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勇くんと12人の嫁  作者: 夏目八尋
第一章
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第19話

「誰も見てない、な?」


 教会から駆け出してしばらく、俺は森の茂みに隠れながら村の様子を眺めていた。


「あっちは、人が増えてきたんだな」


 教会側から聞こえる争いの喧騒が増している。遠目にインプ族が飛び回る様子が見え、入口の方では誰かが剣戟を行っている。


(村を見て回るなら今しかない)


 俺は覚悟を決めて茂みから身を躍らせる。敵の大将が村の入口にいると想定し、そちらへ姿を見せないように建物の陰に駆け込む。


「……ふぅ」


 家の土壁に背中を押し付けそこでようやく息を吐いた。こういうのをスニーキングって言うんだっけ。爺ちゃんが生きてた頃、畑に出来立て野菜をつまみ食いしに行く際、それっぽいごっこ遊びをやって以来だ。


「あれ、何の映画の影響受けてたんだっけな……と、駄目だ駄目だ」


 ついつい思い出の中に浸ろうとしていた頭を振って現実に戻る。人間極度に緊張すると関係ないことが気になったりしてしまうらしいが、今のがそうだろうか。


「……」


 流石に今、現実逃避するわけにはいかない。


「目標確認。どこかに隠れていると思われるシルクの友達、カトリって娘を探し出して救助する」


 声に出してするべきことを刷り込む。ついでに腰に帯びていた剣をお尻の上辺りに固定し直して、走った時に出る音が小さくなるようにしておく。


「一応、確かめておかないとな」


 俺は四つん這いになり身を小さくして、家の陰からこっそりと這い出した。


(村の入口には……誰か居るな)


 視線の先、相手側が明かりを灯してくれているのとその近くの倉が派手に燃えているおかげでその姿を視認出来た。


(くちばし男の新しいのが二人と、何だあれ)


 シルエットからしてきわどい恰好の男が一人居た。体のラインがそのまま炎に照らされて浮かんでいる。間違いなく露出過多な格好をしている。


(ああ、あれがサキュバス族か)


 想像力も伴って答えに辿り着いたが、遠目に見る限りただの露出魔にしか見えないせいか、お近づきになりたくない気持ちが増した。


「……居るな」


 巡回兵士とアルカが言っていたオーガ族と思わしき人物がその輪の中にいた。


(露出過多の人以上に近づきたくない……!)


 見ただけで威圧感が伝わってくる立ち姿に身が震える。サキュバス族の男の持つ得体の知れない怖さと違い、こちらからは明確に死のイメージを感じ取った。


「とにかくあれに見つからないようにしないと……」


 あの兵士と正面からぶつかって大丈夫なのはアルカくらいで、自分が真っ向立ち向かってどうこう出来る相手じゃない。それを確認した俺は再び建物の陰に隠れ、スニーキングを再開した。

 俺の目的はあれらと戦うことじゃなく、この危険な場所から逃げそびれ、隠れている少女の救助だ。


「……げっ」


 家の影から家の影に移動しようとしたところで慌てて踏みとどまる。ちょうど飛び出た先にくちばし男――正確にはゴイール族というらしい――が一人、辺りを見回していたのだ。


「?」


 危うく見つかりそうになったとあって心臓がバクバクと音を立てている。それでも俺は僅かに顔を出し相手の様子をうかがった。


(壊して回るならともかく、なんであんな普通に見回りなんてしてたんだ?)


 まさか破壊したのはそう見せるだけのハッタリで、別に本来の目的があるのかもしれない。なんて考えをしつつもじっと相手の動きを見る。


「Stai giocando a nascondino?」


 くちばし男はきょろきょろと忙しなく辺りを見回している。まるで何かを探すかのように。そこまで考えればすぐにピンと来た。


(人影を見たんだ……!)


 面白いことが好きな魔人種、であればただ壊すよりも興味を惹かれるものがあればそっちに気を取られる。なんて考えもあながち間違ってはいないはず。少なくとも何の当てもなく探すよりは幾分か効率が良くなるってもんだ。


「で、あれば。だ」


 同時にここでグズグズしているわけにもいかなくなった。近くに目的の人物が居るのであれば、あのくちばし男より先に見つけないといけない。くちばし男が先に見つけようものなら場が混乱し、最悪入口の集団を呼び寄せてしまうかもしれない。


「あ」


 と、ここまで考えたところでもう一つ閃いた。


(出来るかどうかは未知数だが、やってやれないことはないはず……!)


 必要なのは度胸と集中。俺は深呼吸して意識を強める。


「すぅー、はぁー……よし」


 手にじっとりと掻いていた汗を服で拭ってから、俺は近くから手頃な石ころを複数個選び取り再びくちばし男の様子をうかがう。相手もちょうど待ちの態勢だったのか、最初に見た場所から動いていなかった。


(……やるぞ)


 なるべくくちばし男の近くに向かって、俺は石ころをまとめて放り投げた。それは地面に落ちると同時に軽く弾けた音を出し、さらには転がって不自然な音を立てる。


「Dov'è?」


 聞き耳を立てていたんだろう。相手はすぐさま音のした方、俺の居る方を見る。


「ひっ!?」

「!?」


 目を合わせる。そして次の瞬間には思い切り怯えた顔をしてみせて、俺は勢いよく頭を引っ込めた。


「C'era ancora una persona」


 気配が近づいてくる。土を蹴る無遠慮な足音が聞こえる。


(……意識を集中しろ)


 その気配に、音に、震えている暇はない。俺は全力で自分の中にある力をイメージして引き出す。


「L'ho trovato!」

「震えろ、響け……」

「!?」


 こちらに姿を現したくちばし男の顔面を思い切り掴んで、解き放つ!


強振(ショック)!」

「Hihe!?」


 マテリアルから生成された魔法の振動がくちばし男の体を駆け巡っていくのを押し付けた手から感じる。


「よっと」


 俺はすぐにくちばし男を家の陰に引きずり込んだ。カランッと、彼の持っていた剣が地に落ちる音がした。


「……」


 顔を掴んでいた手から少しずつ力を抜く。意識を失ったくちばし男は力なくその場に倒れ伏した。

 さらに少しの沈黙の時間。遠くでパチリと燃える木の弾けた音が聞こえて。


「……はぁっ!」


 俺はようやく息を吐き、さらには全身からどっと汗が噴き出すのを感じた。


(成功した!)


 確かな実績に身を震わせる。土壇場だが一つのことをやり遂げたことで強い達成感を得た。


「とりあえず、無力化しておかないと」


 足元には意識を失っているくちばし男。無防備な姿を晒し、今は何もすることが出来ない状態になっている。


「あ、縄も何も持ってない」


 その手の役割をアルカがすると決めてから、最初に持ち込んでいた分もすべて彼女に渡してしまっていた。


「……そうだ」


 今日の俺はとても冴えている。極限状態が俺にそれを閃かせてくれた。


「よっと」


 俺はくちばし男の着ていた服を脱がした。そしてそれらを剣で引き裂き長い布にし、相手の手と足を縛る。ついでに猿轡として持っていたスカーフを噛ませ即席の拘束具にした。この冬空に下着姿なのは見る側からも寒そうだった。


「これでよしっと」


 最後に暖房用の木材が積まれている場所の奥に剣を突っ込んで見えなくし隠蔽完了。アドリブだが中々の出来だろう。


「これで後は、女の子を助けに行くだけだな」


 念のため、もう一度入口の方を確認する。


「お?」


 俺が目にしたのはちょうどオーガ族のリーダーが歩き出すところだった。見張りに一人のくちばし男を残して仲間を連れ立ち教会の方角へと向かっていく。


(アルカ達なら、きっと上手くやってくれるはずだ)


 想定内の動きをしているとはいえ、助けが来るまではまだまだ時間が掛かるだろう。それまで耐えきれるかどうか、踏ん張りどころが近い。それに対して今の俺は彼女達に直接的なことは何も出来ない。ただ信じて、自分のするべきことをこなすだけだった。


「早く見つけて安全な所に連れて行こう」


 俺は一人残った見張りを気にしながら、女の子を見つけるべくスニーキングを再開した。


   ※      ※      ※


 俺は手近なところにあった家の中に潜入し逃げ遅れている女の子を探したが、目的の人物は見つけられなかった。


「こっちの家には居なかった。となるともう一軒の方か」


 先ほど気絶させたくちばし男の動きが予想通りなら、彼女は今俺の居る家かその隣の家に居るはずで。


「……よし」


 変わらず周辺を警戒している入口付近のくちばし男の目を盗み、もう一つの家の中へ。見張りが少なくなったことでスニーキングはとても楽になっていた。


「こっちはどうだろう」 


 ジョアンさんの家よりも一回り小さな作りの家だ。むしろこれくらいが村の一般的な規模の家なのかもしれない。料理をする場所と食べる場所が一部屋に纏められていて、どことなく家にあった土間を思い出させる。


「おーい、カトリさんとやらはいますかー?」


 一応声量を抑えながら声を出し、女の子を探す。だが、俺の呼びかけに返事はない。


「助けに来たぞー」


 返事はない。


「うーん……もしかして」


 読み違えた可能性が出てきた。そもそも女の子は別の場所に行ってたり、ともすれば森の方へと逃げ延びた可能性もあるのではないか。で、あれば。


(俺、ただ自分から危険な場所に飛び込んだだけ……!?)


 割と勢いに任せてここまで来たが、根本的な部分で間違った予感に身の毛がよだつ。女の子が逃げ延びていてくれればいいが、それはそれで自分の考えの浅はかさに頭を抱えそうで、


 ガサッ


「何だ!?」


 何かの音が聞こえた時、俺は異常なまでの速度で反応を返していた。


「ひっ」


 直後に聞こえる女の子の小さな悲鳴。声は自分のすぐ近く、それも低いところから聞こえていた。


「……ここか?」

「ひぅっ」


 身を屈め、俺は心当たりを覗き込む。そしてその行動は正解だった。


「君がカトリ?」 

「え?」


 目的の女の子は火のないかまどの中で灰を被りつつ、四つん這いで身を縮ませながらも必死に隠れていた。


「誰?」

「君を助けに来たんだ」

「……本当に?」

「本当に」


 顔だけ出てきた。灰を被って真っ白だった。


「……」


 見つめ合う。


「人間種ですね」

「うん」

「ヒュリム語が、独特」


 もうちょっと勉強します。


「とにかくこのままここにいると危ない。この家から出て森の方に逃げよう」

「……」


 俺の言葉からしばらくの間があって、彼女はゆっくりとかまどの中から姿を現した。頭や背中に付いた灰を俺が軽く払うと恐縮した様子で、


「あ、すいません」


 なんて言いながら四つん這いのままぺこりと頭を下げていた。その動作がなんとも素朴で、さっきまでの緊張の反動もあってかとてもほっこりした気持ちになった。


「っと、いけないいけない」


 ほっこりしている場合じゃない。


「はい、手を」

「あ、どうも」


 俺は膝立ちで向き合い手を差し伸べる。彼女がその手を取ったところでゆっくり立ち上がり、改めて服や髪に付いてしまっていた灰を払っていく。天然なのかウェーブの掛かったショートヘアが、そのせいで灰を思いきり集めていて払う度に舞って残念だった。


「あの」

「説明は色々したいけれど今は逃げるのが先だ。とりあえず、君のお父さんとお友達からのお願いでここにいるってことだけは伝えておくよ」

「あ……」


 俺の言葉にカトリはホッとした表情を浮かべる。胸の前でギュッと拳を握り、震えていた。


「もう大丈夫」

「!?」


 気づけば俺はカトリの頭を撫でていた。ついでに灰を払うようにしながらポンポンと肩を叩いたり軽く触れていく。


「一人で怖かったよな。いっぱい頑張ったな。後もうひと踏ん張りだ」


 俺は彼女を元気づけようと精一杯の笑顔を見せる。


「……はい」


 安心出来たのか、カトリもふわりと微笑みを浮かべた。


「何だかあなたとこうして出会うことが運命だったように思える」

「うん?」

「そう、あなたはきっと、私の運命の人だったのね……」


 微笑みながら、なんだか凄いことを口走り始めた。


「ああ、マナ様! 私はこの出会いに感謝いたします!」


 しかも手を組んで神様に祈り始めた。


「神……尊い」

「えっと」

「大丈夫。私は貴方のためならどんな協力も惜しまないわ! すべて任せて!」


 そう力強く言い放つ彼女の鼻息が荒い。目力も強い。


「私は何をすればいいの?」

「とりあえずここから逃げないと」

「私はもちろん、愛の逃避行でも大歓迎よ!」


 ヤバい。何かとても危険なスイッチが彼女に入っている。


「戦場となった村、取り残された哀れな村娘。そんなところに舞い降りた正義の人。この出会いもまた運命の暗示なのですねマナ様!」

「こ、声が大きい!」

「ああ、手を取られるの? 私の王子様は積極的だわ!」


 今まで出会った色々な危険の中でもまた新しい危険がここにあると、俺の頭が警鐘を鳴らしていた。


「とにかく逃げよう」

「はい! 貴方とならどこまでも!」


 なんでどうしてこうなった!? 何が彼女をこうさせた!? すっごい目がきらきらしてる。いや、ギラギラしてる。怖い!


「表には魔人種がいるから慎重に」

「はい!」


 そしていちいち声が大きい。危ない!


(とにかく急いで村から離れた所に行かないと……!)


 もうスニーキングもへったくれもない。そう判断した俺はとにかく速さを重視して急いで動き出す。目指すはこの家の裏から真っすぐ向かった先にある森だ。


「こっちだ!」

「はい」


 勢いよく扉を開け、家の裏へと回ろうとして……


「こっちってどっち?」

「!」


 奇襲に遭った。

 声の主の方を俺が見ようとしたその瞬間何かが腕に巻きついてきて、その次の瞬間には俺の体は宙へと舞っていた。


「えっ!?」


「はいこんばんはぁ」


 空中でくるくるとコマのように体が回る。その最中に俺は見た。露出過多な服だった。


「んぐっ!?」

「王子様!」


 地面に叩き付けられた俺は、さらにその頭を踏みつけられる。カトリが声を掛けていたが、思ったより遠くに引き離されてしまっていた。


「逃げて……ぐぁっ!」

「うるさいのはいただけないねぇ?」


 逃げるよう指示を出そうとしたがこめかみに強烈な痛みを感じてそれも出来ない。尖った靴の踵で押さえつけられていた。


「こそこそ動くネズミのかくれんぼは終わりにしようか。見つける役も倒されちゃってるし」

「ぐ、ぁ……」

「返事くらいしようね?」

「!?」


 顔に蹴りが来る。予感に対しとっさに俺は頭を庇い、腕で蹴りを受け止める。


「ガァッ!?」


 靴の先で刺すように打ち込まれた蹴りは、手甲で受け止めてもその衝撃で俺を転がした。


「はい起立!」


 転がる衝撃から抜け切る前に、今度は俺の首に何かが巻きつく。次の瞬間弾かれるようにして俺の体は立ち上がり、無理矢理に体勢を整えさせられた。当然しっかりと立てるはずもなく膝を折った姿勢になる。

 俺の首には長いロープ状の鞭が巻きついていた。


「立って欲しかったけど、まぁいいかぁ」


 そこに来てようやく、俺は相手の顔を見ることが出来た。

 遠目に見ていた露出過多な服のデモン兵。間違いなくそれが俺の視線の先に立っていた。


「今度はボクの遊びに付き合って欲しいんだよね。ね、いいよね?」


 俺の首に巻いた鞭を軽く引きよせ首を絞めつつそいつが言う。


「あっちに行っても全然人を痛めつけられなさそうでさぁ。こっちに居たのが男女のペアでちょうど良かったよ。だからちょっと、死ぬまで痛い目見てくれる?」


 半月に口を開いてその男、サキュバス族のデモン兵は嗤っていた。

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