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勇くんと12人の嫁  作者: 夏目八尋
第一章
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第5話

「Phew」


 ものすごい手際の良さで、ニンジン髪の少女は二人のくちばし男を縄で拘束した。魔法を使っていた方の口にはしっかりと布を巻き何も喋れないようにしてある徹底振りだ。屈んだ体勢でギュッと絞り上げた縄が軋み、その拘束の硬さを示す。


「Good job, Arca」

「Thanks」


 縛る間、同じく屈んだ格好の俺とレモン髪の少女の二人でくちばし男を押さえつけていたけれど、それもようやくお役御免である。


「Thank you」

「ああ、えっと」


 ニンジン髪の少女が笑いながら何か言ってきたが、俺はそれにちゃんとした返事ができずにいる。


「……?」


 笑っていた少女の顔がいぶかしげな表情へと変わっていく。その手がゆっくりと俺の方へと伸びてきて肩を掴み、


「I don't mind」


 なにやらゆるっとした表情を見せて俺に何事か告げると、ニンジン髪の少女は立ち上がり馬車の方へと行ってしまった。


「ふむ……」


 とりあえず俺も立ち上がる。見下ろしたくちばし男は片方が意識を失ったまま、もう一人は意気消沈してしまっている。意気消沈している方に向き合って、レモン髪の少女が話し始めた。


「Qual è lo scopo?」

「……」

「È una rapina? È un omicidio?」

「……」


 どうやら何かを問い質しているようだ。相手の目的でも訊ねているんだろうか? 見た目通りに真面目な性格が垣間見える。


「Per favore rispondi」

「Io non voglio!」

「!?」


 案の定というか、くちばし男が声を荒げる。まともに取り合う気はないようだ。


「Rispondimi」

「Disgustoso」

「Rispondimi」

「Disgustoso!」


 食い下がるレモン髪の少女に対して、くちばし男は自分が自由を奪われているにも拘らず高圧的な返事をする。その姿はなんというか、俺の目からすると駄々っ子をしている子供のように見えた。


「It's really useless」


 レモン髪の少女がくちばし男と喧々囂々やっているところにニンジン髪の少女が戻ってきた。


「They do not listen to people's story, because they are living according to the impulse. Especially low-rated people. Is not that "Demon"?」

「Umm……」


 呆れた様子でレモン髪の少女に何かを諭しながら、ニンジン髪の少女は改めてくちばし男の前に立ち、見下ろした体勢のままで話しかける。


「Dead or arrest!」

「Hiaaa!」


 くちばし男の目の前で、ニンジン髪の少女の剣が大地へと突き刺さる。刃はしっかりとくちばし男の方へと向けられており、その距離は10cmもない。どう見ても恫喝です、ご愁傷様でした。


「Per favore non uccidermi!」

「Arca!」


 涙目になって怯えるくちばし男を見かねて、レモン髪の少女がニンジン髪の少女を止めに入った。俺はその様子をただボーっと見つめて、数分前との空気の違いに戸惑っていた。


 彼女達はさっきまで命のやり取りをしていた。剣と剣をぶつけ合い、魔法を使われては火傷を負いつつも全力で戦っていた。それが今は、軽いコントみたいなノリで相手と向き合っている。


「これがこの世界、なのか」


 戦い終わって仲良しになった、というわけではないと思う。何か、俺とは違うスイッチのような物が彼女達にはあって、それが今オフになっている。そんな印象を受ける。俺の知らない常識というか空気が、そこにはあるように感じられた。今の俺はまだ、それを正しく理解する術を持っていない。


「Hey」


 知らず俯いて考え事をしていた俺は、不意に掛けられた声に顔を上げる。


「?」


 が、俺の目線の先にあったのは微笑んでいる口元だった。


「Hi」


 その口が再び開いて、俺はさらに目先を上げる。


「おおっ」


 レモン髪の少女が立っていた。彼女は俺を少し見下ろした状態で笑っていた。慌てて足元を確かめて、もう一度顔を見上げて、俺は理解する。


「俺より背が高いのか」


 彼女が履いていたのは底の低い革靴で、高さを盛っているわけでもない。純粋に俺より背が高くて、だからびっくりした。180cmくらいはあるだろうか。よくよく考えてみれば俺は彼女が座り込んでいる姿ばかりを近間で見ていたから、勝手なイメージを抱いていたのだろう。


「Are you okey?」


 動揺している俺を案じてか、レモン髪の少女が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。軽く膝を折っているのか、その目線は俺と真っ直ぐに重なった。


「あ、ああ。大丈夫、大丈夫」

「……」


 近づいてくる相手を手で制し、頷いてみせる。言葉は伝わらなくても動作での意思疎通はなんとなく通じているようで、レモン髪の少女は元の姿勢に戻ってくれた。


「あー、えっと」


 こちらの言葉を待つ状態になってくれた相手に、俺はさてどうするかと言葉を濁しながら考えを巡らせる。


「……あ」

「?」


 こっちが何かしようとすると、レモン髪の少女はすぐさま目先を合わせてくる。身長差もあって少し威圧感がある。が、気圧されていては話が進まない。


「えーと、話はできますか?」

「?」


 日本語で声を掛けてみる。当然ながら相手の反応は芳しくない。眉を少しひそめて、こちらの言葉を理解しようと勤めてくれているが心当たりはないようだ。


「じゃあ……キャンユースピークイングリッシュ?」


 英検3級仕込みの英語を口にしてみる。これは発音がなんとなく相手の話していた言語に近いと思っているから、もしかしたらと期待があった。


「Is it "Hurim Word"?」

「うー」


 しかし残念、返ってきた言葉は英語っぽいが違うもの。相手の発した言葉はそう長い物じゃなかったけれど、英検3級の力でも理解できない何かだった。


「What is the language you are talking about?」

「え?」

「I don't know your language」

「はい?」

「Where did you come from!?」

「ちょ、ちょっと!」


 考え事をする間もなくレモン髪の少女に距離を詰められまくし立てられる。すごい剣幕だし目が光ってるし鼻息も荒い。俺は思わず手を伸ばし相手の肩を掴んで押し留めた。


「Oh, sorry」


 彼女も正気を取り戻したのか、ポッと頬を染めて恥らいながら体を離した。己を恥じているのか、ちょっとしょげているようにも見える。失礼だけどちょっと親近感が沸いた。


「Silk」

「Arca」


 会話にニンジン髪の少女が加わってきた。改めて二人が並ぶと身長差がはっきりと分かる。ニンジン髪の少女の身長は160cmくらい、隣に立つレモン髪の少女に比べれば頭ひとつ分は小さかった。


「What happened?」

「I can not talk to him」

「Why?」

「Maybe, his words are unknown language」


 何かをたずねるニンジン髪の少女にレモン髪の少女が答える。その顔は困惑していて、それを見たニンジン髪の少女は俺と彼女を見比べながらいぶかしげな表情を見せる。


「Is it "Teto Ancient"?」

「No it is not」

「Hmm……」


 二人の表情が会話を重ねるごとにどんどんと真剣味を帯びてくる。何を話しているのかさっぱり分からない俺は、それをそわそわしながら見ているしかできない。


「How about trying that?」

「……」


 ニンジン髪の少女の方が何か言って、レモン髪の少女が息を飲んだ。そのまま彼女は俺に向き直ると、杖を構えながら申し訳なさそうに口を開く。


「I'm sorry if I can not get the effect」

「え?」


 見れば彼女の杖の先に光が点った。回復魔法? それにしたら様子がおかしい。


「I want to talk to you……」


 先ほど緑の輝きを纏っていた部分には黄色い光が点っている。しかもレモン髪の少女が言葉を紡ぐのに合わせてその輝きはいっそう増していく。


「ちょ、ちょっと待って! 何されるか分からないのは怖い……!」

「Dialog!」


 逃げる間もなく彼女の魔法は遂行された。眼前に振り下ろされる杖に思わず目を閉じて、けれど想像する痛みはなく。


「……ん?」


 恐る恐る左目を開けると杖は寸止めされていて、その先に点っていた光もなくなっていて。


「お? おお?」


 視界にチラリと映った黄色く淡い燐光。どうやらそれは俺の体から出ているようで。


「……私の言葉が分かりますか?」

「え?!」


 不意に聞こえてきた聞き取れる言葉。それは目の前の、俺と同じ燐光を纏った少女から紡がれていて。


「私の名前はシルク・フェイト。よかったら、あなたの名前を聞かせてもらえますか?」


 構えていた杖を引き、レモン髪の少女が微笑む。


「あ、俺は……」


 よく分からないが、今の俺は彼女の言葉が分かる。


「結月……結月、勇」


 緊張に喉を詰まらせながらも、俺はどうにかこうにか返事をする。


「……」


 シルクと名乗った少女は、胸に手を当てゆっくりと口を開いた。


「ユヅキ・イサムが、あなたの名前なのですね」

「!」


 全身に震えが走った。頭のてっぺんから足の先まで一気にびりびりとした物が駆け抜けた。


「え、本当に分かるの?」

「はい。分かりますよ」


 ツーと言えばカー、ではないがこちらの言葉に当たり前に返事が返ってくる。


「お、おおお……!」


 その事実に、全身から歓喜の心が沸き上がってきた。


「よっしゃー!」


 大声を上げて拳を握る。溢れ出る感情に身を震わせる。


「……大変でしたね」


 シルクがそんな俺を優しく見守ってくれていた。俺は勢いよく彼女に肉薄すると、杖を持っていない方の手を両手で掴む。


「ありがとう! 話が通じるってこんなに嬉しいことだったなんて!」

「わっ! ふふ、どういたしまして」


 俺の喜びの行動に驚きながらもシルクが共感してくれている。感動が止まらない。嬉しさも強かったが、何よりもホッとした。重い肩の荷が下りたような気がした。


「Hi」

「!?」


 突然耳元にする声に驚き、俺は慌てて手を離す。見れば、俺とシルクの間に割り入るようにニンジン髪の少女が立っていた。


「あ、もう。アルカ!」

「Please tell me the results in detail」

「……?」


 ちょっとだけ落ち着いた俺の目の前で、これまたちょっと不思議な光景が展開している。


「会話、やっぱりできたよ。ユヅキさんは意味不明な音の羅列をしていたわけじゃないみたい」

「I see. It sounds like a lot of joy」

「きっと何日も人と話が出来なかったんだよ。話ができるってこんなに喜んでくれてる」


 シルクの言葉は分かるが、アルカと呼ばれているニンジン髪の少女の言葉は相変わらず分からない。


「シルク、彼女は?」

「あ、そうでした」


 言い合いをしている二人に今度は俺が割って入るようにして、シルクにニンジン髪の少女についてたずねる。


「彼女はアルカ。私の幼馴染です」

「Hi, Yuduki. My name is Arca Truns」

「結月勇です」


 シルクに紹介され、ニンジン髪の少女が差し出した手を取り握手を交わす。アルカ、という名前の後に続いたトロンズという音は、きっと彼女の苗字だろう。手を離してもしばらく、アルカはニヘッと力の抜けた笑顔を見せて俺を見上げていた。


「改めて、ユヅキさん。お話をしてもよろしいですか?」


 自己紹介を終え、俺が落ち着いたと判断してシルクが提案してくる。俺がそれに頷くと、彼女は真剣な眼差しで俺を見つめて質問を開始した。


「あなたはどちらの出身ですか?」

「にほ……あ」


 問いに素直に答えようとして俺はピシリと硬直した。


「ユヅキさん?」


 これ、真面目に正直に答えていい物なんだろうか? 異世界から人が転生してくるとか、割とあるんだろうか? ぐるぐる回る思考に一瞬スーツ姿の男性の姿がちらつく。


 ……いや、ない。そう結論が出た。


「えっと」


 正直に答える選択肢を排除。何か上手な言い訳を全力で考える。


「もしかして、言っている意味が分かりませんでしたか?」


 間を置いてしまった俺を気遣ってシルクが聞いてくるが、それには大丈夫だと言ってさらに思考時間を稼ぐ。何か言い訳を、クリティカルを!


「えっと、旅から旅の根無し草って奴で……」


 考えた結果、出た答えがこれである。


「……」


 あ、疑ってる。すっごい疑われてる。本当ですかってすごく見つめてきてる。


 冷静に考えてこの言い訳はかなり苦しいと思えてきた。何より自分の身なりだ。今でこそ泥だらけで所々擦れているが、ほぼ新品の旅装束。武器の類も持ち合わせていないし、体術なんてさっき思い切り素人っぷりを見せ付けたところだ。これじゃあ旅から旅をしているなんて到底信じてもらえない。そして何より自分の所持品はイチゴの苗が植わった植木鉢ひとつだけ……ひとつだけ……


「あ」


 植木鉢!


「え、どこだ!?」

「きゃっ」


 流れをぶった切って、俺は全力で辺りを見回し植木鉢を探す。


(どうして忘れてたんだ今まで!)


 あれは俺がこの世界で生きていく上で標になる大切な物だったはずなのに!


「……あった!」


 身を屈めたところでそれを見つける。植木鉢は荷馬車の下に転がっていた。どうりでさっき見回した時に気づけなかったわけだ。


「ああああ!!」


 声を上げながら大急ぎで植木鉢を回収する。手を伸ばして引き寄せたそれは、幸い土をいくらか零しただけで、器にも苗にも傷はついていなかった。丈夫で柔らか土焼き植木鉢様々である。


「あー、良かったー!」


 ともすると誰かと話ができたことよりもホッとして、俺は荷馬車の横でへたり込みぎゅっと植木鉢を抱いて脱力する。さっきから生きた心地がしなかったり復活したりと感情のジェットコースターで情緒不安定状態だ。


「もー放さないからなー!」


 それでも何よりも今は、俺がこの世界でイチゴ農家を営むという希望が潰えなかったことを嬉しく思う。


「本当に良かった良かった」

「あの……」

「はい?」


 幸せに浸りきっていた俺はすっかり忘れていた。


「大丈夫、ですか?」

「You are very very weird」


 シルクとアルカがドン引きしていた。


「あ、ごめんなさい」


 急に冷静になった頭が、俺の体を駆け巡る熱を一気に奪い去っていった。今の俺は明らかに不審人物、これはもう言い訳のしようがない。


「えっと」

「はいすいませんでした申し訳ござません」

「いえ、そうではなく」


 ただただ縮こまって反省の意を示すしかない俺に、シルクは小さく首を振り「大丈夫ですよ」と一言告げて。


「それ、ユヅキさんにとって大切な物なのですね?」


 優しく、先程と変わらずに、一歩踏み込んで来てくれた。


「あ、ああ」


 俺は頷き立ち上がる。


「これ、俺の……故郷から持ってきた大事な作物の苗なんだ」

「そうだったんですか。それは、とても大切な物ですね」


 嘘のない範囲で選んだ俺の言葉に、シルクは頷き理解を示してくれる。色々と説明不足甚だしいが、それでも彼女は俺を許容してくれた。


「アルカ、あの植木鉢はユヅキさんにとって本当に大切な物みたい」

「OK, OK」


 シルクの言葉にこっちを面白がって見ていたアルカも頷いて、そうするともう、からかうような空気は払拭される。二人の対応はカラッとしたものだったが、それが今はありがたい。心地いい距離感を感じた。


「Do not lose it」

「失くしちゃダメですよって言ってます」

「ああ、ありがとう」

「ありがとう、だって」

「You are welcome」


 さっきまでと変わらない普通のやり取りが始まった。細かいことを気にしないのか、悪く言えば大雑把で、良く言えば懐の深い、そんな雰囲気。


「……すごいな」


 俺の異世界初遭遇は、心が大きく揺さぶられるほどに刺激的で、そして大らかで温かな出会いと出来事に彩られたモノになった。


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