4. 炎の勇者
轟音が耳をつんざく。
久しぶりに嗅いだ。死地の香り。
無意識に、されど怜悧に。
あたしの本能と直感は即座に行動を選択した。
「【炎天の天蓋】!」
降り注ぐ岩の破片。
精々が拳大でしかないが、その実、雨のように高高度から降ってくる。
もし頭部に激突してしまえば大惨事では済まない。
だから、せめて砂塵か灰くらいの大きさに焼き尽くすために視界の及ぶ範囲には炎を網目状に展開して天蓋を作る。
「うわぁっ!? なになに!? なにが起こったの!?」
慌てふためきながらも両手に淡い光を宿したルミナリエは、目聡く怪我人を発見しては治癒を始めている。
言動と態度が適合していない様を見ると、却ってあたしも落ちつく。
改めて、現状の確認だ。
あたしは本気で魔王とやらに喧嘩を売りに行くつもりだった。
それを止めに現れたのは、ぐうの音も出ない正論を携えたルミナリエだった。
加えて、傍観者だと思っていたジンも打ち明けたくはないだろうに、身の上を教えてくれて。
如何にあたしの行動が暴挙に近しいかを示してくれた。
ここまでは良かった。
二人の言葉と誠意に免じて、もう一度ソフィアと話そう。
今度はあたしの意見を一から十まで包み隠さず。
そう返答しようとした瞬間に。
ジンは人が変わったように跳んだかと思えば。
どこからともなく岩が降ってきたのだ。
もう意味が分からないし、疑問符に埋め尽くされていたが。
たった一撃で大岩を粉砕し、数百に上る岩々を赤い光線で破壊しているジンの様子には一種の恐怖心すら抱いてしまう。
もし、ジンの話が嘘偽りのない真実なのだとしたら。
あたしに匹敵する超能力とやらを人造的に作りだしたと言ってもいい。
本人は運が良く適合できたと言っていたが。
万が一にでも適合者が大量にいれば。
災厄とすら見間違える程の存在が星の数ほど誕生することとなる。
「ジンくん! ねえ、何がどうしたのぉ!」
必死に叫ぶルミナリエに呼応するように頭の中に直接声が響いた。
「≪状況を報告する≫」
「ひゃっ!? ジンくん!?」
「≪郊外に百三十の軍勢を確認。攻撃手段は投擲のみ。しかし、着実に進軍している。首魁は岩の巨人。体長は十五メートル程だと思われる≫」
事務的な口調だ。
起こっている事態のありのままを報告するような。
つい先まで、あたしに対して真摯に言葉を尽くしてくれた声音からは想像もできないくらいに無機質で、機械的。
本当に同一人物かと疑問に思ってしまう。
「≪このまま街に接近させる訳にはいかない。誰かが攻勢に出る他ない≫」
僅かに焦燥が滲んでいるように聞こえた。
平坦に、努めて冷静を装っているジンだが、それほどに状況は悪いのだろうか。
今も変わらず飛来する岩を拳で砕き、赤い光線で消滅させている様子からは危うさは感じられない。
けれど、ジンの予期する最悪の未来をあたしも想像してしまった。
今はまだ、辛うじて均衡が保たれている。
攻撃手段が大岩の投擲だけならば。
ジンの言葉が正しければ、敵はまだ本領を発揮できていない。
恐るべきは岩の巨人とやらが到達してしまうことだろう。
市街地を主戦場にする訳には、いかないのだから。
「あたしがやるわ! ジンはここで防衛を、ルミナリエは避難と治療を優先して頂戴!」
魔力を練り上げる。
あたしにとって魔法を使うための魔力操作は、もはや呼吸よりも自然に、当たり前にできる。
必要量の魔力を蒐集して、イメージする。最低限の魔力で最大効率の魔法を発現させる。
ゴウッ! とチリつく焔を感じて。
「あっ……! イザベラちゃぁ……っ!」
一直線に点火して、ルミナリエの静止は彼方へと置き去りにする。
背後を気にする余裕はない。
それに、ジンもルミナリエも一端の勇者だ。自分の仕事はまともにこなせるはずだ。
天高く飛翔したあたしは、ジンの言葉が脚色のない現実の光景だったのだと理解した。
「へぇ……中々やるじゃない…………!」
ジンの世界には土人形はいなかったのだろう。
泥と土で作成される眷属の一種。複雑な命令は不可能だが、岩を投げ続けろといった単純な命令ならば履行できる。
術者を倒せば機能を停止するはずだが、あたしの世界の常識と丸っきり同じとは考えにくい。
全ての土人形を討ち果たす必要がある。
そう考えておこう。
「お手並み拝見と言うべきかしら? 【炎天の宝剣】!」
魔法で生成した炎の剣を虚空から数十本射出する。
ボウ──ッ! と暴風を伴って大地へと突き刺さると、【炎天の宝剣】に内包されていた二陣目の魔法が炸裂する。
【炎魔の暴虐】──数ある炎系魔法の中でも威力の高い超広範囲殲滅魔法。
轟々と燃え盛る炎のカーテン。眼下の景色が一挙に橙色へと染め上げられる。
高々土人形程度では耐えるどころか、原型を留めることさえ不可能だろう。
あたしの経験上、雑兵には過剰戦力とすら思える様子見の一撃だ。
しかし──
「やっぱり、これじゃ……傷一つつかないわね」
一際目を引く巨人。
恐らくはあれが術者なのだろう、悠々と炎のパーテーションを超えてのそりと鈍重ながらも確かな歩みで現れた。
目標は明白。あの巨人を破壊しない限り土人形の進軍も止まらない。
破壊力に定評のある“炎魔”系統の魔法から、あたしの引き出しで最も突破力に秀でている魔法を選択する。
イメージするのは一筋の柱だ。
内部の芯へ熱源を固定して、引き伸ばす。
大海だろうと一瞬で蒸発させられるだけの威力を誇る。
実際に、あたしはこの魔法で『魔神』へと一矢報いることができた。
あたしの世界を救った、頼りにしている魔法だ。
「【炎魔の絶叫】──ッ!」
腕を思いっきり振るい、槍投げの要領で中空にて身を捻る。
そのまま慣性に従って…………着弾。
轟音と最大摂氏六千度にも届く熱波が頬を撫でる。
抜かりはない。全霊に等しい魔法が目標へ刺さった。
「……ッ、うそ。どうして……?」
あたしの予想に反して。
爆風の中から巨人は何事もなかったかのように歩みを進めていた。
自慢の一撃が防がれて。
『炎の勇者』としてのプライドが傷ついた。
少なからず自信を持っていた魔法に、技に、矜持に、泥を塗られた気がして。
築いてきた自分の信念にヒビが入ったような気がして。
戦闘中に気を抜くなんて言語道断だというのに。
戦場で呆けていたあたしは。
目前まで迫った大岩を前に、何もできなかった。
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──そんなに強いならあなた一人でいいじゃないッ!
誰に、いつ、どこで言われたのか。
詳細な情報は何一つとして覚えてはいないけど、必死の形相で喚き散らされたことは覚えている。
『炎の勇者』イザベラ。
恐怖と暴力で世界を支配しようと目論んだ『魔神』カオスを討伐して、世界を平和へと導いた最強の炎系魔法使い。
それがあたしの名前であり、称号であり、生きた証だ。
幼い頃から一目置かれていた。生後数か月の子どもが宮廷魔術師を遥かに凌ぐ魔力量をもって生まれたのだから。
神はあたしを愛した。
無尽蔵に思える魔力量と共に、緻密で天才的な魔力操作すらも与えたのだから。
あたしにとっては瞬きするより、言葉を発するよりも、歩くよりも簡単に魔法が使える。
精密で論理的な魔法陣を構築する魔法使いとは違って、イメージするだけでいい。
吟遊詩人は口々に称える。
たった一人で偉業を成し遂げた英雄だと。
人々は絶えることなく賞賛する。
如何なる苦境に立たされようとも諦めずに戦ったのだと。
それは真実だ。
紛うことなき事実だ。
けれど、それを美談として伝承されることだけは。
認められない。
あたしは必死に努力した。
定石はあたしを強くしない。
原理はあたしには適用されない。
常識はあたしを爪弾きにした。
生まれた時から魔法を使えた? 人の百倍も魔力量に恵まれた? 魔法陣を用いなくても魔法を使えた?
それはそうだ。
だって、あたしは“勇者”になれるように努力したのだから。
素質があるからといって、力があるかといって、必ずしも最初から有り余る力を使いこなせる訳じゃない。
文字が読めるようになるのと、歩けるようになるのと、何も変わらない。
あたしは最強になった。
でも、最初から最強だった訳じゃない。
それを、皆信じたがらない。
あたしと自分たちは違うんだって、勝手に区分して。あたしを化け物みたいに扱って。
誰かが言った。『炎の勇者』はパーティ戦の基本を知らない。
誰かが言った。『炎の勇者』は自分の強さに酔いしれている。
誰かが言った。『炎の勇者』は孤高でいたいがために他者を蹴落としている。
あたしが返せるのはたった一言だけ。
──知ったことかッ!
あたしが無知な訳じゃない。あんたたちが、あたしに追いつけていないだけ。
あたし一人でいい? なら、いいわよ。
仲間なんていらない。
あたしの足を引っ張るだけの、無能はいらない。
魔法使い一人じゃあ、低級モンスターも倒せないなんて定石はあたしが覆してみせる。
その答えを、あたしは体現した。
『魔神』カオスを倒して、魔法使い一人でも戦えるんだと証明してみせた。
けれど、その返礼として手元に残ったのは。
底知れない疎外感と、薄暗い部屋で代わり映えのしない毎日を送るだけの“勇者”だった。
賞賛も、讃美も、激賞も。
ぽっかりと空いたあたしの心を埋めてはくれなかった。
あたしは、何も得なかった。
いや、そもそも…………何も持っていなかったのかもしれない。
だから、許せなかったんだ。
だから、羨ましかったんだ。
あたしと同じだけの力をもって、勇者として再び振舞えるだけの大義名分が与えられていながら。
嫌だと、勇者にはなりたくないと叫んだ彼女を。
“勇者”ではないあたしは何者でもない。
『炎の勇者』ではないあたしに存在価値なんてない。
そう、突き付けられて。
あたしは恐怖した。
足元が瓦解して、泥濘に絡みとられたような悪寒の止まらない絶望に。
どうすれば良かったのだろうか。
勇者だと望まれて。
天性の才覚を与えられて。
何も成せない自分を、認められただろうか。
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衝撃に、微睡が静かに剝がれる。
ゆっくりと瞼を開けると、神々しいヴェールに包まれた青空が飛び込んでくる。
相変わらず伝わる地響きと、焦げ臭い香りが徐々に鮮明になる意識を占有していく。
「……ッ! 巨人は──ッ!?」
「わぁおっ! びっくりしたぁ……」
身体を起こすと、ホッと胸を撫でおろすルミナリエが目の前にいた。
どうやら、あたしは上空からそのまま落下して、草原で惰眠を貪っていたようだ。
断続的に反響している地響きから、未だ戦闘は終わっていないと教えてくれる。
「ジンくんが、運んでくれたんだよ。「イザベラは勇敢に立ち向かった。今度はワタシの番だ」って言ってさ」
ルミナリエの言葉を聞きながら、あたしは状況把握に努める。
最後の記憶は、無様にも隙を晒して反撃を受けたというところで終わっている。
もし、間一髪のところでジンが援護に間に合ったとしても、あたしは意識を手放してしまっていた。
だから、ルミナリエに預けて自分は戦場へ舞い戻るのは妥当な判断だと言えよう。
けれど、ルミナリエが城壁を超えているということは。
「ルミナリエ……! 街は…………!」
「ん? ああ、あっちは大丈夫。イザベラちゃんの勇姿を見て、奮い立たない勇者は──ここにはいないよ」
ルミナリエの視線につられて城壁に包まれた街を見ると。
エメラルド色に輝くヴェールに包まれていた。
次々と投擲される岩が触れる度に、木端微塵に砕かれる様はとても壮快で、術者の技量に思わず感服してしまう。
「まさか、ソフィアが…………?」
「それとアイちゃんもね。ソフィアちゃんが私の防護結界を引き継いで強化してくれたの」
街全体を覆うことのできる結界を生成できるルミナリエも十分規格外だが、あんなにも怯えて対話を遮断していたソフィアが手を貸してくれるとは。
怖くて仕方がないはずだろうに、それでも彼女は“勇者”としての責務を果たさんとしているのか。
遮二無二に、勇者ではない自分に耐えられないから、他に自分を形作るものを知らないから。
だから、『炎の勇者』という媒介にしがみついていたあたしとは大違いだ。
怯懦を乗り越え、弱気を抑え込んで、自分だけの意志で戦場へ戻る。
ソフィアの精神性こそ“勇者”と言わずして何とする。
「ねえ、イザベラちゃん。私は貴女の意志を曲げたくない。それに、気持ちは分かるから、ダメだって否定するつもりもない」
ギュッと強く握られた両手が燃えるように熱い。
見定められた彼女の碧眼があたしを射ているだけで、脳内はパニックだ。
彼女があたしに向けているのは敵意でも、羨望でも、恐怖でもない。
同情と、共感だ。
「だけど、これだけは言わせて──」
──イザベラちゃん、貴女は一人じゃないんだよ?
不思議と、自然に届いた。
ずっと一人だと思っていた。
それが、勇者として生まれたあたしの宿業だって。
でも、違った。
あたしには、仲間がいたんだ。
孤高の勇者ではなく、“勇者”の一人として。
「ありがとう…………あたし、勘違いしてたみたい」
「うんうん。素直でよろしい」
「……っ!? あ、あたまを撫でるなぁっ!」
わしゃわしゃと飽きもせずに撫でてくるルミナリエの手から逃れて。
あたしは胸に去来した暖かさに目を向ける。
やっと、心赦せる仲間ができた。
『炎の勇者』と肩を並べられるだけじゃない。
あたしを、“勇者”としてではなく、イザベラとして見てくれる人たちを。
「……ルミナリエは、今すぐ街に戻って」
「分かったよ。私が近くにいると本気出せないもんね」
目聡いというべきか、直感が優れているというべきか。
ルミナリエはあたしの言わんとしているところを即座に理解して、足早に去った。
全てお見通しと言われたような感覚がむず痒くて、雑念を振り払うように意識を切り替える。
今は、十分だ。
あたしは沢山、大事なことを教えてもらえたから。
「【炎天の業火】」
ブワリ──ッ! と一足跳びに上空へと飛翔する。
常人には捉えきれないだろうが、幸いなことにあたしは勇者だから。
光速を遥かに超える速度で空中を縦横無尽に飛び回り、岩々を撃墜するジンの元まで辿り着けた。
「おっと……目が覚めたかな」
ジュッと光線をピタリと止めたジンは吸い込まれそうな程に黒い瞳で問いかけてくれる。
もう、大丈夫なのかと。
「あなたでしょう、あたしを助けてくれたのは」
「ギリギリ間に合わなかったけどね」
間に合わなかった? ジンは何を言っているんだろうか。
もし助けてもらわなかったら。
あたしはあそこで死んでいた。
「それで、ジン。あたしを待ってたんでしょう?」
「ご明察。先の追撃で、イザベラは巨人へ攻撃を仕掛けたけど通じなかった」
「そうよ。自信あったのに……!」
「なら、自信喪失には早い」
「へ?」
ジンはまるで悪役のようににんまりと笑みをこぼした。
思わず手が出てしまいそうになるくらい憎たらしい微笑を。
「あの巨人は再生速度が異常なだけだ。別段、堅牢ではない」
「…………もしかして、再生を可能にするだけの核があるのかしら?」
「見事なご高察だ。その通り。核は無論のことながら強固だけど、耐熱性能がある訳じゃない。アイが君とワタシの戦闘データから分析してくれたんだ」
「そう…………彼女も、立派な“勇者なのね”……」
今はただ自分が恥ずかしくてたまらない。
子どものように誰もあたしを分かってくれないと門を閉ざして。いざ蓋を開けてみると、一人じゃ何もできない。
不覚を補ってくれた。勇気づけてくれた。命を、助けてもらった。
なんて事はない。
あたしは、世間知らずだっただけだ。
経験が、過去が、あたしに仲間を許さなかっただけだ。
「共同戦線と行こうじゃないか。ワタシが核を露出させる。だから──」
「分かったわっ! あたしが穿てばいいのね……!」
胸が高鳴る。
今まで、戦場に立つのはあたしだけだった。
肩を並べられる戦友も、背中を預けられる仲間も、あたしに匹敵する実力者もいなかった。
それがどうだ。
あたしは、何も視えちゃいなかったのね。
「では、行こうか──!」
ジンの言葉を合図に、あたしは魔力を練り始める。
内省も、思索も、悔悟も。後回しに。
今は眼前の脅威を打ち滅ぼすことだけに集中しよう。
巨人を完全に沈黙させるには核を穿つ必要がある。
あの巨体を瞬時に回復させられるだけの源泉が、まさか治癒能力を持たないはずもない。
あたしの持ちうる最高火力を、事実上、あたしの全身全霊をぶつけないと勝てない。
ジンはあたしに最後を任せてくれた。
それは即ち、核を完全に破壊するためにはあたしの火力が必要だと判断してくれたということ。
「核が外界に触れる時間は僅か三秒、間隙を縫う一撃を頼む……!」
器用に空中で身をひるがえしたジンはマントをはためかせて一直線に巨人へと空を駆けた。
まるで包帯を全身に巻いたような姿は、凡そ“勇者”とはかけ離れている。
だが、ジンはきっと誰よりも“勇者”なんだろう。
真っ先に危険を感知して、最も危険な場所で常に戦い続けた。
一番槍、先陣。言葉にすれば甘美な響きがあり名誉なことでもある。
けれど、気付けば死が隣合わせにある危難を内包している。
グッとジンが拳を握った気がした。
接敵まで数メートル。
反撃の素振りを見せない巨人は、回復能力に全幅の信頼を寄せているのか。それとも、防御の機能が搭載されていないのか。
どちらにせよ、踏ん張りの利かない空中で拳を構えたジンの反撃に。
巨人は防御を選択しなかったことに、後悔することになる。
「──【英雄の衝撃】ッ!」
ゴウッ──! と衝撃が、伝播した。
あたしは、自分の無知を、驚愕してしまった経験値のなさを改めて痛感した。
曇が放射線状に霧散し、塵一つ残さない震撼に。
青々と快晴を訴える大空の下には、全体の三分の二を消し飛ばされた巨人が動きを止めていた。
そして、巨人の頭部があったはずの場所には、禍々しく光を反射するどころか吸収するような球体が浮いていた。
たった一撃。
されど一撃。
己を造られた超人だと、平和を築くための殺戮兵器だと卑下した一人の英雄がもたらした勝利への布石は。
当人が努力を自覚せずに達した境地を、あたしに見せてくれた。
「ほんと…………あたしってば見識が浅かったのね」
『魔神』を一人で打倒した? ジンなら、今の一撃で事足りた。
世界を平和にした? ルミナリエなら、ソフィアなら、アイなら。もっと早く、より良い世界を作れたかもしれない。
『炎の勇者』の成し遂げた偉業とやらは。
遥かに凄い“勇者”たちにとって、造作もない作業だったのかもしれない。
けれど、それなら…………いいんだ。
あたしは、沢山のことを知れた。
誰だか知らないけど、あたしをこの世界に召喚してくれて、四人の勇者たちと引き合わせてくれて、ありがとう。
──【炎神の御手】
そう、小さく呟いて。
右手に渦巻いていた黄金に光り輝く炎の大槍を掲げる。
かの『魔神』には、使う前に決着がついたから未使用だった。
二度と使うことはないと思っていたけれど。
予想なんて滅多に当たるものじゃないわね。
寸分違わず、禍々しい核へと。
打ち込んだ。




