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淡々史記  作者: ンバ
第八十 楽毅列伝
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96/274

十、楽毅からの手紙、五

10.

臣聞之,善作者不必善成,善始者不必善終。昔伍子胥說聽於闔閭,而吳王遠跡至郢;夫差弗是也,賜之鴟夷而浮之江。吳王不寤先論之可以立功,故沈子胥而不悔;子胥不蚤見主之不同量,是以至於入江而不化。

(訳)

「臣はこれを聞いて、

善く作す者は必ずしも善く成さず

始めを善くする者は必ずしも

終りを善くせぬものだと考えました。


昔、伍子胥《ごししょ》の説は闔閭《こうりょ》に聴き入れられ、

呉王は遠征して郢へと至りました。


夫差《ふさ》は(伍子胥の説を)是とせず、

彼に鴟夷(馬の皮袋)を賜りて

長江に浮かべてしまいました。


呉王(夫差)は先人の論が

功績を立てられるものと

悟れなかったために、

伍子胥を沈めながらも

悔やまなかったのです。


伍子胥は主君が(先代と)同等の度量を

持っておらぬ事を先んじて見通せず、

こうして長江へ入水するに至っても

(行いを)改めませんでした」


(註釈)

呉王・夫差は伍子胥を殺したから

勾践のリベンジを許したのである。


オレを殺すのは伍子胥を殺すのと同じだぜ、

ってことね。

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