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第2話 共鳴と共存


「富士山の麓?」


翌日、駅で合流した凪は、登山用バックパックを背負いながら怪訝な顔をした。


「ああ。あの声に呼ばれた。怪しいのは分かってる。でも、あいつは『真実』って言ったんだ。凪、お前のデバイスと知識が必要だ。付き合ってくれるか?」


凪は一瞬、樹海の不気味さを想像したのか身震いしたが、すぐにメガネの奥の瞳を鋭く光らせた。


「……当たり前だろ。魔術理論を根底から覆す『零』の源流が見れるかもしれないんだ。共犯者を置いていくなよ」


こうして、俺たちは新幹線とレンタカーを乗り継ぎ、富士の樹海へと足を踏み入れた。

整備された遊歩道を外れ、凪の持つ魔力探知機が異常な数値を叩き出す方向へ進む。


「正紘、ここ……空気がおかしい。魔力がまったくない、完全な真空地帯だぞ」


凪の言葉通り、進むにつれて森の生命力が失われ、ねじ曲がった木々が白く枯れ果てていた。

その先に、ぽっかりと不気味な闇を湛えた洞窟が現れた。


「ここか……」


俺は右手の革手袋をきつく締め直した。

この奥で待っているのは、救済か、それともさらなる呪いか。

俺と凪は意を決し、光の届かない洞窟の深淵へと足を踏み出した。

洞窟の湿った闇を抜けた先に広がっていたのは、想像を絶する光景だった。

そこは自然の洞窟ではなく、滑らかな石材で組まれた巨大な円形広場――そして、壁一面を埋め尽くす膨大な量の**「書庫」**だった。


「おい、正紘……なんだよこれ。800年前の戦勝記録にも、こんな場所の記述なんて一行もなかったぞ」


凪のデバイスが、振り切れるほどの未知のエネルギーに反応して激しい警告音を鳴らす。

俺たちは吸い寄せられるように、埃一つ積もっていない本棚へと歩み寄った。そこにある本は、現代の魔術書とは明らかに違う、重厚で不気味な気配を纏っていた。


「ここにあるのは、全部『零の理』に関係するものなのか……?」


俺は震える指先で、背表紙の文字を追った。

読み進めるうちに、直感的に今の自分に必要なもの、そしてこの世界の「裏側」を解き明かす鍵となりそうな本を選び取っていく。俺が手に取ったのは5冊。どれもが漆黒の装丁で、触れるだけで右手の刻印が共鳴するように疼いた。

一方、凪は学術的な好奇心を爆発させ、デバイスでスキャンしながら、魔導理論の根幹を揺るがしそうな本を次々と抜き出していく。彼が抱えたのは6冊。


「正紘、見てくれ。これ……やばいぞ」


凪が、そのうちの一冊を震える手で差し出した。

他の禍々しいタイトルの本とは一線を画す、どこか穏やかな、しかし強い意志を感じさせる装丁。

そこには、金色の文字でこう記されていた。


『零の理と現世魔導:共存の技術』


「共存……? 『無』にするだけのこの力に、そんな道があるっていうのか」

俺はその本の表紙を撫でた。

俺の右手が「世界を削る呪い」ではなく、魔物と、あるいはこの世界と手を取り合うための「架け橋」になり得る可能性。

その時、書庫の奥から、再びあの声が、今度ははっきりとした実体を持って響き渡った。

『その書を手に取ったか。……それが、貴様という「器」に課せられた、唯一の希望だ』

「共存の技術」。その言葉の重みを噛み締めながら、俺たちは富士の樹海を後にした。

数日後、再び地下倉庫。

重い鉄の扉の向こうでは、俺が放った【零・霧散】の檻の中で、あの赤黒い肉塊の怪物が相変わらず無機質な動きを繰り返していた。


「正紘、準備はいいか。その本に書いてあることが本当なら……『零の理』は対象を消すためだけの力じゃない。対象の『理』を書き換える力のはずだ」


凪が持ち帰った6冊の本を開き、解析デバイスと照らし合わせながら指示を出す。俺の手元には、あの『共存の技術』の書が開かれていた。


「……やってみる。こいつを消すんじゃなく、俺の力で『こちらの世界の理』を上書きするイメージだな」


俺は右手の革手袋を脱ぎ捨て、檻の中へ手を伸ばした。

怪物は俺の腕に気づくと、本能的な飢えを剥き出しにして食らいつこうとする。だが、その牙が俺の皮膚に触れる直前、俺は精神を研ぎ澄ませた。

「【零・調和ハーモナイズ】……!」

黒い刻印から放たれたのは、これまでの「消失」の闇ではなく、どこか柔らかな、波打つような漆黒の波動だった。

怪物の体が激しく震え、その赤黒い肉塊からどす黒い霧が噴き出す。それは魔物が持つ「異世界の理」が、俺の力を介してこの世界の魔力へと無理やり変換されていくプロセスだった。


「う、嘘だろ……。正紘、数値が安定していくぞ! こいつの魔力波形が、俺たちの知ってる魔術理論の枠内に収まり始めてる!」


凪の叫びと同時に、怪物の姿が変貌していった。

禍々しいトゲが抜け落ち、凶暴だった眼光から殺気が消えていく。やがて霧が晴れた時、そこにいたのは、先ほどまでの怪物とは似ても似つかない、小犬ほどの大きさの、半透明な黒い毛並みを持つ不思議な生物だった。

「これ……が、共存の結果か?」

その生物は、怯えることもなく、俺の足元にトコトコと寄ってくると、甘えるように鼻先を俺の靴に擦りつけた。

殺戮のプログラムだったはずの存在が、俺の力によって「この世界の住人」へと書き換えられたのだ。

「成功だ……。正紘、お前、とんでもないことをしちまったぞ。これは世界を救う鍵になるかもしれない」

凪が興奮気味にその生物をスキャンしようとした、その時。

カツン、と。

地下倉庫の階段を降りてくる、冷ややかな足音が響いた。

「素晴らしいわ。まさか、たった数日で『理の反転』にまで辿り着くなんて。……水月正紘、あなたは私の想像以上の適合者(器)ね」

振り返ると、そこにはあの白いコートを羽織った少女が立っていた。

彼女の瞳は、暗い倉庫の中でもはっきりと分かるほど、不気味な黒い光を湛えて俺たちを見つめていた。

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