孫と義孫とわたし
本作①巻発売記念SSです!
どうぞよろしくお願いいたします!
「ばぁば~!」
イアナが夫フェルナンドのハンカチに刺繍を刺していると、外から元気いっぱいのルクレツィオの声が響いてきた。
ルクレツィオはイアナの夫フェルナンドの息子の息子。つまりは、イアナにとって義理の孫にあたる。
二十歳であるイアナと「ばぁば」と呼称は恐ろしく違和感があるが、彼女は針を張り山に刺すと満面の笑みを浮かべてソファを立った。
窓へ向かい、下を見下ろせば、ルクレツィオが泥んこになった手をぶんぶんと振っている。
イアナは窓を開け、声を張り上げた。
「まあルッツィ! 何をしているの? ばぁば、てっきりお昼寝しているのかと思ったわ!」
「起きちゃったから、おじぃのお手伝いをしてるの!」
おじぃ、とは祖父フェルナンドのこと――ではない。
彼は今、執務室で仕事をしているだろう。そもそもルクレツィオはフェルナンドを「じぃじ」と呼ぶので、彼が「おじぃ」と呼ぶのは別の人間だ。
そしてイアナはそれがこのステファーニ公爵邸の元筆頭庭師を指すことを知っていた。だからルクレツィオの手が泥だらけなのだ。
今の筆頭庭師はこの元筆頭庭師の息子のエドガーに代わっているが、彼もたまに庭の様子を見に来ることがある。
くすくすと笑っていると、その元筆頭庭師の老人がルクレツィオの隣まで歩いて来て、帽子を脱いで二階の窓のイアナに頭を下げた。
「ルッツィ、ばぁばも行ってもいいかしら?」
「いーよー!」
イアナはさっそくメイドのクロエとマーラに頼んで汚れてもいい服に着替えた。
刺しかけの刺繍と裁縫セットはクロエたちが片付けて置いてくれると言うのでお言葉に甘える。
シンプルなワンピースの上にエプロンをつけて、イアナは軽やかな足取りで部屋を出た。
(小さな子供って、土いじりが好きよねえ)
ふと、脳裏をかすめたのは、ここにはいない、けれどもイアナにとっては今も愛おしい前世の孫の姿だった。
――ばぁば~!
遠い記憶。
麦わら帽子をかぶって、イアナに――前世の自分に笑顔で手を振る孫を思い出す。
前世のイアナの少し骨ばった手を引っ張って、孫はこっちこっちとスキップしながら歩き出した。
――あっちに、いいものがあったよ!
孫の言ういいものが、前世のイアナにとって必ずしもそうでないことを知っていたが、楽しそうな彼の様子に水を差すわけにもいかない。
ついて行けば、真っ白な芋虫がいて、顔を引きつらせたのを覚えている。
土をいじっては芋虫を発見し、戦利品よろしく家に持ち帰っていた孫に「芋虫さんが可哀想だから元の場所から動かしてはだめよ」と教えると、孫は芋虫を発見した場所に祖母を連れて行くようになった。こんなつもりではなかったが、やはり楽しそうなので何も言えない。
孫の母親が虫全般がダメなので、彼が代わりに祖母と宝物を共有したがっていることも知っていた。
可愛い孫。
愛おしい孫。
愛おしい家族。
まさか再び、その温かい家族を得られるとは思ってもいなかった。
「ルッツィ、待ったかしら?」
「ううん!」
庭に出ると、ルクレツィオが小さな手に何かを抱えていた。
大事そうに両手で包み盛ったそれが気になって近づけば、ルクレツィオが得意な顔で「いいものみせてあげる!」とそっと手を開く。
イアナは思わず苦笑した。
ルクレツィオの小さな手の中にあったのは芋虫だった。白ではなく緑だが、うようよ動くさまは見ていてあんまり気持ちいいものではない。
(男の子って、どこの世界でも芋虫が好きなのかしら?)
イアナはルクレツィオの側にしゃがみ込み芋虫を観察した。
「アゲハ蝶の幼虫かしら?」
「おじぃもそう言ってた!」
「あらあら、じゃあ……あっちのレモンの木から取って来たの?」
するとルクレツィオは目を丸くした。
「どうしてわかったの⁉」
「レモンの葉っぱは、アゲハ蝶が大好きなのよ」
前世でも、庭に植えたレモンの木に毎年のようにアゲハ蝶の幼虫がいた。
イアナは苦手だったし、葉っぱが食い荒らされるのは嫌だったのだが、孫が喜ぶからそのままにしておいたのを覚えている。
「ばぁば、飼っていい~?」
「そうねえ、アリーチャがなんて言うかしら」
すると、ルクレツィオがしょぼんとする。どうやら過去に母親にダメと言われたことがあるようだ。
「じゃあ、お家の中に持って入らずに……道具置き場とか裏の倉庫近くとかで育てるのならいいんじゃないかしら?」
アリーチャも家の外で飼うのならば許すだろう。基本的に寛容な女性だ。
ルクレツィオが元筆頭庭師を振り返る。
「おじぃ、いい?」
老人は好々爺然と笑って頷いた。
「それなら、竹を編んで作った虫かごがどこかにあったはずです。探して来ましょうな」
「ありがと、おじぃ!」
ルクレツィオは「ありがとう」「ごめんなさい」が素直に言えるいい子である。
元筆頭庭師を待つ間、イアナはレモンの木から葉を数枚ちぎって来ると、ルクレツィオと木陰に移動した。
「毎日様子を見に行くのよ? それから、レモンの葉っぱに軽く水をつけてから入れ替えてあげるの。できる?」
「うん!」
「もうだいぶ大きいから、少ししたら蛹になるでしょね」
「さなぎ?」
「ちょうちょになるための準備なの。蛹になったら動かなくなるけど、死んじゃったわけじゃないから安心していいわ。ばぁばも様子を見に行くわね」
「うん!」
ルクレツィオが理解したのかどうかはわからないが、そのうち実際に目にすることになる。
イアナはあまり虫が得意ではないけれど、虫の成長を観察させるのも子供の情操教育にとって役立つだろう。
「それから、ここからが重要よ、ルッツィ。ちょうちょになったら、逃がしてあげるの。空が飛べるちょうちょをいつまでも籠の中に閉じ込めていては可哀想でしょ?」
「そっかぁ」
ルクレツィオは少し残念そうだが、十秒ほど考え込んで、「うん!」と大きく頷いた。
(ふふ、この素直さはあの子とは違うのね)
アゲハチョウではなくモンシロチョウだが、虫かごで幼虫を飼っていた前世の孫は、蝶になった後で放してあげなさいと言ったら泣き出した。どうやっても泣き止まないので、仕方なく大きな虫かごを買ってきて、しばらくの間その中でそのまま飼育したのを覚えている。あの時は一週間くらいは飼っただろうか。しばらくすると孫の気分が落ち着いて、蝶を逃がすことに納得を見せたのでそのあとで外に開放した。
ルクレツィオと話していると元筆頭庭師が虫かごを持って来てくれたので、その中に幼虫とレモンの葉を入れる。
きらきらと目を輝かせて虫かごの中を見つめるルクレツィオが、たまらなく愛おしい。
「カーラのお昼寝が終わったら見せてあげるんだー」
ルクレツィオは妹のカーラととても仲がいい。
ルクレツィオの頭を撫でながら、イアナはまったく不思議なものだなと思った。
前世で死んで、転生したと思ったら、相応の年齢を待たずして二人の孫に恵まれた。
夫は優しく、義理の息子夫婦も――まあ、義理の息子の方は多少困ったところはあるが――いい人たちである。
人生は小説より奇なりという言葉があるが、こんな奇妙なら大歓迎だ。
「ばぁば、いこ!」
虫かごを倉庫横に置きに行くのだと言って、ルクレツィオがイアナの手を引いて歩き出す。
その姿が前世の孫とも重なって、イアナはふと、わたしは「孫運」がいいわねと、思った。
お読みいただきありがとうございます!
本作①巻が8月8日ツギクルブックス様より発売予定です!
WEB版から加筆改稿して、お孫ちゃんズの可愛さがパワーアップしております(*^^*)
楽しんでいただけたら幸いです。
イラストは香村 羽梛 先生が描いてくださっていまして、表紙もそうですが中のイラストも本当に可愛いので、お楽しみに!
枯れ専令嬢、喜び勇んで老紳士に後妻として嫁いだら、待っていたのは二十歳の青年でした。なんでだ~!?①
出版社 : SBクリエイティブ (ツギクルブックス)
発売日 : 2026/8/8
ISBN-10 : 4815644454
ISBN-13 : 978-4815644451
あらすじ:
「私のお孫ちゃん、かわいすぎっ」
20歳の枯れ専ヒロイン、若返った旦那様と最高の"ばぁばライフ″謳歌
転生前の60代女性の記憶を持ったまま異世界に生まれたイアナ・アントネッラ。
幼い頃から達観した様子は家族から煙たがられ、家政婦のように扱われ育つ。
実家の領地経営もうまくいかず、自分たちの浪費のせいで資金難に陥っている最中、
御年62歳フェルナンド・ステファーニ公爵との縁談の話が。
公爵は30年ほど前に妻を亡くしてからは独り身だ。
前世で60歳まで生きたため、若い男性は息子のようにしか思えない『枯れ専』の
イアナはロマンスグレーの老紳士に喜び勇んでステファーニ公爵家へ向かった。
しかし……。
「え? ロマンスグレーの紳士はどこ」
イアナを待ち受けていたのは、どこからどう見ても二十歳くらいにしか見えない年若い紳士だったのだ。
トラブルメーカーの義理息子や、スーパーかわいいお孫ちゃんとともに
達観し肝の据わったイアナと、誠実で思慮深いフェルナンドが
騒がしくも愛しい日々を過ごすドタバタ異世界ファンタジー!





