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勇くんと12人の嫁  作者: 夏目八尋
第一章
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第4話

●

 私の世界は彼の世界よりも命を脅かす危険に溢れているわ。とは、この世界の神様が仰った言葉だ。これがそれかと納得した。


「Brucia!」


 くちばし男の放った火球を、ニンジン髪の少女が受け止め身を軽く焦がしながらもそれを打ち払う。そのままくちばし男へと駆け込み刃を振るい、くちばし男もまたそれに応え剣戟を返す。


「……」


 ごくりと喉が鳴る。彼女達のやり取りから俺は目を逸らすことが出来ない。目の前で行われているのは間違いなく命のやり取りだ。冗談ではなくあの刃も、魔法も、命を奪うことが出来る力として振るわれている。そんな光景を初めて目の当たりにして、俺はすっかり気圧されていた。


「Hey you!」

「うわぁ!?」


 いきなり足を掴まれて心臓が飛び出るほど驚いた。レモン髪の少女だった。


「Please help me」


 さっきから同じような言葉を彼女は繰り返している。こちらをじっと見上げて、茶色い瞳でまっすぐに見つめながら。


「Please……」


 痛みをこらえ、訴えている。


「……何をすればいい?」

「!?」


 俺は屈んでレモン髪の少女と目線を合わせ問いかける。彼女は俺の言葉に面食らったようで、一瞬きょとんとした表情を浮かべた。が、


「……」


 すぐに真剣な顔になり、視線を俺から違う場所へと向け、その方向を指し示す。その先には、道を外れて止まっている幌の掛かった荷馬車が一台あった。


「A man is falling over there.Please help him」


 まくし立てるように続く彼女の言葉と手振り、言葉は相変わらず分からなかったが手振りからなんとなく馬車の向こう側へ行きたいのだろうと思って。


「分かった。肩を貸して」

「!? No no no……」


 手を取り担ごうとしたところを止められる。手を振り、改めて向こうへ行くようにと伝えるジェスチャー。俺に向こうへ行って欲しいってことか。


「了解」


 改めて頷き、俺は戦っているニンジン髪の少女とくちばし男の方を注意しながら馬車の向かいへと移動する。その間も耳に聞こえてくる剣戟の音と、くちばし男の魔法で作り出される火球の燃え盛る熱を感じて気が気じゃなかった。


「こっちに何が……あ」


 ようやく荷馬車の向こうを覗ける場所に来て、俺はその人を発見する。


「Ummm……」


 40代くらいの小太りの男性が苦しそうに呻きながら気を失っていた。


「これは……!」


 レモン髪の少女の方を見れば、彼女はこちらに強く頷きを返すジェスチャーをする。どうやらこの人物をどうにかして欲しいらしい。


「どうにかって……どうにか?」


 少なくとも苦しそうにしているのをどうにかしないといけない。俺は争いの渦中を外れ男性の元へ向かい、その様子を検める。


「擦り傷以上に目立つ外傷は、なさそうだな。血が滲んでるところもない」


 どうしてこうなったのかを考え始めたところで、


「ブルルルッ」

「うおっ」


 すぐそばに馬がやって来ていることに気づいた。よく見れば手綱が取り付けてあり、その綱は荷馬車に繋がっている。この馬車を引く馬のようだった。


「ってことは」


 倒れている位置から考えてこの男性は御者をしていたのだろう。それが何らかの理由、おそらくあのくちばし男の襲撃で馬車から転落し気を失ってしまったに違いない。大怪我がなかったのは不幸中の幸いだといえた。


「あの子は、多分この人を安全な状態にして欲しいってお願いしてたんだよな」


 こんな状況だ、彼女達はまずあのくちばし男の相手をしなければならない。さらにレモン髪の少女は足に傷を負っていて、この太った男性をどうにかするなんて余裕はまったくない。


「……」


 必死な顔で俺に訴え続けていた少女の顔を思い出す。彼女の真摯さは、言葉が伝わらなくても伝わった。


「すー、はー……よし」


 無意味に焦る心を落ち着かせる。それから気合を入れ直し、俺は男性の腕を担いで肩に乗せ立ち上がった。


「ブルルルッ!」


 こちらを見ている馬が鳴き声をあげて首を振る。何となく心配してそうな、そんな気配を感じて、


「大丈夫。この人はちょっと離した所に寝かせてくるだけだからな?」


 この世界の言語じゃない言葉で言っても分からないかもしれないが、そもそも相手は馬だ。言うだけ言っておく。


「……」


 気持ちが通じたのか馬が大人しくなった。


「任せろ」


 俺は改めて馬にそう言って、ずっしりと重い男性を運び始めた。


  ※      ※      ※


「これで……いいな」


 俺は道を外れ木の陰になる場所の柔らかい土の上に男性を寝かせ、改めて怪我や呼吸の乱れがないかを確かめる。無理のない姿勢で横にして、しっかりと気道を確保しているのを確認してから、ようやく一息ついた。


「あれ? 音が」


 剣戟の音も、大声も、今は収まっているのか聞こえない。もしかしたら決着がついたのかもしれない。


「決着……」


 その言葉を口にした瞬間、ぞわりと背筋を冷たいものが走った。


「……」


 決着がつく。つまりあの戦いが終わったということ。命の奪い合いが結末を迎えたということ。それはつまり、


「死……!?」


 そう呟いた時にはもう、俺は駆け出していた。何が出来るわけでも、何をしようというわけでもないのに必死になって来た道を戻る。

 その先に恐ろしい光景があるかもしれないとか、そういうことも考えない。ただ、今走らないと何もかも間に合わないかもしれないと、俺はそれだけで走っていた。


「……っとと!」


 道に飛び出す。今度はしっかりと地面を踏みしめブレーキをかけて停止する。


「ブルヒヒンッ!」


 お迎えに鳴いてくれた馬に手を振り、俺はそっと荷馬車越しに争いの起こっていた場所を覗き込む。


「……あ゛」


 汚い声が出た。


「Bene, cosa hai intenzione di fare ora?」

「Ah!」


 くちばし男が二人に増えていた。というか、俺を襲った奴が合流していた。二人の少女も健在で、レモン髪の少女を庇うようにニンジン髪の少女が立ち、手にした剣をしっかりと構えてくちばし男達を牽制している。


「Allora dov'era l'uomo che hai detto?」

「Laggiù」

「!?」


 くちばし男がこちらに顔を向けそうになり、ぎりぎりの所で頭を引っ込める。


「決着がついたんじゃなく、場が膠着したんだな」


 ドキつく心をごまかすように、はっきりと口にして状況を確認する。俺を襲った奴とこの馬車を襲った奴は仲間で、その目的はやはりというか、強盗だ。


「この積荷、果物か」


 馬車に積まれているのは日用品や複数の木箱。特に木箱から香る果実の匂い、あいつらはそれを奪って好きに貪ろうとでも考えたに違いない。農家の息子としてはその行いに腹が立ってくる。


 再び顔を覗かせ様子を見る。ついでに周囲を見回して、さらなる伏兵がいないかどうかを確かめた。目を凝らして探したが、幸いそれっぽいものは見つからなかった。


「……俺のせい、だよな」


 俺がこっちへ逃げなければ、それを追いかけてくちばし男達が合流することはなかった。何も知らない手探り状態での行動は咎めるものではないと思っても、それでも胸が痛む。

 とはいえ俺は、俺を襲ったくちばし男に勝てる気がしない。生まれてこの方喧嘩なんて数えられるほどしかしたことがないし、何より最初に貰ったあの蹴りも、飛び出したところを狙われた一撃も、どっちもやり慣れている技術を感じた。相手は強盗を企てるくらいだ、場慣れしているんだろう。そしてそれ以上に、


「命のやり取り……」


 それを考えた瞬間体中に寒気が走った。事故で死んだ俺はこの世界でもう一度チャンスを与えられた。そうして拾った命が、この鉄火場では簡単に賭けられてしまう。

 何も考えないでここまで駆けて来たが、何も考えてなかったからそんなことが出来たんだと実感する。


「……怖い」


 とんでもなく怖かった。考えれば考えるほど、死の匂いが濃くなった気がして身が竦む。


「もう、俺に出来ることなんてなくないか?」


 レモン髪の少女に頼まれたことはきっと果たした。相手が何を言ってるか分からない以上、俺は最善を尽くしたと思う。これ以上俺に何も出来ることはない。むしろ、変に動いて足を引っ張れば最悪の事態もありえる。最悪、死。


「ッ!」


 目を閉じ歯を食いしばる。怖い、怖い、怖い。どうしようもなく怖い。あっさりと命を落としかねない、この状況からいち早く逃れたい。強盗達への怒りも、よく分からないまま湧き上がっていた闘志もあっさりとしぼんで消えてしまっていた。

 振り返ると馬がこっちを見ていた。特に鳴きもせず、じっと見つめていた。


「えぇ……」


 もう十分だろう? なんて馬に目で訴える。でもそいつは、まっすぐに俺を見つめて目を逸らさない。何の気持ちも分からないのに、なんだか責められている気持ちになってくる。なんで馬にまで求められないといけないんだ。


「Dammi tutto, non ti ucciderò」

「Voglio tutto!」


 くちばし男達の大声が聞こえる。声音は楽しげだ。


「I will refuse politely」

「Get out!」


 対して響く少女達の声は切羽詰っていて、必死で、弱々しい。当然だ、二人は襲われているのだから。

 そう、彼女達は襲われているんだ。今この状況を乗り越えられなければ、彼女達は間違いなく不幸になる。想像しうる最悪の結果にも、彼女達の方が近くにいる。


「……」


 もう一度だけ顔を覗かせて状況を確認する。くちばし男達は自分達の優位を疑っていないのか、威嚇をしたりからかうように何事かしゃべったりして少女達に夢中になっている。俺から見れば隙があるように思える。対して少女達の方は、足を怪我しているレモン髪の少女が立ってられないのか、膝をついているのが特にまずい。ニンジン髪の少女がそれを庇い続けなければならなくて、その場に釘付けにされている。実質2対1になってしまっている。


 彼女達には間違いなく助けが必要だった。


「すぅー、はぁー」


 今日何度目かという深呼吸。不思議とこれをすると気分が落ち着いてくる。震えている体を、今は騙して動かせるようにする。見上げた空は真昼の青に染まっていた。


「……」


 余計なことは考えない。やりたいことだけに集中する。


「Non posso farci niente」

「Non c'è altra scelta che seguire il mio ordine! Ahahahaha!」


 何か冗談でも言ったのか、くちばし男達が笑い声を上げた。それを合図に俺は大地を踏みしめる足に力を込める。


「フッ―――」


 息を吐き、足を思い切り蹴り上げて駆け出す。馬車の陰から飛び出し、真っ直ぐに目的のものへと突っ込む。


「Was!?」


 そいつ、俺を最初に襲ったくちばし男は、奇襲に驚いたのか体を硬直させてこちらに顔を向けるだけ。


「おおおおおおっ!!」


 俺はそいつに向かって走りながら身を屈め、思い切り飛び掛る。狙うのは相手の腰、飛びついたら抱きしめるように腕を回して全体重で押し倒す。


「Liberami!」


 何か叫んでいるがどうせ分からないから耳を貸さない。ただ押さえつけて、マウントを狙う。


「Questo ragazzo!」


 もう一人のくちばし男が何か叫ぶ。ちらりと見ればそいつは俺に向かって剣を振りかざしていた。日の光に刃が煌いて、その一瞬で全身が凍ったように冷たくなる感覚に囚われる。死が迫る。


「È dietro!」

「Cosa?」


 しかし、刃は振り下ろされる前にくちばし男の手から弾かれた。


「……Completed!」


 ニンジン髪の少女がそれをなしてくれた。


「くぉの!」


 押さえつけていたくちばし男が暴れる。いつまでも押さえ続けられないのは承知済み。迷わずに体を離し、代わりに相手の腕を取って全力で捻る。


「Ahi!」


 相手がくちばしを開いて痛みに悶える。乱暴で技術もへったくれもない関節技だが効果はあった。


「ぜぇ!」

「Yieeeーーー!!」


 後は腕を捻ったままもう一度体重を掛け、くちばし男を押さえ込む。驚くほど上手く決まった。男は度胸とは言ったもんだ。


「Per favore aiutami!」


 もう一人のくちばし男も状況が劣勢と見るやすっかり戦意を喪失し、膝をついて媚びた様子をニンジン髪の少女に見せている。


「……」


 ニンジン髪の少女がふわりと柔らかな笑みを見せる。が、直後。


「Sanctions!」


 気合の声と一緒に思い切り剣の柄でくちばし男の頭を強打。地面に叩きつけてノックアウトした。


「Non posso crederci……」


 俺が押さえつけていた方のくちばし男が何事か呟いて、そのまま大人しくなる。多分、度肝を抜かれたんだろう。俺も目の前で行われた容赦のない一撃に身の毛がよだっていた。


「Keep it!」

「え!?」

「Ahi!」


 ニンジン髪の少女が突如俺を指差し何かを強く言う。俺はびっくりして関節を決めていた腕を強く握った。


「OK」


 彼女は一言そう付け加えると、馬車の方へと歩いていく。それを目で追っているとレモン髪の少女が目に留まった。


「Scratches are blocked……」


 彼女が何事か唱えていた。その手には初めて見る木の杖が握られていた。彼女の言葉に呼応するように杖の先に柔らかな緑の光が点る。


「Healing!」


 力強い言葉。それを彼女が口にした瞬間緑の光は彼女の怪我を負っていた足へと移り、優しく包み込むように留まる。その光景が何を意味するのかはすぐに分かった。治癒だ。


「Phew……」


 光が収まった後、彼女はため息一つ吐いて立ち上がる。その足は怪我など始めからなかったかのようにしっかりと大地を踏みしめていた。


「Hum」


 その様子を見ている間にニンジン髪の少女が馬車から戻ってくる。その手には長いロープが握られていた。


「……ああ」


 これでもう命のやり取りは収まったんだな。そう思えて、俺はため息と共に脱力した。


「Ahiaーーーー!!」


 そのせいで余計な体重が掛かったのか、拘束中のくちばし男が絶叫していた。

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