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その夜、春馬は旅館にやって来た。それは、修学旅行で泊まった宿だ。大人になり、卒業旅行でまたここを泊まる事になった。感慨深いな。春馬以外には見えないが、一友は春馬の横にいる。春馬は辺りを見渡した。これが自分が泊まるはずだった旅館なのか。一緒に泊まりたかったな。そして、晩ごはんを食べたかったな。だけど、この姿では晩ごはんが食べられない。とてもつらいけれど、死んで幽霊になったんだから、しょうがない。
「あのー、予約してました、井村春馬と申します」
「お待ちしておりました」
女将は予約していた部屋に案内した。2人は女将の後に続いて、廊下を歩いていく。その間、2人は辺りを見渡していた。春馬は思っていた。小学校の修学旅行で泊まった時と全く変わっていない。一友は、ここが自分が泊まるはずだった旅館なのかと思っていた。
女将は予約していた部屋にやって来た。
「こちらです」
「ありがとうございます」
春馬は女将からもらった鍵を使って部屋に入った。その部屋は、修学旅行の時と変わっていない。あの時はここで枕投げをして楽しんだっけ? とてもいい思い出だ。
「ここか」
「僕、一緒にここに泊まる予定やったんやね」
一友は辺りを見渡している。ここに泊まりたかったな。きっと楽しかっただろうな。枕投げ、自分もやりたかったな。
「そうだね」
春馬は思った。一緒に泊まれなくて、残念だと思っているんだろうか? やっぱり、みんなと一緒に泊まりたかったんだろうか?
「残念だった?」
「もちろんだよ。一緒に泊まりたかったわ」
やはりそうだったか。そりゃあつらいもんな。
「そうだよね」
一友は窓から京都の夜景を見た。本当に美しい。みんなここから京都の夜景を見たんだろうな。とても美しかっただろうな。
「この景色、生きてる時に見たかった」
「わかるよ。つらかっただろうな」
春馬は一友の頭を撫でた。とてもひんやりとしている。これが幽霊の触り心地だろうか?
「つらかったわ。卒業証書をもらえなかったし」
「それだけど、一友くんのお母さんが受け取ったんだって」
春馬は小学校の卒業式の事をよく覚えている。一友の卒業証書は用意されていたものの、それを受け取ったのは卒業式に来ていた一友の母だった。母は泣いていた。一友は卒業証書をもらったけれど、もうこの世にはいないからだ。そして、卒業式に来ている人の多くが泣いていたという。校長はこの後の挨拶で、一友の事を話していたという。
「そうなんや。自分の手で受け取りたかったわ」
「その気持ち、わかる」
「せやな」
一友は思い出した。春馬は再来月から教員になるらしい。ひょっとして、一友の事を話すんだろうか?
「春馬くん、再来月から教員になるんやね」
「うん」
それがどうしたんだろうか? 以前からそう言っているのに、どうして聞いたんだろうか?
「頑張ってや!」
「任せて! 絶対にいい教員になるよ」
春馬は笑みを浮かべている。春馬は自信があった。自分は優秀だし、誰とも仲良くなれる。それに、子供が大好きだ。
春馬は思った。僕は大人になれなかった。もし大人になったら、医者になりたかったな。だって、自分は医者の世話になったんだから、今度は医者になって自分が人々を救いたかった。なのに、その夢はかなわなかった。
「僕も大人になりたかったわ」
「わかるよ」
春馬は一友の気持ちがわかった。一友は大人になりたかったのに、それができなかった。どうしてそんな運命になったのか? どうして心臓病にならなければならなかったのか?
「おおきに。天国から応援しとるよ」
春馬は思った。一友は何になりたかったのか。一友は夢を全く語っていなかったな。
「一友くん、将来、何になりたかったの?」
「お医者さんになりたかったんや」
春馬は驚いた。まさか、医者になりたかったとは。ひょっとして、医者の世話になったのだから、自分会社になって恩返ししたいと思ったんだろうか?
「そうなんだ」
「お医者さんになって、恩返ししたかったんや。心臓病でお世話になったさかい」
やっぱりそうだったか。
「そうだったんだ。いい夢だね」
「もし生まれ変わったら、お医者さんになる将来がええわ」
一友は思っていた。もし生まれ変わったら、医者になって多くの人々の命を救いたい。
もう夜も遅い。もう寝よう。
「じゃあ、もう寝るね。おやすみ」
「おやすみ」
春馬は明かりを消して、敷布団に横になって、寝入った。明日も行く所がいっぱいだ。しっかりと休もう。
翌日、春馬は目を覚ました。その横には一友がいる。一友は幸せそうだ。一緒に泊まる事ができたからだ。一友の笑顔を見るたびに、一緒に旅行ができてよかったと思っている。
春馬は朝食を食べていた。いつも食べている朝食より、はるかに多い。とても豪華だな。一方、一友はその様子をうらやましそうに見ている。自分もこんなの食べたかった。それはかなわなかった。本当につらいな。どうしてこんな人生になったんだろう。ひどいよ。もう一度人生をやり直したいよ。
次の日、2人は四条大宮駅にやって来た。ここは京福電鉄、通称嵐電の始発駅だ。京福電鉄はかつて、同じ京都に叡山本線と鞍馬線、福井には越前本線と三国芦原線、永平寺線、丸岡線があった。だが、叡山本線と鞍馬線は叡山電鉄になり、福井の路線は永平寺線と丸岡線が廃止になり、現在はえちぜん鉄道に引き継がれたという。思えば最近、北陸新幹線が福井の敦賀まで延び、えちぜん鉄道が賑わっているらしい。いつかそこにも行ってみたいな。だけど、今回は京都を楽しもう。
「今日は嵐山に行こうか?」
「うん」
2人はホームにやって来た。改札はなく、そのまま電車に乗る仕組みだ。ここ最近、京福電車には新車が入った。ホームに停まっている紫色の電車だ。
「これが嵐電」
「ああ」
そういえば、修学旅行の予定に嵐山はなかった。だけど、いつか行ってみたいと思っていた。そして、嵐電に乗ってみたいと思った。そして、映画村に行って、嵐山に行きたいと思っていた。
「これ、乗りたかったんや!」
「そうか」
春馬は喜んだ。どうやら、一友も乗りたかったようだ。これは期待だな。
「京都に唯一残る路面電車らしいで」
「そうらしいね」
一友は電車をじっと見ている。図鑑で見たのと全然違う。これは何だろう。
「これが新型車?」
「うん。京トラムっていうらしい」
「へぇ」
京トラムは2025年にデビューした新型車両だ。とても特徴的な外観をしていて、どこかほっとする。
「面白いでしょ?」
「うん」
一友は戸惑っていた。自分が思っていたイメージとは全く違う。この先、嵐電はどうなっていくんだろう。
「あの時と全く違うね」
「うん」
春馬は思っている。だけど、沿線の風景はあまり変わらないだろう。だって、京都は京都らしい風景を残し続けていて、それが観光客をひきつけて離さないからだ。きっと一友にもわかるさ。
「でも、線路の風景は変わらないね」
「ああ」
2人は嵐電に乗って、嵐山を目指した。2両編成の電車には、多くの人が乗っている。その多くが観光客だ。彼らの中には、大学生らしき集団もいる。彼らも卒業旅行だろうか? みんな楽しそうだ。自分もこんなに大人数で旅をしたかった。だけど、こうして一友の幽霊と一緒に旅をするのもいいものだな。一友の生前の思い出を語りながら向かう。それもいいじゃないか。




