誕生日と招待状 4
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イアナの誕生日から三日が経った日のこと。
ルクレツィオとカーラと一緒に、ステファーニ公爵家の広大な庭の片隅にあるイチゴ畑で、いちご狩りを楽しんでいた時だった。
真っ赤に熟れた艶々のイチゴを、摘まんでは口に入れるルクレツィオとカーラの赤く汚れた口元をハンカチで拭っていたイアナの元に、書斎で仕事をしたいたはずのフェルナンドが困った顔でやってきた。
「じぃじだー」
いち早くフェルナンドの気配に気づいたルクレツィオがぶんぶんと大きく手を振る。
「じぃじもイチゴ、はい!」
そばまで歩いてきたフェルナンドに、ルクレツィオが大きなイチゴを差し出す。
フェルナンドは目を細めて笑うと、その場にしゃがみ込んでルクレツィオの差し出すイチゴを口に入れ、そのまま彼を抱き上げて立ち上がった。
「カーラも、カーラも!」
自分も抱っこしろとせがむカーラを、フェルナンドが苦笑してルクレツィオを抱いていない方の腕で抱えあげる。幼いとはいえ、二人いっぺんに抱き上げられるフェルナンドが素敵だ。
口の中のイチゴを咀嚼して飲み込み、フェルナンドがイチゴの入った籠を抱えたイアナに向き直る。
「イアナ、すまない。十日後から外出することになりそうだ」
「まあ、何か問題でも?」
「問題と言えば問題だが、深刻なものではなくて、どちらかと言えば面倒ごとなんだが……」
何とも歯切れが悪い。
首を傾げると、フェルナンドが小さく嘆息した。
「兄上から連絡が入った。結婚したのに顔を見せに来ないのはどういうことだとな。……ついでにエラルドやアリーチャ、ルクレツィオとカーラにも会いたいから、イアナを含めて全員で会いに来いとの命令だ」
「ええっと……」
イアナは一瞬思考停止した。
フェルナンドが「兄」と呼ぶ人など、この国に一人しかいない。そう――
(先王陛下⁉)
ひっ、とイアナの喉の奥で悲鳴が凍る。
昨年、フェルナンドに連れられて国王夫妻には挨拶をした。
だが、先王は王都から離れた離宮で暮らしていることもあり、まだ会えていない。こちらから気軽に遊びに行けるような身分の方でもないからだ。
もっとも、弟であるフェルナンドは行こうと思えばいつでも会いに行けるだろう。だが、フェルナンドも忙しい身なので、用事がない限りわざわざ出向いたりしないそうだ。
ゆえに、イアナはまだ、先王に挨拶に出向いていない。いずれ行くことになると覚悟していたが、これほど急とは思わなかった。
国王夫妻に会う時も緊張したが、先王となればさらに緊張する。しかも相手はフェルナンドの兄だ。妻として認めてもらえなかったらどうしよう。
「アルじぃじに会いに行くの?」
イアナが密かにおろおろしていると、ルクレツィオがぱっと顔を輝かせた。
先王の名前はアルフィオという。アルじぃじ、とはアルフィオ先王のことで間違いないだろう。
ということは、ルクレツィオはアルフィオ先王を「じぃじ」と呼ぶほど親しいということだ。
「ああ、そうだが……。ルクレツィオ、兄上は性格にはルクレツィオの『じぃじ』ではなく『おじさん』だ」
「アルじぃじが、この前行ったときに、じぃじって呼べっていったー。じぃじをじぃじって呼ぶなら、アルじぃじも『じぃじ』だってー」
「……兄上め」
フェルナンドが小さく舌打ちする。
(ふふ、孫を取られたって思っていそう)
フェルナンドはクールに見えて、意外と焼きもち焼きだ。
「アルフィオ先王陛下がお暮らしになっている離宮は、ここから近いんですか?」
「馬車で四日と言うところだな。だから、ものすごく遠いわけでもないが、近いわけでもない」
車やバイク、新幹線がないこの世界では、馬車移動が基本である。馬車で四日なら、確かにものすごく遠いという距離でもないだろう。だけど、途中で宿を取りながらの移動だとしても、幼い子供たちは疲れてしまうかもしれない。
「ルッツィとカーラは、馬車酔いしないですか?」
「それなら大丈夫だろう。エラルドが馬車を改造して、揺れの少ない馬車を作っているからな。まだ試運転中だから自分がいないときは使えないと言っているが、今回はエラルドも一緒だ、恐らくそれを引っ張り出してくるだろう」
さすがエラルド。抜かりない。
たまに大爆発を起こす困った一面もあるが、一家に一台……いや、一家に一人あると嬉しい天才魔術師様である。
「急ですまないな。私の兄とは言え相手は先王だからな。来いと言われたら行かなくてはいけない」
その通りである。
兄弟であっても、臣下に下ったフェルナンドと先王では身分に明確な差がある。ここの線引きは王の威厳のためにもしっかりとしておかなくてはならない。
ここを緩めると、外戚が平気で王のすることに口出ししてきたり、ひどいときには王より幅をきかせるようになるのだ。
「アリーチャと相談して、旅支度を整えておきますね」
あと、アルフィオ先王との謁見に供えて、急いでドレスを確認しておかなくては。失礼に当たらないきちんとした格好で望まなくてはならない。
「先王と言っても離宮暮らしだ。それほど堅苦しく考えなくてもいいが、体裁だけは整えておいてもらえると助かる」
「はい」
「それからルクレツィオ、カーラ。兄上には私が若返っていることは内緒だぞ」
「ないしょ?」
「しー?」
「そうだ。しー、だ。……ばれたら面倒なことになる」
イアナはそれを聞いてハッとした。
ということは、だ。
(旅行中と離宮に滞在中は、旦那様のいぶし銀姿拝み放題⁉)
なんてことだろう。
さっきまでの不安がぽーんとどこかに飛んでいき、胸の中をドキドキが占めていく。
イアナは心の中で神ではなくアルフィオ先王に感謝をささげた。
(ありがとうございます。先王陛下‼)
イアナが考えていることなどお見通しなフェルナンドは、急ににこにこしはじめた妻に、そっとため息を吐き出したのだった。
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