横槍
会議で決まった今後の方針は、ヴァンセルガとエルデン双方の現状を調査し、開戦を阻止できるような要素を探ることだった。交易都市に対する調査は多少大っぴらであっても可能であるが、逆にエルデン側への調査は難しい。人々の警戒の度がちがうからだ。下手に手を出せば藪蛇になる。
エルデン教の求心力たる「お告げ」の源である、例の装置を使えなくするという案も出たが、今後はともかく、起きてしまった「お告げ」についてはなかったことにはできない。エルデンについてはまず「お告げ」の現場を押さえることが決まった。
会議後、わたしはウロンドロスとエルクリーズを呼んだ。
― 予言書の管理責任者は、キナンのセイディオス・ハルート公という方です。就任は二百年以上前ですわ。
― 人となりは?
― 一言でいえば、几帳面で学者肌の方のようです。代々予言書の担当はそういう方に慣例として決まっているようで、なりたくてもなれるものではないらしいです。
― 几帳面で学者肌…。そういう人を出し抜く方法かぁ。
と、わたしは考えてみるふりをする。エルデンを壊滅させた大災害が予言書に一切なかった理由、それは誰かが予言書の当該内容を削除したか、覚醒して予言書をしたためるまでの間に当の予知能力者を死なせてしまったかだろう、と考えていたのだ。そして予言書の管理は、予知能力者の長たる銀海の宮ではなく、王族の担当者なのだ。
― 突拍子もない、というか、通常予測していなかった方法でしょうね。
ウロンドロスは当然のように答えた。
― 当人に聞いてみるほうが早いかもしれないわね。
― 正直に話すでしょうか。自分の失態を。
エルクリーズが疑う。
― それはわからないけど。まず失態だという自覚がないかもしれないわ。
そして、その通りだったのである。
ハルート公は最初こそかしこまっていたが、わたしたちの訪問の目的がわかると、手元の端末でカシャ系とリゼア系の時間軸を計算して、予言書の削除記録と合わせてくれた。
― ほう、なるほど、あの事件の後ですか。ならば、その予言がないのもわかります。
彼の説明は全く思いがけないものだった。エルデンの災害より一年ほど前、どういうわけか予知能力者のほとんどが一斉に目覚めるという異常事態が起こったのだ。新生命宮第2室は大混乱になった。通常2割程度しか目覚めていないはずの予知能力者たちの実に9割近くが覚醒してしまったのである。
― 1割ほどの方は、覚醒しかかったものの、またすぐに眠りに戻ってしまわれました。また、比較的普段から眠りの深い方々、そうですね、一年以上は眠っておられるような方々は、お目覚めになられて丸1日ほどですぐ眠りに戻られました。
― どうしてそんなことが?
― 結論から言うと人為的なミスだったのです。銀海の宮がたいそうご立腹されて、何かこちら側、つまり新生命宮側で、ということですね、不手際があったために皆が無理やり覚醒させられてしまったのだとおっしゃって、徹底的に原因を調査するようにといわれまして。
銀海の宮ならありそうなことだ。ご自分だけならともかく、同胞に被害が及んだとなれば、烈火のごとくお怒りになられたことだろう。
― 調査の結果、全員の生命維持装置につながる水分供給用の水槽に、通常はミネラル分を溶かして入れるのですが、それが高濃度の神経刺激薬物と取り替えられていたのだとわかったのです。
なるほど、いかにもミスに思われそうな事件だ。
― では、この事件が予言書の内容とどうつながるのです、ハルート公?
― この時目覚められた方のほとんどは、何の予言もなさらなかったのですよ、ミトラ王。
愕然とした。そんなことってあるんだ。
― 外から呼ばれて目覚めてしまわれると、予知の内容を忘れてしまうことが多いのです。幼少のころから親と離してしまうのも、この呼ばれて目覚める癖をつけさせないためと言われているのですよ。
へええ、そうだったんだ。あんまりしょっちゅうお母様に会いに行かないように、と言われたのはこのためだった?
― ということは、この事件のあとって、予言書の内容が少なくなってしまった、ということ?
― そうですね。銀海の宮様始め、眠りの期間が数日から1年未満の方たちは、逆に薬物の影響でしばらく眠りに戻られなくなってしまわれたので。
― ねえ、これって相当大事件だと思うんだけど、この後で対策を講じられたはずよね。
対策は大急ぎで講じられたそうだ。まず、生命維持装置の中央監視室や管理部門には王族の第2室担当者しか立ち入ることはできないようになった。それまでは個々の予知能力者の付き人さえ入ることができたのだ。中央監視室の外の壁には巨大な水槽が設けられ、リゼアには本来生息しない淡水の中に暮らす生き物たちが公開された。人目を楽しませるためではなく、生命維持装置へ給水される水と同じものを使って、変化がないかを見るためだった。
また予知能力者の成人体化も促進されることとなった。成人体を持っていれば少なくとも生命維持装置を使った大量殺人の餌食にはならないで済む。幼体のまま生きることが多かった予知能力者用に、必要な能力値を下げた成人体の開発がなされたのだ。それでもいまだに幼体のまま一生を終えられる方も少なくないのだが。
― それで、エルデンのことが書かれた予言というのは、全くなかったの?
― 削除記録に補完簿というのがございます。そちらにあるかもしれません。
補完簿というのは、どの出来事にあてはまるのかわからないが、経過時間的にすでに起きた出来事の予知ではないかと思われるものが含まれる。年齢のごく幼い方の予知などでは、時や場所などのカギになることが書かれていないことがある。多くは本人に語彙や知識がなく、特定できるような言葉が含まれていないものだ。そういう不完全な予言に、ハルート公のような王族が推測を加えて削除項目とした予言だった。
― 例えばこれなどはそう読めるのでは?
ハルート公は一つの予言を示した。
「白い山が崩れて、人や都市が埋まってしまう。道がないから助けが来ない。」
これだけだ。書かれたのはリゼア暦の百九十年ほど前。書き手は碧矩とある。宮号がないのは年が若いか、眠りが長くて予言書の記録数が少ないかである。添え書きには「寒冷地の地震被害を指すか。場所不明。経過百年にて削除」とのみ書かれていた。
― ご入用ならさらに探してみますが…
― いえ、結構です。
遮ったのはウロンドロスだった。
― それより、ミネラルと神経刺激薬物が取り違えられていた経緯はわかったのですか。




