荊軻 十一、樊於期自刎
27.
荊軻知太子不忍,乃遂私見樊於期曰:「秦之遇將軍可謂深矣,父母宗族皆為戮沒。今聞購將軍首金千斤,邑萬家,將柰何?」於期仰天太息流涕曰:「於期每念之,常痛於骨髓,顧計不知所出耳!」荊軻曰:「今有一言可以解燕國之患,報將軍之仇者,何如?」於期乃前曰:「為之柰何?」荊軻曰:「願得將軍之首以獻秦王,秦王必喜而見臣,臣左手把其袖,右手揕其匈,然則將軍之仇報而燕見陵之愧除矣。將軍豈有意乎?」樊於期偏袒搤捥而進曰:「此臣之日夜切齒腐心也,乃今得聞教!」遂自剄。太子聞之,馳往,伏尸而哭,極哀。既已不可柰何,乃遂盛樊於期首函封之。
(訳)
荊軻は、太子が
(樊於期を殺す事は)忍びないと見て
そこで私的に樊於期に見えて、言った。
「秦による将軍への処遇は
深刻(酷薄)と謂うべきでしょうな。
御父母・宗族がたは
(樊於期が亡命したために)
みな戮され、今や将軍の首には
千斤の金と万家の食邑が懸かっているとか。
将軍は、いかがなさるおつもりですか?」
樊於期は仰天すると
溜息と嗚咽を漏らして、言った。
「於期は、この事を思うたび
いつも骨髄(心の内)が痛みます。
顧慮しようとも、手の打ちようがありません」
荊軻は言った。
「今、燕国の憂患を解き、
将軍の仇を報ずる事の可能な
一言(一計)がございますが、
いかがなさいます?」
樊於期はそこで進み出て言った。
「その策を為すには、どうすれば!?」
荊軻は言った。
「願わくば、将軍の首を頂戴して
秦王に献上いたしたく存じます。
(そうすれば、)
秦王は必ずや喜んで臣と見えましょう。
臣は左手でその袖を掴み、
右手でその胸を刺してみせます。
然らば、則ち将軍の仇を報じて
陵辱の憂き目を見た燕の慚愧を
除くこととなりましょう。
将軍よ、異存はございますまいな」
樊於期は肩脱ぎ
その腕を握り締めると、
進み出て、こう言った。
「これこそ、臣が日夜
切歯(歯ぎしり)し、腐心していた事です。
ようやく今、教えを賜る事ができました!!」
かくて樊於期は自刎した。
太子はそれを聞いて馳せ行くと
尸に伏して哭き、その哀惜は極まった。
(樊於期を殺す策だけは使いたくなかったが
彼がこうして死んだとあっては)
既に如何ともしがたく、
こうして遂に樊於期の首を函へと封じた。
(註釈)
自分の首を捧げる事に
一寸の迷いすらないのが凄い。
横山史記だと樊於期が
「秦王よ、思い知れっ!!」
と言ってから果てます。
樊於期のセリフ、
「此臣之日夜切齒《《腐心》》也,乃今得聞教!」
が、「腐心」の語源とされています。
これで秦王が食い付くだけの
利は手に入れました。
あとは武器と人員です。




