第25話
勇くんの冒険、その第二章の開幕です。
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女神と人間の月末日、天候快晴。いい旅日和。
キュリオス村を出発した我ら若者3人は、一路王都を目指す旅の途中である。
「ほらほらイサムさん。街道に出ますよ!」
やる気十分といった雰囲気でさっきから飛び跳ねていた背の高い美少女が、大きな通りを前にしてさらに気分を盛り上げている。俺を追い抜き一足先に通りへ躍り出て、石畳の上でくるりとターンした。
「あんまりはしゃがないでよねー……って、ありゃ聞いてないな」
「俺達も行こう」
彼女の、シルクの後を追って俺ともう一人の旅の連れ、アルカも、森に挟まれていた砂道を抜ける。視界が拓け、俺の目にその景色が映り込んできた。
「おおー」
色とりどりの石が敷き詰められた大街道の上から見える、視界一面に広がる背の低い草の原っぱ。所々に伸びている木々がアクセントになって、その広さをより一層感じさせてくれる。遠くに浮かぶ小さな雲達が、遥か彼方の山向こうへと流れていた。
「すごいな」
いつだったか写真で見た北海道の地平線を思わせる景色だ。この世界に来てからこっち、数カ月の間ずっと森に囲まれた村に居た俺にとって、視界の広がりと同時に世界も広がったような気がした。
「街道は森の外縁に沿うように作られてるって聞いていたけど、実際にこの光景を目の当たりにすると実感が沸くな」
「世間を知らない田舎者の言葉だねー」
「仰る通りで」
しばし、街道に立って景色を眺める。森から吹く風に後ろ髪がくすぐったい。
「私達も最初にこの景色を見た時は、すっごく驚いたんですよ」
「学園の入学試験受けに行った時のこと? わたしが覚えてるのは今以上にはしゃいで暴走してるシルクの姿だけだなー」
「えぇ、アルカも驚いてたって!」
彼女達にしてみればこの旅路も慣れたものだ。いつも通りにはしゃいで仲良くしている。と、いうよりも。
(この感動は、世界でただ一人しか感じられないものだよな)
全く未知の異世界で新しいことを知る。新しいものを感じる。この世界で俺だけしか出来ない贅沢だ。スケールが違う。
「すごいな、本当に」
落ち着いた気持ちで新しいものに触れられるのは、今日までの俺があるからだ。積み重ねてきたものが確かに今の俺を支えている。
「ねー、ここで馬車待つよねー? わたしなるたけ歩きたくないんだけどー」
「シェザまでは歩いていってもいいんじゃない?」
「うえー……それ日が落ちるじゃん! っていうかここまで来るのに休憩なしで歩き通しだったんだから無理無理!」
「でもこれから節約していかないと」
「初めだから贅沢しないと貧乏癖つくって!」
その最たるものが彼女達だと思う。
彼女達が居なければ俺はここまで開いた考えを持たなかったし、彼女達のおかげで自分から動ける選択肢をもらった。
シルクにはこの世界のもっとも基本的な常識と、法術を。アルカには身を守る術となる剣術と、身のこなしを。
命を脅かす存在と向き合った時、二人の教えてくれたことのおかげで俺は生き延びることが出来た。そして、自分でやると決めたことを成し遂げることが出来た。
「ちょっとー、イサムからもこのケチンボに言ってやってくんないー?」
「イサムさん! やはり出来ることからコツコツとやるべきだと思いませんか?」
「ええっと」
突然二人に声を掛けられ戸惑った。身長差の大きい二人に迫られると、上に視線を向けるべきなのか下に視線を向けるべきなのか迷う。
「俺も疲れたし無理はしちゃいけないと思うから、馬車が来るのを待つ方に賛成かな?」
「うっ」
「どやあ」
明暗分かれてはっきりと表情に出ている二人を眺めながら思う。この二人のために、俺は出来ることを精一杯やっていこうと。
「はいはいー、じゃああそこの休憩岩できゅーけー」
「ちょうどいいし、お昼も食べちゃおっか」
「賛成ー!」
二人は王都に着いたら冒険者になるらしい。対して俺は、その辺りについてまだこうだと決めた先はない。
「イサム何やってんのー? 食べちゃうよー?」
「ああ、すぐ行く」
呼ばれて俺も、二人が腰掛けている大きくて平べったい岩に向かう。旅人の休憩所として愛されているであろうその岩は、ここから村に向かって道が分かれている目印でもあるかのようにちょうどいい場所に鎮座していた。
「はい、イサムさんの分です」
「ありがとう」
パンに干して乾燥させた野菜と肉を挟んだサンドイッチを受け取りつつ、また考えを巡らせる。
(王都にはきっと色々な可能性がある。それを少しずつこの身で感じて知ってからでも、行く道を決めるのは遅くない、よな?)
噛みついたパンは少し硬かった。
※ ※ ※
「おお、おおお……」
「イサムさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫」
シルクに気遣われつつも、俺は馬車の中、座席の背もたれになる部分と幌の境にある木の縁に手をかけ姿勢を安定させた。
お昼を食べてしばらく待っていると、ジョアンさん家のポーポより一回り大きな馬による、二頭引きの大きな馬車が二台連なって現れた。
「乗りまーす!」
遠目に見えた時からシルクとアルカが手を振り声を張っていたのもあり、馬車は俺達の前で止まる。
「お願いします」
御者に3人分の運賃を先払いし(王札が3枚飛んでいった)後ろの馬車に乗り込む。幌で守られたそこは、左右向かい合うように木の座席が用意された10人ほどが乗れるスペースがあって、俺達の他に4人の乗客が乗っていた。
いざ馬車が動き出すと、俺の想像していた以上の速度で引かれバランスを崩す。荷台の後ろに乗った時の3倍くらいは出てるんじゃないだろうか。
「ははは、お兄さん馬車での旅は初めてかい?」
「あ、はい」
向かいに座っていた黒革のコートを着込む初老の男性に声を掛けられた。色を合わせた黒帽子が白い髪に似合っていて渋い。紳士だ。
「都市間を巡る乗合馬車は速度を出すからね。ポケットから物を落としたりしないように気をつけておくといい」
「ありがとうございます」
指摘されて俺はジャケットに縫い付けてあるポケットを確かめ、中身が零れないようボタンを留める。
「君達三人は一緒の旅仲間かな? 楽しそうでいいね」
「私達、これから王都アルトリウムまで行くんです」
「おやおや、それはそれは」
「おじさんは一人旅?」
「ちょっと南都に用事があってね、その帰りだよ」
それから俺達はしばらく、その老紳士と雑談した。彼の名前はトマスさん。王都で服飾関係のお店を営んでいるそうで、今着ているコートと帽子は彼のお店で製造しているブランド品だと教えてもらった。
「自分で着て着心地のいい服でないと売り物になんか出来ないからね。それにこうして着て回ることで宣伝と、自分の服の丈夫さを確認することが出来る」
「結構使い込んでるように見えるけど、ホントだ。ほつれとかほとんどないね」
「だろう、お嬢さん。これが自慢でね」
はははと控え目に笑うトマスさん。白く色を抜いた豊かな髭が嬉しそうに揺れている。アルカはすでに打ち解けた様子で、積極的に触れていったり、近くで彼の服をまじまじと観察したりし始めていた。
「………」
シルクの方は、初めこそ愛想良くしていたが今は他の乗客同様だんまりしてしまっている。俺の時もそうだったが、シルクはちょっと人見知りするきらいがあるようだ。
「シルク、乗合馬車はこのまま王都まで行くんだよな?」
「あ、はい。そうですね」
ぼーっとしていたのか、声を掛けると彼女は少し慌てた様子で応じた。こういう時にわたわたと動く手は何をしようとしているんだろうか。
「ここからですと途中の町に寄りながら4日から5日の行程になります。速度が出るのでかなり早いですね」
どこで乗っても王札1枚。それを高いとみるか安いとみるかは立場で大きく変わりそうだ。
「直近の町と町とを繋ぐ安い乗合馬車もありますし、使い方次第ですね」
「なるほど」
電車の各駅停車と特急みたいなものなのかなと思う。
「あ、揺れますよ」
「え? おっととと」
すぐにシルクの言った通りになった。車体が大きく右に傾いた後、揺り返しで左に傾く。感覚的には背中が引っ張られ、すぐに押し返される感じだ。どういうことかと思っていると、再び大きく、今度は逆に馬車が揺れた。
「イサムさん、後ろを」
「うん? ……ああ、なるほど」
指示されるまま馬車の後方を見れば、そこでは小さな荷馬車がのんびりと歩みを進めていた。あれを乗合馬車が追い越したわけだ。
「この街道が横に広く作られているのは、今みたいに速度の違う馬車を追い抜いたり出来るようにするためなんだそうですよ」
「そりゃすごい」
後ろを見たついでに馬車の走る石畳の道へと目を向ける。早漕ぎの自転車くらいの速度で動いているせいかしっかりとは見れないが、それでも分かることはあった。
(これ、ローマ街道とかそういう類のやつか?)
道はよく整備されていた。石を敷き詰めその隙間も砂か粘土か、それらを使ってしっかりと補強されている。おそらく深くまで地面を掘ってからこれらは積み上げられているのだろう。それが馬車三台分、つまりは幅8mにもなるくらいに作られているわけで。
「これを作るのに一体どれだけの労力が使われたんだ」
「大街道は王都を中心に東西南北、四方にある大都市に向かってそれぞれ延ばされているもので、これを作るのにヒュリム国は100年の月日と、当時の国家予算の6割に匹敵する金額を費やしたそうですよ。それに今でも国家予算の1割はこの道の維持に力を注いでいるとかなんとか」
「ひぇー」
国の予算の半分以上を使ったなんて、聞くだけでも恐ろしい。さらに道の維持だけで国の毎年の予算の1割が消えるって、どういうことだ。
「ヒュリム国は他国との交易で栄えている国なので、それだけこの街道は交易の中心になると考えられているのでしょうね」
「なるほど、生命線」
王都に行けば何でも揃う。そう評されるのにも相応の裏付けがあるってことか。
しばらく流れていく景色を見つめる。それだけでもちらほらと旅をする人の姿を見ることが出来た。
(あれは一人旅の男性、あっちは二人旅の女性達。大きめの馬車を護衛を伴って進む商隊に、馬に乗った人。巡回の兵士達)
通り過ぎて行く人を指差し確認しながら感じるのは、大街道を利用する人々の営み。旅人達の息遣い。
(俺もあの人達と同じように、街道を歩いて旅をすることもあるんだろうか?)
そんなことを考えると、今こうして素早く移動していることが少しだけもったいなく思えてきた。
「降りて歩くのもいいかもな」
思わずそう呟いて。
「………」
場が凍ったことに気がついたのは数秒の間の後だった。
「……あれ?」
俺以外の全員が、等しく驚いた表情を浮かべている。
「イサム」
「イサムさん」
「え、はい」
二人の声のトーンが低い。
「流石にそれはないと思います!」
「王札の価値舐めんな!」
「あっ、ごめんなさい!」
怒りと共に二人に詰め寄られ、俺は自分の言った言葉の意味に気が付いて平謝りした。この馬車に乗ってからまだ、最初の町すら越えていない。
「はっはっは」
俺が二人にお金の価値について説教される中、トマスさんや他の乗客達はそれを見て楽しそうに笑っていた。
「よーく考えてよね!」
「お金は大事なんです!」
「はい」
本当にごめんなさい。
もう謝り倒すしかない。そう思ってまた頭を下げようとしたその時だった。
「……ん?」
音が聞こえた。とても懐かしいような、そんなまさかと思うような音が。
「イサムさん?」
「お、この音は」
アルカが俺に先んじて馬車から顔を出す。何かに気づいたその様子に、俺も導かれるようにして身を乗り出した。
「やっぱりだ」
「アルカ、何が……」
音の正体を知っているらしいアルカに問いかけようとしたその瞬間、それは俺達の前に姿を現した。
ィィイイイイインッ―――!!
「!?」
「相変わらずはっやいねー」
俺の眼はそれに釘付けになる。
「……バイク!」
そのシルエットは間違いなくバイクだった。そしてそのバイクは、空を飛んでいた。
それは時間にして数秒の出来事。空飛ぶバイクは俺達の馬車の左手側、つまり街道の脇、草原を道に沿って追い抜いていく。
「やー、いいもん見たね」
「アルカ、あれ、あれは?」
何らかの駆動音の残響と燐光を残して飛び去っていったそれを満足気に見送るアルカに、俺は興奮を隠せないまま問いかける。
「あの乗り物は一体」
「あれは風の猛禽だよ。世界に30機しかない珍品中の珍品。ある運送業者が機械種の開発チームと組んで作った、最新鋭の魔法と道具の合わせ技」
「風の猛禽……!」
興奮が治まらない。時速、きっと100kmは超えていた。速かった、空を飛んでいた!
「イサムもああいうの好き? イサムはロマンが分かるねー」
「あれ、ちょっと音が怖いんですよね」
「そしてシルクはロマンがないよね」
「なっ!?」
馬車の中で再びやいのやいのと騒ぎ始めた二人を尻目に、俺は馬車の後ろから半身以上を乗り出して無理矢理進行方向を見る。ガタガタと揺れる馬車の上、全力でバランスをとった。
「機械、あるんだ」
考えてみれば機械種という存在がいるわけだから、それに類する道具があってもおかしくはないわけで。貨幣に模倣が出来ないように魔法が付与されているように、色々な魔法を付与された機械だって存在する可能性はあったはずなんだ。俺が考え付かなかっただけで。
「すごい、すごいな……!」
この広い世界の中へ、ほんのちょっと出ただけでこれだ。
俺の持ち合わせた元の世界の常識なんて、これっぽちも当てにならないんだと思い知らされる。
「イサムさん、危ないですよ」
「興奮し過ぎだって」
言い争いが終わったのか、二人に服を引っ張られて俺は馬車の中へと連れ戻される。
「王都に行けばそれなりの頻度で空飛んでるの見るよ。あれって結局王都から周囲の四大都市くらいまでしか行けないし」
「イサムさんもアルカみたいに、ああいうのに乗ってみたいんですか?」
「いや、俺は、いいよ」
事故ったら怖いし。
「ええー、二人乗りとかしたいよねー?」
「ますます危ない!」
「ははは、初めて尽くしで楽しそうでなによりだ。お嬢さんら」
「はっ」
トマスさんに声を掛けられて、自分達が相当に騒いで目立ってしまっていることに気が付いた。他の客は嫌がってはいないが俺達の振る舞いをネタに笑っている。微笑ましい視線が向けられている。
「お、大人しくしてよう」
「はい……」
俺とシルクは縮こまった。アルカは変わらなかった。
傾き始めの空の下、最初の町までまだもう少し掛かりそうだった。




