水上決闘
勝敗は兵家の常というが、戦の勝敗は最初から決まっている。
まず、間違いなく数の多い方が勝つ。
人間一人の力などたかが知れている。一騎当千、万夫不当などと武勇に傑出した者を大袈裟に称えていても、それは一対一での話であり多を相手にすれば、弱卒二~三人程度なら楽に勝てるかも知れないが、対五、あるいは対十を同時に相手するとなると苦戦は免れず、多少の訓練を受けた兵隊が相手であれば敗北は必至だ。呂奉先の末路などその好例であり、「多勢に無勢」や「衆寡敵せず」という金言も示す通り、これは兵家の常識である。
しかし、時にその常識が覆される事もある。二倍、三倍、時には数百倍の兵力差をものともせず寡兵が勝つ場合があるのだ。
たとえば、若き日の光武帝《劉秀》が僅か三千の兵で、百万の新軍を破った昆陽の戦いは、有名な事例だ。
また、古今の歴史を紐解けば、これに類する事例も少なくない。
寡兵が多勢を制す。
状況の如何に関わらず、これほど痛快な事は無い。
故にいつまでも記録に残り、無垢な子供たちに夢を抱かせ、腕に覚えのある者は我こそはと挙って戦場に名乗りを上げ、兵法に関心のある者は寝食を忘れるほど研究に没頭するのだ。
だが……
そんなものは、全て幻想であり錯覚だ。
問おう。
昆陽の戦いで、新軍百万はその全ての兵が死力を尽くして戦った末、敗れて屍を野に晒したか?
答えは否だ。
更に、その戦場だけに限定すれば、死傷者は多くとも一割、少なければ万にも満たないだろう。
これはつまり、かの戦いで敗北した兵たちの殆どが戦わずに逃亡した事を意味する。
一対一の勝負を除いて、戦には様々な理由から戦えない兵、即ち遊兵・遊軍が生じることを忘れてはいけない。
現に、昆陽の戦いは完全な奇襲戦となり、早々に指揮官二人を失った新軍は大混乱に陥り、瞬く間に崩壊してしまった。
おそらく、光武帝の率いる決死隊三千と死闘を繰り広げた兵は、新軍百万の内、本陣とその周辺にいる数千から数万の兵たちだけであり、万全の状態で迎撃に当たれた兵となると殊更に少なかっただろう。
いかに大軍を揃えようとも、戦闘に参加させなければ、威圧以外の効果は期待できない。
逆をいえば、いかに大軍が相手であろうとも、要所で戦っている兵数を上回るように采配すれば寡兵でも勝つ事が出来るのだ。
少数が多数を破ったという衝撃に意識を持っていかれるが、結局は、兵数の多い方が勝つ。この常識が覆る事などありはしない。
そして、後世に名将と謳われる将達は、この事を理解し、要所で兵力差を逆転させるべく、地の利、天の利を得ることに努めて勝利を重ねてきたのだ。彼らの中に時の運だけで勝ち残ったものなど居ない。
それでは、此度の戦においてはどうか。
中原から華北をほぼ制し、中華の上半分を支配下に置く曹公に対し、一地方の領主でしかない孫権と所領すら持たない劉備の連合軍との戦いである。
総兵力では、曹公が圧倒的優位に立っており、正面からぶつかれば勝敗は目に見えていた。
そこで、まず孫権軍の将である周都督は、曹公軍を地の利である川で遮ることによってその兵力差を埋めようとした。これにより曹公の本軍八万を撃ち破る事は出来なくなったものの、水軍同士での決戦に持ち込む事に成功した。
表面上の兵力差は曹公軍十万対劉・孫連合軍三万だが、実際に戦うのは曹公水軍二万対劉・孫連合水軍一万弱という訳だ。
しかし、それでも曹公軍との船の数は倍近く離れており、しかもその主力は祭叔父上が率いる荊州水軍であるから、こちらが多少水軍力で勝っているといっても、物量の前に問題なく磨り潰されてしまう。そこで、兵に替わって敵を殲滅させる火計を参謀の黄蓋が発案し、周都督も容れたのだった。
勿論、この火計にも重大な欠点がある。この季節、風は北から吹くという天の利を曹公が得ていることだ。
曹公の事だから、はじめから孫権との戦が水上決戦になることを読んで許昌を出たに違いないが、しかしこれは曹公の読み違えとなった。北部と違い、冬でも南部では時折暖かい東南の風が吹き込むことがある事を黄蓋と周都督は知っていたのだ。
こうして、川という地の利に加え天の利である風を味方につけた周都督は、いよいよ戦が始まると、まさに名将と呼ぶに相応しい戦術……いや、芸術で、曹公の軍船を焼き払った。
長江を渡る術を失った曹公は潔く南征を断念し、今頃、帰途についているはずで、その帰路には劉備が関羽と張飛を伏兵として置いてはいるが、それでも曹公には、無傷の歩兵と重騎兵が残っているだろうから、問題なく突破出来るだろう。
残念な事に、殊勲者たる周都督は、我々が用意した筏による火勢を見誤ったが為に火中に消え、その参謀である黄蓋も何者かの矢を受けて水中に消えた為、彼らと勝利の美酒を味わい、語らうことはできなくなってしまった。
人格的には最底辺の男だったが、才能では本当に古の名将に劣らぬ逸材であったと思う……
嗚呼……天は何故この孔明一人をこの世に残し、周公瑾を召されたのか、くっ……
こうして、赤壁の戦いは幕を閉じた。
だが、我らの戦いは、これからが本番だ。
夕闇が降りた水上を、まさか疾走する人間がいるとは劉備軍の兵士も想定していなかった様で、我等は易々と劉備の乗る船に近づく事が出来た。
未だ曹・孫両軍の船は、炎と黒煙を上げながら燃え盛っており、岸に避難しようとした船の所為で対岸にまで延焼は広がっている。
如何にこちらが風上であるとはいえ、そう距離は離れていないために、その熱で肌を焼かれてしまいそうだ。
先に放った我が手勢は、既に劉備の乗船以外を制圧にかかっており、白兵戦がそこかしこの船で展開されていた。三人一組で敵兵一人に当たれという私の教えを忠実に実行する彼らの前に、混乱状態の劉備軍の兵は、個々の迎撃しか取れず次々と水中に落とされていく。
無理もない。備えのない背後から奇襲を受けたのだ。おそらく、今ここにいる劉備軍の将兵は一体誰に襲われているのかすら理解できていないのではないだろうか。
戦局は混迷し、劉備軍の誰も事態の全容を把握していない。全船の掌握も時間の問題だ。
上々の出だしに自信と不安を心中に抱きつつも、標的を見据えながら最短の距離を選んで走破していく。
達との歩調は完全に揃い、もはや掛け声は不要となった。我等が走る事で生じる水飛沫や、水や水面に漂う草木を蹴る激しい音も戦場の喧騒でかき消されている。
もしかすると、このまま気づかれずに、劉備の船に辿り着けるかもしれない…
そんな、淡い期待まで抱けるほどに順調だった。
だが、それは絵空事に過ぎず、すぐに劉備の船にいる見張りの兵と視線が合った。
「す、水上に敵影あり!弓兵、矢を放てぇー」
その兵は判断力に優れているのだろう迷うことなく我らの襲撃を周囲に知らせ、矢による迎撃を訴える。一瞬の静寂を経て、それに周囲も応え、忽ちの内に矢を番え、水上を徒手で進む我等に向かって射かけてきた。
この状況下でさえ甘い考えを巡らす自分の頭のめでたさに苦笑しつつも、想定内だと冷静に身構える。
「父上、気づかれました。矢が来ます」
「矢は私が防ぐ。お前は気にせず歩調が乱れぬように注意せよ」
「はい」
面で襲いかかってくる矢の雨を取り乱す様子もなく、落ち着き払った達の胆力に頼もしさを覚えながら、襲いかかる二十八本の矢の内、まっ先に私の体に到達しようとした一本の柄を左手で掴み取り、その矢でもって、他の矢を次々と払い落としていく。戦場において最も殺傷力を出す兵器とはいっても、大した膂力もない雑兵が射てしまえばこの程度の物だ。
「達。あと三十歩で到達するぞ」
「分かりました。残り十歩で手を離します」
「うむ。左舷は任せた」
「承知!」
標的の船に乗り込む算段がついた所で比較的敵兵の少ない左舷側を達に任せた。
我々が標的の船に近づくにつれて迫り来る矢の数は増えていく。弓兵が増えている上に、旗艦を守ろうと他の制圧されていない船から援護を受けているからであり、さらに、我等が最短の距離を進んでいる事で、三方から矢を射かけられるかたちになっていた。
流石にこれには私も片手では防ぎきれず、両手での対応を迫られた。我等に向かって射かけられる矢の大半は外れるとしても、達の分まで引き受けたのだから仕方ない。
敵兵は始め、私の頭部や喉、胸に向けて矢を射かけてきていたが、やがて太腿や腱にも狙いを定めて射てくる者も出てきた。
これだけ矢が多いと一本ずつ丁寧に落としていては間に合わない。一度の動作で的確に何本も絡め取りながら落としていく。
払い落とした矢の数は百を超えた辺りで面倒になったので数えるのをやめた。あとは唯々体が反応するのに任せ、変化に富む戦場を観察する。
すると、旗艦が僅かに回頭をはじめていることに気がついた。右舷側の船がそれに先行するように面舵に回頭しており、旗艦もそのあとに続こうとしているようだった。
敵側も漸く指揮系統が働くようになったか……
「だが、もう遅い。遅いのだよ、劉備ぃー!」
絶叫し、過ぎる不安を排除する。
私が矢を落とし船に近づくにつれて、敵兵たちは焦り出し、その表情から血の気が失せ、青ざめていくのが見える。
劉備に操られてはいても、本能で自らの危機を察知しているのかもしれない。
果たして、誰に対して恐れを抱いているのやら…
「くっ、止めろぉ~止めるんだぁ~!」
指揮官らしき男が必死の形相で配下の兵に指示を出している。
取り乱し慌てふためくその無様さを鬱陶しく感じた私は、飛んできた矢を口で受け取ると、歯で矢の先端を残して噛み切り、そのまま口に含んで咀嚼すると、残った矢尻だけを男に向けてビュッと、吹き出した。
「わぁっ!」
矢尻は狙い違わず男の眉間を貫き、短い悲鳴と共に回りの配下を巻き込みながら水中へ斃れた落ちた。
「うっひぃ~、か、関隊長がやられたぁ~!」
「ば、馬鹿ぁ~持ち場を離れるな!」
指揮官を殺った事でその回りが動揺し、前面より迫る矢の数が俄に減った。
「好機っ!」
丁度よく船まで十歩の距離に到達した所で、達の手が両肩から外れるのを感じた。水上走靴の重心が後ろにかかり、達がその両足に力を込めて跳躍の準備に入っていることを悟る。私も達に続くべく足を止め、水上走靴が慣性のままに高速で水上を滑るに任せた。
「父上、先に参ります!」
達が船まであと五歩のところで跳躍し一気に船へと乗り込もうとした。しかし、その時、私は射掛けられる八十四本の矢の雨の中に一際強烈な殺意の篭った一矢を感じ取った。回頭しようとする敵旗艦の中央辺りから向けられているその狙いは狂い無く達に定められており、まるで達が跳躍から着地する間の回避が難しくなる時機を見計らったかのように放たれていた。
「い、いかん」
いくら達でも踏ん張りのきかない空中ではあの矢は躱しようがない。そう判断した私は咄嗟に手にもつ矢を投げつける。渾身の力を込めて放った矢は、放物線も描かず一直線に達を穿とうとする矢に向かい、わずかに掠ったことでその軌道を逸らすことに成功する。
最愛の息子の危機を紙一重で回避させて私は心中で胸を撫で下ろす。
だが、達を狙っていた射手は既に二の矢を番えており、一瞬の隙を見せる私に向かって、先ほどとは比べ物にならぬほど速い矢を射掛けてきた。
気づいたときにはもう回避できる状況ではない。
それは、風を切る音を立てながら私の眉間に向けて放たれており、対して私は足元の不安定な水上で前後左右どちらにも避けることはできない。
仮にどちらかに躱したとしても着水してしまえばもう戦うことはできず、河底で漂ている数万の骸の仲間入りをすることになる。
「ならば!」
意を決し、矢の来る方向に跳躍する。
十、二十と体を捻りに捻り、捻りまくり、錐揉み状になりながら唯一つの活路である劉備の船に飛び乗った。
回転しながら甲板に着地するも、その勢いを殺すために膝をつき、辺りに血液を撒き散らかす。
灼熱が頰の辺りを通り過ぎ、激痛がその後を走る。
そこに右手をやれば、生暖かい血液の感触があり、ぬらぬらと指に絡まりやがて指から腕に伝わった。
矢は私の頰を深く切り裂いていた。傷口からは止め処なく血液が溢れ出ている。
傷口にあてていた右手を下ろし、硬く握り拳を作る。
「やってくれたな…」
致命傷とはならないが、初めて他人から負傷させられたという動揺とそれ以上の怒りから、拳が震え、腹の底から熱い物が込み上げてきた。
見上げると視界には強弓を射かけてきた射手の顔が映る。
髭のない角張った顎に、雄々しい顔つきから、年齢は三十代にも見えるが、その身に纏う威厳と風格が壮年の域に達していることを悟らせる。筋骨逞しい肉体を鉄製の甲冑で覆う勇壮な武人の姿は、男児が目指す真の漢の姿の一つを体現している。
間違いない…私に傷を負わせられる人間など、劉備の軍には数えるほどしかいない。そしてその何れもが指揮官級であり、この場にいるはずが無いのだから、残るは劉備の近衛兵のみ、即ち趙子竜唯一人。
劉備の信任最も篤いその男は、無表情のまま次の矢を番え、私に向けて狙いを定めてきた。
勿論、私も黙ってその動作を見ていたわけではない。
私は傍らに腰を抜かして立てなくなっている草臥れた風采の敵兵を目の端で捉えると、盾とするべく素早く右手を伸ばしてその首根っこを掴み、強引に引き寄せながらゆっくりと立ち上がった。
「は、はな…して…」
気道と食道を潰された兵士が、私の右腕に両手の爪を突き立て、聴き取るのも困難なほど小さく声にならない声を出す。
ゴキャッ
「ぶばぁっ」
頚椎を砕こうと手に力を込めると、骨を砕く音と共に兵士は盛大に吐血し、手足をだらりと垂らし、股間からは小便を漏らしながら絶命した。
一部始終を目撃した周囲からは悲鳴が飛び交い、幾人かは腰を抜かして慄いている。しかし、趙子竜だけは矢を番えたまま全く動じない。
私は、右手に骸となった兵士を持ったまま左足を高々と振り上げると、振り下ろす反動を利用し、趙子竜めがけてその骸を一気に投げつけた。
頭を先にして向かってくる味方の骸に対して趙子竜はまったく躊躇せず、軽く右足を後ろに引いたかと思いきや、次の瞬間には骸の頭部目がけて高速の蹴りを出した。
ボギィ
鈍い音を立てて骸の首はへし折れる。しかし、予め頚椎を砕いていたことにより、蹴りの衝撃は頭部のみで殺され、骸の胴体は血を噴出しながら趙子竜にぶつかった。
多少は隙が出来るだろうと期待しての投擲だったが上々の結果に私は満足しながら、体勢を崩す趙子竜に向かって駆け出し、間合いを詰める。
その距離は僅かに七歩。
「もらったぁー!」
体勢を崩した趙子龍が足に踏ん張りをきかす数瞬後には既に我が必殺の間合いに入っており、低姿勢から斬り上げるように手刀を一閃させながら跳躍すると、物体を切断する確かな感触が手から伝わり、僅かながら快感が全身を駆け巡る。
負傷させられたという溜飲が下がり、報復の喜びから口元が僅かに歪むのを覚える。
しかし、そのあとに伝わってくるであろう生暖かい体液の感触は得られなかった。
不満を抱きながら着地して、相手の方を睨むと、弦だけでつながった弓が未だに宙を舞っていた。
斬ったのは弓か…
残念な結果を悟ると同時にゾクッと怖気が全身を駆け巡る。
一瞬、弓に気を取られ相手を見失っているという重大事に気がつく頃には、地に落ちていく切断された弓の向こうから鋭い銀閃が私の胸めがけて突き出されていた。
!!?
全身が硬直してすぐには体が動かせない。それでも、死の予感を前にした私の本能は、刹那に冷静さを取り戻させ、咄嗟に左手を迫り来る銀閃の身に添えて払うことで、辛うじて凶器を躱すことに成功する。
血飛沫を上げる左手を無視し、自分の不覚にどっと出る冷や汗も気にせず、相手を見やる。
そこには、装飾の一切ない無骨で重厚な作りの鉄槍を構える趙子竜が立っていた。
目が会った瞬間、こちらが構えるのを待つことなく、掛け声とともに鉄槍を突き出してくる。
「はあっ!、はいっ!、はい!、はい!、はいっ!!」
怒涛の五連突きを、その外見からは想像もできないほど流麗な動きで放ってくる。
それでいて、ひとつひとつの突きには一撃必殺の気迫が篭っていて重い。
当たる寸前で体を半身にして躱し、手刀で払い、柄を打ち、身を翻し、後ろに退く。
長さがある分、範囲の面で彼方が有利であり簡単に近づけさせてはくれず、一切の隙が無い。
だが、収穫もあった。おそらく、この男は徒手を相手に戦った経験が無い。いや、正確には、武器を持つ己と、素手で互角に戦う人間と戦ったことが無いというべきか。
彼を知らず、己のみを知る者の勝利は危うい。
それは、徒手に対する侮りであるかもしれないし、怖れかもしれない。だが、この迷いはこの男にとって致命的欠点となる。
更に退いて距離を取り、次手で決着をつけるべく両手を脱力させて垂らし、やや前傾の姿勢で機を待つ。
左手は小指を欠き、二の腕に深い傷を負ったが感覚はあり、みなぎる戦意を込める事はまだできる。
相手との距離は三歩。趙子竜が槍を突き出せば容易に届く距離だ。だが、この男はそれをしない。
出来ないのだ。
もし不用意に突きを出せば、私はそれを払い、接近し、必殺の一撃を繰り出すだろうと歴戦の強者は悟ったのだろう。
その静止状態はいったいどれ程の刻だったか…
轟音とともに激しく船が揺れた。
それを合図に二人は同時に動く。
一方が、手に持つ槍を一心不乱のごとく真っ直ぐに突き出せば、もう一方は、絶技をもってこれに真っ向から突貫した。
『残象無影拳』
趙子竜の放った渾身の一突きは、私の胸元に吸い込まれるかのように入り込んだ。
しかし、そこに手応えは無く私の体は霧散し、驚愕に広がる趙子竜の口からは、次の瞬間、大量の血液が吐き出された。
「バ、バカな…」
今起こった事に理解が及ばず、自分の躯を見下ろす男は、その腹部を貫く私の腕に更なる驚愕の表情を浮かべる。
「流石は、劉備の近衛を務める男。その技の冴え、見事だった…」
私は趙子竜を貫いた腕を素早く引き抜き、それまでの敢闘を讃えた。
腹部に致命傷を受けた男は、ふらつきながらも最期まで毅然とした態度を崩さなかった。
倒れまいと船縁に手をつき、一度、遠くを見つめる。やがて、完全に力を失ったのか、ゆっくりと船外へと体が傾き、そのまま水中へと消えていった。
因縁深き劉備との対決を前に、消耗甚だしい一騎打ちをしてしまったが、敵軍屈指の猛者と満足のいく闘いが出来たことで、私の気分は妙に晴れやかだった。
頓首、頓首、死罪、死罪。




