表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/10

第10話 

 水曜日。  

 昨夜の逆転勝ちもあって、朝から千尋の足取りは軽かった。  

 通勤中に何度もハイライトを見返し、好きな選手の活躍に自然と頬が緩む。

「よし、今日も頑張ろう。」  


 廊下で佐々木さんに会う。

「おはようございます、佐々木さん。」

「おはよう、小山さん。」

「昨日勝ったね。」

「勝ちましたね。」

「クローザーの高崎やっぱり良かったね。」

「大変いい試合でした。」

 千尋は笑顔で答え、自部署へ向かった。  


 一方、情報システム部。  

 皓太郎は朝から少し落ち着かなかった。  

 昨日の帰り道。  

 千尋の腕を、とっさに引いた感触が何度も思い出される。

(昨日のこと、まだ頭から離れない。)

 思い返すだけで頬が少し熱くなる。

「広野。」

「はい。」

「この更新、午前中にお願い。」

「分かりました。」  

 返事はしたものの、どこか上の空だった。  


 午前10時過ぎ。  

 経営管理課から内線が入る。

「情報システム部、広野です。」

『小山です。経費システムの件で少し教えていただきたいことがあるんですが。』

  受話器越しの声だけで分かった。

「今伺います。」  


 資料を持って経営管理課へ向かう。  

 千尋は自席でパソコンを見つめていた。

「あ、広野さん。」

「お待たせしました。」

 二人は自然に画面をのぞき込む。

「ここなんですが。」  

 千尋が画面を指差す。  

 皓太郎も少し身を乗り出した。

「ここはですね……。」  

 説明をしながらマウスを操作する。

 二人の肩が、ほんの少しだけ触れた。

「あっ……。」

 千尋が小さく肩を引く。

「すみません。」

  「いえ。」

 ほんの一瞬、本当に軽く触れただけ。  

 それなのに皓太郎は妙に意識してしまう。

「これで登録できます。」

「わ、ほんとだ。」  

 千尋は画面を確認すると、ぱっと笑った。

「ありがとうございます。助かりました。」

「いえ、それが仕事なので。」

「でも広野さん、説明が分かりやすいです。」

「そうですか?」

「はい。」

 素直に褒められて、皓太郎は少し照れくさそうに笑う。

「ありがとうございます。」

「また困ったらお願いします。」

「もちろんです。」

 それだけ言って部署へ戻る。  


 歩きながら、小さく息を吐いた。

(近いだけで緊張するなんて……。)

 昨日から少し変だ。  

 ただ同じ会社の人と話しただけ。  

 肩が触れただけ。  

 それなのに、一日中そのことばかり考えてしまう。


 昼休み。  

 社員食堂は今日も賑わっていた。

 皓太郎が席を探していると、

「あ。」

 少し離れた場所で千尋が手を振った。

「広野さん、こっち空いてますよ。」

「ありがとうございます。」

  向かいへ座る。

「今日はお弁当なんですね。」

「そうです。」  

 そんな他愛ない会話から始まる昼食。  


 以前なら仕事の話だけで終わっていた。  

 けれど今日は違った。

「昨日、勝ちましたね。」  

 皓太郎が先に切り出す。

 千尋の目が嬉しそうに輝く。

「見たんですか?」

「最後だけ配信で。」

「最後!」  

 思わず身を乗り出す。

「九回ですか?」

「はい。」

「最後までハラハラでしたよね。」

「そうですね。」

 試合内容を少しだけ話す。

 少し前なら分からなかった言葉も、今では少しずつ理解できる。

「抑えのピッチャー、すごかったですね。」

  その一言に、千尋は目を丸くした。

「そこまで分かるようになったんですか?」

「小山さんが前に教えてくれたので。」  

 その言葉が嬉しくて、千尋は思わず笑みをこぼす。

「ちゃんと覚えてくれてたんですね。」

「少しだけですけど。」  

 千尋は笑った。


「その『少しだけ』が、だんだん増えてますね。」  

 皓太郎もつられて笑う。

「……かもしれません。」

「もう少しで交流戦なので、もっと盛り上がりますよ。」  



 その穏やかな空気を、少し離れた席から眺めている人物がいた。

 経営管理課の野村だった。

 野村は隣に座る同期へ小声で話しかける。

「小山さんと情報システムの広野さん、最近よく一緒にいますよね。」

「確かに。」

「仲いいのかな。」

 二人は気付いていなかった。

 ただ昼食を一緒に食べて、仕事の話をして、野球の話をしているだけ。

 それでも周りから見れば、その距離は少しずつ近づいているように映り始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ