エリシアとアキハ
「エリシア様の身柄は、我々王国騎士団が保護します。 今後は魔王のハート探しは我々が……」
リューキと一緒に泊まった温泉のある小さな宿ではない……大きな貴族用宿泊施設。
そこで私はアキハの言葉を聞く。
荘厳でキラキラしていて……出されるお茶のカップですら宝石のよう。
町のような活気にあふれた声は届かず……中はお葬式でも開かれているかのように……静かで息が詰まりそう。
独特で、私が今までに経験をしたことがなく……自分がちっぽけで居場所を見失ってしまいそうな場所……。
もちろん、エルフの国にも、当然こんなような建物はあった。
何度か入ったこともあったし、当然エルフの王族としてきらびやかで窮屈な服を着たこともあった。
だけど、そのたびに私はこの場所は自分の居場所ではなく、この服も居場所も何もかもが偽物だと感じていた。
「……」
リューキと一緒に飲んだ、何でもないコーヒーのほうがおいしかったなぁ。
「エリシア様、聞いてますか?」
心ここにあらず……その様子をアキハは見逃さなかったのか、心配をするような表情をして私の顔を覗き込む。
「あ、ご、ごめん……その、なんだっけ」
そんな私の反応に、アキハは見るからなため息を漏らして。
「もぅ、しっかりしてくださいエリシア様。 貴方はこの国の大切なお方なんです……それが、一人で国境を渡ろうとするわ、守り龍に殺されかけるわ……変な賊に絡まれるわ……挙句の果てにはハイアンデッドと交戦したとか……」
「楽しかったわ」
「楽しかったじゃないですよ!? お父様が知ったらどんな表情をするとお思いですか」
「……お父様……懐かしい響きね。 だけどはっきり言えるわ……きっと、よくやったって褒めてくれるわ」
「……」
アキハは少し考えるようなそぶりを見せ、確かにと小さく呟く。
「……ねえ、考え直さない?」
そんなアキハに、私はそう再度呟く。
「何をですか?」
「リューキのことよ。 やっぱり、あんなの良くないわ。彼の力は本物よ? ドラゴンを倒したのも、ハイアンデッドを倒したのも彼……それに、アキハが思ってるような人じゃないわよ」
「なりませんエリシア様……あなたは仮にもこの国の姫なのです……あのものは信用に置けません……信じられるのは、剣を預けた仲間だけです……そして、貴方を心から理解し、守ってあげられるのは我々王国騎士団……そして、御父上様だけなのです」
寂しい瞳でアキハはそう断言をする私のたった一人の親友。
私の護衛で……どこに行くのもずっと一緒だった。
とてもよく笑って……いろんなことを教えてくれた少し年上のお姉ちゃん。
でも、今では何も信じないというような……そんな寂しい目をしてしまっている。
だけどそれはきっと……私のせいなのだ。
「ごめんね……アキハ」
「……何がですか?」
「私が……あなたを一人にしちゃったのよね……」
「なにを……」
「私がいなくなったから? それとも、私がエルフの姫になったから? とても寂しそう……昔はもっと、楽しいお話をしたはずよ……」
その言葉に、アキハははっとしたような表情をしたのち……苦虫をかみしめるような表情のまま項垂れる。
「エリシア様のせいではございません……ですが、エリシア様の言う通りです……確かに、私は焦っていたのかもしれません」
「焦っていた?」
「……ええ、ここ最近、王の周りで不穏な動きが続いているんです。……部族戦争で将軍をなくしてから、王の周りには味方がおりませんし、今回の守り龍の一件も……貴族院の者がからんでいるともいわれています」
「貴族院って……昔はそんなに力はなかったはずよ?」
「ええ、ですがここ数年で大きな権力を持つようになりました……理由ははっきりとはしていませんが……最近貴族院の兵士がエルフ領……それもテルモピュリー付近を出入りしているという情報が入っています」
「貴族院とエルフ族がつながっている?」
そんな様子を、エルフの里にいた時に感じたことすらなかったが……しかし、飾り物の姫にそこまでを気取らせるほど、エルフたちも私に対し気を抜いていたわけではないということか……。
「今回の守り龍の件……ゴブリンの件……そして、国王の親衛隊である私を、貴族院は半ば強引にここに派兵をさせた件、これの意味するところは……とても危険です」
「……なんで、なんでこんなところに来たのよアキハ!? こんなの絶対に罠じゃない!」
「ええ、ですが……逆に考えれば、ここでゴブリンをたたき、エルフ族並びに貴族院のつながりを見つけ出すことができれば……国にたまった膿をつぶすことが可能です」
「そんな……危険よ」
「ええ、とても危険な状況なのです……私たちがじゃありません、この町がです。だからこそ……エリシア様、最も安全な場所に私は貴方を置かなければならないのです……。あの冒険者も確かに力があるのでしょう……ですがエリシア様……あのものを、この国のいざこざに巻き込むおつもりですか?」
アキハの言葉に、私は背筋にぞわりとしたものを感じる。
アキハの言う通りだ……。
私がエルフ領から脱走し……この国に戻ってきた。
そうなればおそらくエルフ族の反発は増えるし、何よりも貴族院がエルフ族とつながりがあるなら……王の正当なる後継者である私を貴族院は狙い続けるだろう。
もし、エリシアが生きているという事実が広まれば……この国中から私は命を狙われることになる。
となれば……あのお人好しで正義感の強いリューキのことだ。
きっと、私を守ろうとするだろう。
ダンジョンを冒険するのとはわけが違う。
この国にあふれる醜い感情が……あの気高い騎士を襲うのだ。
それは……この国の姫として……そして彼の友達として、見たくはない。
「そう……そうね……ごめんなさいアキハ。そんなの、リューキには見せられないわ」
「ええ、私を嫌っても構いません……」
「そんなわけないじゃない……ありがとうアキハ」
彼女は彼女なりに私を思って、自ら汚れ役を買って出てくれたのだ。
「エリシア様……もったいないお言葉です」
私の感謝の言葉に、アキハは嬉しそうにそう呟く。
何も変わっていない……彼女は何も変わっていなかった。
「……アキハ様、エリシア様……お茶のお代わりを」
そんな喜びを感じていると……隣から騎士団の一人だろうか? 給仕服を着た男性が私とアキハのティーカップに紅茶を注いでくれる。
随分と話が脱線してしまった。
「アキハごめんね、話が脱線しちゃって」
紅茶を取り、私は一口口に含む。
「いえ、構いません……。私も熱くなってしまいました……」
アキハも、結構喋ったからだろうか……入れてもらった紅茶を口に含み、一息をつく。
……どこか心がリラックスするような……そんな不思議なお茶だ。
「……さて……ではエリシア様……話をもとに戻し……うっ」
「アキハ!?」
私の方に向きなおり、話の続きをしようとするアキハ……しかし、言葉を言い終わるよりも早く、アキハは苦しそうに頭を押さえる。
その様子は明らかにへんで、私はあわててアキハに駆け寄るが。
「えっ?」
立ち上がろうとした足に力は入らず、私はその場に倒れる。
「なっ……なっ……こ、これは?」
私の隣に立つ給仕はその場から動かず微笑を浮かべながら私たちを見下ろしている。
「お、お前……どうして」
震える声で、アキハはそう給仕の姿をした騎士団兵士に向かいそう問うと。
男は微笑を浮かべながら。
「あなたの言う通りですよアキハさま……もうこの国で、信じていい人間なんて一人もいないんですから」




