表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/45

紅蓮市の攻防

 紅蓮市の空に、重く分厚い雨雲が、遥か遠くまで敷き詰められている。

 日の光は、差さない。

 今日もまた、紅蓮市は夜のよう。

 土砂降りの雨が、街中のネオンサインを濡らしていた。


 もうすぐ、13時45分となる。


 白く輝くドレスを着たエリネが、大通りをエアボードでゆったりと飛行する。

 大勢の市民と、目を合わせながら。


 エリネと目を合わせた市民は、目の中にハートマークのエフェクトが浮かび上がる。

 それは、ステータス異常『魅了』にかかった証。

 ここ最近、毎日、このパレードを続けたためか、かなりの数の市民が、魅了にかかっていた。


 しかし、紅蓮市は世界人口の約十分の一が集まる、数百万人の都市。

 魅了にかけた市民は、たかだか数千人程度だろう。

 紅蓮市全体を魅了するには、まだ先は遠い。


 エリネは、球状の結界に包まれているため、雨には濡れずに済んでいた。

 純白のドレス。

 両手の指には、幾つもの指輪。

 ネックレスも、何重にもかけてある。

 これらは全て、ステータスを上昇させる装備だ。

 エピック級に、その上のレジェンド級も多数ある。

 本当ならば、これらを揃えるには、何十億円とかかるはずの装備品。

 しかし、魅了さえあれば、金など払わずとも、手に入るのだ。

 今、エリネの全ステータスは、恐るべき数値である。

 腰には、藍之介のものと同じ、レジェンド級レイピアまで差してあった。


 エリネの周囲には、選抜された強者の護衛が数十人。

 彼らは、魅了されて従っている者もいれば、魅了されずに雇われている者もいる。

 しかし、今いる護衛全員が、元々ろくでもない悪徳冒険者であった。

 その中には、魅了のスキルブックを争奪しあった、アイテムマスターの久良木(くらき)もいる。


 久良木は、魅了されていない。

 エリネに傭兵として雇われているだけ。

 魅了しておいた方が裏切られずに済むのだが、魅了された肉体は、体内のナノマシンにより強制的に動かされているだけに過ぎないため、最高のパフォーマンスが出せるとは言えなかった。

 要するに、魅了されていない方が、強いのだ。


 エリネの元にいれば、美味い飯も食い放題、いい女も抱き放題、おまけに金払いもいい。

 久良木としては、最高の職場だった。


 だが、魔導院がこの現状を、黙って見ているはずがない。

 どこかで必ず、襲撃があるはずなのだ。


 久良木は、空を見る。

 今日もまた、土砂降りの雨。

 そろそろ日の光が恋しくなってくる頃だ。


 その雨の中、何かが飛行しているのが見えた。

 真っ黒な、鳥だ。

 遠くて大きさもよくわからないが、カラスか何かだろう。


 その鳥が、パレードの前の方に降りて来た。


 その鳥は、予想よりもずっと大きい。

 人の背丈ほどもある。

 肩くらいの長さの黒髪が、外に跳ねている。

 その目には、ゴーグルが着けられていた。


 あれは、カラスなどではない。

 漆黒のハーピー。


「あ、あいつ!魔導院本部にいた……」


 ハーピーの足の先からは、巨大なオレンジ色の魔法陣が、空中に浮かび上がった。


 そして、それと全く同時に、真逆の方面である、パレード後方にも、青い魔法陣が出現する。


 二つの魔法陣の外周には、全く同じ文字が表示されていた。


 『日本魔導院・爆撃ノ術』


 それぞれ百発ずつの、オレンジ色と青色の、光のミサイル。

 道を歩く市民には被害が行かないように、パレードの上部を狙っている。


 エリネが、声を上げる。


「防御!」


 パレードの先頭には、大きな丸い盾を持った、パラディンの男性が、エアボードで浮かび上がる。

 パラディンのスキル『カバーリング』により、前方のオレンジの光のミサイルは、全てパラディンの盾へと向かう。


 大爆発を起こす、パラディンの盾の表面。

 パラディンは、百発の爆撃魔法を受け切ったが、盾が砕け、気絶して墜落してゆく。


 後方でも、百発の青い爆撃魔法により、数名の剣士が、身体を粉々に砕かれた。


 前方と後方へと、それぞれ向かうエリネ護衛隊。

 それにより、中間が手薄になる。


 叫ぶ久良木。


「お、おい!前後に伸びすぎだ!これじゃあ、真ん中が!」


 これこそが、魅了による弊害。

 魅了を受けた者は「エリネと敵対する者を倒せ」という命令を、ただ順守するだけ。

 そのため、罠にはあっさりと嵌まるのだ。


 エリネの左側の高層ビルの中から、ガラスを突き破って、何者かが現れた。

 それは、深紅の男。

 炎をモチーフにしたコートに、ゴーグル。

 逆立った髪の毛は、炎へと変化していた。


 エアボードに乗った深紅の男は、右手を頭上に掲げると、三本の炎のジャベリンを作り出す。


 比較的遠くにいる久良木ですら、感じ取れる高熱。


「ま、まずい!あんなもん受けたら……」


 深紅の男が、ジャベリンを投げる。


 一本に付き、複数人を貫くジャベリン。

 今の三本で、頑丈な結界を張ってあったはずの十一人が倒された。


 久良木まで届く、熱波。

 焼けそうになる、肌。


 思わず叫ぶ久良木。


「エリネさんよ!なんで、魅了しないんだ!」

「してるわよ。してるけど、効かないの。別にいいけど」


 のんびりとした口調で返す、エリネ。


 全身を強力な装備で固めたエリネ。

 それにより、レベルこそ高くは無いものの、圧倒的ステータスを誇る。

 実はエリネには、もはや護衛など不要なのだ。

 護衛を付けているのは、その方が見栄えがいいから。


 だが、それに巻き込まれる久良木としては、たまったものではない。

 前後に伸びきった戦線。

 エリネの周囲が手薄になる。


「ちっ!俺だけでも生き延びてやる!」


 エリネの援護は期待できない。

 久良木は、腰のアイテムに手を触れる。


 その時、遥か前方に、軍服を着た、緑色の肌の少女が、二丁の白い拳銃をこちらに向けているのが見えた。


 少女のゴーグル越しの目に映る『Bullet Time!』の文字。


 そして、たった一発だけ鳴る銃声。


 だが、その一発分の銃声の間に、何十発も放たれる9mm結界破壊弾。


 エリネを含む、前方にいた全員の結界が、砕け散る。


 エリネは、焦りもせずに呟いた。


「もう、ドレスが濡れちゃう」


 エリネは結界を傘がわりとしか思っていなかった。


 そして、土砂降りの雨雲の隙間から、一人のエアボードに乗った人影が飛来する。




 それは、ゴーグルを着け、黒い軍服を着た、黄金の尾を持つ男。




 乱陀は、空高くから、エリネ目掛けて、黒銀の右手を振りかぶる。


 乱陀の目に映る、白いドレス姿のエリネ。


 ほんの一瞬だけ、恋人時代の、一緒に下校した思い出が蘇った。


 だが、乱陀の心の中の全てが、鮮やかな緑色の素肌で埋まる。

 今、乱陀の全てはカノンのために。


 乱陀の猛る声。


「エリネえええっ!」

「あら、乱陀」


 乱陀は、エアボードを最高速度で走らせ、神話級サイバネアームの右腕で、エリネの顔面を、渾身の力で殴りつけた。


 衝撃波が、波のように周囲に広がり、ビルのガラスが割れて行く。

 乱陀たちが着けているゴーグルは、相当な強度があるため、無事だった。

 だが、乱陀のレベル140の筋力で殴られたはずのエリネは、人差し指を立て、何ともなさそうに告げた。


「やっぱり、その手で触られると、痛覚遮断が無くなっちゃうんだね。今、ちょっとだけヒリッとしたよ」

「ああそうかい!」


 乱陀は三メートルの尾をエリネに巻き付け、コンクリートの街道に投げつけた。

 大きく(ひび)割れるコンクリート。

 故障してエリネの足から離れるエアボード。

 エリネは相変わらず、何ともなさそうな顔。


「もう!ドレスが汚れちゃうでしょ!」


 乱陀はそれには応えず、腰に付けていたスキルロックの手榴弾のピンを抜いた。


「これでも食らえ」


 そのまま、手榴弾をエリネに放る。

 真上に離脱する乱陀。


 エリネの目の前で、手榴弾が光る。


「あ」


 エリネと、その護衛たちに浴びせられる光。

 乱陀に攻撃スキルを放とうとした魔法使いたちが、杖をただ振るばかり。

 スキルロックされたのだ。


 だが、おかしい。

 魅了が、解けていない。

 本部の分析によると、スキルロックで魅了スキルを封じれば、かけられた魅了も消えるはずなのだ。

 それなのに、周囲の市民を含め、誰も魅了から抜け出せていない。


 エリネが、ゆったりと起き上がり、豪雨の中、乱陀を見上げる。


「乱陀ったら、真宵市を追放された時から、変わってないね。

 悪い意味で、まっすぐ」


 エリネは、左手の小指の金の指輪を見せた。


「これ、スキルロック耐性の指輪。

 ひとつで三億円するらしいよ。

 私はタダで貰ったから、どうでもいいけど」


 乱陀は、歯を食いしばる。

 スキルロック耐性の指輪。

 そんなものがこの世に存在していたとは、本部の人間すら誰も知らなかった。


「乱陀。魅了、効かないのね。そのゴーグルのせい?」


 やはり、全員がゴーグルをしているせいか、勘の鋭いエリネには、バレているようだ。


 乱陀は再び、エリネに殴りかかる。

 エリネは、腰に差してあったレジェンド級レイピアを抜き、防御する。


 轟音を立てて、交差する、黒銀の右腕と、レジェンド級レイピア。

 エリネの足元が、コンクリートにめり込む。

 だが、エリネは平然とした顔。


「乱陀。私ね、最近、新しい趣味ができたんだ。

 女の子を魅了して、私の手下とセックスさせるの。

 その後で、女の子の魅了を解除すると、みんな狂ったように泣き叫ぶんだよ。

 中には、自殺しちゃう子もいるくらい。

 それが、面白くてさ。

 ねえ、乱陀ぁ。

 あのゴブリンの女、犯させてみてもいい?」

「いいわけ……、ねえだろぉっ!」


 乱陀は、右腕を振り抜く。

 エリネは、ダメージこそ皆無なものの、勢いに負けて、少しの距離を吹き飛んだ。


「んもう。せっかちね。

 ちゃんと考慮してよ。

 早い男は嫌われるのよ?」


 エリネは、勇斗や無法者たちと一緒にいるうちに、勇斗たちの悪い部分に完全に染まり切っていた。

 犯される女性を見ても、憐憫(れんびん)を感じるどころか、愉悦(ゆえつ)(ひた)る。

 悪徳と背徳を好む、魔女。

 これが正真正銘、今のエリネの姿。


 エリネの手下たちが、乱陀に上空から襲い掛かる。

 スキルロックはかかっているが、近接戦闘型のジョブたちだ。

 まともに攻撃を食らえば、致命傷になる。


 乱陀の目に映る、数々の凶器。

 剣、槍、斧、ハンマー。




 そこに乱れ飛ぶ、凄まじい数の赤い筋と、剣閃。




 エリネの手下たちは、一秒もしない間に、急所を切り刻まれ、血を噴き出し、死亡する。


 その一瞬後、エリネの背後に現れる藍之介。

 レジェンド級レイピアで、エリネに斬りつける藍之介。

 エリネは後ろを振り向き、レジェンド級レイピアで防御する。

 硬質の音が鳴り響く。


「そんなに速い男が嫌いですか?」

「嫌い。だって、自分だけ勝手に満足しちゃうじゃない」

「たしかに。速さが自慢のボクとしては、傷つく一言です」


 藍之介とエリネは、一旦離れると、両者向き合う。


 藍之介は、レイピアを前に出すと、凄まじい速さの突きを連続で繰り出す。

 藍之介のフォームはあまりにも美しく、まさに至高の芸術品とも言える。


 その反面、エリネは素人丸出しの構え。

 だが、強化されたステータスにより、不格好ながらも超高速で動き、藍之介の突きを防ぐという、不自然な光景が広がっていた。


 乱陀のパンチは顔面で受けたエリネだが、藍之介のレイピアは、きちんと防ぐ。

 藍之介の剣は、脅威だとエリネも感じているのだ。


 乱陀が、エリネの足元に尾を絡める。

 途端、動きが鈍くなるエリネ。

 乱陀は、右手のカース・ギフトを発動させ、エリネに叩きこもうとする。

 エリネは、それをレイピアで防ぐ。

 右手のカース・ギフトも受けたらまずいようだ。


 乱陀と藍之介が、左右から同時に高速の攻撃を繰り出す。

 それを一本のレイピアで防ぐエリネ。


「ちょっと待って、これ、やばい」


 ここに来て、初めて動揺するエリネ。


 すると、三人のちょうど中央に、転がる丸い何か。


 手榴弾だ。


「逃げろ藍之介!」

「りょ!」


 乱陀と藍之介が、全速力でその場から離脱する。

 破裂する手榴弾。


 エアボードに乗った久良木(くらき)が、上空からやって来る。

 (いきどお)るエリネ。


「ちょっと、久良木さん!

 私も手榴弾食らっちゃったじゃない」

「アンタ、それくらいじゃ傷一つ付かないでしょうが」

「デリカシーの問題!」


 エリネは、肉体どころか、来ているドレスすら傷ついていなかった。

 おそらくは、あのドレスも相当強力な防具。


 その時、久良木の顔に触れる手があった。

 高速移動でやって来た、エドワードの左手。

 エンジェルゼリーの猛毒の左手。


 エドワードはそのまま、青い軌跡を宙に残し、久良木の向こう側へと着地する。

 久良木を見て、不思議そうな顔をするエドワード。


「あれ?効いてない?」


 久良木は、全身から汗を滝のように流していた。


(い、今の何だ?

 一撃で、耐毒の札がほとんど全滅したぞ……。

 あ、あれは、食らったらダメだ!絶対!)


 なりふり構わず、エアボードで上空へと逃げる久良木。

 その目は、エドワードに釘付けだった。

 エドワードの左手は、絶対に(かわ)さねばなるまい。


 しかし、そのために、上方面には注意が向かなかった久良木。

 上から、四角い影が差す。


「ん?な、なんだ?」


 肩越しに上を見る久良木。

 そこには、鋼鉄の四角い盾があった。


 盾を振りかぶった、飛鳥だ。


「オラァ!」

「うぎゃっ!」


 人の背丈よりも高い、分厚い盾で頭を思い切り殴られ、地面に墜落する久良木。

 スキンヘッドから血を流し、白目を剥いて気絶していた。


 エアボードで着地する飛鳥。


 今やエリネの前には、乱陀、藍之介、エドワード、飛鳥が揃っていた。

 エリネも、これには分が悪いと見たのか、市街地へと走り、退避する。


「逃がすか!」


 高速移動のブーツを発動させる、乱陀と藍之介とエドワード。

 この三人は、高速移動のブーツで、異常な速度が出せる三人だ。


 二本の赤い筋と、一本の青い筋を、宙に残し、エリネに迫る。


 だが、エリネの向こう側には、何百人もの魅了された市民。

 エリネは、市民たちに命ずる。


「あのゴーグルを壊しなさい!」


 市民たちは、弓や銃を構え、乱陀たちのゴーグルを狙う。

 市民の群れに飲み込まれる、エリネ。

 魅了されただけの市民を攻撃するわけにはいかない。

 もう、エリネには手が出せない。


 乱陀たちは、急ブレーキをかけ、ナノマシン通信でクランメンバーに呼びかける。


「撤退!作戦失敗だ!全員撤退!」


 乱陀たち一同は、一瞬で散開し、それぞれ別々のルートでアジトへと向かう。


「絶対に尾行されるな!

 くそっ!仕留め損ねた!」


 乱陀は歯を食いしばり、悔やむ。

 これでは、ただエリネを警戒させただけではないか。

 この作戦失敗は、大きすぎる敗北だ。


 そこに、飛鳥から通信が入る。


「まあ、完全に失敗ってわけじゃないぞ。

 あのスキンヘッド、捕らえた」

「あん?そんなモン拾って、どうすんだ」


 乱陀の網膜に「漢」の字が表示される。

 竜次の声が聞こえてきた。


「そいつのデータをハッキングすれば、エリネのマンションのパスワードが手に入るぜ!

 それさえあれば、マンションに近づいてもセキュリティから攻撃されねえ!」

「……それ、本当か?」

「あたぼうよ!」


 乱陀の険しい顔が、ようやく緩む。


「……そうか。そうか!

 よし!だったら、今度は家庭訪問と行こうじゃねえか!」








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ●魅了による操りは単調だった ●エリネが早くも焦る場面があった [一言] 更新ありがとうございます エリネの腐りっぷりに吐きそうです 第一章最終話で勇斗を選んだ選択を 少し悔いている様…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ