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申不害 一、黄老から国を治める
韓の法治主義者、申不害。
1.
申不害者,京人也,故鄭之賤臣。學術以干韓昭侯,昭侯用為相。內修政教,外應諸侯,十五年。終申子之身,國治兵彊,無侵韓者。申子之學本於黃老而主刑名。著書二篇,號曰申子。
(訳)
申不害は京の人であり
もとは鄭の賤臣であった。
学術を以て韓の昭侯のもとへゆき
昭侯は用いて宰相とした。
内は政治や教化を修め
外は諸侯に応じて十五年、
申子(申不害)の身が潰えるまで
国は治まり、兵は強く、
韓を侵す者はなかった。
申子の学問は
黄老(黄帝や老子)を元本として
刑名を主としていた。
著書二篇を号して「申子」という。
(註釈)
申子、申不害。
戦国七国の中では
最弱クラスだった韓に仕え、
法治の思想を掲げて
大いに国力を高めた。
老子
↓
申子
↓
韓非子
↓
始皇帝
という風に法治思想が伝わってく。
陳寿は曹操のことを
申不害・商鞅・韓信・白起の
四人に例えてたけど
申不害以外は碌な死に方してない。
戦闘 ★★★★★ 5
戦略 ★★★★★★ 6
内政 ★★★★★★★★★★ 10
人格 ★★★★★ 5




