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【甲羅市編・最終話】天使vs邪術師

 冒険者たちの集団の中に、ひとり紛れ込んだ、フードを被った男。

 彼は、乱陀(らんだ)を見ていた。

 右腕を犠牲にしてまで、猛毒の触手の壁を殴り壊し、ゴブリンの娘を救出した乱陀を。


 男は、フードを少しだけ上げる。

 顔に光が差す。


 その男は、乱陀の元親友、勇斗(ゆうと)

 乱陀を裏切り、左腕を斬り落とし、真宵(まよい)市から追放した張本人。


 勇斗が、(つぶや)く。


「乱陀の野郎、なんで手と足が生えてんだよ」


 手足を再生できるほどの高レベルヒーラーは、この近辺では真宵市にしか居なかったはず。


 勇斗は、ダンジョンに入る前に、鑑定眼持ちたちの会話を聞いていた。


 乱陀のレベル。

 138。


 元々レベル1の男が、二週間で138に達することなど、常識的に考えれば、絶対に不可能である。

 だが、勇斗が知る、ある要素。

 勇斗を含めた、クラスメイト全員の、レベルの大幅な下降。

 今思えば、あれは乱陀を追放した時が始まりではなかったか。


 勇斗たちの、異常なレベル減少。

 そして、乱陀の異常なレベル上昇。

 おのずと、ひとつの結果が浮かび上がる。


 勇斗は、腰に差した『天剣(てんけん)』の(つか)を握りしめる。


「あの野郎。どうやったかは知らないけど、俺たちからレベルを奪いやがったな……!」


 勇斗は、すぐさま天剣で乱陀に斬りかかりたくなる衝動を、何とか抑える。

 今の勇斗はレベル66。

 レベル138の乱陀には、到底敵わない。


(何か、何か手立ては無いか?)


 勇斗は、見る。

 乱陀を。

 ゴブリンの少女を、黄金の左腕で抱きかかえている、乱陀を。


 あの、ゴブリンの少女。


(あれだ!)


 






 乱陀とカノンは、珊瑚(さんご)の生えた壁を蹴り、ダンジョンの最下層を跳ね回りながら、巨大な毒クラゲ、エンジェルゼリーの触手を回避する。

 ひとたび触れれば、体内の血液を鋭い(とげ)に変える、猛毒の触手だ。


 エンジェルゼリーのレベルは120。

 偶然にも、カノンに経験値を分け与えた、今の乱陀と同じレベルだ。

 その高ステータスだけでも脅威だったが、エンジェルゼリーの真の恐ろしさは、その毒にある。


 その毒は、武器もスキルも魔法も、破壊してしまう。

 魔法もスキルも、触手に触れた途端、毒により枯れ果て、霧散してしまうのだ。




 そのため、触手の破壊は、困難を極める。


 と、思っていた。




 ダンジョンの空中に飛び交う、巨大な瓦礫(がれき)や珊瑚の塊。

 それが、エンジェルゼリーへと向かって、放たれている。


 エンジェルゼリーは、背中から生やした、無数の触手で身を守っている。

 そこに、巨大な瓦礫や珊瑚が、降り注ぐ。


 触手に触れた所から、紫色に染まる瓦礫。

 ボロボロと、崩れてゆく岩。

 だが、いかにエンジェルゼリーの猛毒といえど、巨大な瓦礫を瞬時に朽ちさせることはできず、半分ほど崩れた岩が、触手を千切り、吹き飛ばす。


 高速移動で跳び回っているカノンが背後を見ると、バトルジャンキーズのみんなが、壁から岩や珊瑚をくりぬいて、再びエンジェルゼリーに向けて投げつけていた。


 またもや、千切れ行くエンジェルゼリーの触手の束。


 今は、エンジェルゼリーを守る触手は、激減していた。


 エンジェルゼリーの本体の元へと、駆け抜ける乱陀とカノン。


 


 エンジェルゼリーは、残る触手を全て、乱陀とカノンへと向かわせる。

 二人に迫る、触手の群れ。


 だがそこに、上空から飛来する、幾つもの火を噴いた巨岩。

 大質量の燃える巨岩は、毒に(おか)されながらも、触手の群れを潰し、燃やす。


 乱陀とカノンの上に浮かぶ、パイロマンサー・山嵐(やまあらし)(じん)


「あの触手、どうにもならねぇと思ってたけどよ。

 さっきの乱陀のパンチがヒントになったぜ。

 毒がヤベぇだけで、触手自体は無敵でもなんでもねえ。

 とにかくバカでけえモンで攻撃すれば、毒でやられる前に、触手を破壊できる」


 迅は、すぐ隣にあった巨大な珊瑚に手を触れ、燃やす。

 珊瑚の根元は焼けて崩れ落ち、珊瑚本体が浮力によって、迅の目の前に浮かび上がる。


 迅は、燃える珊瑚の塊に、手をかざす。


「まあ、なにごとも、工夫が大事ってことだな」


 迅のサングラスの奥の紅い瞳に、炎の燃えるエフェクトが映る。

 珊瑚に向かって、炎を放つ迅。

 吹きつける炎の勢いに乗り、エンジェルゼリー本体へと飛ぶ、巨大な燃える珊瑚。


 エンジェルゼリーは、ほとんど無くなった、残り少ない触手で本体を(かば)う。

 

 燃える巨大な珊瑚が、エンジェルゼリーに衝突する。

 触手からは、凄まじい速度で炎に伝播(でんぱ)する、紫色の毒。

 炎も珊瑚も、見る間に崩壊して霧散していく。

 だが、エンジェルゼリーの猛毒ですら、すぐには破壊しきれないほどの大きな珊瑚。

 毒による崩壊が追い付かず、珊瑚に(まと)わせた炎が、触手を焦がす。


 全ての触手が、今、燃え尽きた。


 金切り声を上げ、空中へと舞い上がるエンジェルゼリー。

 向かうは、遥か上空にある、ダンジョンの出入り口。

 逃亡するつもりだ。


 だが、カノンが、9mm雷撃弾を放つ。


 弾丸が、エンジェルゼリーの体表に突き刺さり、電流が流れる。

 ダメージと共に、神経を麻痺させ、スタンさせる。

 その場から動けなくなった、エンジェルゼリー。




 そして、エンジェルゼリーの本体へと疾駆する、黄金の尾を持つ、人影がひとつ。


 乱陀。


 黄金竜の左手には『Good Luck!』のホログラム。

 目の前には、目を見開いた、エンジェルゼリーの天使のような顔。




 乱陀は、指をまっすぐに(そろ)え、エンジェルゼリーの心臓部分へと、左手を突き刺す。

 乱陀の左手に触れる、エンジェルゼリーの丸く青い結晶。

 そこに、札が貼られる。


 『爆裂』


 乱陀は、エンジェルゼリーの胴体から、左手を抜き、エンジェルゼリーを蹴り飛ばす。

 半透明の天使から、離れ行く乱陀。

 乱陀の目と、天使の目が、合う。


「じゃあな」


 結晶に貼られた札が、(まばゆ)く輝く。

 憎しみに満ちた、エンジェルゼリーの表情。


 そして。


 エンジェルゼリーの結晶が、爆散した。




 (たお)れる、エンジェルゼリー。




 全てを見ていた、冒険者たちの間から、歓喜の声が上がる。

 この戦いでは、既に数十人が犠牲になっていた。

 しかし、あと一歩で全滅する所ですらあったのだ。


 冒険者の何人かが、ナノマシンによるライブ撮影を配信しており、乱陀の姿が、リアルタイムで日本中に伝わった。

 黄金竜の尾を持つ、軍服を着たウォーロックの姿が。


 紅蓮町(ぐれんちょう)の冒険者ギルドにも。

 甲羅(こうら)市の魔導院にも。

 そして、真宵(まよい)市にも。




 カノンが、乱陀へと駆け寄る。


「乱陀さん!無事ですか!?」


 乱陀が、カノンへと左手を振る。

 右腕は未だ、失ったままだ。


「右手、再生させないとな。高レベルヒーラー、甲羅市にいるかな」

「手が治るまでは、私が、ご飯食べさせてあげますからね!」


 カノンが、頬を赤く染め、乱陀に抱き着く。


 すると、エンジェルゼリーの死骸が、淡く光り始めた。


「な、なんだ?」


 身構える乱陀。

 このクラゲは、まだ生きているのだろうか。


 だが、エンジェルゼリーの身体から、無数の光の粒が浮かび上がり、乱陀の無くなった右手へと飛来する。

 光の粒が集まり、右腕の形を作り上げる。


「こ、これ、ボスモンスター撃破報酬か?」


 光がおさまると、乱陀の右腕は、黒に近い銀色の、機械化(サイバネ)の腕となっていた。

 乱陀の網膜には、右腕のステータスが表示されている。




 神話級装備

 アダマンタイト製サイバネアーム『堕天(だてん)




 乱陀は、機械となった自分の黒銀の右腕を触ってみる。

 機械なのに、感覚がある。

 まるで、生きているようだ。


 網膜には、さらに解説が続いていた。


 ・ウォーロックスキルの効力増加

 ・特殊魔法『スキルブレイク』


 スキルの効力増加は、分かる。

 スキルブレイクとは、いったい何だろうか。


 そして、ボスモンスター撃破報酬を受け取れるのは、乱陀だけでは無かった。


 カノンの腰ベルトに、ホルスターごと新たな二丁の拳銃が現れる。

 それは、白く輝く金属で出来た、拳銃だった。




 レジェンド級装備

 9mmセミオートマチックピストル『エンジェルダスト』




 ボスモンスターを直接撃破した乱陀よりも1ランク落ちるが、パーティメンバーであるカノンにも、報酬が与えられたのだ。


 そして当然、もう一人のパーティメンバーにも、報酬は授けられる。


 エドワードだ。


 エドワードの着ていた白衣に光が集まり、破けていた部分も再生していく。

 そして、縁が金色に彩られた、眩いばかりの美しい白衣となる。




 レジェンド級装備

 エンチャント強化の白衣『エンジェルブレス』




 エドワードは、戦いで失っていたHPとMPが、急速に回復していくのを感じる。

 きっと、この白衣の効果だろう。

 MP自動回復機能により、エンチャントが、今までよりも圧倒的に使いやすくなった。

 これまでの役割は主に後方支援だったが、これで直接戦闘にも参加が可能となる。


 そのエドワードの前に、歩いてくるシーフの男。

 シーフが、エドワードに砕けた大きなナノマシンの結晶を渡す。


「ほれ。ボスモンスターの結晶だ。主役のあんたらが持って帰らねえでどうすんだ」

「あ、ありがとうございます。でもいいんですか?あなた方の取り分は……」

「そんなもん、とっくに確保してるに決まってんだろ」


 シーフの男は、ニヤリと笑い、モンスターの結晶が詰まった革袋を叩く。

 百匹分の、肉食魚の結晶。

 一体、いつの間に採取していたのだろうか。

 流石、高レベルシーフ。抜け目がない。


 約百五十名の冒険者たちが、乱陀とカノンに手を振る。


 カノンが、冒険者たちに手を振り返す。


 乱陀は、未だ人間不信のため、冒険者たちに心を許していない。

 警戒は解いていなかった。




 そう、警戒は、解いていなかったのだ。


 乱陀は決して油断など、微塵もしていない。


 だが、気が付かなかったのだ。


 カノンへと、いつの間にか迫っていた人影に。


 それは剣士のスキル『忍び足』の効果。


 カノンが、目を丸くする。


「……え?」


 その人影が被っていたフードが、風により吹き飛ばされる。


 現れたのは、明るい茶色の髪の毛の、美少年。


「……勇斗!」

「乱陀!このゴブリン、大事なんだろ?俺が貰ってやるよ!」


 勇斗は右手でカノンの軍服の襟を掴み、左手で四角い石を掲げる。

 石が輝き、勇斗の背後の空間に、穴が空く。

 穴の向こうには、乱陀が数年間住んでいた、真宵市の街並みが広がっていた。


 勇斗が起動したのは、転送石。

 ダンジョンから拠点への、ワープホールを作り出す消費アイテムだ。


 勇斗は、カノンの襟を掴んだまま、ワープホールへと飛び込む。

 カノンが、乱陀に向かって手を伸ばす。


「乱陀さん!」

「カノン!」


 乱陀は、手を伸ばす。

 カノンの指先に触れる。

 だが……


「させるかよ!」


 勇斗が、カノンの襟を思い切り引っ張り、乱陀から引き剥がす。


 遠くなる、カノンの手。


 触れ合いそうだった、二人の指が、再び離れて行く。


 乱陀の目に映るのは、笑う勇斗と、乱陀に手を伸ばし(すが)るカノン。


 そして、勇斗とカノンは、ワープホールの中へと、去って行く。


 もう乱陀の手は届かない。


 黄金の左手も。


 金属の右手も。


 届かなかった。








 だが、まだ尾は届く。




 乱陀は黄金の尾を伸ばし、カノンの腕に巻き付ける。

 カノンも、乱陀の尾を掴んで、離さない。


 驚愕する、勇斗の顔。


「はっ?はあああ!?」


 そのまま、(もつ)れ込んで、ワープホールを(くぐ)る三人。

 勢いあまって、全員、地面へと倒れ込む。


「痛えっ!」

「きゃあっ!」


 コンクリートの地面。

 上空には、数々の高層ビル。

 目の前のビルのテナント部分には、『クラン光の翼・本部』と書かれた看板。


 勇斗は地面に激突したはずみで、掴んだカノンの襟を離していた。


 乱陀は、誰よりも先に立ち上がり、カノンを抱き起す。


「乱陀さぁん!」

「カノン、怪我は無いか?」


 乱陀に抱き着くカノンの頭を撫でる。


 目の前では、閉じて行くワープホール。

 駆けつけようとしていたエドワードの一つ目が、最後に見えた。


 勇斗が、全身を打った痛みで、よろめきながら立ち上がる。

 レベルの下がった勇斗は、痛覚遮断のスキルが使えないのだ。


「乱陀ぁ!」


 乱陀は、カノンの肩を、そっと抱き寄せる。


「カノン。ここは、真宵市だ。市民全員が、俺の敵だ。ひとまず逃げるぞ」

「はいっ!」


 乱陀とカノンのブーツの底から、広がる赤い魔法陣。

 魔法陣の外周には『日本魔導院・疾風ノ術』の文字。


 勇斗が、レジェンド級装備・天剣を抜き放つ。


「逃がすかよぉ!」


 勇斗は、乱陀に向けて天剣を振る。

 長大な光の刃が、乱陀に襲い掛かる。


 だが、それは一瞬だけ遅かった。


 乱陀とカノンは、疾風(しっぷう)(ごと)き速さで、その場から離脱し、高層ビル群の壁を蹴り跳ねながら、上空へと去って行く。


 勇斗は、吠える。


「乱陀!真宵市にいる限りは、手前が無事でいられる場所は無え!絶対に追い詰めてやる!」




 こうして、意図せず真宵市のド真ん中へと来てしまった乱陀とカノン。


 高層ビルの屋上へ降り立ち、マントを(なび)かせる二人。


 果たして、無事に生き延びることができるのか。




 だが、ひとつだけ確かなことがある。


 もう決して離れる事は無い。


 黄金竜の左手と、明るい緑の肌の右手は。








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― 新着の感想 ―
[良い点] 乱陀とカノンが離れずに済んだ 二人揃っていれば 悲しいことは起きないと 思わせてくれる [一言] 更新ありがとうございます 今回の展開も胸アツですね 基本的に連載は完結するまで 星をつけ…
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