞ?」
「気にしないで、私のおごり……というよりも、半分はリューキたちが稼いでくれたようなものだから大丈夫よ」
「……俺たちが?」
「そ、これよこれ」
首を傾げる俺に、エリシアは一度笑うと、そっとポーチから鱗や牙の様なものを取り出す。
「それは?」
「さっきのドラゴンの喉の部分の鱗、【逆鱗】に【牙】よ……私の方は握りつぶしちゃったから状態が悪いけど、アンタが仕留めたのは頭を潰しただけだから、鱗や爪がきれいに残ってた……それをはぎ取ったの、冒険者はこうやって魔物の素材を売ってお金に変えるの」
「へぇ……結構高いのか?」
「高い物なんてもんじゃないですよリューキ様。 ドラゴンは強力な種族ですし、鱗も牙も希少にして強力な武器や防具の素材になりますからね、武器商人に売り渡せば一月は遊んで暮らせますよ、糞や涎でさえも金貨に交換できるぐらい全身無駄なくお金に変えられる種族なんですから」
「それはすごいな……」
肉牛みたい……。
「そういう事よ。 あんた達に渡してもよかったんだけど、多分よくわからないだろうし私が預かってたの……だからこのお金の分くらいは面倒を見てあげるわ。装備も必要よね、私が見繕ってあげる」
「それは助かるよエリシア……ありがとう」
「気にしないで……命の恩人なんだから」
エリシアはそういうと、ちらりと腕についているものを見る。
魔法のように光り輝くそれは、数字の様なものをさしており、それがこの世界の時間を表していることになんとなく気が付いた。
「時計を確認しているってことは……そろそろ約束の時間が近づいてきているってことか?」
「!? なんで知って……」
「悪い、これは本当になんとなくだ……さっきここ来る前に、まだ時間はあるって言ってたからな……急にこの酒場に誘ったのも、もともとここが待ち合わせの場所の近くだった……違うか?」
「はぁ……アンタの前じゃ、うかつに口は開けないわね」
観念するようにエリシアはため息をもらす。
「それで? そろそろ俺たちに何を頼もうとしているのか教えてくれてもいいんじゃないかなエリシア?」
意図的に隠しているのか、それとも他のことで頭がいっぱいなのかはわからないが……アルスマグナに連れてこられたはいいが、俺たちは彼女の目的や何を手伝ってほしいのかを教えてくれないでいた。
ステータスのおかげで敵意はなく、友好的なため信頼は出来るが、さすがに内容ぐらいは知っておきたい。
「そうよね……ごめんなさい、はぐらかすつもりはなかったんだけど……もう少し場が和んでからの方が話しやすくて……その、色々と複雑だから」
「時間があるなら聞きたいが」
「ええ、あるみたい……まず、アンタに頼みたいことだけど」
「ああ」
エリシアは少しばつが悪そうな顔をする。 よほど困難で難解なことを頼もうとしているのか……俺とミユキは互いに一瞬身構えるが。
「ダンジョンの攻略に付き合ってほしいのよ」
そう、エリシアは俺たちに依頼をするのであった。
【ダンジョン】:自然界に発生した異界。 主に、強力な聖遺物や強大な魔力を持つものが死した場所に長い年月をかけて作られる場所。原因となったものの記憶や、それに由縁のある場所を、その魔力にて形成する。 魔物が住み着きやすく最奥に眠るダンジョンを作り上げた原因を取り除くと、ダンジョンは停止しダンジョンのみを残して魔物やギミックは停止する。 また、人工的に人の手のみで作られるものは迷宮と呼び、自然に発生するものはダンジョンとして区別をする。