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27.わざとだよ?


「エモですね」


出来上がった香りを試した後輩の山田君が、息を吐く。


「ピュアで柔らかい透明感、儚くて切ない感じ、初恋みありますね!」

「どうも恐縮です」

「これが先輩の初恋の思い出なんすか?」


そんな無邪気な質問に、苦笑いで返す。


あれから試行錯誤を重ね、スノードロップの香りを元に「初恋」の香りを仕上げることができた。

ずっと探し求めていた香りがやっと再現できたのに、どこか心は晴れないままだ。


「先輩、なんか雰囲気変わりましたよね。整形しました?」

「してないよ、ってゆーかそれ誉め言葉なんか」

「ビジュは努力っすよ」


日焼けひとつしていない後輩に涼しい顔で諭されるお盆明け。

クライアントからもようやくOKをもらえ、再び忙しい日々が過ぎていく。


夏の溶けるような暑さが少し過ぎたころ、定時退社したはずの山田くんがめずらしく顔色を変えて戻ってきた。


「どうしたの、忘れ物?」

「なんか高校生くらいの女の子が、山本先輩のこと探してるみたいっす!」

「は?」

「トラブルっすか?!」

「おいおい人聞きの悪い。そんな女子高生に知り合いなんて、ん、待てよ女子高生……?」


慌ててエスカレーターを駆け下りると、ロビーにちょこんと可愛い女の子が座っていた。


「あっ、しょーこさぁん!」


少女はこちらに気づくと明るい顔で立ち上がった。

ぱたぱたと手を振っているのは、ヒナちゃんだ。


「ヒナちゃん!!」

「昭子さぁん!よかった、会えたぁ」


可憐な美少女は、令和だというのになぜかタータンチェックの台形ミニスカに、厚底ロングブーツ履いている。


「どうしたの、そのタイムトラベラーみたいな服装」

「えー、Y2Kだよぉ」

「アムラーがスマホ持ってる違和感!!」


ヒナちゃんの姿を見て、ここ最近感じていた胸騒ぎの正体を確信する。


「やっぱり……時空が歪んでるのね」

「はい?」

「今朝ベビーカーに乗った赤ちゃんが『ポイズン』聴いてたし。」

「泣き止むやつね」

「若い子たちの髪型が工藤静香の前髪に、浅倉南のシルエットだし」

「誰それ?あ、シースルーバングに、タンバルモリのこと?」

「なにより……この世界線では、阪神が優勝したの。」

「は」

「阪神が生きてるうちに2回も日本一になるなんて、異世界どころか3回転生してもありえない!」

「道頓堀へ謝ってー!!」


キャッキャ騒いでいると周囲から視線を感じ、近くのテラスへ移動する。

外は雲一つない青空が広がり、気持ちの良い風がビルの間を通り抜けていく。自販機で飲み物を選び、空いているベンチに腰を下ろす。


「ヒナちゃん、よくここが分かったね」

「魔道具に登録されてた帰還先がうちの高校だったから、卒アルから色々検索してやっと会社特定できたよー」

「えっ、こわ。もはや探偵じゃん」

「昔の卒アルのがこわいよ。無加工写真に実家の住所まで晒されるとか」

「90年代は個人情報なんて概念なかったからなぁ。って待って、卒アル写真みたってこと?」

「それな。JKの昭子さん、レイヤーカットで可愛かったよ」

「rレイヤー?シャギーのことか!当時いれまくってたなそういや!!」


ヒナちゃんのニヤニヤ顔に頭を抱える。


「勝手に見ちゃってごめんだけど、私も昭子さんがSNSで見つけやすいように公開アカつくってたんだよ!なのに全然連絡くれないんだもん。」


ひなちゃんに、ほらみてと言われ携帯をのぞき込むと、長方形の画面には異世界の花や祭りの美しい風景がびっしりと並んでいる。


「……懐かしいね」

「そんなしみじみしなくても。」


なんだか随分昔のように感じる。


#トライメライ王国、#空蛍、#カルメラ焼き、#プロミスリング……ひなちゃんがたくさんつけてくれたハッシュタグに思い出がよみがえる。


「あれ、なにこのハッシュタグ。#B……?BBA?」

「#BFFね!」

「ベーコンフィッシュ……?なにそれおいしいの?」

「ちがうよ~、ベストフレンドフォーエバー!」


思わず顔上げると、ヒナちゃんは楽しそうに笑っている。


「ベストフレンド」

「だって、うちらズッ友でしょ?」


ズッ友……!

察するに、ズッコケてる三人組のような友情関係ってことだろう。

照れくさくて、人差し指で鼻をこする。へへっ。


「そうだ、これ王子と松下さんから。昭子さんにって預かってきたよ」

「あぁ王子と松下……って誰!?」

「ほら眼鏡かけてた人、王子のおつきの」

「眼鏡君か!」

「ちゃんと名前覚えてあげなよ」

「最近、若い子みんな同じ顔に見えちゃって……」


渡された袋を開けると、小さな花びらの容器が出てくる。


「あ、祭りでほしかったリップだ!プルプルになるやつ。うれしー」

「アンさんも、よろしくお伝えくださいって」

「アンさん!お手製のお弁当食べられなかったのが心残りだよ」

「そうだよ昭子さん、急に帰っちゃうんだもん!ようやくミカさんと両想いになれたのにぃ」

「いやいや、両想いとかそんな、大昔の話だからね。」

「えー?」


ヒナちゃんが口をとがらせる様子が可愛らしくて、思わず顔が緩んでしまう。今の私から見たら、女子高生なんてまだまだ子どもだ。


そういえば、初めて恋をしたのもこのくらいの年頃だったのかと、今更気づく。

今でこそ穏やかで優しいミカさんも、当時はちょっと意地悪な、ひねくれた少年で。

彼が笑うだけで幸せで、怖いものなんてなにもない、子猫がじゃれあっているような恋だった。

それでも人生で一番、真剣に恋してた、と思う。


「ミカさんに再会して、ときめかなかった?!キュンくらいはしたでしょ?!」

「まぁ、大人になったミカさんに会えて嬉しかったけど」


もうお互いいい大人だし、あの頃と同じ熱量になることはないよ。


なんてつまらないことを言いかけて飲み込む。ヒナちゃんはまだ不満げだ。


「ミカさんはさ、この25年ずっとスノードロップの手入れ欠かしたことないんだって」

「うん」


倉庫いっぱいに積まれていた、まだ香りの残るドライフラワーを思い出す。

空白の時間に彼がどれだけスノードロップを大事にしていたか、その意味が分からないほど子どもじゃない。子どもじゃないからこそ、今この気持ちがなんなのか、答えを出さずに抱えている。


「……ミカさんは、なんか言ってた?」

「んー、次に会った時になんか渡したいものがあるって言ってたよ」

「そっかぁ」


また会うつもりでいてくれるんだ。

それだけで心の中が温かいもので満たされていく。


次に会えるのは25年後か。

お茶でもしながら、どんな風に過ごしてきたのか、今度こそたくさん話そう。

私なりに歩いてきた道の先に、あなたがいてくれたから。きっと次の25年も胸を張って歩いて行けるね。


「いつかまたみんなに会えるの、楽しみだなぁ」

「だから、そんなしみじみしなくても」


隣でヒナちゃんはあきれている。まだ女子高生にはこの郷愁は理解できないようだ。


高くなった空にそっと誓う。


(今度は何年経っても、絶対に、忘れないから。)


キンモクセイが香る涼やかな秋風が、優しく頬を撫でた。












なーーんてね!思ってた時期もありました!


==


「どうして俺たちまで参加しなきゃいけないんですか!仕事たまってるのに」

「成分説明する人が必要でしょ」

「なのに席もないんすか」


今日は例の初恋の香りを、取引先に納品する日だ。

大手IT企業が相手ということで、各部門のお偉いさんが揃い踏みである。

うちのチームも同席するように言われ、広い会議室の隅で課長と山田君と3人で目立たぬよう突っ立っている。


「どうせ杉川さんが説明するでしょ」


山田君は隣のチームの杉川女史がちゃっかり上座に陣取っているのをみて不機嫌そうだ。

杉川、派手好きだからな…こういうときは必ず出没するんだよな…


「こんなことより山本先輩しかできない仕事あるのに!」

「山田きゅん…」

「FAXの送信とか!先輩以外誰ができるんですか!」

「おぉいそれかい!」

「俺イマイチ使い方わかんないんすよね。コンセプトから理解不能」

「あれはね、勤続15年超でないと扱えない飛び道具だから」

「まじすか」

「フフフ。あの感熱ロール紙を巻きつけて人の皮をかぶった鬼を倒すのよ」

「ハッ!だから手書きの文字が出てくるんすか!昔アニメで見たことあるっす!」

「おーい、ファックスは巻物じゃないよ。山本君いつから調香師じゃなくて陰陽師になったの」


そんな会話を後輩と上司とヒソヒソとしていると、受付嬢の可愛らしい声が聞こえる。


「こちらですぅ」


案内されてきたのは、いつもの担当者と脚の長いイケメンだ。

優しげな顔に鍛えられたスタイルで、濃紺のジャケットとスカイブルーのシャツがよく似合う。


(む?どこかで会ったような、ってあれ……?)


ヒィュッ


自分の喉から変な音がでる。


「アッ… アッ… アッ… 」

「先輩、カオナシっすか?」

「これはきっと、ちいかわの真似だよ」


上司がいらぬフォローをしてくれているが、それどころではない。


嘘でしょ。

いやまさか。


ぐるぐる考え込んでいると、担当者と脚長おじさんは爽やかに自己紹介を始めた。


「いつもお世話になっております、バイオテック・SDの松下です。こちらは弊社の代表取締役を務めております、ミハイル氏です。」


(ビンゴォオオオオ!!なんでミカさんがここにーーーーー!!!)


清潔感のある整った顔に、少し垂れ気味の目尻はやはり本人確定。

ん、松下?そういや眼鏡かけてないけど、担当者の子、眼鏡君と同じ名前だな?


突然の衝撃に頭がクラクラするが、部長たちは色めきたって名刺交換を始めている。


なんで?なんで?ねぇミカさん、異世界にいるんじゃないの?


「今回のクライアントって、IT企業だったよね!?」

「ITというか、テック系すね」

「テクノ系?YMOみたいな?」

「もともと有名なユニコーン企業で、上場してからは株価爆上がり中すよ。」

「えっユニコーン?異世界から輸入してるの?!」

「何言ってるんすか」

「あれ王子だからいいのかユニコーン?」

「たしかにイケメン社長で騒がれてましたけど、王子様はないでしょ」

「どうやってこの世界にきたのかな……」

「まぁ、たしかに先輩とは住む世界が違いますけどそんな自虐しなくても」


大混乱する私の横で、課長はニヤニヤしている。


「山本君、意外にイケメン耐性ありそうでなかったんだねぇ」

「えー、でも俺みても全然平気すよこの人」

「山田君のそういうとこ、僕好きだな~」


のんきな会話が飛び交う中ひとり愕然としていると、ユニコーンの密輸で一儲けしたらしいテクノ系社長と目が合う。私を見つけると、いたずらが成功した少年のようにニヤリと笑った。


~~~~~~ッ!!お、落ち着かねば!!!


「ひっひっふーーーーー!!!」

「なんすか、熱あるなら帰ってくださいよ。」

「おい山本、ぼんやりすんな!香り準備!」


営業部長に呼ばれるが、挙動不審な私を見かねて、課長と山田君が香りを焚いてくれる。


透明感のある柔らかい香りが会議室に広がり、みな少し優しい顔になる。

春の雪のように儚く、夏のソーダのように淡く、秋の海のように切なく、冬のミルクのように温かい。

過ぎ去った日々を思い出す、どこか懐かしい胸をしめつける香り。


「初恋だ……」


静まり返った室内で誰かが呟く。


「あぁ、これは私がずっと探していた香りです」


イケメン社長は、甘く微笑んだ。


「もぉ開発に苦労したんですよぉ」


いつも以上にやる気に満ちた杉川が説明してくれるようなのでこれ幸いと逃げようとするが、イケボに呼び止められる。


「しょうこさん」


ミカさんに無視された杉川の眉が吊り上がる。

今でこそ平行眉だが、昔は細い三角眉だったからな。


「うちの山本とお知り合いで?」

「えぇ、ずっと昔から。この香りを嗅ぐと、昭子さんとの思い出がよみがえります」

「それって先輩が初恋ってことっすか!?」


山田くんのバカデカボイスが、静まり返った会議室に響く。


「彼女の、何事も真摯に取り組むところを尊敬しているんですよ。」


色っぽく口角を上げたイケメン社長の一声に、社内に激震が走る。

度が過ぎた社交辞令に、私も別の意味で震えている。


上品にスーツを着こなした社長はスマートに立ち上がると、壁に貼り付いている私との間合いを長い足であっという間につめた。


「あなたを忘れられなくて。ずっと探していました。」

「どっ、どっ、どっ、どっ、どっ、」


顔がひきつり上手く舌が回らない。もはや壊れたトラクターだ。


「どうしてここに!?」

「急に消えたのはそっちでしょ」

「あの召喚、25年に一度しか使えないんじゃないの!」

「古いやつはね。今は新型開発したって言ったでしょ」

「聞いてないよ!!」

「まぁ魔素消費を効率化したとはいえ負担が大きいから基本リモートだったけど、昭子のおかげで純度の高い魔素が安定的に入手できるようになったから。最近は出社してるんだよね」

「対面推奨おじさんかーい!!」


ミカさんは少し拗ねた顔でこちらを見下し、耳元でささやく。


「昭子は俺に会えて、嬉しくないの?」

「ヒィッ!!」

「俺は昭子に会うために頑張ったのにな?」

「ドュフッ……!!」


低い艶のある声を耳から流し込まれ、鳥肌が立つ。

恐ろしい子!


白目をむいていると、ミカさんは一歩引いて胸ポケットから四角い箱を取り出す。

周囲へ見せつけるように手のひらの上に紺色のケースを乗せると、こちらへ差し出す。


「これを受け取ってもらえますか?」

「な、な、な、なんでございますカー?」


なぜか頬を赤らめたミカさんがケースをパカッと開くと、赤いビロードの上で、華奢なダイヤのイヤリングが輝いていた。


「あの夜、二人で夜景をみながら約束しましたよね?」


あの夜?

はて、我々そんなロマンチックな関係だっただろうかと記憶の中で事実確認を行い、思い当たる。

あれか!宝探しに使ったイヤリング賠償してくれるって言ってやつかーーーー!!


「いやー、私にはちょっと不相応かと」

「フフフ。しょうこさんが翌朝プレゼントしてくれた、リングのお返しですよ」


翌朝?リング?

はて、我々そんなステディな関係……あれか!

肩こり予防のプロミスリングやないか~~~い!!!


「いえいえ、あれは気持ちばかりのつまらないものですので」

「あなたの想いのこもったリング、嬉しかった」


想いっつーか、ただの慰労な!!!!


蛍光灯の下ですら美しく輝くイヤリングはどう考えても私には釣り合わないが、これ以上揉めたくない一心でとりあえず受け取ると、爽やかイケメンはニッコリと満足そうに頬を緩める。


「あのね!この世界でこんなことすると誤解されるんですよ!!パカパカだめだめ!」

「誤解って?」

「ほら、私に好意があるのかと周りが勘違いしちゃうでしょ!」


小声で非難すると、ミカさんは意地悪く瞳を細めた。


おい、なんだその顔は?嫌な予感がするぞ。


「ミカさん、まさか」


すっかり大人になった初恋の男性は、あざとく小首をかしげた。




「わざとだよ?」





この瞬間、やっと私は悟った。

あぁ……コイツ、こういうやつだったーーーーー!!



こちらで第一部完です。いいね等くださった皆様のおかげでここまで続けられました。

お付き合いいただき、ありがとうございます!!


どうにも私の力不足で、いろいろ期待外れなところも多かったかと思います。

皆さまの優しさに甘え、パロディ多めですみません。


消化できなかったネタがまだまだあるので、のんびり続けられたらと考えております。


次章「ピーチガールならそうする ~ピコ太郎なんかじゃない」 をお送りします。

よろしければチャンネルはそのままでお待ちください(昭和)



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