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8-4

ふと、僕の視界に不思議な雰囲気を漂わせた花が入ってきた。


僕は店の奥にひっそりと咲いていたその花に目を向けた。



バラのように柔らかくフリフリとした花弁、白い花弁だが、内側に行くにつれて淡い水色をしている。


真ん中からは短くひょろりと紐のようなものが覗いており、先端にはふわふわの黒毛玉が付いている。



花の名札にはレヴローズという名前が書かれていた。


花言葉は、あなたをおもっています、あなたを信じています。



氷や水のように冷たい色をしているが、花開く様子は広大な青空のようでもある。


繊細で神聖な雰囲気を漂わせた、素敵でありながら不思議な花だ。



「……素敵だなあ、このお花」



心が落ち着くような感覚。



この美しい花を花束に混ぜてみたらいいのではないかと、僕は考えた。


花言葉から、先生のことをおもって花束の内容を考えたというメッセージが伝われば、それはとてもいいかもしれない。



僕はぱたぱたと駆け足で店の奥から出て、入口で店員と話をしているミトラに声をかけた。



「ミトラ、ミトラ、いいお花があったんだ、見て見て!」



僕が声をかけると、しゃがんで店員と話をしていたミトラはすぐに僕の方を見て振り向いた。


ミトラの視線の遷移に気付いた店員も、僕の方を見た。



「……あら、見に行くわ、でも転んだら危ないから走るのはダメよ」



ミトラはゆっくり立ち上がった。


僕はミトラのそばに駆け寄る。



「うん!」



僕は頷いて、ミトラの手を握って引っ張った。


彼女は僕に手を引かれて、ゆっくり歩いて店の奥に入ってくる。


店員もそれにつられてついてきた。



僕はもう一度店の奥に来て辺りを見回し、レヴローズを指差してミトラの顔を見た。



「これだよ!」



「……あら、綺麗なレヴローズね、珍しい」



ミトラは驚いたように目を丸くしたが、すぐに表情を緩めて微かにほほ笑んだ。


彼女はレヴローズに近付いて屈んでじっと見つめる。



僕が彼女の返答を待っていると、隣にいた店員が両手を合わせて頭を傾け、両手を頬に当てた。


まるで素敵!と言わんばかりに。



「いいですね~!レヴローズはセルセラ様のお気に入りのお花だったんですよ~!」



「……そうなんだ!」



「そうです、そうです~!セルセラ様への贈り物の定番のひとつでした~!」



「ドラゴンに……贈り物……」



僕の頭の中で、青銀色の毛の生えたセルセラの周りにレヴローズが大量に供えられる様子が思い浮かんだ。


セルセラの目はにっこりと笑い、人々も嬉しそうにしてウィンウィンである。


しかしその直後、脳内のセルセラは花をパクリと食べてしまった。



……人は花を食べないが、ドラゴンにとっては花は食べ物だったりするのだろうか……?



食べ物としておいしいからお気に入りなのか、それとも綺麗だからお気に入りなのか……。


疑問に思ったが、これは想像だ。



「お連れ様は、ある人が道端に生えた花をセルセラ様に贈った話を知っていますか?」



僕は花屋に来る前にミトラに言われた話を思い出した。


ある人が道端に生えた花をセルセラに送り、それをセルセラが気に入ったことがきっかけで花を贈る習慣ができたと。



「うん、ちょっとだけ!」



「そうでしたか~!

その時、ある人がセルセラ様に渡した花がレヴローズって言われてるんですよ!」



「へえ……!」



「その人を始まりに、花の冠を贈ったりする人が現れて、花は人気の贈り物になっていったそうなんですよ~!」



花を一番最初にセルセラへ送った人は、ここで僕がレヴローズと出会った時のように綺麗だと見とれたりしたのかもしてない。



そんなレヴローズは、花文化の始まりを記念する花ということだろう。


しかし今は店の奥でひっそりしている……。



今はセルセラがいないから、人気がないのだろうか?



「昔は様々な花がお供えされていましたが、レヴローズはセルセラ様に信仰を示す花でもあり一番人気のお花だったんです」



「信仰を示す花……」



「セルセラ様へ愛を伝える、みたいな感じでとても人気のある花でした

花言葉もそれに沿って、あなたをおもっています、信じていますといった感じなんですよ~」



なるほど、花言葉というのは由来があって、それに応じてできていくものなのかと学んだ。


それにしても、話を聞いていているとセルセラの周りの人々はセルセラが大好きなようだ。



噴水広場に石像があったり、喫茶店にもセルセラを模した飾りが飾られているぐらいだ。

セルセラはとても愛されている。



「大人気だったお花ですが、今では育てることも難しければ野生で見つけることも難しくて……」



「……どうして野生で見つけられなくなってるの?」



「壊世雨の影響で生息地がどんどんなくなっていってるんです~」



「……そんな」



「レヴローズをたくさんお店に並べられたらとても素敵だとは思うのですが、仕入れが難しいことから値段も高くなってしまって……」



店員の目元は笑っているが、眉をハの字にして困ったように苦笑いを浮かべている。


なるほど、希少故に値段が高いから、人々はレヴローズを買わないということだろう。



かつての文化の始まりは、野生でレヴローズを見つけてセルセラに贈ったことがきっかけだったが、今では野生のレヴローズはほとんど減ってしまったのだろう。


文化だけが残って、元となったレヴローズが消えてしまうのは少々悲しい……。



バリアの内側では気付きにくいが、壊世雨の影響は確実に出ている。



「(僕が力を使えたら、壊世雨もなんとかできるかもしれないのにな……)」



歯がゆい気持ちで、奥歯に力が入る。



分かりそうで分からない、力の発揮のさせ方。


僕達が考えてる間に、壊世雨は少しずつ、また少しずつとレヴェリーを蝕んで崩壊させていく。



きっとレヴローズだけでなく、ありとあらゆるものがレヴェリーから消えていってしまうだろう。


そしていつかは……。



「……花文化の始まりの花なんていい選択ね

それじゃあ、さっき選んだ花と、このレヴローズで花束を作ってもらえないかしら?

出来ればレヴローズはよく見えるようにしてほしいわ」



僕の視界の端でミトラがすっと立ち上がった。


彼女は振り返って店員に花束を作るように依頼した。


店員はその依頼を聞いてシャキッと背筋を伸ばすと、満面の笑みを浮かべた。



「わ、わ、ありがとうございます~!すぐにご用意しますね~!」



店員はレヴローズの入ったバケツの方へゆっくり移動し、レヴローズをバケツから取り出して上下に優しく振って水をきる。


それから店先に行ってミトラが選んだであろう白いバラと黄緑色のつぼみのような花を持ってきた。



「リアンこっちに来て、花束を作るところが見れるわよ」



「うん!」



ミトラに手招きされて、店の奥、レヴローズのあった場所とは反対側に案内された。


そこには僕の身長より頭一個分ぐらい低い台と、その奥にはカラフルな紙が並んでいる棚があった。


僕はその台を背伸びして何が置いてあるのかのぞいた。


中央には長さが書かれたシートが敷いてあり、シートには切り傷がたくさんある。


その上には水滴が落ちていたりして濡れている。


ミトラ曰く、この台で花束を作るらしい、水滴はバケツから抜いた花のものということだろうか?



「ちょっと失礼します~」



僕が台を観察していると、背後から店員に声をかけられた。


きっと店員は台の向こう側に行きたかったのだ、しかし花の入ったバケツによってスペースがなく、通り道をふさがれているのだろう。



「あ、ごめんなさい」


僕はミトラにぴったりくっついて道を空けた。


ミトラは端に寄り、僕を抱き寄せた後、バランスを崩さないように頭を支えてくれた。


店員は身体を横にしてすいすいと通って、僕たちの向かい側へ回った。



「よ~し、少し待っててくださいね~!」



店員は花たちを台の上に置くと、背後の棚から青いリボン、台の下からハサミを取り出して作業を始めた。



店員はひとつずつ花束を作っているということだろうか?



「レヴローズはせっかくリアンが選んだんだから、先生に見てもらいましょ」



「……喜んでくれるといいな」



「きっと喜んでくれるわよ、おもいがこもってるもの」



僕は店員の手元をじっと見つめた。


店員の手さばきは、とてもてきぱきとしていて手慣れている様子だった。



店員は花を横向きに置いて、台の上のシートで長さを測って茎をハサミでパチッと切って切りそろえる。


そしてレヴローズを中心に置いて他の花の位置を並び替え、茎の根元を紐でぐるぐると結ぶ。


それから後ろを向いて背後の棚から水色の紙を出した。


腕を隠すように紙を持つと、花を持ち上げて紙の上に置き、茎から花弁の下の部分を隠すようにくるくる巻いた。


最後に根本をリボンを結んで、花の見栄えを意識しているのか、並び具合いをちょこちょこと変えて「よし」と終わりの声が聞こえた。



店員の手元にはあっという間に小さな花束が完成した。


それはとても見栄えが良く、水色を中心に黄緑と白という淡くて優しい色で構成されていた。



「は~い、出来ましたよ~!」



店員は花束を抱き抱えて、机の奥から出てきた。


そしてミトラにそっと花束を渡した。



「ありがとう」



ミトラは店員にお礼を言った。


しかしミトラは花束を受け取らず、僕の方に手を差し出した。



「リアン、受け取ってくれないかしら?」



ミトラがそう言うと、店員はミトラから僕のほうに視線を移す。


僕は大きく頷いた。



「うん、わかった!」



店員は僕の方を向き、屈んで花束を差し出してくる。



「では、お連れ様にお渡ししますね~」



僕は花を潰さないように、そっと花束を受け取る。



……重くない、やわらかくて繊細でつぶれてしまいそうだ。



やさしく、やさしく包むようにふんわり抱きかかえた。



改めて花束の中をのぞくと、腕の中で花たちが紙の中を彩っている。


小さな世界が広がっていて、とても綺麗だ。



「ありがとう、店員さん!」



僕は店員に笑いかけ、お礼を言った。

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