13.孤児エルマ(最終話)
倉庫の奥は地下へと繋がっていた。
落ちていた鉄パイプを拾い、長い階段を降りてゆく。途中で子供たちの泣く声が聞こえ、エルマの足が速くなった。
(もうちょっとの我慢だ。今から助けてやる)
階段の果ては鉄扉だった。エルマはこれを蹴り破る。
「ひぃッ!?」
中にはハゲて太った男がいた。
顔を引きつらせて慄き、周囲のギャングの男がピストルを構える。
「何をしている、撃て、撃てッ」
「う、うあああああッ!」「らあ、らああッ!?」
上での惨劇を目の当たりにしたのだろう。
彼らの手は震えて、まともに照準も合わせられなかった。
「誰一人、許さねえからなあ――ッ!」
エルマは鉄パイプを振り回し、護衛の頭を次々と叩き潰す。
残るハゲた男――これがボスか。逃げようとしたのか、金の入ったカバンを傍に置いていた。
エルマの目がカバンを向いた瞬間、男はヘラヘラと媚びるように笑い、足元に向かって札束を放り投げた。
「か、金ならやるぞ! いくらでも! だ、だから、許してくれッ、な、なあ!」
「……」
「ほれ、本当だ――」
肩に担いだ鉄パイプをトントン鳴らすエルマ。
男は慌ててもう一束、札束を投げたものの――、
「ナメんじゃねェよッ!!」
「あぎゃあ!?」
エルマはその手に、鉄パイプを叩きつけていた。
手がおかしな形に曲がり、男はひいひいと情けない声をあげて蹲った。
「ひぃ、ひぃぃぃぃーッ!?」
その場には男の呻き声だけが響いている。
エルマは黙ってパイプを肩に担い直すと、ゆっくりと男を見下ろした。
「オレがそんなもんが欲しくて、やってると思ってるのか? ええ?」
声にドスが効いて、低く響く。
「わ、分かった、手を、手を引く、全部から! 必要な情報も話す! だから生かしフェ――ッ!?」
エルマの左拳が、男の顎を打ち抜いていた。
好き放題し、窮地になれば自分の都合を並べて命乞いをする。その浅ましさに、どれだけ多くの人間が苦しめられたのを思うと、怒りがこみ上げてきた。
「ガキどもを攫ったのは今回だけじゃねえだろ」
「う、うう゛ーッ!?」
「そいつらの居場所、全部言えるか? ここで」
男が首を振ると、エルマの鉄パイプが鼻をめり込ませる。
「ざけんなよッ! 何のために親から引き離したッ!」
「あぐッ!?」
「楽しいからだろッ! 金になるからだろッ!」
「あ、あ、が……がッ……!?」
「てめえが死んで詫びたって、これから生きるガキは一生笑えねえんだよッ!」
エルマは目に涙を溜めて、鉄パイプを縦に打ちつける。
何度も、何度も――怒りのまま。建物に染みついた泣き声が、感情をさらに押し上げた。
手を繋ぎ合う親子を前に、自分の手は空虚を握る。羨ましく思うからこそ、同じ思いをさせたくない。
だが……この男はそれをしたのだ。
親や子供に理由などなく、ただ自分が金と権威を握りたいがために――。
「くぺッ……!?」
頭頂部が割れ、珍妙な声をあげたのを最後に、男は動かなくなった。
「くそッ……」
隣に通じる部屋がある。
子供の泣き声はいっそう大きく、そこが囚われている牢への通路だと分かった。
【エルマ:UNLOCK ∞/0】
施錠された鍵を外して中へと入る。
そこは、先ほどの部屋の三倍はあろうかという広さで、鉄格子の中に無数の子供たちが、えんえんと涙を流し、声をあげて泣いていた。
「……ッ!」
髪が逆立つのが分かる。
エルマの足は檻を横に、部屋の奥へと進む。そこには神父らしき男が、手を組んで喜びの表情を浮かべた。
「お、おお……神よ、ついに――」
だが、それと同時である。
「お姉ちゃんッ、そいつ悪い奴だ!」
檻を掴んだ子供――ナンシーの兄、サムエルが叫んだ。
「だと思ったよ」
「お、お前は、神に仕える私に楯突くのか……!」
「神なんて知らねえよ」
「か、神は見ておられる。きっと、お前のようなのにも救いを……!」
「眺めてる、の間違いだろ。神が救ってくれるんなら、オレはここにいねえし、お前は断頭台にかけられてる」
違う、と神父は声を荒げた。
「私は神のため働いてきたのだ! 神はそのようなことを――!」
「その神って奴を、お前は見たことあんのか?」
「……は?」
「よくお前ら『嘘を吐くな』とか説教するだろ。見たこともねえのに、神の存在を説くてめえらは何なんだよ」
「き、詭弁だ……神は、我々に与えて――」
「てめえらの言う神は、脳みそについた寄生虫だろ――!」
エルマは鉄パイプを振りかぶり、フルスイングして神父の首を打った。
「……がッ!?」
神父の首はくの字に曲がって、そのまま床に崩れる。
「神さまってのはな、見えるようにポイントなんか与えねえんだよ。それをすんのは人間だ」
そう言うと、エルマは鉄パイプを床に放り投げた。
◇ ◇ ◇
外に警察のサイレンが鳴り響いている。
「うあーんっ、お姉ちゃんーっ!」
「おー、よく頑張ったなあサムエル。てか遅くなってすまねえな」
涙を流し、抱きつくサムエルをよしよしと肩を抱いて撫でてやる。
助かったことに実感を得たのだろう。周りの子供たちもこれに感応するように、声をあげて、わんわんと泣き始めた。
「よーし、お前たち。外にお巡りがきてるから順番に並べー、家に帰れるぞー」
「ママ、ママぁ……!」「母ちゃん、俺言うことちゃんと聞くからあ……!」
子供たちは孤児ばかりではないようだ。
誰でもよかったのだと分かると、なお腹立たしいが、ここから先は警察やクロエの役目だ。
(母ちゃんか……)
オレの母ちゃんって、どんなのだったんだろうな。
考えても詮ないことだが、この状況でふと想像してしまう。生きているのか死んでいるのか。親に顔が似てくるらしいので、そこから想像するしかない。
まあどうせ娼婦だ。
どの種とも分からない風来に、ルーツを求めるのは野暮だろう。
「やあやあ、無事に解決したであります!」
警察がやってきたのは間もなくしてからで、子供たちの多さに驚きを隠せないようだった。
――こんだけ連れ去られたってことなんだぞ!
エルマが怒り、恐縮する警察を庇ったのはクロエだった。
がるる……と歯を剥いたのを宥めつつ、地上へ――そこには、リリーとヴィヴィアン、ソフィアが、疲れ切ったように地べたに座り込んでいた。
「外で大暴れ組も生きてたか!」
「何ですのその迫力のない呼び名は。ま、大したことではありませんでしたわ。ヴィヴィアンの操縦のおかげで、全部蜂の巣にしてぶっ壊してやりましたの」
「車、超楽しかった……!」
目を輝かせるヴィヴィアンは、組合でも欲しいと小鼻を膨らませる。
「お前らに車持たせたら、揉めるたび突っ込みそうだな」
「まあ突っ込むだろうね。馬車ですらやってるし」
バリケードを開発したら売れそうだと思いつつ、エルマは次にソフィアを向いた。
「地下から戻る時、ゲロ吐く警官いっぱい見たぞ」
「ど、どうしてでしょうねえ? 気づいたらと言うか、ちょっとだけ、やりすぎました……?」
「ちょっとじゃねえよ! 全部やりすぎだ馬鹿!」
両手でその頬をつねると「ごめんひゃいー!」と、目に涙を浮かべた。
倉庫の中は惨劇だった。
ナイフで自分の首を切り落とした死体……豚の解体のように、鎖に吊して内臓を抜き取った死体……扉に何度も挟まれて潰れた死体……など。
そんな猟奇の光景を前にする警察に、エルマは同情しかなかった。
「で、クロエは流石、諜報員だな」
「ノン。ただの妾腹の娘であります、はい」
リリーたちの車は煙をあげているので、帰りは自分たちの車で帰るしかない。
「お姉ちゃーん!」
遠くで声が聞こえると、そこには子供たちが、搬送用の大型車に乗り込むところだった。
サムエルが大きく手を振ると、みなも合わせて手を振った。
「ありがとー!」
「「「ありがとー、お姉ちゃんー!!」」」
その言葉に、エルマはじいんと目が熱くなった。
「我々にも感謝が欲しいですわ」
「我々も含まれておりますよ」
リリーたちも微笑み、手を振って彼らを見送ると、
「よし、じゃあオレたちも帰るか!」
エルマたちも車に乗り込み、ハンドルを握るヴィヴィアンがエンジンをかけた。
車はゆっくりと進み始める。海沿いの町で、水平線の向こうは茜色が広がろうとしていた。
「帰りどっか寄ってこーぜ。腹減ったよ」
「私はシャワーを浴びたいですわ」
「私も身体を洗いたいですねえ」
「この先にいい馬宿あるよ。ちょっとお高いけど、海鮮が美味しい」
「お金なら心配ないであります」
クロエが懐から取り出すのは札束であった。
「何故か懐に入っていたであります」
「でかしましたのクロエ! これで貴族へ返り咲きですわー!」
「お前のじゃねえよ! だけど、どうせなら宿で泊まって豪遊しようぜ!」
「いいのでしょうか? 授業ありますけど」
「構わねえよ、今日ぐらい休みだって」
「ま、授業にならないしね」
エルマが「決定だ!」と言うと、
「まあ、メイドの長である〈ハウスキーパー〉が言うのなら、仕方ありませんわね」
「それじゃあ、宿に直行すんぞー!」
おー、と歓声をあげて賑やかな道中を進む。
大人だからと孤児院を出され、見ず知らずの町でメイドになる。道筋などなかった自分のそれは、仲間たちと一緒にいて見えてきた気がする。
正直、今もメイドの格好をしていることに慣れない。
一流のメイドになれる自信もないが、みんなとなら何とかやってゆけるだろう。
(強く願ったから能力が出たんだ。不平や不満はそりゃあるけど、全力で駆ければ何でも上手くいくさ)
生まれ方よりも、生き方だ。
孤児院の方角を向いたエルマは、少し大人の表情をしてそう思った――。




