バトル家庭訪問
久良木が目を覚ますと、そこは地下室のようだった。
「……ここは?痛えっ!」
頭の天辺から、激痛が走る。
(そういえば、でかい盾で殴られたような気が……)
エリネは自分自身にしかエインヘリアルをかけていなかったせいか、久良木には痛覚遮断が付与されていなかった。
全ステータスが途轍もなく高くなったエリネの唯一の弱点は、MPの少なさである。
最大MPを上げるアクセサリーは、レア過ぎて手に入らなかった。
エリネは、自分しか大切にしない。
手下の人数が限られていた過去ならばまだしも、魅了を手に入れて、奴隷をいくらでも増量できるようになった今、貴重なMPを裂いてまで味方に痛覚遮断をかけるようなことはしなかった。
なお、魅了スキルは常時起動スキルのため、MPを消費しない。
魅了できる相手を選択できるだけだ。
久良木は、自分の状況を分析する。
手足が動かないと思ったら、椅子に縛り付けられていた。
アイテムは、全て無い。
ご丁寧に、服まで全て脱がされて下着一丁だ。
服の至る所に、アイテムを隠してあったのだが、それも使えなくなってしまった。
差し歯の中に隠してあった毒薬までも、無くなっている。
(こりゃあ、やべえな)
良くて拷問、悪ければ処刑だ。
最悪なのが、拷問されて処刑。
その時、部屋の隅の暗がりに、誰かが椅子に座っている事に気が付いた。
すらりと伸びた、長い金属製の脚。
その脚が立ち上がると、久良木の方へとやって来た。
赤毛の三つ編みの美少女だった。
美少女は、久良木へ侮蔑の目線を流す。
「アンタ、ずいぶんと悪どいことばっかりやってきたんだね。
強盗に強姦に殺人のオンパレードじゃん」
「へ?何を言って……」
「今さら取り繕っても無駄。
竜次!こいつには遠慮しなくていいよ!」
久良木の縛られている椅子の真下に、黄色い魔法陣が浮かぶ。
魔法陣の中心には「漢」の一文字。
「な、なんだぁ!?」
魔法陣の表面から、黄色い電流が久良木に流れ込む。
「あぎゃあああっ!」
久良木の周りに現れる、0と1で構成された、円柱型のホログラム。
それが久良木をスキャンする。
しばらく、電流を流されながらスキャンをされ続ける久良木。
数分後、ようやく電流がおさまった。
地下室の出入り口と思われる階段から、鉢巻をした短い金髪の少年が、顔を出す。
「おうシグマ!終わったぜ!これでエリネのマンションに、スルリと入れらあ!」
久良木は、激痛の名残の中、目を見開く。
今の会話から察するに、久良木のナノマシンに登録された、エリネの自宅のマンションのパスワードを抽出されたようだ。
だが、あのパスワードはトップクラスに強固な暗号化をされていたはず。
ハッキングは絶対に不可能だと言われている。
それを、ものの数分で解析し終わったというのだろうか。
この少年は、一体何者だ。
少年が、口を開く。
「でよぉ。こいつ、どうすんでえ」
「消去屋シグマさんは、予防も仕事なのよ。
こいつのせいで、将来起きる悲劇も、今のうちに芽を摘んどかなきゃね」
少女が、腰からナイフを抜く。
やはり、処刑か。
拷問されないだけ、まだマシだろう。
まあ、好き勝手やれて、楽しい人生だった。
すると、階段から降りて来る足音が、もうひとつ。
現れたのは、輝くような白衣。
暗闇に浮かぶ、目が一つ。
それを見て、一瞬で久良木の全身に汗が噴き出る。
この毒使いは、耐毒の札を一発で全滅させた男。
「シグマさん。僕にやらせてください」
「あら。珍しいね。どういう風の吹き回し?」
「いえ、さっき、僕の毒が効かなかったもので。
それが消費アイテムによるものなのかどうか、実験を。
まあ、実験が半分、憂さ晴らしが半分ですが」
こつこつと、靴音を鳴らし、やってくる白衣の男。
左手を構えながら。
「彼には、本部での戦いからずっと、僕の大切な仲間がお世話になりっぱなしですからね。
少しお礼を」
「や、やめてくれ!殺すなら、せめて一思いに……!」
白衣の男は、聞く耳持たず、久良木の右足の爪先に手を触れる。
そこに、ぽつんと、紫色の染みができた。
途端に、爪先から激痛が走る。
どんどん広がる、紫色。
さきほどの電流など、比べ物にならない、鋭すぎる痛み。
「ぎいいああああっ!」
右脚はもう、膝の上まで侵食されている。
せめて失神できれば楽なのだが、この痛みがそれすら許してくれない。
白衣の男が解説する。
「体内の血液を、棘に変える猛毒です。
今は効いているということは、さっき効かなかったのは、アイテムの効果みたいですね」
「たすけてえええっ!殺してくれえええっ!」
「助ける訳ないでしょう。今までやってきた行いを、反省しながら死んでいけ」
「うぎゃああああああっ!」
紫色が下腹部に到達すると、棘と化した血液により、内臓がズタズタに斬り裂かれる。
最早、声も出せずに、顔中からあらゆる汁を垂れ流し、身悶えする久良木。
(こんな!こんな苦しみが待っているんだったら!
まともに働いていればよかったあああっ!)
久良木を見下ろす、一つ目。
その目が、久良木が見る最後の光景だった。
紫が胸に辿り着いた時、心臓が細切れにされ、久良木はようやく絶命した。
★
乱陀たちは、長く入り組んだタワーマンションの最上階の廊下を歩く。
廊下の壁や天井には、そこら中にマシンガンタレットが設置されていた。
今は、久良木から奪ったパスワードを、全員のナノマシンに登録してあるため、タレットの攻撃対象にはならない。
カノンが、ぼそりと呟く。
「バレてますかね?私たちが来ること」
乱陀が、天井の監視カメラを指差す。
「カメラがあるからな。たぶんもうバレてる」
今、マンションの廊下を歩いているのは、乱陀、カノン、藍之介、シグマの、『狭い所が得意チーム』だ。
既に、クランメンバー全員に、エドワードによるバフがかけられていた。
乱陀の網膜には、マンションのマップが映し出されている。
マップには、隅に「漢」の一文字が印字されていた。
マップによれば、次の角を左に曲がったところが、エリネの部屋。
乱陀が振り向き、他の三人を見る。
「みんな、準備はいいか?」
こくりと頷く、三人。
乱陀たちが角を曲がると、重々しい木の扉があった。
あそこを開ければ、エリネと対峙することになる。
乱陀は、黒銀の右手を握りしめた。
そして、決戦への一歩を踏み出す。
すると、凄まじい振動と共に、木の扉が砕け散る。
何者かが放った、衝撃波が、廊下の壁と天所を破壊しながら、乱陀たちへと襲い掛かる。
乱陀は叫ぶ。
「目を瞑れ!」
乱陀は、カノンをその身で庇う。
シグマは、金属の腕を交差し、目に装着したゴーグルを守る。
藍之介だけは、超人的な反応速度で、廊下の曲がり角に身を隠していた。
乱陀とシグマの体表に、幾つもの傷が入る。
割れるゴーグル。
カノンの身体は、乱陀が庇ったため無事だったが、瞑った目にかけていたゴーグルは粉々に砕けていた。
乱陀が、カノンを抱きしめたまま、三人へと問いかける。
「みんな、無事か!?」
カノンが、応える。
「ゴーグルがやられました!腰に下げてた予備も全滅です!」
どうやら、乱陀、カノン、シグマのゴーグルは、予備も含めて全て破壊されたようだ。
廊下の角に避難した藍之介だけは、無事だった。
乱陀たち三人は、急いで藍之介がいる、廊下の角へと転がり込む。
藍之介が、三人に予備のゴーグルを渡す。
「これでもう、予備は一個です」
「すまない。今のは、一体何だ?」
乱陀の問いに、シグマが答える。
「さっき、ちらっと見えた。
たぶん、『セイレーン』のバンシーよ。
魅了で手下になってるんだと思う」
『セイレーン』
それは、音と歌を使うジョブ。
バンシーは、その内の音を極めた構成の冒険者だ。
今しがた食らったのは、おそらく超音波。
エドワードに強化スキルを施されていなかったら、全員、鼓膜が破れていたであろう。
乱陀は、割れたゴーグルを投げ捨て、藍之介から貰った新しいゴーグルを装着する。
「くそっ!完全にゴーグルを狙ってきてるな」
カノンが同意する。
「音は、結界でも防げないですからね」
結界も、音は素通りする。
そうでないと、音声でのやり取りができないからだ。
超音波は、そこの盲点を突いた、結界をも貫通する攻撃。
乱陀が、顔半分を、廊下の角から出し、エリネの部屋の中を見る。
破砕された扉の向こうには、ウェーブのかかった長い黒髪の女性がいた。
おそらく、あれがバンシー。
バンシーは、再びその口から、超音波を発する。
より細かく砕ける、廊下の壁や天井。
乱陀は、超音波が到達する前に、廊下の角に身を隠す。
そのすぐ横を、衝撃が通り過ぎて行った。
乱陀は、三人に声をかける。
「OK、わかった。あの超音波は、単一の方向性の攻撃だ。全方位に広がる訳じゃない」
シグマが、後に続ける。
「ってことは、やっぱりバラバラ攻撃ね?」
「そうだ」
乱陀が、ナノマシン通信で、クランメンバー全員へと状況を伝える。
「作戦その一は失敗。繰り返す。作戦その一は失敗。作戦その二に移れ」
★
エリネは、自室のソファに座りながら、網膜に映し出された監視カメラの映像を見ていた。
エリネの周囲には、半裸のイケメンたちが、侍っていた。
イケメンたちは、エリネの身体を愛撫しながら、耳元で愛を囁く。
艶めかしい声を出す、エリネ。
廊下の角に逃げ込んだ、乱陀一行。
藍之介が腰に下げたゴーグルを乱陀たちに渡したのが見えた。
おそらく、予備はもうほとんど無い。
バンシーには、乱陀たちを超音波で攻撃するよう、命じてある。
だが、解せない。
なぜ、マンションのセキュリティが作動しないのか。
本来ならば、この最上階まで辿り着くことはもちろん不可能、マンションに近づいただけで、銃弾と砲弾の嵐に撃たれ、肉片となるはず。
パスワードがナノマシンに登録されている、エリネの配下たちだけが、通れるようになっているのだ。
パスワードには最高機密用の暗号化がされているため、ハッキングは不可能。
一体何をしたのか。
その時、マンション全体が、大きく揺れた。
「な、何!?」
予想外の出来事に、慌てるエリネ。
護衛役の冒険者たちには、何のバフスキルもかけていなかったエリネだが、周囲のイケメン軍団には、エインヘリアルとラグナロクをかけてある。
イケメン軍団は、一般市民。戦いには、何の役にも立たない。
しかし、いくらでも補充できる護衛どもなどよりも、厳選したイケメン軍団の方が遥かに大切なのだ。
エリネの自室の家具が、滑って動く。
部屋全体が、傾いている。
「マンションが、折れてるっ!?」
エリネの住まう部屋のある最上階以外には、誰も住んでいないことを確認した上での、作戦その二。
マンション自体を破壊し、魅了された一般市民がいるならば、助け出す。
それが、作戦その二。
エリネのマンションの周囲の空中には、『広い所が得意チーム』のみんなが、バラバラに展開していた。
ファーフライヤー、エドワード、華虎、飛鳥、迅。
全員が、翼やエアボードやジェットパックで、空を飛んでいる。
マンションは、エリネの部屋の五階下の部分から、折れ曲がっていた。
ファーフライヤーとエドワードと華虎と迅による、猛攻撃によって。
割れた窓から、滑り落ちて来る、バンシーとイケメン軍団。
バンシーが、エドワードたちに向けて、その口から超音波を発する。
次々と襲い掛かる超音波。
エドワードは、飛鳥が盾で庇ったため、二人のゴーグルは無事だ。
また、華虎もロボットに搭乗しているため、唯一、ゴーグルが露出していないことから、同じく無事。
しかし、迅とファーフライヤーのゴーグルは砕け散る。
予備のゴーグルも、全て粉砕された。
ファーフライヤーは、足に装着した魔法道具の一つである、光の網を大きく広げ、イケメン軍団を救出しに向かう。
「要するに、エリネの目を見なきゃいいんでしょっ!?」
だが、エリネがこのチャンスをみすみす逃すはずもない。
エアボードを足に装着し、ファーフライヤーの元へと飛ぶエリネ。
本来、飛行速度は圧倒的にファーフライヤーの方が上だが、エリネに先回りされてしまった。
ファーフライヤーを見る、エリネの瞳。
今、魅了が発動する。
そこに噴射される、深紅の炎。
迅の炎だ。
エリネは炎に巻かれても、涼しい顔をしているが、視界が遮られてしまった。
ファーフライヤーは、無事、イケメン軍団を光の網で包み、その場から脱出する。
迅は、炎を両手から放ちながら、逃走するファーフライヤーを見送る。
「よし!そのまま逃げろ!」
その迅の炎をレイピアで斬り裂き、目の前に躍り出るエリネ。
迅は思わず目を瞑るが、遅かった。
飛鳥とエドワードへと向き直る迅。
右手を掲げると、三本の灼熱のジャベリンが作られる。
迅の目には、ハートマークのエフェクトが浮かんでいた。
エドワードは、ナノマシン通信で全員に伝達する。
「迅さん、魅了されました!」




