一緒に登校しようぜ!
ハートマークが目に浮かんだ迅。
その掲げた右手の上には、三本の炎のジャベリン。
あのジャベリンは、迅の全力を凝縮した、高威力の必殺技だ。
エドワードと飛鳥は、額に汗を流す。
「飛鳥さん。僕も結界を張ります。息を合わせていきましょう」
「わかった」
迅が、右腕を振りかぶる。
飛鳥が、エドワードの前で盾を構える。
エドワードが、右手を差し出し、結界を張る。
宙に張られる黄と黒の縞模様の『KEEP OUT』のテープ。
ジャベリンの一発目は、結界で防げた。
二発目は、結界に罅が入る。
三発目で、結界が砕け散った。
だが、飛鳥の盾には届いていない。
「やった!これなら防げ……」
いつの間にか、迅の左手にも、三本のジャベリンが浮かんでいた。
一斉に放たれる、灼熱のジャベリン。
結界を張る時間が無い。
三本まとめて、飛鳥の盾に突き刺さる。
防ぐことは、できた。
だが、その勢いで、盾が跳ね上がる。
崩れ行くマンションから落ちる人影が、こちらを向いていた。
バンシー。
バンシーは、飛鳥とエドワードへ向けて、超音波を放つ。
盾が跳ね上げられたため、防ぐことが出来ない。
砕け散る、エドワードと飛鳥のゴーグル。
二人とも咄嗟に目を瞑ったため、割れたゴーグルで目を傷つけることはなかった。
だが、跳ね上げられた盾に、着地する人物がいた。
エアボードに乗った、エリネ。
エリネが、盾の上から、二人を覗き込む。
エドワードは、飛鳥の目を手で覆う。
だが、エドワードはエリネと目が合ってしまった。
エドワードの一つ目に浮かぶ、ハートマーク。
飛鳥がその隙に、腰に下げてある予備のゴーグルに手を伸ばす。
二つは壊れたが、二つは無事だ。
飛鳥は、目を覆っていたエドワードの手を振り払い、新しいゴーグルを装着する。
「ゴメン、エドワードさん!」
飛鳥は身体を回転させ、背後にいたエドワードに、思い切りボディブローを打つ。
胃液を吐き出し、気絶するエドワード。
飛鳥はエドワードの身体を左手で持ち、右手の盾で、エリネの腹を殴る。
だが、エリネはそれを食らっても、微動だにしなかった。
「そんなの、効かないよ」
エリネは飛鳥のゴーグルを、レイピアで斬り裂く。
真っ二つになり、落ちるゴーグル。
エリネと目が合う、飛鳥。
飛鳥の目にも、ハートマークが表示される。
エアボードで浮かび上がる、エリネ。
「うふふ。大収穫。
特に飛鳥さん。
同じクランにいる時から、気に入らなかったんだぁ。
これから沢山の男で犯してあげるからね。
その後で魅了解除したら、どんな顔してくれるのかな?
あははっ!だめ、笑いがもう止まんない!あははっ!」
エリネは、迅に命令する。
「バンシーを捕まえてきて」
迅は、エアボードで飛行し、落下するバンシーを両腕でキャッチした。
エリネは、崩れ落ちるマンションの断面にいる、乱陀たちを眺める。
「乱陀!アンタの仲間は貰ったよ!」
雨の紅蓮市の空へと上昇する、エリネと飛鳥と迅。
飛鳥はエドワードを、迅はバンシーを、それぞれ担いでいる。
「乱陀ぁ!そのゴブリン女!
絶対!絶対!絶~対!
男どもにレイプさせてやるからね!
乱陀はただ、それを指をくわえて見てるだけ!
ああっ!わくわくしちゃう!」
恍惚とするエリネ。
その背後から、突如として巨大な建造物が伸びあがって来る。
空飛ぶダンジョン、迷い学園だ。
「へ?」
後ろを見て、茫然とするエリネ。
見覚えは、当然ある。
エリネも数年間、通っていた学園だ。
そこに、エリネの胴を掴んで、学園の校庭へと連れ込もうとする影。
高速移動のブーツの赤い軌跡を、宙に残す、乱陀。
「ようエリネ!久しぶりに一緒に登校しようぜ!」
「こ、この!離しなさいよ!」
エリネは、レイピアを乱陀へ突き立てようとするが、乱陀は思い切り学園へとエリネを投げる。
エリネは、全ステータスが異常に高くなってはいたものの、飛行に関しては、ただのエアボード頼みだったため、空中では乱陀に押し負ける。
学園の校庭に線を付けて着地する、エリネ。
衝撃で壊れたエアボードを脱ぎ捨てる。
エリネは、魅了した乱陀の仲間に、命令を下す。
「集合!乱陀たちを倒すわよ!」
エリネの目の間の校庭に着地する、乱陀、カノン、藍之介。
その向こう側に降り立った、魅了された、飛鳥と迅とバンシー。
飛鳥に担がれていたエドワードも、目を覚ましたようだ。
その一つ目には、きっちりとハートマークが刻まれている。
迅が、三本の炎のジャベリンを投げた。
散開する、乱陀たち。
その地面に、ジャベリンが突き刺さり、地面が激しく燃え上がる。
そこは、校庭の丁度中央だった。
まず動いたのは、藍之介。
偶然だが、エリネのすぐ近くに降り立った藍之介は、そのままエリネへとレイピアを突き出す。
次に動いたのは、飛鳥。
高速移動のブーツでエリネの前に身を投げ出し、藍之介のレイピアから、エリネを盾で庇う。
藍之介は、様々な方向から突きを繰り出すが、なぜか全ての攻撃が、盾へと勝手に向かう。
パラディンのスキル『カバーリング』の効果で、攻撃が盾へと引き寄せられているのだ。
だが、飛鳥の盾も、無事では済まなかった。
藍之介の攻撃力は、尋常ではない。
分厚い鋼鉄の盾も、削られ、斬り刻まれる。
そこに、エリネの後ろから襲い掛かる乱陀。
黒銀の右手には『Good Luck!』の表示。
「これでも食らえ!」
「絶対イヤ!『私を守りなさい!』」
エリネと乱陀の間に、出現する黄と黒の縞模様の『KEEP OUT』のテープ。
魅了されたエドワードが、高速移動で飛来し、エリネを守ったのだ。
結界を挟み、見合う乱陀とエドワード。
「エドワード。絶対に元に戻してやるからな」
「不要です。僕は、エリネ様を守るだけ」
膠着する、乱陀とエドワード。
そこに、バンシーの超音波が襲い掛かる。
藍之介は離脱したが、乱陀は一瞬だけ出遅れた。
粉々に割れる、乱陀のゴーグル。
エリネが、乱陀を向く。
「やった!乱陀!こっちを見なさい!」
「ああ、いいぞ」
エリネと目が合う、乱陀。
しかし、魅了がかからない。
「……え?」
「ははっ!魅了、かかると思ったろ?
残念だったな。迷い学園の敷地内では、新たに魅了はできねえんだとさ」
それは、エリネのパレード襲撃前に、マモリが言っていた事。
迷い学園の敷地内では、新たに魅了をかけることはできなくなる。
おそらくは、これもマモリのスキル。
特定のステータス異常を防止するとか、そういう類のスキルだろう。
ダンジョンマスター系のジョブは、テリトリー内に限るが、非常に強力なスキルが揃っているのだ。
カノンが、9mm結界破壊弾で、エドワードの結界を撃ち砕く。
エリネと乱陀の間に挟まるものは、もう無い
エリネが、仕方なしに、レイピアを頭上に掲げ、スキルを発動させる。
「ああもう!MPが勿体ないけど、しょうがないわ!
やられちゃったら本末転倒だしね!」
エリネが、エインヘリアルとラグナロクのスキルを放つ。
七色のオーロラと、ホログラムの鎧が、エリネ自身と、魅了されたクランメンバーに、一瞬だけ重なる。
これにより張られる、強力な結界。
痛覚遮断と防御力上昇、攻撃力増加も合わさる。
超強化される、エリネたち。
「あははっ!これで私たちの勝ちよ!」
高笑いをする、エリネ。
しかし、そこに響く、藍之介の声。
「はい、待ってました!」
藍之介がレイピアを掲げると、周囲に黒いホログラムで『RAID-1』の文字が浮かび上がる。
巻き起こる、七色のオーロラ。
一瞬だけ表示される、鎧のエフェクト。
乱陀たち『黄金の尾』に付与される、エインヘリアルとラグナロクのスキル。
超強化される、乱陀たち。
エリネは、目を丸くして混乱し、藍之介に叫ぶ。
「えっ?ええっ?
アンタ、ジョブは剣士じゃなかったの!?
ヴァルキリーは女じゃないとなれないはず!
一体何したの!?」
「ボクのジョブは剣士じゃないよ。
ついでに言うと、戦闘職ですらない。
ボクは、竜次君と同じ『クラッカー』さ。
スキルの構築は戦闘用だけどね」
そう、藍之介のジョブは、スーパーゴッドハンド竜次と同じ、ハッカー系ジョブ『クラッカー』である。
今、藍之介が使ったのは、発動した敵のスキルをコピーする『レイド1』。
強力だが、MPの消費が激しく、そうそう使えない。
だが、元々スキルを頼りにしていない藍之介としては、使えるシチュエーションがあったら使ってみよう、程度の認識であった。
そして、乱陀はエリネには目もくれず、エドワードの胴体を尾で巻き取り、その場から離脱する。
今、エリネの周囲には誰も居ない状態。
「え?」
困惑するエリネ。
その上空から、暴れる炎を両手で抑えた、髪の長い女子高生が飛来する。
熱を感じ、上を仰ぎ見るエリネ。
「……へ?」
渦となってエリネに襲い掛かる、ラグナロクにより攻撃力を増加したファイアーストーム。
エリネは、感じ取る。
このファイアーストームは、食らってはいけない類の攻撃だと。
「ちょ、ま」
エリネは、校舎の中へと緊急離脱する。
今までエリネがいた場所を、強烈な灼熱の嵐が吹き荒れる。
一斉に割れる、校舎一階の窓ガラス。
ツバキチームが、エアボードに乗ってやってくる。
そのさらに上には、ファーフライヤーが旋回していた。
校舎の中に逃げ込んだエリネが、ファイアーストームの渦の中にいるツバキを見て叫ぶ。
「ツバキちゃん!」
「エリネちゃん。よくも色々と騙してくれたわね。
お陰で私はポンコツ扱いよ!」
「それは前からでしょ!」
エリネが下駄箱の奥の扉を蹴り破ると、そこは広大な体育館だった。
エリネは、体育館の奥へと全力で駆け出す。
そこに、吹き飛んでくる、飛鳥とエドワード。
飛鳥は盾を、エドワードは結界を、それぞれ構えたまま、エリネの両サイドに降り立つ。
続いて入場したのは、藍之介と乱陀とカノン。
カノンがエドワードへと、9mm結界破壊弾を撃つも、飛鳥の盾に吸い込まれて行ってしまう。
なお、飛鳥にラグナロクで付与された結界は、既に消失していた。
その次に、迅とバンシーが壁を突き破って体育館へと入り、最後にツバキチームとファーフライヤーが空中を飛びながら、迅とバンシーを牽制している。
エリネは、体育館の一番奥まで来ると、乱陀へと向き直り、ドレスの懐から、小さな銀色の筒を取り出した。
「うん?」
怪訝な顔をする乱陀。
エリネが筒のボタンを押すと、銀の筒が赤く点滅する。
「これなーんだ?」
乱陀は、あの赤い点滅には見覚えがあった。
あれは確か、転送石の目印の……。
「これ、ビーコンだよ」
エリネの言葉と同時に、エリネの隣の空間に、ワープホールが出来上がる。
そして、その中から、大きな武器を持った二十人が、続々と体育館へと登場する。
先頭に立つは、巨大なジェット推進ハンマーを持った、眼鏡をかけた細身のサイバネの男。
眼鏡の奥の目には、ハートマークが浮かんでいた。
眼鏡の男が、ハンマーを肩へ担ぎ、自身以外の十九人の前を歩く。
「さて。皆さん。戦いです。
私たちの大好きな戦いです。
私たちの大好きで仕方のない、戦いです。
エリネ様の敵を蹴散らしましょう。
準備は当然、よろしいですね?」
その男以外の十九人が、獲物の刃や柄を、体育館の床に叩きつけ、それを返答とする。
全員の目に、ハートマークが刻まれている。
「それでは……」
眼鏡の男、バトルジャンキーズのリーダー、ブラッドラストが、乱陀へとハンマーを突きつける。
「派手に殺りましょう!」




