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淡々史記  作者: ンバ
第四、周本紀
118/274

十七、天命移ろい、殷周革命成る

17.

其明日,除道,修社及商紂宮。及期,百夫荷罕旗以先驅。武王弟叔振鐸奉陳常車,周公旦把大鉞,畢公把小鉞,以夾武王。散宜生、太顛、閎夭皆執劍以衛武王。既入,立于社南大卒之左,[左]右畢從。毛叔鄭奉明水,衛康叔封布茲,召公奭贊采,師尚父牽牲。尹佚筴祝曰:「殷之末孫季紂,殄廢先王明德,侮蔑神祇不祀,昏暴商邑百姓,其章顯聞于天皇上帝。」於是武王再拜稽首,曰:「膺更大命,革殷,受天明命。」武王又再拜稽首,乃出。


(訳)

その翌日、道路を除いて

社及び紂王の宮殿を修復させた。


期日に及び

百夫が※罕旗かんきになって先駆けた。

(※天子の儀仗用、細長い旗)


武王の弟の叔振鐸しゅくしんたく

常車(儀仗車)を並べ奉り、

周公旦しゅうこうたんが大鉞、畢公高ひつこうこうが小鉞を手に取って

やって来た武王に従い、

散宜生さんぎせい太顛たいてん閎夭こうようらは皆

剣を執って武王を護衛した。


出入りを終えると、

社の南、大卒の左側へ立ち

左右悉くがこれに従った。


毛叔鄭もうしゅくていが明水(月の水、祭祀用)を奉じ、

衛康叔えいこうしゅく康叔封こうしゅくほう)がむしろを布き

召公奭しょうこうせきぬさ(神へ捧げる絹)等の祭物を献じ、

師尚父(太公望)がいけにえを牽引した。


尹佚いんいつ筮竹ぜいちくに書かれた祝詞のりとを述べた。


「殷の末孫である季紂は

先王の明徳を絶やし廃れさせ、

神祇しんしを侮蔑して祀る事なく、

商の国邑の百姓に暴虐をはたらき、

其の事、章顕あきらかに天皇上帝に聞ゆ」


ここにおいて武王は再拝・稽首して述べた。


「大命を膺更ようこうして殷をあらため、

天の明命を受ける」


武王はまたも再拝・稽首すると

かくて退出した。



(註釈)


む、難しすぎる……。

辞書とちくま訳見ないと

全く歯が立ちませんでした。


祭祀や儀式の細かいしきたりとか

あまりよくわかりません。


でも格式高い内容ということは

読んでて伝わってきました。

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