表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
淡々史記  作者: ンバ
第七、項羽本紀
66/274

二十六、漢軍の反撃

26.

是時呂后兄周呂侯為漢將兵居下邑,漢王閒往從之,稍稍收其士卒。至滎陽,諸敗軍皆會,蕭何亦發關中老弱未傅悉詣滎陽,復大振。楚起於彭城,常乘勝逐北,與漢戰滎陽南京、索閒,漢敗楚,楚以故不能過滎陽而西。


(訳)

この時、呂后の兄の周呂侯しゅうりょこう

漢のために兵を率いて下邑かゆうに居た。


漢王は密かに行きて彼に従い、

だんだんと(散り散りになっていた)

兵士たちも集まってきて、滎陽けいようへと至った。


諸々の敗軍は皆会同し、

蕭何しょうかも一方で、関中の老弱の者で

いまだ兵籍にない人々を徴発して

滎陽を詣でたので、

再び漢軍は大いに振るった。


楚軍は彭城ほうじょうに於いて起ち、

勝利に乗じて敗軍を逐ってきて

漢軍と滎陽南部のけいさくの間で戦ったが

漢軍が今度は楚軍を破った。


楚はそのために

滎陽から西へ通過できなかった。


(註釈)

イカすぜ蕭何〜っ!!!!!!!!


ボコボコにやられても、

後方支援担当の蕭何が

しっかり補給寄越してくれるのが

漢軍の不倒のゆえんです。


目立たない役割ですが、

他の誰にもこなせません。


これだけコテンパンにされても

兵士たちが劉邦のもとへ戻ってくるのは

項羽が、敵対者や降伏者に対して

一切容赦しない性格であるという事を

よく知っているからです。


生きてさえいれば

ゲームオーバーにはなりません。


石勒が劉邦シンパなのは

このへんなんでしょうね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ