決意
先週投稿するはずが体調不良でずれ込みました。
そのため短いのですが、とりあえず投稿します……
暗闇の中で目を閉じる度に、見知らぬ声がする。
──世界を統べよ、汝、王の器なり、と。
物心ついた頃から聞こえる声は、いつしか自分にとって当たり前になっていた。何もかもを亡くしたあの日も、地獄のような日々を過ごした時でさえも、その声だけはいやにはっきりと聞こえ続けた。神殿の巫女が言うには、それは神の声だという。神ならば、なぜあの地獄のような日々にあっても助けてくれないのだろう、と思った事もあった。
救いがないのならば、自力でどうにかするしかない。
そう思うようになるまでに、然程時間はかからなかった。
心を磨耗しながら、感情を押し殺しながら、無法地帯であるコロッセオで見世物として扱われる日々を幼いながらに過ごした。エストリア帝国の干渉によってコロッセオが解体されてからは、凄惨なコロッセオにあって唯一の生き残りとして皇帝夫妻に引き取られた。
稀有な縁もあるものだ、と思っていれば、皇帝夫妻は亡き両親の遠縁なのだと聞かされた。
──あの時から、運命の歯車は回り始めていたのだ。
次期皇帝として育てられゆく内に、いつしか消え失せた感情。いくら満たしても満たしても喉が乾くような感覚。やがては満たす事そのものを辞めた。
何かを欲する事もなく生きてきた筈のヴィルヘルム=アーネスト・エルグランド・エストリアは、一心不乱に邁進し続ける。自分にしか聞こえぬ声の、その願いのために。
空っぽな器は永遠に満たされはしない。底の空いた水壺から水が落ち続けるように。この喉が乾くような感覚は、世界を統一したとしても満たされはしないのだろう、と思う。
自分の欲しいものなど、もう分からないけれど。
世界を統一して欲しい、とその声が願うのなら。
それは成さねばならぬのだろう、と思った。それこそ、何を犠牲にしてでも。何かを喪う事など怖くはない。何かを得られぬ事など些事でしかない。世界を統一する、その為ならば。
無機質な琥珀色の瞳に世界を映しながら、ヴィルヘルムは軍人として、第一位王位継承者として、責務を果たす。
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ふかふかの椅子に座って、上質なインクと羊皮紙を前に書き連ねていく。書き心地が凄く滑らかで、紙がペンに引っ掛からなくて素敵だわ。安物だとやっぱり紙がペンに引っ掛かっちゃうから、高価なものは貴重だけれどそれだけの価値があるわね。前世だと、散々ペンが引っ掛かってイライラしたっけ。
どうせ燃やして捨ててしまうけれど、今いる君恋の世界について分かる範囲で纏めてみた。まだ確定した訳ではないけれど、私がいるという事はやっぱりライネス様ルートで間違いないんじゃないかしら。断罪イベントはどのルートにもあるけれど、リリアンヌという悪役令嬢は後にも先にもこのルートしかないもの。
でも、不可解な点はいくつかあるの。
それは、皇女フェリシア様の消息。君恋の世界では確かに主人公の親友枠で存在しているのに、なぜかフェリシア様は死んだ事になっているのよね。やっぱりよく分からないわ。
そして、次にヴィルヘルム様。君恋の世界では王位継承権保持者でも、皇帝夫妻の養子でもなく、ただの軍人。実力云々はさておき、なぜか死んでいるらしいフェリシア様を差し置いて王位継承権保持者になっているのよね。それも亡きフェリシア様以外に御子のない皇帝夫妻に引き取られた遠縁の養子、だとか。
何かが少しずつ違うのが、気になる。だけど分からない。何かを忘れているような気がするのに、それすら思い出せないだなんて。
そう言えば、エリックはあれからめきめきと成長しているの。家庭教師を変えたこと、それと、もしかしたら私からのお説教が効いたのかしら。でも、いずれにせよいい方向に向かっている。お母様も喜んでいらっしゃるらしいわ。
…………らしい、というのも、私はお母様とは会った事がないからだ。おしゃべりな使用人達の会話を盗み聞けば──はしたないけれど、背に腹は代えられないものね──私の実のお母様はとうに亡くなっているのだそうだ。私を生んで儚くなられて、そのまま。つまりエリックは異母弟で、お母様はお継母様なのだ。前妻の忘れ形見を好けないのも仕方ないわ、だってお継母様からしたら、憎い相手でしょうし。
そうこうしながら、リリアンヌという人間を理解する内に、一つだけ分かった事があった。それは、彼女がゲームで言われていたほど悪役令嬢ではないこと。確かに傲慢で無慈悲なところもあるけれど、それって貴族であるからには必要な事よね。貴族は誰かの上に立つ機会も多いし、少なくとも、エストリア帝国は今もなお戦禍に苛まれているもの。甘さだけでは生きられないなんて、至極当然のお話よね。前世でもそうだったからよく分かるわ。世の中そう簡単じゃないもの。
……ま、まあ、前世は結構ハードモードだったけど! 生きていれば何とかなるって思ってたら、実際はそうじゃなかったけど! ……でも、死に際にはまだ未来のある小さい子を守れたし、後悔はしてない。幸せになりたかったなぁ、とか、そんな感傷じみたものはあるわよ、そりゃ。でも、今がある。今世こそ幸せになってやるんだから! 今に見てなさいよね!
という訳で、社交界デビューのその日までに私は侯爵家令嬢らしくなってみせるわよ! 扇子を挟んだやり取りだって上手くなってやるんだって決めたのよ、断罪イベントの緩和のためにね!
だって、学園に入るのは、社交界デビューしてからだって聞いたもの。まだまだ時間はそれなりにはあるわ、精一杯やってやるんだから!