乱陀のクラスメイトたち
乱陀は、真宵市にいた頃の住居である、マンションの一室をベランダから覗き込む。
窓は、あの追放された日に、クラスメイトたちに割られたままだった。
だが、床に散らばっているガラスの破片が、割られた窓の大きさに比べ、明らかに少ない。
「……嘘くせえ」
ガラスの破片が無くなっているという事は、少なくとも一度は誰かが中に入ったという事だ。
盗聴器やセンサーを仕掛けられている可能性がある。
ただでさえ、カノン以外は信用していない乱陀。
ここは、拠点としては使えない。
乱陀は、高速移動のブーツを起動し、一気にマンションの屋上まで飛び上がった。
そこには、周辺を観察しているカノンが居た。
乱陀は、うんざりした表情で頭を振る。
「駄目だ。罠を仕掛けられている可能性がある」
「あ~、やっぱり、そうですよねぇ。家に罠なんて、基本中の基本ですもんね」
乱陀は、カノンに経験値を貸し出すスキル、EXP・ギフトを、既に解除していた。
しかし、現在のカノンのレベルは72。
大量の肉食魚と、レベル120のエンジェルゼリーを倒したことで、一気にレベルが上がったのだ。
ここには居ないが、パーティを組んでいたエドワードも、かなりレベルが上がっているはずだ。
カノンは、レベル70で会得可能なスキル『ホークアイ』と『バレットタイム』を習得していた。
ホークアイは、視界の拡大と敵の検知。
バレットタイムは、一時的に自分以外の動きがスローモーションに見えるのだ。
なお、乱陀も138から139へレベルアップをしていた。
やはり、乱陀のレベルまで行くと、ひとつ上げるのにも膨大な経験値が必要なようだ。
リアルRPG『ワイルドハント・ワールド』では、ほとんどのジョブが、5レベルごとに新スキルを会得可能になる。
乱陀も、あと1レベル上がれば、何か新スキルが使えるようになるのだろうか。
カノンは、ホークアイのスキルで、マンションの屋上から真宵市内を見渡していた。
その目に映るのは、敵対したプレイヤーたち。
ホークアイで認識したプレイヤーは、青色か赤色の三角印が、頭の上に表示される。
青マークが味方か中立、赤マークが敵だ。
今は、市内のあらゆる場所で、赤の三角印が表示されていた。
エドワードやマモリとの通信も、遮断されていた。
おそらく、ジャミング系のスキル持ちが、何人もいるのだろう。
「カノン。もし脱出するとしたら、どこからが良さそうだ?」
「ん~。あっちですかね。見える範囲では、赤マークが比較的少ないです」
カノンの指差す先には高層ビル群に紛れて、巨大な建造物があった。
それは、中等部から数えて、四年と一日の間、乱陀も通っていた学校。
真宵学園。
★
クラン『光の翼』本部では、議題となっている映像が流れていた。
今、日本中で話題になっている、魔導院・紅蓮町支部の英雄。
真宵市から追放となった男。
水雲乱陀。
レベル1のはずの乱陀は、飛行系スキルなど所持していない。
真宵市から追放された時点で、生き延びる術は無い。
それなのに、映っているのは、生きている姿。
しかも、消し飛ばしたはずの左腕と左脚も生えている。
この近辺では、四肢を再生できるほどの高レベルなヒーラーは、真宵市にしか居ないはず。
そして、ダンジョンの中で、恐るべき速度で移動しながら、大型の肉食魚を次々に爆散させていく、黄金の尾の生えた乱陀。
パラディンの女性が、唸る。
「うーん、確かに本人だねぇ」
「だから、そう言っているだろう!」
勇斗が、木製の机を叩く。
破砕音と共に、まっぷたつに割れる机。
「んで、こいつ、たった二週間で、何があったんだ?レベル1だっただろ」
「そ、それは……!俺に聞かれても、知らん!」
そっぽを向く、勇斗。
万が一、レベルを奪われたと知られたら、強姦した高レベルの女性たちや、その彼氏に、どんな目に合わされるか分からない。
勇斗のレベルは91だと思わせておかないといけないのだ。
「そんなことより!こいつが今、真宵市に居るんだ!何とかしないと!」
「それは、アンタがゴブリンの女ごと、連れてきたんでしょうが」
多くのクランメンバーが、冒険者たちによるリアルタイムの動画配信で、見ていたのだ。
乱陀がエンジェルゼリーを撃破するのを。
そして、勇斗がゴブリンの女を連れ去ろうとして、乱陀も一緒にワープホールに入ったのを。
「あ、あれは!モンスターのメスが人間の仲間面してたから、つい……」
「モンスターっつったって、元は人間だし、しかも実際に冒険者の仲間だったんでしょ?アンタ、言ってる事、さっきからおかしいよ」
勇斗の顔には、汗が滴っていた。
勇斗の言っていることは、当然、何から何まで嘘なのだ。
嘘を取り繕おうとして、また新しい嘘を吐く。
勇斗の脳は、つじつまを合わせようとフル回転するも、結局はボロが出ていた。
「まあ、いいや。それよりも、こっちの動画は何なの」
パラディンの女性は、目の前の宙に浮かんだホログラムの画面をタッチし、別の動画を再生する。
それは、飛行船の中の出来事。
襲い掛かって来る肉食魚を相手に、光翼も使わず、へっぴり腰で天剣を振るっている勇斗。
果てには、巨大なホオジロザメが出現してきた時には、ひとりだけパラシュートを装備し、飛行船から逃亡する姿。
「アンタ、光翼はどうしたのよ。しかも、一人で逃げたし」
「ちょ、調子が悪かったんだ!それよりも、乱陀とゴブリン女、追い込みをかけるぞ!」
そう言って、さっさと退室する勇斗。
その場に居るクランメンバーは、憮然とするばかり。
そして、心の中で嗤う美少女が、ひとり。
ヒーラー系ジョブ『クレリック』のマキコ。
彼女は、勇斗に強姦され、その映像で脅されて、性奴隷のような扱いを受けていた。
だが、今流れていた映像を見て、勇斗の実力に疑問を感じ、鑑定眼で見てみた。
そこに記されていた、事実。
レベル66。
何かが原因で、勇斗のレベルが大幅に下がったのだ。
今までは、勇斗の圧倒的な強さの前に、泣き寝入りするしかなかったマキコ。
勇斗による、他の強姦被害者と共に、涙を流し合い、支え合って何とか生きてきた。
その前提が、覆る。
もう勇斗は、圧倒的強者ではない。
そして、マキコは乱陀について思案する。
恋人のエリネを強姦した罪で、真宵市を追放された男。
しかし、当時の乱陀のレベルは1。
エリネは、高レベルの戦闘者。
無理矢理に襲えるはずが、ないのだ。
マキコは、乱陀は無実だと、薄々感付いていた。
だが、真宵市では、勇斗が黒だと言えば、白も黒となる。
高レベルとはいえ、一介の女子高生であるマキコには、逆らえるはずもなかったのだ。
今までは。
そう、今までは。
★
乱陀とカノンは、高層ビルの壁を蹴りつけ、真宵市の外を目指す。
高速で移動する二人の通った跡には、赤い魔法陣の名残の光。
すると、ビルの合間から、飛行系スキルを持った、警察官や冒険者が、乱陀たちを追いかけて来る。
真宵市の警察は、乱陀の敵だ。
乱陀がレベル1だった頃、無実の乱陀を追放する場面にも居たが、ただ笑って見ているだけであった。
勇斗の言いなりとなって。
乱陀は跳び回りながら、カノンと申し合わせる。
「カノン!あいつら全員、倒すぞ!」
「はいっ!」
乱陀は、金属の右手を、無数の警察官や冒険者たちに向けて、グラビティ・ギフトを放つ。
黒銀の腕に、光の筋が流れる。
空には幾つもの、かつてないほどの巨大な、下向きの黒い矢印。
これぞ、神話級装備・アダマンタイト製サイバネアーム『堕天』の効果である、ウォーロックスキルの効力増加。
乱陀は、堕天による効力増加は、てっきり威力が多少上がる程度と思い込んでいた。
だがこれは、そんな生易しいものではない。
規模も威力も、倍に跳ね上がっている。
神話級装備の名は、伊達ではないのだ。
そして発動する、グラビティ・ギフト。
飛来する敵は全員、超重力により、もの凄い勢いで墜落していった。
まるでブラッドラストのジェットハンマーで殴られたかのようだ。
そして、グラビティ・ギフトの効果範囲は、人間だけにとどまらなかった。
周囲の高層ビルも、屋上から潰れ、半ばで圧し折れる。
砕けたガラスとコンクリートの雨が降る。
乱陀とカノンだけは、グラビティ・スティールにより重力を奪われ、ふわふわと宙に浮いていた。
カノンが、茫然と周囲を見ていた。
「すごいですね……」
「すまん。やり過ぎた。せっかく人が少なさそうな所に向かってたのに、目立つな、これじゃ」
目立つどころの話ではない。
乱陀が行った、複数の高層ビルの大破壊。
真宵市全域から、注目を浴びていた。
カノンが、腰のホルダーから、白く輝く二丁の拳銃を抜く。
レジェンド級装備、9mmセミオートマチックピストル『エンジェルダスト』だ。
「いいじゃないですか。真宵市は全員、乱陀さんの敵なんですよね?」
「ああ。それは間違いない」
「だったら、私の敵でもあります。どうせなら、片付けちゃいましょう」
カノンは乱陀にウインクをする。
乱陀とカノンの周囲の全方位から、飛行系スキルを所持した戦闘員が、飛来する。
地上からも、乱陀たちへと、無数の攻撃スキルが放たれた。
乱陀は、神話級装備の金属の右手を掲げる。
発動するは、MP・スティール。
乱陀の目にだけ映る、膨大な量の、青い矢印。
その全てが、乱陀の右の手のひらへと向かっていた。
乱陀の身体に流れて来る、数百人分のMP。
MP・スティールで奪ったMPは、乱陀の最大MPを超えて蓄積される。
MPが空になり、制御不能になる飛行系スキル。
乱陀たちへ襲い掛かろうとしていた、空飛ぶ警官や冒険者たちが、壊れかけたビルの壁へと激突し、全身の骨を砕いて、墜落してゆく。
地上から放たれていた数百の攻撃魔法も、MPを奪われたことにより、維持ができず、霧散する。
今、百名以上の人間が、乱陀の手によって死亡した。
しかし、乱陀には良心の呵責など、無かった。
奴らは、敵だ。
つい二週間前までは、この真宵市で、平和に暮らしていた乱陀。
それが今では血で血を洗う戦場に身を置いている。
人生、いつどのように転ぶか、分からないな、と乱陀は思う。
乱陀の目の前には、真宵学園の屋上が見えてきた。
あの屋上の人工芝ので、エリネやクラスメイトの男子達と、昼ご飯を食べたり、バカ話をしていたのだ。
屋上の入り口からは、制服姿の生徒たちが、ぞろぞろとやって来た。
それは、乱陀のクラスメイトたち。
乱陀は、彼らを見て、怒りを再燃させる。
乱陀の金属の右手には、『Good Luck!』のホログラム。
(皆殺しだ!)
乱陀の目が、激怒で揺らぐ。
「乱陀さん!待ってください!あの人たち、敵じゃないみたいです!」
カノンが慌てて乱陀を止める。
「カノン、どういうことだ?」
「ホークアイのスキルで見た所、青マーカーなんです。赤じゃなくて」
青マーカー。
味方や中立を表す印。
クラスメイトたちは、乱陀に手を振っていた。
「話だけでも、聞いてみませんか?」
「……お前がそうしたいなら、そうしよう。でも、俺は誰一人信用しないぞ?」
「それでいいです。話をするのは私の役目ですから」
乱陀とカノンは、真宵学園の屋上の人工芝に、ふわりと降り立つ。
乱陀は当然、これは罠だと疑っていた。
物陰や地面の中から、いつ敵が襲い掛かって来るのかわからないのだ。
カース・ギフトも解除せずに、いつでも使えるようにしておいた。
クラスメイトの男子が、乱陀に声をかける。
「水雲、二週間ぶりだな。お前、二週間で何があった?変わり過ぎだろ」
乱陀は、その問いには答えない。
敵に情報を与えるのは、自殺行為に近い。
黙りこくっている乱陀に、男子は苦笑い。
「ああ、そうだよな。俺たちのこと、恨んでるよな。でもよ、あの追放の場では、俺達だって無力だったんだ。許してくれとは言わないが、少しだけでも理解してくれると有難い」
「それで、何の用なんですか?」
カノンが冷たく言い放つ。
カノンは、交渉役として、なるべく穏やかに話を進めるつもりではあった。
しかし、ここにいる全員が、乱陀を見殺しにする寸前であったことを思うと、自然と声音の温度が低くなる。
男子が、乱陀に話しかける。
「俺たちは、勇斗を始めとするクラン『光の翼』と、勇斗と仲のいいクラスの奴らを、疑っている」
疑っている。
それは、何をだ。
そこに、クラスメイトの集団から、何人かの男子生徒が、歩み出てくる。
その内の一人が、口を開く。
「僕が話そう」
「え……。だ、大丈夫なのか?」
「僕たちの推測が正しければ、乱陀も同じ境遇のはずだ」
その男子生徒は、周りの生徒たちを見回し、決意と共に、乱陀に告げた。
「僕たちはみんな、勇斗に恋人を寝取られたんだ」
男子生徒は、歯を噛み砕きそうなほど、歯を食いしばっている。
周囲の他の男子生徒からは、嗚咽が聞こえてきた。
「僕たちの彼女は、そのまま勇斗の信奉者になった子もいれば、犯されている映像で脅迫されている子もいる」
別の男子生徒が、泣きながら乱陀を見つめる。
「俺は、乱陀がエリネを襲ったなんて、信じていない。そもそも、乱陀はエリネの恋人だったんだろ?
恋人の乱陀の事は受け入れなかったくせに、勇斗には、あっさりと身体を差し出してる。
どう考えても、おかしいだろ」
乱陀は、彼らの言う事を、丸ごと信じる事は出来なかった。
だが、ほんの少し。
ほんの少しだけ、心が軽くなる。
カノンも、乱陀の表情を見て、クラスメイトたちに対する態度を軟化させる。
「それで、私たちに何をさせたいんですか?」
乱陀のクラスメイトたちは、互いに顔を見合わせ、決意を固める。
「俺たち全員、お前らに協力する。
強姦された子たちの映像データを、破壊したいんだ」
息を吸う、男子生徒。
「そして、勇斗を殺して欲しい」




