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三十二、彭越のゲリラ戦法
32.
是時,彭越渡河擊楚東阿,殺楚將軍薛公。項王乃自東擊彭越。漢王得淮陰侯兵,欲渡河南。鄭忠說漢王,乃止壁河內。使劉賈將兵佐彭越,燒楚積聚。項王東擊破之,走彭越。漢王則引兵渡河,復取成皋,軍廣武,就敖倉食。項王已定東海來,西,與漢俱臨廣武而軍,相守數月。
(訳)
この時、彭越が渡河して
楚領の東阿を攻撃しており、
楚の将軍の薛公が、彼によって
殺害されてしまっていた。
項王はそこで、自ら
東行して彭越を攻撃しようとした。
漢王は淮陰侯(韓信)の兵を得ると
南へ渡河しようとしたが、
鄭忠が漢王を説諭したため
かくて取りやめとなり、
河内に立てこもった。
劉賈に兵を統率させて
彭越の救援に向かわせ、
楚の積聚(貯蓄物)を焼き払った。
項王は東方を撃ち破ろうとしたが、
彭越は逃げてしまった。
漢王はそこで兵を引き連れて渡河し、
再び成皋を取り戻すと
広武に布陣し、敖倉の食糧に有り付いた。
項王は東海を平定した後に西へ向かい、
漢とともに広武に布陣して
防衛し合う事が数ヶ月に及んだ。
(註釈)
劉邦のヒットポイントが
残り7くらいまで減ると
彭越の邪魔が入ります。
そして、彭越にかまけている間に
劉邦は復活してしまう。




