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ドクトル・ゼンゼンマンの研究ノート 十五文化圏周縁抄  作者: 黒瀬 量衡


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18/18

第十八話 ゼンゼンマンに脳片を、または第二ブレード脳ラック本格稼働試験

 資材は揃った。


 これは大きい。


 非常に大きい。


 骨片がある。


 皮膜がある。


 焦げ土がある。


 神経束がある。


 接着肉腫がある。


 薄膜肉腫がある。


 黒筋肉腫がある。


 増殖肉腫もある。


 肉膠もある。


 ロット番号もある。


 管理肉芽も分割した。


 外資材場管理肉芽。


 洞窟脳庫管理肉芽。


 爆破安全管理肉芽。


 台帳もある。


 棚もある。


 試験もある。


 予定もある。


 つまり、戻る時である。


 何に戻るか。


 脳である。


 我輩の本質は、爆破ではない。


 いや、爆破は本質の一部である。


 かなり大きい一部である。


 しかし、我輩は爆発する肉塊ではない。


 研究者である。


 研究者に必要なものは、脳である。


 脳を守れ。


 脳を冷やせ。


 脳を複製せよ。


 脳を棚に並べよ。


 そして、必要なら棚ごと自爆できるようにせよ。


 これが研究の基本である。


     *


 焦げ跡施設では限界が見えていた。


 雨。


 泥。


 虫。


 同型生命体。


 太陽性毒電波。


 月性慈しみ電波。


 未知名混入。


 資材体の鳴き声。


 第三予備脳片の不満。


 すべてが脳に悪い。


 洞窟脳庫は静かである。


 冷える。


 暗い。


 湿りは管理できる。


 月性名混入も濾過できる。


 太陽性毒電波も薄い。


 つまり、脳を置く場所である。


 第十四冊で洞窟脳庫第一段階は成立した。


 第一予備脳片写し。


 第二予備脳片写し。


 第三予備脳片写し。


 洞窟黒骨筒。


 時刻肉芽。


 洞窟門番肉芽。


 仮ラック。


 よい。


 しかし、仮である。


 仮は仮である。


 仮ラックは、仮ラックでしかない。


 悪の博士が、いつまでも仮ラックに脳を置くなど、許されない。


 正式ラックが要る。


 第二ブレード脳ラックである。


     *


 第一ブレード脳ラックは焦げ跡施設にあった。


 骨枠。


 粘液溝。


 送風膜。


 焦げ土脚。


 毒電波遮断肉膜。


 湿度表示肉芽。


 あれは良い装置であった。


 だが、急造である。


 焦げ跡施設用である。


 洞窟用ではない。


 洞窟は冷える。


 しかし湿る。


 音が反響する。


 振動が遅れる。


 月性名混入が薄く残る。


 空気道が狭い。


 入口は詰まりやすい。


 したがって、洞窟用ラックには洞窟用の構造が必要である。


 冷気を使う。


 湿気を逃がす。


 反響を吸う。


 名混入を止める。


 爆破圧を逃がす。


 必要なら部分自爆する。


 全体自爆は最後でよい。


 最後だから美しい。


     *


 第二ブレード脳ラックの材料を出庫する。


 黒筋肉腫M四系、濾過済み。


 観測薄膜肉腫M一系、乾燥済み。


 選択接着肉腫M二系、苦味粘液混合済み。


 母相嫉妬増殖肉腫M三系、強濾過済み少量。


 骨片大、八本。


 骨片中、十六本。


 神経束、四本。


 硬化皮膜、六枚。


 焦げ土A、籠二つ。


 焦げ土B、隔離済み少量。


 時刻肉芽予備。


 湿度表示肉芽二つ。


 小型自爆スイッチ七つ。


 赤い起爆肉芽一つ。


 赤い起爆肉芽は一つでよい。


 多すぎる赤は事故を呼ぶ。


 少なすぎる赤はロマンが足りない。


 一つ。


 中央。


 仮蓋付き。


 まだ透明ではない。


 不満である。


     *


 ラック構造を設計する。


 第一層。


 我輩性保存層。


 第一予備脳片本体または写しを置く。


 我輩が我輩であるための層。


 ここは静かにする。


 月性慈しみ電波は薄く通す。


 ジバーシャ記憶を完全には切らない。


 ただし、未知名混入は止める。


 ゴ――


 不要である。


 今は不要である。


 第二層。


 研究手順保存層。


 毒電波濾過。


 肉製ユーピーエス。


 端末通信規約。


 肉ロジスティック。


 肉腫ロット管理。


 洞窟運用。


 これらを置く。


 ここは正確さが要る。


 第三層。


 爆破思想保存層。


 第三予備脳片。


 自爆ボタン。


 自爆スイッチ。


 起爆規定。


 押す時。


 押さない時。


 ここには抑制肉膜を厚くする。


 第四層。


 演算補助層。


 新設である。


 外資材場管理肉芽、洞窟脳庫管理肉芽、爆破安全管理肉芽からの情報を集約する。


 ここで判断補助を行う。


 ただし、本体脳ではない。


 判断補助である。


 押す権限はない。


 重要である。


     *


 第二ブレード脳ラックには、縦ではなく斜めの棚を採用する。


 洞窟の冷気は低く流れる。


 低いところから入り、中央を通り、奥の割れ目へ抜ける。


 脳片を水平に置くと、下段が冷えすぎ、上段が湿る。


 斜めに置けば、冷気が膜をなでて抜ける。


 よい。


 たいへんよい。


 斜め棚。


 悪の秘密基地らしい。


 しかも機能的である。


 骨枠を斜めに組む。


 M二系肉膠で接着。


 M一系薄膜で棚面を覆う。


 M四系黒筋肉腫を背面遮蔽に使う。


 M三系は少量だけ関節補強に入れる。


 入れすぎると棚が嫉妬する可能性がある。


 棚に嫉妬は不要である。


 棚は黙って支えよ。


     *


 作業する。


 一号、骨片運搬。


 二号、寸法記録。


 三号、防衛。


 四号、洞窟内誘導。


 五号、壁面削り。


 外資材場管理肉芽、資材搬送確認。


 洞窟脳庫管理肉芽、湿度確認。


 爆破安全管理肉芽、危険保留棚確認。


 時刻肉芽、同期。


 パリティ肉芽、予備脳片監視。


 第三予備脳片、赤い起爆肉芽を見て静かに興奮。


 我輩は言う。


「まだである」


 第三予備脳片、待つ。


 よい。


 教育は効いている。


     *


 五号が壁を削る。


 洞窟中央区画の奥側。


 冷気が通る位置。


 水滴区画からは離す。


 黒骨筒保管室からも少し離す。


 爆破圧が来た時、黒骨筒を巻き込まないためである。


 壁に溝を掘る。


 骨枠を差す。


 M二系肉膠を塗る。


 焦げ土Aで乾かす。


 硬化皮膜帯で締める。


 冷気道を残す。


 配線溝を残す。


 排液溝を掘る。


 送風膜を二枚設置。


 どくん。


 すう。


 どくん。


 はく。


 洞窟が呼吸する。


 ラックも呼吸する。


 よい。


 非常に秘密基地らしい。


     *


 反響吸収膜を作る。


 洞窟内では命令が返る。


 進め。


 め。


 め。


 め。


 戻れ。


 れ。


 れ。


 れ。


 これは危険である。


 脳片の近くで反響されると、判断がずれる。


 そこで、M一系薄膜と焦げ土Aを重ねる。


 薄膜。


 焦げ土。


 薄膜。


 苦味粘液。


 硬化皮膜粉。


 これを壁に貼る。


 音が吸われる。


 振動が鈍る。


 よい。


 反響が減る。


 ただし、完全に消してはならない。


 非常時の全停止振動は通す必要がある。


 つまり、通常命令の反響は吸い、全停止だけ通す。


 難しい。


 面白い。


 これが設計である。


     *


 月性名混入遮断背板を設置する。


 M四系黒筋肉腫。


 加工前に叩く。


 待つ。


 叩く。


 止まる。


 叩く。


 来ない。


 叩く。


 壊さない。


 叩く。


 ゴ――


 叩く。


 静かになる。


 これを薄く延ばす。


 背面へ貼る。


 洞窟脳庫管理肉芽が震える。


 未知名混入、低下。


 よい。


 第一層には薄く通す。


 ジバーシャを完全に遮らない。


 第二層にはほぼ遮る。


 研究手順に知らぬ名は不要である。


 第三層には強く遮る。


 爆破思想保存層に余計な「待つ」「壊さない」が入りすぎると、爆破ロマンが薄れる。


 ただし、待つことは必要である。


 難しい。


 第三層には、待つ信号を少量だけ通す。


 自爆は最後。


 最後まで待つ。


 このためである。


     *


 毒電波遮断板を置く。


 太陽性毒電波は洞窟内では薄い。


 だが、外資材場から信号路を通って混じることがある。


 太陽性毒電波はうるさい。


 探せ。


 増えろ。


 戻れ。


 奪え。


 ルー。


 やかましい。


 研究手順層へ入れると、手順が増殖しすぎる。


 爆破思想層へ入れると、第三予備脳片が「今すぐ押せ」と言う可能性がある。


 危険である。


 焦げ土Bを薄く封じた遮断板を置く。


 毒電波を吸う。


 汚れたら交換。


 交換を怠ると。


 女神が湧く。


 分かっている。


 したがって、遮断板にも小型自爆スイッチを付ける。


 やはり自爆スイッチは偉大である。


     *


 第二ブレード脳ラックが形になった。


 斜め棚四層。


 冷気道。


 排液溝。


 反響吸収膜。


 月性名混入遮断背板。


 太陽性毒電波遮断板。


 時刻同期肉芽。


 湿度表示肉芽。


 小型自爆スイッチ七つ。


 赤い起爆肉芽一つ。


 まだ脳片は置かない。


 空ラック試験を行う。


 これが準備八割である。


 空のまま冷やす。


 空のまま揺らす。


 空のまま湿らせる。


 空のまま毒電波を当てる。


 空のまま月性残響を当てる。


 空のまま小爆発を近くで起こす。


 脳を置いてから試す者は二流である。


     *


 空ラック試験一。


 冷却。


 洞窟奥の冷気を流す。


 送風膜を動かす。


 どくん。


 すう。


 どくん。


 はく。


 第一層、冷えすぎず。


 第二層、安定。


 第三層、やや乾燥。


 第四層、少し湿る。


 第四層は演算補助層なので、湿りは困る。


 排液溝を深くする。


 M一薄膜を張り替える。


 再試験。


 良。


 空ラック試験二。


 振動。


 三号に洞窟外で棍棒を打たせる。


 どん。


 反響、減少。


 全停止振動、通過。


 よい。


 空ラック試験三。


 月性名混入。


 月袋を少し近づける。


 ゴ――


 背板で停止。


 よい。


 ジバーシャ反応は第一層へ微量。


 よい。


     *


 空ラック試験四。


 太陽性毒電波。


 外資材場から弱い発語前兆を通す。


 戻れ。


 増えろ。


 ルー。


 遮断板、黒ずむ。


 第二層への侵入なし。


 第三層への侵入、微量。


 第三予備脳片写しがいないので安全。


 記録。


 ――太陽性毒電波遮断板、交換周期要設定。


 交換周期。


 また管理である。


 管理は増える。


 管理が増えれば管理肉芽が増える。


 管理肉芽が増えれば冷却が要る。


 冷却が増えればラックが要る。


 ラックが増えれば資材が要る。


 資材が要ればロジスティックが要る。


 ロジスティックが整えば自爆機会が増える。


 よい。


 すべて繋がっている。


     *


 空ラック試験五。


 近接小爆発。


 危険保留棚の処理に合わせる。


 M三系膨張袋。


 小型停止肉芽。


 洞窟脳庫遮断。


 ラック空。


 試験片配置。


 押す。


 ぱん。


 振動。


 ラック、揺れる。


 棚、保持。


 反響吸収膜、正常。


 冷気道、乱れ少。


 赤い起爆肉芽、誤作動なし。


 小型自爆スイッチ、正常。


 よい。


 非常によい。


 空ラック試験、合格。


 いよいよ脳片を置く。


     *


 まず、第一層。


 我輩性保存層。


 焦げ跡施設の第一予備脳片本体は、まだ移さない。


 写しを移す。


 洞窟仮ラックの第一予備脳片写しを、第二ブレード脳ラック第一層へ移す。


 一号が運ぶ。


 二号が記録。


 四号が足元を見る。


 洞窟脳庫管理肉芽が湿度を見る。


 接続。


 震え。


 問い。


 我輩は誰か。


 返り。


 ドクトル・ゼンゼンマン。


 よい。


 問い。


 ジバーシャとは。


 返り。


 妹。


 よい。


 問い。


 ゴードンとは。


 返り。


 月性未知名混入。


 現在不要。


 よい。


 非常によい。


 第一層、正常。


     *


 第二層。


 研究手順保存層。


 第二予備脳片写しを移す。


 接続。


 問い。


 濾過フィルターは。


 返り。


 定期交換。


 問い。


 交換を怠ると。


 返り。


 女神が湧く。


 問い。


 肉ロジスティックとは。


 返り。


 資材を回す現実。


 問い。


 肉腫栽培とは。


 返り。


 資材体に材料を生やす物流。


 問い。


 ロットなき肉は。


 返り。


 ただの腫れ物。


 よい。


 第二層、正常。


     *


 第三層。


 爆破思想保存層。


 問題の層である。


 第三予備脳片写しを移す。


 抑制肉膜、三重。


 月性待機信号、微量。


 太陽性毒電波、遮断。


 赤い起爆肉芽、視界に入る。


 だが、手は届かない。


 手はない。


 当然である。


 接続。


 震え。


 強い。


 問い。


 自爆ボタンとは。


 返り。


 研究者が最後に責任を取るため、押すロマン。


 よい。


 問い。


 自爆スイッチとは。


 返り。


 安全設計。


 よい。


 問い。


 爆破はいつ行うか。


 返り。


 必要な時。


 よい。


 問い。


 必要でない時は。


 返り。


 待つ。


 よい。


 非常によい。


 月性待機信号、微量は有効である。


 ただし、混ぜすぎると爆破思想が弱る。


 調整を続ける。


     *


 第四層。


 演算補助層。


 ここに新しい脳片を置く。


 小さなものではない。


 管理肉芽三系統からの情報を処理する補助脳片である。


 名称。


 統合演算脳片第一号。


 長い。


 よい。


 通称。


 計算脳。


 少し物足りない。


 だが、分かりやすい。


 統合演算脳片第一号へ、三つの入力を通す。


 外資材場管理肉芽。


 洞窟脳庫管理肉芽。


 爆破安全管理肉芽。


 さらに時刻肉芽。


 ログ肉芽。


 パリティ肉芽。


 多い。


 非常に多い。


 しかし、脳とは多いものをまとめる器官である。


 接続。


 震え。


 重い。


 だが、安定。


     *


 統合演算脳片第一号へ試問する。


 現在の資材体肉腫採取予定は。


 返り。


 資材体二号、M二系、嫉妬圧一六ゼン、採取可能。


 よい。


 洞窟脳庫湿度は。


 返り。


 第一層適正。


 第四層やや高。


 排液溝確認推奨。


 よい。


 危険保留棚の処理予定は。


 返り。


 M三・S五・三二ゼン・三、膨張傾向。


 小型爆破準備推奨。


 よい。


 赤いボタンを押すべきか。


 返り。


 本体脳判断待ち。


 完璧である。


 統合演算脳片第一号、合格。


 押すべきかと問われて、勝手に押せと言わない。


 これは重要である。


     *


 第二ブレード脳ラック稼働後、施設の応答が変わった。


 外資材場から嫉妬圧が上がる。


 外資材場管理肉芽が記録する。


 統合演算脳片が、肉腫採取予定を組む。


 洞窟脳庫管理肉芽が湿度と冷気を調整する。


 爆破安全管理肉芽が危険保留棚を見張る。


 ログ肉芽が時刻肉芽と同期して刻む。


 パリティ肉芽が矛盾を検出する。


 第二予備脳片が手順を照合する。


 第一予備脳片が我輩性を保つ。


 第三予備脳片が爆破予定を待つ。


 そして、本体脳が判断する。


 よい。


 非常によい。


 これはもう、単なる脳片の棚ではない。


 生体サーバーである。


 肉製サーバールームである。


 洞窟型生体データセンター第二段階である。


 長い。


 良い。


     *


 問題は、本体脳である。


 本体脳はまだ焦げ跡施設側に強く残っている。


 洞窟には写しがある。


 演算補助もある。


 だが、本体は外である。


 外は危険である。


 雨。


 泥。


 虫。


 同型生命体。


 太陽性毒電波。


 月性慈しみ電波。


 資材体の鳴き声。


 小型女発生。


 爆破予定。


 外は作業場である。


 脳の中心を置くには、やはり騒がしい。


 では、本体脳を洞窟へ移すか。


 すぐには駄目である。


 本体脳移設は大事業である。


 一度で全てを移す者は二流である。


 まず、主判断の一部を移す。


 段階移設である。


     *


 本体脳分岐試験を行う。


 小さく切る。


 いや、切るという語は乱暴である。


 分ける。


 いや、分けるのもやや怖い。


 枝を出す。


 これがよい。


 本体脳から判断枝を一本出す。


 細い。


 短い。


 しかし、我輩性と接続している。


 これを統合演算脳片第一号へ繋ぐ。


 完全移設ではない。


 遠隔判断補助である。


 危険なら切る。


 切れなければ自爆する。


 当然である。


 判断枝にも小型自爆スイッチを付ける。


 脳の枝に自爆スイッチ。


 たいへん安心である。


     *


 判断枝を伸ばす。


 神経束。


 M一系薄膜被覆。


 M二系肉膠固定。


 M四系遮蔽。


 M三系は使わない。


 判断枝に嫉妬は不要である。


 外から洞窟へ。


 第一信号路。


 毒電波遮断節。


 月性名混入遮断節。


 時刻同期。


 洞窟門番肉芽。


 第二ブレード脳ラック第四層。


 接続。


 震え。


 頭の奥が少し冷える。


 よい。


 少し気持ち悪い。


 もっとよい。


 研究とは、少し気持ち悪いものが進んだ証拠である。


     *


 判断枝試験。


 問い。


 資材体二号のM二系肉腫を今採るべきか。


 本体脳。


 採る。


 判断枝。


 採る。


 一致。


 問い。


 危険保留棚M三・S五・三二ゼン・三を今爆破すべきか。


 本体脳。


 まだ待てる。


 判断枝。


 小型爆破準備、ただし即時不要。


 一致。


 問い。


 赤い本ボタンを今押すべきか。


 本体脳。


 押さない。


 判断枝。


 押さない。


 第三予備脳片。


 少し押したい。


 抑制。


 正常。


 問い。


 ゴードンとは。


 本体脳。


 月性未知名混入。


 判断枝。


 月性未知名混入。現在不要。


 一致。


 よい。


 判断枝、安定。


     *


 ここで、第二ブレード脳ラックの真価が見えた。


 外で起きることを、洞窟内で冷やして考えられる。


 資材体が鳴く。


 太陽用人型肉片が叫ぶ。


 月四体が黙って煽る。


 ルー誤認用肉人形が動かずに誤認させる。


 嫉妬圧が上がる。


 肉腫が生える。


 防衛線が騒ぐ。


 第三予備脳片が爆破を待つ。


 これらを、熱い現場だけで判断しない。


 洞窟の冷気へ通す。


 冷えた脳片で見る。


 時刻を揃える。


 ログを照合する。


 危険を分ける。


 爆破予定を組む。


 よい。


 たいへんよい。


 冷却された悪意。


 冷却されたロマン。


 冷却された自爆判断。


 美しい。


     *


 ただし、冷えすぎると問題がある。


 判断枝が冷静すぎる。


 赤いボタンの美学を、少し軽く見る。


 これは危険である。


 悪の博士からロマンを抜くと、ただの危険な技術者になる。


 それはよくない。


 非常によくない。


 したがって、第三層爆破思想保存層から、微量のロマン信号を第四層へ流す。


 赤い蓋。


 押す手。


 最後の責任。


 警告音。


 黒い外套。


 意味ありげな笑い。


 判断枝が少し震える。


 問い。


 自爆ボタンとは。


 判断枝。


 研究者が最後に責任を取るため、押すロマン。


 よい。


 冷静さとロマンの均衡。


 これが難しい。


     *


 第二ブレード脳ラック稼働試験の最後に、緊急切断試験を行う。


 判断枝が暴走した場合に切れるか。


 これは必須である。


 切れない外部脳は危険である。


 前世でも、外部身体への接続を切れない怪人は暴走した。


 暴走した怪人は、たいてい研究所の壁を壊した。


 壁は大事である。


 洞窟の壁はもっと大事である。


 判断枝へ疑似毒電波を入れる。


 増えろ。


 押せ。


 今だ。


 判断枝、黒ずむ。


 危険。


 緊急切断肉芽、作動。


 ぷつん。


 接続が切れる。


 判断枝先端が痙攣。


 小型自爆スイッチ、待機。


 完全汚染ではない。


 爆破不要。


 焦げ土で封じる。


 成功。


 緊急切断、正常。


 よい。


 非常によい。


     *


 第十八冊時点での成果を整理する。


 一、資材整備後、脳系統の拡張へ復帰した。


 二、洞窟脳庫用の第二ブレード脳ラックを設計。


 三、斜め棚四層構造を採用。


 四、我輩性保存層、研究手順保存層、爆破思想保存層、演算補助層を定義。


 五、M一系薄膜、M二系肉膠、M四系黒筋肉腫を主要構造材として使用。


 六、M三系増殖肉腫は嫉妬残響が強いため最小限に留めた。


 七、反響吸収膜を設置。


 八、月性名混入遮断背板を設置。


 九、太陽性毒電波遮断板を設置。


 十、空ラック試験を実施。


 十一、冷却、振動、月性名混入、太陽性毒電波、近接小爆発の各試験に合格。


 十二、第一予備脳片写しを我輩性保存層へ移設。


 十三、第二予備脳片写しを研究手順保存層へ移設。


 十四、第三予備脳片写しを爆破思想保存層へ移設。


 十五、統合演算脳片第一号を演算補助層へ設置。


 十六、統合演算脳片は押す権限を持たず、本体脳判断待ちを返すことを確認。


 十七、第二ブレード脳ラックは洞窟型生体データセンター第二段階に相当。


 十八、本体脳の判断枝を洞窟側へ伸ばす試験を開始。


 十九、判断枝は本体脳と概ね一致。


 二十、緊急切断試験に成功。


 二十一、冷静さと自爆ロマンの均衡が必要と確認。


 二十一を深く刻む。


 冷えた脳だけでは足りない。


 熱いボタンだけでも足りない。


 両方である。


     *


 夜。


 外資材場はまだ騒がしい。


 太陽用人型肉片が震える。


 月四体は黙っている。


 資材体が鳴く。


 三号が棍棒を構える。


 外資材場管理肉芽が嫉妬圧を刻む。


 だが、洞窟の中は冷えている。


 第二ブレード脳ラックが、黒い岩壁に斜めに立っている。


 一層目で、我輩性が静かに震える。


 二層目で、手順が整う。


 三層目で、自爆ロマンが待っている。


 四層目で、統合演算脳片が外と内を結ぶ。


 冷気が通る。


 薄膜が揺れる。


 黒筋背板が名を止める。


 焦げ土遮断板が毒を吸う。


 赤い起爆肉芽が、仮蓋の奥で黙っている。


 まだ透明ではない。


 いつか透明にする。


     *


 判断枝を通して、外の騒ぎが冷たく見える。


 資材体二号、採取可能。


 危険保留棚、明朝処理。


 洞窟湿度、適正。


 第三予備脳片、待機。


 赤い本ボタン、押さない。


 よい。


 たいへんよい。


 我輩は骨片に最後の一行を刻んだ。


 ――資材が揃ったなら、脳へ戻れ。


 少し考え、もう一行加える。


 ――脳は冷やせ。ロマンは冷やしすぎるな。


 さらに一行。


 ――統合演算脳片に、押す権限を与えるな。


 よい。


 最後にもう一行。


 ――本体脳移設は、段階的に行え。


 完璧である。


 肉製ユーピーエスが、どくん、と鳴る。


 洞窟脳庫が、すう、と息を吸う。


 第二ブレード脳ラックが冷える。


 外では肉が回る。


 内では脳が増える。


 爆破は予定を持つ。


 自爆は最後に待つ。


 研究は、もとの方向へ戻った。


 以上。


 研究ノート第十八冊、終了。

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