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淡々史記  作者: ンバ
第七、項羽本紀
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二十五、彭城の戦い

25.

春,漢王部五諸侯兵,凡五十六萬人,東伐楚。項王聞之,即令諸將擊齊,而自以精兵三萬人南從魯出胡陵。四月,漢皆已入彭城,收其貨寶美人,日置酒高會。項王乃西從蕭,晨擊漢軍而東,至彭城,日中,大破漢軍。漢軍皆走,相隨入穀、泗水,殺漢卒十餘萬人。漢卒皆南走山,楚又追擊至靈壁東睢水上。漢軍卻,為楚所擠,多殺,漢卒十餘萬人皆入睢水,睢水為之不流。圍漢王三匝。於是大風從西北而起,折木發屋,揚沙石,窈冥晝晦,逢迎楚軍。楚軍大亂,壞散,而漢王乃得與數十騎遁去,欲過沛,收家室而西;楚亦使人追之沛,取漢王家:家皆亡,不與漢王相見。漢王道逢得孝惠、魯元,乃載行。楚騎追漢王,漢王急,推墮孝惠、魯元車下,滕公常下收載之。如是者三。曰:「雖急不可以驅,柰何棄之?」於是遂得脫。求太公、呂后不相遇。審食其從太公、呂后閒行,求漢王,反遇楚軍。楚軍遂與歸,報項王,項王常置軍中。


(訳)

春、漢王は

五諸侯(楚と秦以外の戦国七雄)の

兵、およそ五十六万人を部《す》べ、

楚の討伐のために東進した。


項王はこれを聞いて、即座に

諸将に斉を撃つように命じ

自らは精兵三万を以て

南方の魯《ろ》から胡陵《こりょう》へ出た。


四月には漢の全軍は已に彭城へ入り、

美女や財宝を回収して、日がな酒を飲み

宴会を催していた。


項王はかくて西方の蕭から

夜明けに漢軍を撃ち

東行して彭城《ほうじょう》へと至ると

日中に漢軍を大破した。


漢軍は皆敗走していき、

相隨(したが)って穀水《こくすい》・泗水《しすい》へと入り、

漢の兵卒十万人余りが殺された。


漢の敗残兵は皆南方の山へと逃げたが

楚は更に追撃し、

霊壁《れいへき》の東の睢水《すいすい》の上《ほとり》へ至った。


漢軍は退却中に

楚軍に擠《くじ》かれる所となり

その多くは殺害された。


漢の兵卒十万人余りが

全て睢水に入ったために

水の流れが止まってしまった。


漢王は三匝《さんぞう》に包囲されたが、

ここにおいて大風が西から北へ起こり、

木は折れ、家屋は薙ぎ倒され、

沙石を巻き上げ、窈冥(幽暗)として

昼にして視界が暗くなり、

楚軍を※逢迎していた。


(※向かい風の表現か)


(大風の影響で)

楚軍は大いに乱れて、

ばらばらに散ってしまった。


漢王はそこで数十騎を従えて遁走し、

沛を通過して

家室(家屋or妻子)を回収せんと

西へ向かった。


楚もまた人を遣って沛へと追撃させ

漢王の家族を捕えた。

一家の者は皆逃げてしまったために

漢王と見える事が出来なかった。


漢王は道すがら

孝恵《こうけい》(劉邦の息子、孝恵皇帝)と

魯元《ろげん》(劉邦の娘、魯元公主)と遭遇し、

かくて車に載せて同行した。


楚の騎兵が漢王に追い付こうとすると、

漢王は慌てて孝恵と魯元を

車の下へと推し落とした。


滕公《とうこう》(夏侯嬰《かこうえい》)は

二人の子供が落とされるたびに

回収して車に載せることが

三度に及んだ。


いわく、


「危急の事態で、いくら

(速く)駆けられないと雖も

どうして子供たちを見捨てられようか?」


こうして、遂に脱出する事が出来た。


太公《たいこう》(劉邦の父)や

呂后《りょごう》(劉邦の妻・呂雉《りょち》)を

捜し求めたが、互いに

遇うことはなかった。


審食其《しんいき》は太公、呂后に従って

間道を行き、漢王と合流しようとしたが

逆に楚軍と出くわしてしまった。


楚軍はかくて帰還し、項王に

(劉邦の家族を捕えたと)報告すると

項王は常に彼らを軍中に置いた。


(註釈)

何してんだ劉邦!


先に咸陽入りした際には

美女や財宝に一切手を

つけなかったのに、彭城の時は

打って変わって歓楽に耽ってます。



拠点や家族を危険に晒されて

戦意ましましの項羽の精鋭軍団と

酔っ払っている寄せ集めの劉邦軍とでは

いくら数に差があろうとも

その優劣は歴然としていました。


56万の漢軍はかくて

3万の楚軍にボッコボコにされます。


10万余りの漢兵の死体で

川の流れが止まるほどの大惨敗です。


劉邦も楚軍に囲まれ

絶体絶命のピンチに陥りますが、

折しも大風が吹いたために

難を逃れる事が出来ました。


これが、天運を持っている男か……。


中華ドラマの「大漢風」のタイトルは

この場面に由来してるんですかね。

キングスウォーの主題歌にも

「大風が吹く」ってとこがあったような。


劉邦は楚軍に追いつかれそうになると

子供達を馬車から降ろしてでも

助かろうとしてますが、

三国演義での長阪の戦いの

劉備の挙動にインスパイアされています。


劉秀もピンチになった時

似たようなことやってるので

劉邦・劉秀・劉備はやっぱり似ています。


夏侯嬰は二人の子供たちが

馬車から突き落とされるたびに

拾い上げて戻しています。

三回もやられるとコントにしか見えない。


西漢演義では、

この場面で戚夫人が初登場します。


劉邦の寵愛を一身に受ける女性ですが

正妻の呂雉に嫉妬されて

四肢を切断、便所に放置されるという

余りに惨たらしい末路を辿ります。


呂雉が「中国四大悪女」に

カウントされている所以です。


空前絶後の惨敗を喫した上に

父親と妻も項羽に捕らわれてしまった劉邦。


さぁ、ここからどうやって

挽回するのでしょうか。

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