家族
オレンジ色の夕日の光が、リビングの窓から差し込んでいる。
私は、ベランダから取り込んだ洗濯物を丁寧に畳んでいた。その少し離れた場所では、娘の結菜が一人でお気に入りの人形で遊んでいる。
ふと、結菜が人形を動かす手を止めて、こちらを振り返った。
「ねえ、お母さん。お父さん、今日はいつ帰ってくるの?」
そう問いかけてくる結菜に、私は壁の時計を見て答えた。
「うーん、だいたいあと30分くらいで帰ってくるかな」
「えー、あと30分? ながーい、つまんない……」
結菜は分かりやすく唇を尖らせた。
それから何かを閃いたようにパッと顔を輝かせると、トコトコと私の方へ駆け寄ってくる。
「じゃあ、お母さん。かくれんぼしよ!」
「かくれんぼ? いいよ。でも、お母さんが夕飯の準備を始めるまでの間ね」
「わーい! じゃあ、じゃんけんぽん!」
小さな手とじゃんけんをして、負けてしまった結菜が「あちゃー」と頭を抱える。どうやら鬼は結菜に決まったようだ。
結菜が壁に向かって「いーち、にーい……」と数え始めるのを聞きながら、私はリビングを出て、寝室にある押し入れの中に身を隠した。
押し入れの中は薄暗いので、スマホをライト代わりに使う。
ふう、と息を吐いてしゃがみ込んだ時、目の前の棚の奥に、一冊の分厚い本が仕舞われているのが目に入った。
「これって……」
そっと手を伸ばして取り出してみると、それは私と蓮くんの思い出が詰まったアルバムだった。
懐かしさに胸がくすぐられ、私はそっとページをめくってみる。
一番最初のページには、高校の制服を着た私たちが写っていた。蓮くんは少し恥ずかしそうで、私は笑顔だった。
ページを進めると、大学生の時の写真。蓮くんのワンルームのアパートで、一緒に年を越したり、誕生日を祝ったりしている写真だった。
そして、私たちが夫婦になった結婚式の写真。最後には、私たちの宝物である結菜が生まれた時の写真——。
「ふふ、懐かしいな……」
時には喧嘩もしたけど、最後にはいつも二人で笑い合った、私の大切な思い出。
写真を見ていると蓮くんに会いたくなってきた。
「みーつけたっ!」
「あ…」
押し入れの襖が勢いよく開く。
結菜が一瞬、嬉しそうな顔をして、すぐにキリッとした表情に変える。
「その命、神に帰しなさい」
「その言葉はどこで覚えたの?」
「お父さんが言ってた」
「蓮くん……」
何を教えているんだと思いながら、そっとアルバムを閉じる。
「お母さん、見つかっちゃったのに、なんでそんなに嬉しそうなの?」
結菜は不思議そうに首を傾げた。普通、見つかったら悔しがるものだと思ったのだろう。
私は結菜の小さな頭を優しく撫でながら答えた。
「それはね、お父さんと結菜がいてくれるからだよ」
「お父さんと、私……?」
結菜がますます不思議そうな表情を浮かべたその時。
ガチャリと玄関のドアが開く音が響いた。
「ただいまー」
「お父さんだ!」
飛び出す結菜を追いかける。
玄関には仕事帰りのスーツ姿の蓮くんがいた。
「おかえり、蓮くん」
「ただいま、奈緒」
そんな夫婦のやり取りをしていると、結菜がさっそく蓮くんのズボンの裾をぎゅっと引っ張った。
「お父さん、おかえり! 今ね、かくれんぼしてるの。お父さんもやろう!」
「え? 俺もか? ……しょうがないな、じゃあ一回だけな」
クタクタなはずなのに、結菜のお願いには絶対にNOと言わない蓮くん。
再び始まったじゃんけんで、またしても負けてしまった結菜が「もう〜!」と頬を膨らまし、数を数え始める。その隙に、蓮くんは「よし、逃げるか」とニヤリと笑って家の中へと消えていった。
私はそんな二人の姿を微笑ましく見送りながら、キッチンへと向かう。
「ご飯の準備ができたら呼ぶからねー!」
火を通す音やトントンとまな板を叩く音が、我が家に響き渡る。
それから少し時間が経ち、料理が完成すると、リビングの方から、結菜が困った顔をしながら近づいてきた。
「お母さん……。お父さん、ぜんぜん見つかんない」
キッチンにひょっこり顔を出した結菜が、助けを求めてくる。
「ふふ…。お母さんにはね、お父さんがどこにいるか、分かるんだよ」
そう言って、二人で寝室に行き、押し入れを開けると——そこには、身体を窮屈そうに丸めて、アルバムを見ていた蓮くんの姿があった。
私と同じ行動をとった蓮くんに愛おしさが溢れる。
「あ! お父さんもここなんだー。勝手に違う場所だと思ってた!」
「うおっ!? ……見つかったか」
蓮くんがアルバムを棚に戻して、押し入れから出る。
「さあ、二人とも。お父さんも見つかったことだし、ご飯にしよう!」
「はーい! ごはん、ごはん!」
「お腹すいたー」
二人がいる幸せを噛み締めながら、
私はそっと、二人の手を握った。




